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    Wayako

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    POIPOI 33

    Wayako

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    みちしるべ2それからケンははじめて、自由を手に入れた。この頃の人間には脅威でしかない吸血鬼にとって、その社会に紛れていきるのは楽ではなく、ツテも常識もないケンもそれは苦労したが、生来の根の明るさに地頭の良さ、物怖じしない性格が幸いし、何とか生活ができていた。加えて、外に出たことでケンにある程度の日光耐性があることが発覚し、それも役立だった。
    何より、ケンを助けてくれたのは村の女達だ。自分はどうやらそういった才能まであったらしく、村に転がりこみ、懸命に働く哀れな子供を可愛がり、慰め、住みかと血を分け与えてくれる女たちは社会生活の上で重要な基盤であった。最初こそ勝手がわからず、痛い目もみたが今では後腐れなく楽しんでさえいる。
    それでも目立てばハンターや教会に追われ、能力を屈指して夜逃げなんてことも多々あるし、餓えすぎて死にかけたことも片手では足りない。

    それでも、その死と隣り合わせのどうしようもない自由が、心の底から楽しかった。

    故郷を離れ、村から街、街から村を旅して生活し、深い森の洞窟で寝ることもあれば、宿場で女の肌に包まれ寝ることもある。外に出なければ生涯なかった経験を、ケンは夢中になって楽しんだ。

    そして、あれからすでに数年たっていることに気がつく。

    故郷に残したかわいい弟の顔が脳裏をちらつき、必死にしがみついてきた小さな体の非力さを思い出して、わいた罪悪に眠れぬ日々が続いた。そうしてやっと己の懐とを覗き込み、これならばミカエラと生きていくだけのことはできると思い、近いうちに迎えに行こうとして、

    結局自分は、世間知らずで、はじめての享楽に浮かれたクソガキだったのだと、思い知らされた。




    ハンターたちの襲撃によりガブリエラが討たれたと聞いて、ケンは全てをかなぐり捨てて故郷へと走った。



    数年振りの故郷は、恐ろしいほどに静かであった。母の下僕が生活をしていた村は誰もおらず、森は銃痕や刀傷がそこかしこの木肌についていて、まだそう日が経っていないのか、あたりは血と硝煙の匂いが充満している。そこを抜け、我が家だったものの前に立つ。火を放たれた屋敷は焼け落ち、一階の一部の柱と壁を残して全てが炭と化していた。
    無気力のまま、南端の部屋の場所まで行くと、黒い地面がむき出し、焼けた枠に囲われたただの四角い空間になったそこに倒れこむ。焼け落ちた煤が地面にたまっていたのか、黒い塵が舞い身体中が黒く汚れた。その一部でも、もしかしたらと思うと、ケンは静かに、声も出さずに泣いた。

    あの時、連れ出せば良かった
    すがる弟の手を取って、抱き上げ、一緒に走り去れば良かった
    そうして外に出て、一緒に、一緒に生きればよかった

    後悔を並べ、泣いて、そうして心の中のもう一人の自分がそんな俺に、叫ぶ。

    『違うだろ。』

    違わない。違わない。

    『じゃあなんで。』

    やめてくれ

    『すぐに迎えに行かなかったんだ。』

    「、……ぁ、ぁ…」
    心臓がぎゅうっと痛くなり、地面に額を擦り付け縮こまる。拳を強く握りしめると爪が突き刺さって血が流れた。

    そんなの、本当はずっと分かっていた。


    俺は、ミカエラが、邪魔だった。

    ずっとずっと邪魔だった。

    幼い弟は弱く、母に嫌われ、一族に嫌われ、頼れるのは兄である自分だけ。甘え、甘やかされ、それを待っているだけの哀れな弟を心から、本当に心の底からから愛しながら、
    誰にも頼れず、誰にも甘えることの出来ない自分が可哀想でしかたなかった。
    毎日ミカエラの部屋を訪れ、自分の孤独の拠り所にしながら、心のどこかで、こいつさえいなければ、そんな、残酷な考えが塵のように積もって、それでも、それは考えてはいけないと、取り繕って、隠して、見ないよう、気づかないよう、気づかれないようにしてきた。

    辛かった。苦しかった。一人で逃げ出してしまいたかった。


    だからあの日、破れた母の姿を見たあの日、知らぬうちに膨れ上がった感情が全て爆発し、衝動的に逃げだした。
    あれこれと綺麗事を並べて、弟のためだと自分に言い聞かせて、本当は邪魔な弟を連れていきたくなくて、泣いて縋るミカエラを無情に振り払った。

    「……ーーー…っ!」

    母の強さが絶対ではないと、それを知りながら自分はやはり、どこかその強さを盲信していたのだ。人間に倒されるはずなどないと。長く続いたあの実家の安寧がまだ続くのだと。

    「ーーーーっ…!」

    外の世界を知り、その楽しさに溺れ、無意識に全てを先延ばしにした。

    「ーーーーーっ!!」

    その結果、弟も、何もかも、全てを失った。

    無情で非情で絶望的な現実に耐えきれず、地面を殴り、咽び泣く。
    ちょうど、あの日と似ていた。
    母がミカエラを部屋に閉じ込めた日の、どうしようもない絶望と似ていた。
    しかしその時とは違い、ミカエラはもういない。もういない。死んでしまった。死なせてしまった。俺が、見殺しにした。いや

    俺が、殺したんだ。


    「…ご、めん…ガ……っ」
    抱き締めるように地面に手を広げ、煤けた塵を集める。炎に焼かれ死んだのか、はたまたハンターにやられたのか、どっちにしろ苦しかったであろう。怖かったであろう。肝心なときに守ってやれず、何が最強だ。
    「…カエぁ……!」
    集めた塵を胸に擦り付け、抱き締める。
    このまま夜明けを待とう。半端な日光耐性がある分、簡単には死ねないが1日中浴びれば流石にただでは済まない。ミカエラと同じくらい、苦しんで苦しんで、死のう。
    そう決めて、目を閉じて

    「…何をしている!!」

    思いの外近くで聞こえた人間の声に、反射的に結界を張った。その為、声の人物が放った銃の弾丸は結界に弾かれ、無傷のままケンは起き上がりそちらを見やる。部屋の入り口だった付近に二人、猟銃を此方に構えた男たちがいた。
    「くそ…!吸血鬼の残当か!?報復にきたのか!!」
    「ガブリエラの残当がいたぞ!

    今度は逃がすな!!」

    今度は逃がすな?

    聞いて、ケンは男たちに襲いかかる。吸血鬼の身体能力は人間とは桁違いであり、加え再装填の暇もないのでは、なす術がない。一人に組み付き締め上げ、結界に閉じ込めるのは簡単だった。外に弾かれた男が持っていた銃を撃ち込むが、駄目だとわかると首に下げた笛を鳴らす。近くに仲間がいるのか、あまり時間はないとケンは手中のハンターの男を締め上げたまま抱え、結界を解かずに森へと走り出す。
    折れかけた枝を壁でなぎ払いながら、森を抜け、結界を解くと男を地面に叩きつけ、吐かせる。
    「逃げた奴がいるのか!!誰が!誰が逃げた!子供か!?死にたくなかったら早く言え!!」
    焦ったハンターの言い分は、要約するとこうだった。

    そもそも、この襲撃を持ちかけたのは、催眠一族の吸血鬼達だったらしい。
    ガブリエラの領地及び屋敷にハンター達を手引きするかわりに、身の安全を保障し、領土を渡せと。
    すでに多くの地域に被害をもたらしているガブリエラの退治は人間にとって悲願であり、催眠一族とっても暴君たる当主を殺められる好機であった。手を組んだ2つの勢力は作戦どおりガブリエラの襲撃に成功し、致命傷を負わせた。しかし、さすが傀儡女ガブリエラといったところか、襲いくるハンター達を殺し、すんでのところで逃げたらしい。
    そして襲撃と同時にハンター達は約束を破棄、一族を皆殺しにしようと襲いかかったが数人に逃げられ、現在に至った。


    クズどもめ、吐き気がする。
    記憶にある卑しい血族の顔を思い、それ以上に約束を反故した人間どもに心を逆撫でされるような不快感が沸く。奥歯をぎりっと噛み締めると、遠くから数人走ってくる音が響き、ケンは男を離して、逃げるべく走り出した。

    ミカエラが、生きているかもしれない。

    底無しの絶望に一筋の淡い希望が差し込み、喜びに滲み出る涙を拭いもせずにひたすらに走る。
    絶対に見つける。今度こそ、その手を離さないと誓う。あの日の約束を、今度こそ果たす。

    必ず、迎えに行く。

    深く濃い夜の帳の中を、あの日とは違う覚悟で走り続けた。

    先に見つかったのは母であった。
    一族を追われ、手負いであるとはいえ、さすがは強大な吸血鬼である。完璧に隠れるのは難しいらしく、母の噂や痕跡は探し始めると半年ほどでだいたいの居場所がわかった。あの母のことなのでミカエラが一緒にいる可能性は低かったが、この時は何か弟に繋がるものはないかと、藁にも縋る思いで会いに行った。
    山あいの小さな村に訪れ、夜に静まる集落を歩くとその中でも比較的裕福そうな家を探して忍びこむ。すると、村に入った瞬間そこかしこからする血の匂いがより一層強まった。あの女のことだ、いるならここだろうと考えたケンの予想は当たり、母は複数の遺体転がる居間のロッキングチェアに静かに揺られていた。
    はじめ、ケンはそれが母であるとは信じられなかった。記憶の中の母は、高慢で不遜でいつも背筋をしゃんと伸ばし、様々な欲にぎらついた目は己への確かな自信で満ちていた。しかし目の前にいる女は、それらとは程遠く、ひどい疲れに垂れた顔はまるで老婆のように老けてみえ、虚ろな目には欲どころか生気さえない。女が母の声で喋り出さなければ、きっと吸血鬼違いであると思っただろう。
    「…生きていたのか…。」
    ため息をつくかのような、か細い声に「…お互いにな…。」と動揺を悟られぬよう努めて平常を装い横目で辺りを見渡す。予想通りかミカエラの姿はなく、遺体の中にもそれらしきものはいない。ほっとしたような、残念なような気持ちでいると、それを察したのか母が気だるげに目をこすった。
    「…あれなら、きっと、大伯父さまのところだろうね……。生きていればだけど…。」
    「…。」
    「居場所は、知らないよ……無能でも使い道があるってことだ……あの狸爺めっ……。」
    吐き捨てるような恨み言に一瞬力が入ったが、その怒りは深いため息と共に霧散し、後には静けさだけが残る。
    もはや強者の面影も残さぬ母の姿に哀れみを感じ、複雑な心境に耐えきれずに無駄足であったと部屋を出ようと考えた時、母の腕の中で何かがもぞり、と動いた。目を凝らし見ると、それは白い布に包まれた小さな赤子でケンはまさか、と思い僅かに身じろぐ。その動揺を見て、ああ、と立ち上がり近づいた母から手渡され思わず抱き上げると、静かに眠っていた赤子は母から離されて少しむずがったが、血の繋がりのなせる技か泣きもせずにケンの腕にすっぽりと収まった。
    「…お前のもう一人の弟だよ…今度は種も同じさ。…結局、女は授からずじまいだ…。」
    外に出て、ミカエラの名前が女性名であることを知ったとき、母は女児を望んでいたのかと思い至ったが、どうやら当たりだったらしい。いくらミカエラが綺麗な顔であったとて、男にそんな名前をつけるなどやはり勝手な女だ。
    ケンの年齢を考えるに父である人間は随分な年であるだろうに、おさかんなこって、と軽蔑と嫌悪に母を睨むが、そんなケンのことなど眼中にないのだろう。手ぶらになった母は再びロッキングチェアに深く座ると、大きく揺れ動いて、手の甲をこちらにヒラヒラと降る。連れて出ていけと、暗に言っているのだろう。
    なんで俺が、と口に出す前に「また弟を見捨てるか?」と言われ黙る。何もかもお見通し、とでも言うように静かに嘲笑う母を苦々しく睨み、誰のせいでと唇を噛むとその不快が伝わったのか腕の中で弱々しい声が細く上がり、慌てて体を揺すりあやした。
    「…名は?」
    問うが、黙ったままの母にまだこの弟は名もないのだと哀れに思う。本当に、この女にとって子など駒でしかないのだろう。
    「…今、つけてやれ。それがせめてもの慈悲だろう。」
    最早懇願に近い気持ちで言うと、少し迷ったように視線を下ろし、次に真っ直ぐに赤子を見やる。
    「…トール……トールだ。」
    その目に一瞬、ケンの見たことのない慈愛の色が宿り、すぐに消え失せた。末弟に向けられたほんの僅かな母の愛情が羨ましく、結局、この人のことを、俺は心の底から恨むことができないことに気づく。

    俺も、産まれた時くらいはこうして愛して貰えたのだろうか?

    そんな虚しい思いを振り払うようにケンは背を向け、外に出た。それをひき止める声はなく、これが、母ガブリエラとの本当の別れであった。
    村を出る頃になって、やっと母恋しさに泣き出した小さな弟を抱きしめ、ケンもまた静かに泣いた。




    そこからの生活は、これまでにない程に大変なものだった。
    まったくと言っていい程ないミカエラの手がかりがを探しつつ、赤ん坊のトオルを育てなければいけない。当たり前だがトオルも吸血鬼で、しかも才能なのか首が座る頃には能力が発現して常に下半身が見えぬ子供となっていた。自我さえ曖昧な赤ん坊に能力解除など教え込めるはずもなく、ただでさえ慣れぬ子育てだというのに、見えない下半身に何度ひっかけられたことか分からない。とにかくチャンネルを合わせねばと必死になってコツはつかんだが、そんな子供とでは人間社会に紛れ込むのはほぼ不可能であった。
    正直、生きるのに必死過ぎて、トオルが物心つく年頃までの記憶が曖昧だが、やはりこの頃も女たちに助けて貰っていた気がする。
    そうして幼い弟を育てながら、ミカエラに繋がるかも分からぬ細く脆い蜘蛛の糸が切れぬよう、慎重に手繰り寄せ続け、数年がたった。
    大きくなったトオルの寝物語にまだ見ぬもう一人の兄を話せば、早く会いたいと無邪気に笑い、俺も会いたいと答えて眠る。
    遠い昔の実家の夢を見れば、まだ幸せであった頃の幼いミカエラが俺に微笑み、次には屋敷ごと燃え盛り、その小さな体が炎に包まれ…。
    そんな夢を見て跳ね起き、流れる脂汗を手でぬぐい、俺のしていることは全て無駄で、ミカエラはあの日あの屋敷で死んだのだと、全て諦めてお前も死ぬべきだと呵責の念に捕らわれる。じわじわと心を蝕む暗い影にいっそここで全て、なんて考えて、隣から聞こえる寝息に気づいた。こちらの物騒な考えなどつゆ知らず安らかに眠り続ける弟を見ると死に蝕まれていた心がふっ、と軽くなり、まだ死ねぬ、諦められぬと思える。
    「…絶対に会わせてやるからな…」
    静かに呟き、頭を撫でてやると、むずかったトオルに手を払われた。
    正直、この頃トオルが居なければ俺はミカエラを探すことを早々に諦めて、どこぞで塵になっていただろう。それほどまでにこの頃は辛かった。
    そうしたことを繰り返しさらに数年が経ち、トオルが少年と呼べる年へとなった頃に

    催眠一族の生き残りがいるという噂を嗅ぎ付けたのだった。


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