『拝啓、愛しい人』『拝啓、愛しい人』
拝啓、愛しい人。どうしていますか。
こちらは戦場とはいえ、状況は安定していて貴方にこのような手紙を書く時間を持つことができています。
「・・・・・・はぁ、そうですか」
サナの口から飛び出したのは気のない返事。
手に持っているのは、一通の手紙。
戦場に出ている、一応婚約者である炎の英雄カルマからだと受け取ったそれは、そんな文から始まっていた。
「えー、気持ち悪い」
「ちょっとサナさん、体調不良ですか?それとも手紙の方?」
「手紙に決まってるじゃない」
何故か『今すぐ読んで欲しい』と請われ、いぶかしみながら開いた手紙。
始まりがコレでは、気持ち悪くなっても仕方がないと言うものだ。
「いくらなんでも酷くないですか!?」
ぎょっとして言うのはこの手紙を届けてくれた同郷の仲間。
「いや、だって・・・・・・」
うーんとサナは腕を組んで、心底この手紙の続きを読むか悩む。
「・・・・・・うん、気持ち悪いわ」
「えー!愛しの婚約者さんからのお手紙じゃないですか!喜んでくださいよ!!」
「『愛しい婚約者』ねぇ」
そもそもその認識が間違っているといったら、目の前の仲間はがっかりするだろうか。
別に、カルマが嫌いだとか。
他に好きな人がいるだとか。
神に誓ってそういうわけではない。
カルマは同郷で小さい頃から良く知っている相手で、良いところも悪いところもすべてひっくるめて結婚するなら彼が良いと思った。
・・・・・・それが愛かと言われれば首を傾げるだけだ。
彼も『サナでいい』と言っていたし、じゃあそれでいいかと婚約しただけで、仲間達が期待しているような甘い関係などはちょっと今は考えられない。
これで、カルマが自分じゃない誰かとイチャイチャしていたらやっぱり嫌だったりするのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・」
嫉妬する自分が想像できなくて、サナは首を左右に振る。
むしろ、そんな相手ができたらその相手のお嬢さんに心からの拍手を送ってしまいそうだ。
チラリと手紙を届けてくれた仲間の方を見れば、キラキラとした表情で自分を見ていて。
これは、手紙を喜ぶ姿を期待しているのだろうと分かるけれど、普段のカルマを知っている自分からすると喜びより不安が増す。
「・・・・・・見られるとちょっと照れくさいかな。後で読むわ」
そんな言葉でとりあえずはごまかして。
サナは不振な手紙をそっと閉じる。
「そうですか・・・・・・あ、返事持ち帰るように言われてるんでお願いしますね」
「返事、ねぇ」
明後日の午前中には出発しますのでその前にお返事書いてください!と良い笑顔で言い残して彼は残りの手紙を配りに行ってしまう。
「ますます怪しいわよ」
そんな彼に聞こえないよう小声でサナは呟く。
「面倒な案件ねぇ。とりあえず、いつもの仕事、済ませちゃいましょ」
戦場に行くだけが仕事ではない。
カルマたちがいなくてもやらなければならないことは山済みなのだから。
夜の帳が降りて。
空には星が輝く時間。
「さて、本格的にやることがなくなったわ」
机の上に置いたのは、昼間受け取った手紙。分類するならラブレターと呼ばれる類のモノ。
「不振でしかないわよね」
真っ白な封筒に丁寧に畳まれて入っているそれ。
同封されているのはオレンジ色の押し花。多分、キバナコスモス。
手作りだろうか?カルマが、ゲドやワイアットを伴ってあははうふふと花を摘みせっせと押し花を作ったのだとしたら。
「んふっ」
おもしろくてしょうがない。
あの人達は戦場に何をしに行ったのだろう。いくら『戦況が落ち着いている』としても、遠足じゃないんだからと声を大にして言いたい。
笑いを堪えながら改めて手紙を開く。
便せんに綴られた文字は、いつもの10倍はキレイなカルマの文字。
整っていて、丁寧に書かれているその手紙。いつもこれくらい丁寧に文字を書いていたら『お頭の作戦書全然読めないんだけど!?』と飛び込んでくる仲間が大分減るだろう。
綺麗で整ってはいるけれど、文字の端々にあるクセが間違いなくカルマの手書きだとサナに伝えてくる。
いっそのこと誰か別人の手紙で、間違えてサナの所に届いたとかだと良かったのに。残念ながらこれは間違いなく彼の筆跡だ。
『拝啓、愛しい人。
どうしていますか』
から始まるその手紙。
愛しい人、なんて言われたこともなくて鳥肌が立つ。
「あ、もしかして私宛じゃないのかも」
とすれば浮気か。
婚約したばかりだというのになかなか度胸がある。また、オエライ方々が面子がとかなんとかブツブツ文句を言い出しそうな案件だ。実に面白い。
『こちらは戦場とはいえ、状況は安定していて貴方にこのような手紙を書く時間を持つことができています。
サナはこんな手紙が急に届いて、びっくりしましたか?どちらかというと、喜んでくれたら嬉しいな』
「いやいやいやいや、サナって書いてあるじゃない。どうしても私宛なのね」
あー・・・・・・と変な声を出して、サナは頭を抱える。
「喜ぶ訳ないじゃない」
手紙が嬉しくない訳じゃない。
今まで一度ももらったことがないから、まぁ一度くらいはもらってみても良いし返事も書いてあげてもいい。
でも、この手紙は違う。
すごくカルマらしくない手紙で戸惑いしかない。
『戦況は一進一退。どちらかというと我が軍が優勢です。私の活躍、期待してくれていますか?カッコいい姿をサナに見せられず残念ですが、貴方が安全なところにいて私の帰りを待ってくれているから、私は全力で戦えます。』
「・・・・・・・・・・・・」
カルマが全力なんて出したら、今頃そこら一帯焼け野原だろうな。ワイアットは消火できたかしらとサナは現実逃避する。
『貴方に会えない日々は灰色で、離れているといっそう、貴方への愛しい思いが膨らんで胸が張り裂けそうです。少しでも早く会いに行きたい。それを楽しみに日々過ごしています。
野原に咲いていた花が綺麗だったので同封します。貴方に良く似合うと思って摘みました。花のような笑顔のサナ。戦いが終わったら一秒でも早く帰ります。一番最初に会いに行くので待っていてください。
それでは、お元気で。
敬具』
「・・・・・・・・・・・・。んー」
これではまるで。
「・・・・・・あぁ」
ぽんっとサナは手を叩く。
「本当にあの人達は、戦場に何をしに行ったのかしらね」
はぁとため息を吐いて、サナは棚から羽根ペンとインクを取り出す。
「明後日には戦場に戻るって言ってたわね。急いで返事書かないと」
手紙の一行目に記すのは。
『拝啓、愛しの貴方』
「・・・・・・。我ながら、寒気がするわね」
「リーダ~、お待ちかねのお返事持ってきましたよーーーーー」
嫌々書類に目を通していたところに、届けられた知らせにカルマはニヤリと笑う。
「お、待ってた待ってた!サナなんて!?」
「いや、人の手紙を先に読むわけないでしょ?」
はい、どうぞと渡された手紙。
カルマへと書かれた表書き。いつも綺麗な字を書くけれど、今回は特別綺麗なような気がする。気のせいかも知れないが。
ワクワクしながら受け取った手紙をまじまじと見つめる。
「・・・・・・返事来たのか」
「サナ、律儀だな」
そのカルマの姿に、ゲドとワイアットは心底気の毒そうな表情をする。
「ほら、お前達もこっち来いよ。どれどれ、俺の婚約者サマはどんな反応くれたのかな~」
「オマエね」
「いいから、ほら!」
カルマの勢いに飲まれて、2人は手紙が読める場所に移動する。
嬉しそうにカルマは封筒を開ける。
「お」
ふわりと香るのは、甘い香り。
「ん?これなんか知ってるぞ」
すんすんとカルマは嗅ぐ。
「んーあぁー・・・・・・?」
どことなく知った香り。
ひょいと封筒から取り出したのは小さな小さな布袋。
「どれ?」
「ほら」
ぽいとカルマはそれをワイアットに投げる。
「・・・・・・これ、アジトにある木のヤツじゃないか?秋になると咲く、オレンジ色の」
「あー・・・・・・あの細かい花のヤツ?」
「それそれ。オマエが押し花入れたからお返しにくれたんだろ」
「ほほぉ。さすがサナ。さて、中身はどうかな。読みあげてやるよ」
良い香りが移っている手紙を開けば、並んでいるのは綺麗な文字。
「『拝啓、愛しい人』・・・・・・んはっ」
一行目だけ読んで、カルマは吹き出す。
「オイ」
余りに失礼な態度にゲドは渋い顔をする。
「わりぃわりぃ。んなこと言われたことないからさ」
「お前が書いたからだろ」
「そうだった」
ゲラゲラとひとしきり笑ってからカルマは続きを読み始める。
「『お手紙ありがとうございます。驚きましたがとても嬉しかったです。戦況は安定しているとのこと。安心はしましたがその場所が戦場で危険なことは変わりません。愛しい貴方が今もどうしているか・・・・・・怪我はないか、疲れていないかと不安はつきません』」
「・・・・・・サナって手紙だとこんなかわいいこと書いてくるんだな」
「俺の婚約者サマに失礼だなーワイアット」
「いやいや、案外愛し合ってるんだなぁーって」
あははと笑ってワイアットは流す。
「『貴方の活躍は嬉しい反面、貴方のカッコいいところを見て惚れてしまう子が出てくるのではないかと不安でもあります。私のこと忘れてないですよね?私も早く貴方に会いたい。日々を過ごしながら貴方のことを思わない日は一日もありません』」
「・・・・・・聞いてて恥ずかしくなってきたんだが」
「同じく」
短くゲドは同意する。
「いいから最後まで聞けって。『今年も金木犀の花が咲きました。良い香りと私の思いが貴方に届きますように。貴方のお帰りをずっとずっとお待ちしております 敬具』だとさ」
「そうか」
「『追伸 私に送ってきた手紙の内容を考えた貴方。恋文を書くならステキなだけの文を書くよりちゃんと思いを伝えた方がいいわよ。その方が女の子はぐっと来るんじゃないかしら?あと、花を贈るなら花言葉も参考にすることをお勧めするわ。【野生的な美しさ】なんて言われて喜ぶ子ならいいけど、良家のお嬢さんならフられるわよ。ちなみに香り袋に入れた金木犀の花言葉は【謙虚】【初恋】【真実の愛】などの意味があるから、この時期だしお勧めしておくわね。がんばってね』だとさ、ワイアット。あははははは」
ぽいと手紙を投げ捨ててカルマはゲラゲラと笑い出すし、ゲドはぶふっと吹き出してそっぽを向く。
「~~~~~!だから嫌だって言っただろ!」
事の発端は、リーダーの婚約で浮かれた長老(ジジィ)達が手紙ぐらい出せと煩かったこと。
文を考えるのが嫌だと騒いだカルマの代わりに、思い人がいるついでにオマエが考えろと指名されたワイアットがうんうん唸りながらひねり出した内容。
思いの外本格的な恋文に、カルマは大爆笑した挙げ句、それはそれは丁寧に書き写した。
手紙を届けてくれる仲間に『返事、できれば・・・・・・もらってきて欲しいな。サナが忙しいなら、しかたないけど・・・・・・さ』なんてちょっと照れたような演技で渡すという、おまけ付きで。
手紙を受け取った彼が鼻息荒く『絶対、絶対に返事貰ってきますからね!!!!!』となるのも無理はない。近くで見ていたゲドとワイアットは吹き出すのを我慢するのが精一杯なほどしおらしいカルマだった。
「サナにバレたな」
「だろうな」
クククと笑うゲド。
「あはははは!!!ワイアット、あのステキなお嬢さんに恋文書くときは気をつけろよ」
「~~~~~~~~~~!!!!!」
その後、ワイアットがどんな手紙を『愛しい人』に送ったかなんて。
そんな野暮なことは語るまでもないだろう。