No name「弟のお情けで生き長らえてるくせに」
今しがたのした三下の吸血鬼が恨みがましく吐き捨てた言葉の意味が分からず、冷ややかな目で見下ろしたまま胸ぐらを掴み引き上げる。薄汚れた貧相な体は日々修羅場をくぐり生き抜くため自然と鍛えられたケンの腕力に対してあまりにも軽く、片手で上げた体は難なく地面から離れて宙で揺れた。
「何の話だ。」
「お前の弟、あれはいい『女』だよな。遠目から見たっていい『女』だ。下僕の男ども従えて、帝王ってより女王様って感じでよ。」
『女』。
およそ男性に使うには可笑しな言葉が何を揶揄しているかなどすぐわかり、ざわりと心が逆立つ。ケンには二人弟がいるが、内容からして上の弟だろうことは嫌でもわかった。兄弟に似ず、一人端麗な顔をした長弟はチビのころから何かと男共にそういったいやらしさを含む目で見られることが多く、本人もそれを自覚してか嫌がって顔をマスクで隠すことが常になっているのだ。
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