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    こうや

    @Ebityan0016

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    こうや

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    身内の賭け(書け)麻雀の負債支払い
    「麺3キロのつけ麺を食べ切ったら賞金が出るラーメン屋に突撃する男子高校生の話」
    突撃するというか突撃させられる話になった
    オリジナル本のキャラクター二人の話

    「時雨さん時雨さん、今日の夕方って空いてる?」
     騒がしい教室の中、鈴のような軽やかな声音が耳に届く。時刻は昼の一時過ぎ、ちょうど昼休みが半分くらい終わったころのこと。教室の片隅でのんびりと昼食を食べていた時雨の前の席に、ふわりと金色の綺麗な髪を揺らしてある少女が座ってきた。
     ほとんど少なくなった弁当に向けていた箸を止めて、名前を呼ばれた時雨は顔を上げた。
     にっこりと笑っている女の子が一人。
     ゆるくウェーブがかった金色の綺麗な髪に、翡翠のような透き通った瞳。
     気品のある落ち着いた振る舞いと、時折見せるお転婆な一面のある、この学年でも随一の美少女と称して遜色ないひと。
     結染優里菜、と名乗っている女の子が、時雨の前に座っていた。

    「……空いてますが、どうしたんですか。廃村探索なら付き合いませんよ」
    「あら、流石に学校終わりにそんなつまらないことしないわ。せっかくご飯のお誘いに来たのに、時雨さんったらつれないのね」
    「……? なら金下ろしてくるのでいったんATM寄りたいです。それでもいいなら」
    「ふふ。そんな高価なところ行かないわよ。それにお代くらい出してあげる。わたしがお誘いしてるんだもの、当然でしょ?」
     にこにこと笑いながら、両肘をついて可愛らしげに提案してくる優里菜。
     別に食べながら聞いてていいか、と思い直した時雨は、もぐもぐと残りの弁当のおかずを食べつつ耳を傾けている。
     こうして唐突に優里菜がなにかのお誘いをするのは、実はそう珍しいものでもない。大抵は彼女の気まぐれに付き合わされているだけである。それでも時雨が拒めないのはそもそも彼に彼女の言葉を拒否する意がないからなのだが、先日行った廃村探索は流石に堪えたようで、それだけはもうやりたくないと思っているらしい。
     おいしそうな卵焼きね、一口くださる? といいながら少し口を開いている優里菜に、適当に切り分けた卵焼きを彼女の口に放り込んで、そして僅かに思考した後に時雨は頷いて優里菜の提案に了承した。
    「まあ大丈夫ですが。あと流石にお金ちゃんと払います。払わせてください」
    「あら本当? よかったわ、実はさっき朱梨さんに訊いて振られたところだったの」
     弁当の最後のおかずを飲み込んで、ちょうど昼食を平らげたところで彼の動きが固まる。とりあえず空になった弁当箱のふたを閉めて、横に避けた後に苦々し気な表情を浮かべた。
     ……結染優里菜は美少女である、が。
     実は割と性格が悪いというか。
     ひとを手の上で転がすような言動をよくやる、というか。
     ――また内容をよく確認しないまま軽々しく首を縦に振ってしまった、と気が付いたころにはもう、優里菜はそれはもういっとう可憐な笑みを浮かべていた。
    「……………………、いや待ってください。あいつがタダ飯を拒否るとか相当なんですけど、一応聞いておくんですがどこに連れて行く気ですか。そして俺に何を食わせる気ですか」
    「ふふ。呰見中央駅の西口前にラーメン屋さんがあるでしょ?」
     終わった。
     彼女の言わんとすることが容易に理解できた時雨は、思わず天を仰いだ。

    「わたしね。そのお店の大食いチャレンジの賞品の桃まんが食べたいわ」
    「せめてそれをあと十五分前に言いに来ることはできなかったんですか」

     空になった弁当箱と、程々に満たされてしまった自身の胃袋を感じながら、時雨は恨めしそうに小さな抗議を飛ばして――そしてそれもあっけなく笑顔で流されてしまうのだった。


     ◇


     麺三キロのつけ麺大食いチャレンジ、成功したら賞金と桃まん。
     馬鹿では???? という言葉だけが脳裏に占められたまま、時雨は優里菜に引き摺られるようにしてその店の敷居を跨いだ。
     無理難題を時雨に突き付けた優里菜は至極楽しそうな表情で、席に着くと同時に店員に大食いの意を伝えていた。
    「失敗の場合、料金はお支払いしていただくことになりますが」
    「大丈夫よ。わたしが払ってあげるわ。あ、わたしはこの半チャーハン一つ」
     かしこまりました、と告げた店員はすぐに厨房へと引っ込んでいく。
     ふとその流れでレジあたりを見れば、ケースに入れられて温められている桃まんのようなものが見えた。目の良い時雨は席からでもその小さな値札が見えたようで、どうやら店頭販売もしているようだった。
    「…………。」
     ――ならば別に大食いをする必要もないのでは? と思ったものの、優里菜にとっては桃まんなんてただの口実なのだろう。
     契約内容をよく確認しなかった俺が悪い。
     そう言い聞かせて、諦めた表情でそのつけ麺が到着するのを待っていた。

    「――…………、」
     到着したつけ麺を見て頭を抱えた。
    「あらすごい、麺三キロってこんなに多いのね」
    「これはもう物理的に胃に入らなくないですか?」
     盛りに盛られた炭水化物の塊。
     女性が食べれば確実に卒倒する量。
     これは朱梨が拒否するのもやむなしむしろ俺で本当に良かった、などと現実逃避に走りそうになるが、走ったところで麺が消えてくれるわけもない。
     覚悟を決めた時雨は、割り箸を手に取って手を合わせて、やがてその山に手を付け始めた。

    「……味は美味しいです。味変もつけてもらってるから一キロまでなら飽きずに行けますね、これなら」
    「ふふ、男の子ってよく食べるのね。よく噛んで食べるのよ?」
    「それ満腹中枢刺激して余計食べられなくなるやつですからね?」

    「ペース落ちないわね、頑張って胃の中空っぽにしてきたの?」
    「ええ、五限が体育で本当に良かった」
    「いっぱい動いてたものね、バスケのときの時雨さん、かっこよかったわよ?」
    「…………、どうも」
    「う~ん、ちょっと気になるから一口貰っても?」
    「駄目です、大食いチャレンジしてるの俺なんですよ」

    「飽きちゃった?」
    「飽きてきました」
    「あと何キロくらい?」
    「二キロ……いや、1.8キロくらいですかね、折り返しもまだですよ」
    「ふふ。ゆっくりたべていいわよ。時雨さんが格闘してるとこ見てるの、とっても楽しいから」
    「死に体になったらちゃんと家まで送ってくださいね」

    「…………、」
    「あ、店員さん。つけ麺のつけ汁なくなりそうだから、替えをお願いしても?」

    「ゆりなさん、ホントにこんなのみて楽しいですか」
    「ふふ、そろそろお腹いっぱい?」
    「お腹いっぱいの地点はとうに通り過ぎてるんですよ」
    「ん~、いつも澄ました顔してるあなたがこうして苦しんで頑張って食べてるのを見るのは楽しいわよ?」
    「…………。」
    「安心して、失敗したって落胆しないわよ」

    「…………すいません、そろそろマジでギブです」
    「あらそう? ふふ、でも頑張った方だと思うわよ?」
     店員さーん、と呼び止める優里菜。
     死にかけの時雨。
     本当は机に突っ伏したいがそんなことをすればまず間違いなく胃の中身が逆流する。炭水化物の急激な摂取過多によって血中の糖が爆上がりしている感覚を感じながら、ただひたすら気持ち悪さを飲み込んでいた。
    「あらー、失敗ですね」
    「ええ。お金はちゃんとお支払いしますわ。それと、この残ったものを捨てるのも忍びないし、わたしが残り食べてもいいかしら」
    「お支払いしていただけるなら大丈夫ですよ」
     しにしにの時雨をよそに、残った麺に手を付ける優里菜。
     残量400g程度か。時雨はよく頑張った方だと思う、と彼の脳内の親友が慰めている。いや慰めるも何もお前が優里菜さんと来てたら俺はこんなことにはなってなかったはずなんだがと呪詛を飛ばすものの、この場にいない人に届くはずもない。
     400gといえど女性が食べるには些か多い気がするが――予想に反して優里菜はするすると食べ進んで、そのまま綺麗な所作で残りを完食していた。
    「…………よく、食べますね」
    「あら、食べ物を残すのは良くないわよ? さ、お会計しましょうか。立てる?」
    「…………。」
     この人実は食べる方なんじゃないか? という疑問が出たがこれ以上口を開けば言葉以外のものが出てきそうだ。いつもより数倍重い仕草で立ち上がった時雨は、そのまま優里菜の後を追ってレジの方へと向かうのだった。


     ◇


    「……はい、これどうぞ」
     店を出てすぐに、時雨はレジ袋に入った商品を優里菜に差し出した。
     大食いチャレンジの料金自体は優里菜が払ってくれたものの、その後こっそりと時雨も少し買い物をしていたのだった。
    「これ、…………桃まん?」
    「あなたが食べたいって言ったでしょう。レジ横で売ってたので、これ食べてください。失敗したお詫びです」
    「…………あら、あらあら。桃まんなんてただの口実だったのに」
    「いらないですか」
    「いいえ。ふふ、時雨さんほんと、そういうところはいつだって変わらないのね。もっとわたしに恨み言の一つや二つ、言ったっていいのよ?」
     嬉しそうな声音で、レジ袋の中の桃まんを一つ取りだす。
     ホカホカとしたそれは、もう日も落ちて寒くなってきた今の時間帯にはありがたい。まだ胃に容量があるのか、小さく一口食べ始めていた。
    「恨み言なんて言いませんよ、今更。…………ああいや、次はちゃんと前もって言ってください、こっちだって飯抜いて準備するくらいはしますから」
    「あらそう? ふふ、なら次はジャンボパフェの大食いなんてどうかしら? 時雨さん、甘いもの大好きでしょう?」
    「……否定はしませんが」
    「甘いものといえば。この桃まんも美味しいわよ、半分食べる?」
    「ホントに吐きますよ」
     にこにこ顔で幸せそうに桃まんを頬張る優里菜と、その半歩後ろを重たげな足取りで歩く時雨。
     久しぶりに結構な無茶ぶりだったな、と胃を押さえながら考えつつ、二人は帰り道をゆっくりと辿っていくのだった。
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