あなたでいい「結婚結婚うるせぇな、どうしてもっていうならサナでいい」
『炎の英雄』の口から放たれた言葉に、その場にいた一同は固まる。
「おま、絶対本人にそれ・・・・・・」
「あら、私もあなたで良いわよ」
「ひぃっ」
途中まで口にした言葉は、悲鳴に代わる。
ノックもなしに会議室のドアが開いて入ってきたのはカートを押したサナ。
「よぉ、サナ」
カルマの暴言に会議中だったメンバーは固まっているのに、本人はあっけらかんとして暴言の相手に声をかける。
「こんにちは、カルマ」
「んだよ、他人行儀だな」
そりゃあそうだろうと、内心ワイアットは突っ込みを入れる。
どこから聞かれたのか分からないが、サナのあの反応を見る限り全部丸ごと聞かれているだろう。
「・・・・・・オイ、これどうする?」
ツンとワイアットの脇腹を肘でつつきながら小声で問いかけてきた軍師。
そんなこと聞かれても困る。
絶対どうしようもない。
「はい、カルマ。お茶」
「さんきゅ」
淡々とお茶をメンバーに配っていくサナ。
怖い、怖すぎて声がかけられない。
チラリとゲドに視線を向けるがゲドも死んだような表情をしている。
そもそも、カルマは誰かに指図されることが嫌いだ。
天の邪鬼な所がある彼に、なんでこんなセンシティブな話題を振ったのだと頭が痛くなる。
「まだ、会議続くの?」
「あぁ?このオッサン達がくだらねぇこと言ってるからちっとも進んでねぇよ」
「じゃあ外で待ってる子達、解散させるわよ。あなたと特訓するって言ってまってるんだけど」
『頼んだー』なんてのんきなカルマの声に見送られて、サナはカラコロとカートを押して出て行く。
「お、まっ、ほん、馬鹿か!」
「女心って物がわかってなさすぎるだろ!!!!!」
「今すぐ追いかけて謝ってこい!」
「土下座案件だろう!」
なんて騒ぎ出したのは妻帯者達だが、この話題を口にした奴等にそんなことを言われてもカルマは全く気にもとめない。
「うるせぇ、なんでオレがんなこと気にしないといけねぇんだよ。お前達が箔付けにとか言い出したんだろ」
カルマの言い分は分かるけれど。
言われたサナの方はつらいだろう。
「ほら、続きやるんだろう」
「こんな空気で続きができるか!!!!!!」
『じゃあやめた』とカルマはさっさと会議室を後にする。
せめてサナを追いかけていてくれればいいなと思っていたけれど、問題の渦中にある本人は子ども達を引き連れてどこかに行ってしまったらしい。
はぁとワイアットはため息をつく。
「・・・・・・フォローすべきだと思うか?」
「カルマは嫌がるだろう」
「だよなぁ・・・・・・」
はぁぁっとワイアットは深くため息をつく。
「なんであのオッサン達余計なこと言うのかな~」
いまさらそんなことを言っても手遅れなのは分かり切っている。
それでも愚痴が口をついて出てしまうのは仕方がないことだろう。
「ゲド」
「断る」
「まだ何も言ってないよ」
「だが断る」
はぁーとワイアットはもう一度ため息をつく。
「・・・・・・・・・・・・。書類の方、任せる」
「分かった」
適材適所という言葉がある。
ゲドよりは自分の方だろうとワイアットは立ち上がる。
「ちょっとサナ探して話してくる」
「・・・・・・だろうな」
カルマの方に何を言っても火に油を注ぐようなものだろうとワイアットは思ったがゲドも同じ意見のようだ。
「後は任せた」
「骨ぐらいは拾う・・・・・・アイツの火力で炙られたら骨も残るかわからんがな」
「カルマは放置するって!!!」
骨も残らず焼かれるのはさすがに御免だ。
「あ~・・・・・・サナサンコンニチハ」
「なによワイアット。悪いものでも食べたの」
洗濯物を畳んでいたサナは怪訝そうな表情をワイアットに向ける。
「いや、別に食べてはいないけど・・・・・・」
怪訝そうではあるけれど、ものすごく怒っている様子はない。
それに少しだけ胸をなで下ろす。
「作戦決まったの?カルマ、子ども達引き連れてどこか行っちゃったけど」
「いや、なにも」
決まるどころの騒ぎではなくなったなど本人には伝えられない。
「飽きちゃったの?子どもみたいね」
くすくすとサナは笑う。
「・・・・・・サナにも会議参加してもらえば良かったよ」
「残念でした。私も暇じゃないので」
ふふふと笑いながらもサナは手を止めない。
「会議何時から再開するの?カルマ探すなら手伝うけど」
「いや、今日はもう・・・・・・どうかな」
そうなの?なんて首を傾げるサナはさっきのカルマの暴言なんて全く気にしていないように見える。
「・・・・・・サナサン、ゴキゲンイカガデスカ」
「さっきから何?変よ、ワイアット」
いや、変なのはサナの方だろう。
他の仲間達からどう見えていたかは分からないが、ワイアットにはカルマはサナのことを気に入っているように見えた。
それこそ、外野がわいのわいの騒がなければ自然とくっついていただろうと思うほどにはカルマはサナの隣で自然体でいた。
サナだってまんざらでもなかったはずだ。
今回のことが、まぁどう考えても良い方向に進むわけがないのに、サナはケロッとしている・・・・・・ということは、最初から脈がなかったのか。いや、でもあの時サナもカルマでいいと言っていたし・・・・・・。
「わーいーあーーーーっと!!!」
「うわっ!」
思った以上にサナが近くまで来ていて、ワイアットは思わず声を上げる。
「言いたいことがあるならはっきり言って!」
「・・・・・・・・・・・・。カルマのこと、どう思いますか」
「カルマはカルマでしょ」
当たり前のように返される言葉。
「あんなこと言ってましたけど」
「あんなこと?」
「・・・・・・結婚相手が、その・・・・・・」
「『サナでいい』って?」
ハイとワイアットはうなずく。
「了承済みだけど」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
口から飛び出たのは思っていた以上に間抜けな声。
「だから、もう本人から事前に打診されてるし、それに対して私は承諾したけど?」
「は!?聞いてないが!?」
「言ってないもの」
それがなにか?とサナは首を傾げる。
「なんで?!」
「なんでって・・・・・・言いふらして歩くことでもないしそんな場合でもないでしょ?今日もそのための作戦会議じゃなかったの?落ち着いたら一応報告する予定だったわよ」
サナの口から継げられる正論にワイアットはがっくり肩を落とす。
「俺は・・・・・・てっきり、アイツとお前がそんな仲になってるなんて思わないから、さぞかし傷ついたんじゃないかと」
「心配してくれたのね、ありがとう」
くすくすとサナは笑う。
「あの程度でキーキー言うようじゃそもそもカルマの伴侶には向かないわよ。そんな所も含めてカルマで良いと思ったから私も了承したんだし。別に不安にも不満にも思わないわ」
あぁ、カルマの奴いい子をちゃっかり捕まえたな。
なんて思ったりもするけれど。
「せめて俺たちには伝えておいてくれよ」
「カルマが伝えるって言ってたけど、伝えてないならおもちゃにされたのね」
「ほっっっっんとあの男は!!!!」
「ま、カルマだしね。そんなことで会議中断してたんなら、さっさと捕まえてきて再開したら?捕まえるの手伝うわよ」
くすくすと笑うサナ。
「頼む」
「任せて。捕まえるのは得意なの」