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    三題噺のお題メーカー「曇り」「プロポーズ」「最弱の脇役」ジャンル「SF」
    とてもワヤワヤSF 割と自業自得
    2人の性別は考えてない

    数年前に降り注いだ100を超える隕石が原因で引き起こされた異常気象と、日に何度も訪れる地震の影響による地殻変動によって、この星は崩壊の一途を辿っていた。
    日照りで海が枯れ一部の水棲生物は絶滅し、酸の雨に穿たれた高層ビルはいつしか崩れ落ち瓦礫の山と化した。
    ある活火山は3年もの間噴火が止まらず、流れ落ちた溶岩と降り注ぐ火山灰はついに1つの大陸を滅ぼすに至った。
    指を一つ一つ折り畳んでも数えきれないほど多くの厄災がこの星を飲み込み、人類は総人口の99%を失った。
    残された人類はとある科学者が作り上げたコールドスリープ用のカプセルに入り、いつか救われることを信じて眠り続けることを選んだ。
    旅行に行く前日のように少し浮かれた表情でカプセルに入っていく女もいた。ここから先は地獄だと、辞世の句を詠んだ男もいた。また明日ね、とお互いに手を振り合う子供たちもいた。
    最後まで人間としての営みを全うする愛すべき人類を、科学者は網膜に焼き付けて微笑んだ。
    最後の人間がカプセルの中に入る。科学者その人だ。
    硬いゆりかごに横たわり、研究所の無骨な天井を見上げて思考する。
    このカプセルで眠り続けていても人類がいつ救われるか分からない。必ず救われるという保証も無い。人類はいつか1本の蜘蛛の糸が差し伸べられると信じて、扉の閉め切られた小さな教会で祈り続けることになる。
    手慰みに作った種が滅びかけているのをただ眺めているだけの神は、果たして救いの手など持ち合わせているのだろうか。
    科学者はそこまで考えてふっと笑う。科学を究めた自分が、神について考える日が来るとは。
    目線を天井からずらし、自身を見下ろす者と目を合わせ、申し訳なさそうに眉を下げる。
    「すまないね。君にこんなことを押し付けて」
    「あなたが謝ることなんて何ひとつありません。自分が望んだことですから」
    ──コールドスリープ用のカプセルには欠陥がある。中の人間を液体窒素で凍らせ、半永久的な夢世界に誘うためのボタンが外付けであることだ。
    そのため、必ず誰か1人は外に残ってボタンを押す必要がある。それは自分の役目だと譲らなかった科学者を止めたのは、科学者の助手だった。
    科学者は自身の役目はここで終わりだと思っていたが、助手はその先を考えていた。天文学的な確率でコールドスリープが解け、人類が新たな安住の地に辿り着いた時、科学を究めた科学者の脳はその地を開拓するための力になるだろう、と。
    ──この先に訪れるかもしれない役目を果たしてください。あなたがここで終わるのは許しません。自分が代わりに残ります。不出来な助手のお願いを聞いてはもらえませんか。お願いします。一生のお願いです。
    口下手で自分の思いを表に出すことの無かった助手が希望的観測と感情論でぐちゃぐちゃに組み上げた根拠もへったくれも無い言葉に、ついに科学者は根負けした。
    カプセルの蓋がゆっくり閉まっていく。助手は満足げな顔でスリープボタンを押し、愛おしげに繭を撫でた。
    完全に眠りに落ちるまで数分はかかる。暇つぶしに話し相手になってくれないか。科学者がそう言い出し、2人の最後の会話が始まった。
    「いくら希望的観測を重ねようともはやこの星に未来は無い。君がこの星最後の1人と言っても差し支えはないだろうね」
    「不思議な気分です。何だか現実味が薄いような」
    「だろうね。かく言う私も、これは長く続いた悪い夢ではないかと思う時がある。現実の自分はまだ夢を見続けていて、目を覚ましたらまた穏やかな朝が始まるかもしれないとね」
    助手が小さく頷く。科学者はあ、と楽しい遊びを思いついた子供のように呟いた。
    「君は1人でここに残った後、何をしたい?」
    「何を、とは?」
    「何でもいいさ。君のこれからを聞きたい」
    それなら、と助手の絞り出した声は掠れていた。カプセルに置いていた手をゆるく握り、眩しいもの見るように目を細める。
    「……好きな人に想いを伝えてみたいです」
    「はは、なんだいそれ。君が最後の1人なのに。ああ、一方的に想いを伝えるだけだから振られる心配もないのか。考えたものだな君も」
    「そんなこと……」
    「私が告白の練習相手になってあげようか」
    「え」
    「口下手な君のことだ。告白の台詞だって台本通りに言おうと思っているのだろう?なら私で練習するといい。なに、カカシか何かを相手にすると思えばいいさ。どうせ今からカカシ同然になるのだから」
    科学者なりのブラックジョークなのだろうが、あまり面白くは無い。
    しかし、こうと決めた科学者はてこでも動かない。長年隣で見ていた助手は科学者のそんな性質を知り尽くしていたので、半ばヤケクソな気持ちでその勢いに流されることを選んだ。
    助手が息を吸い込む。逡巡しているのか何度か口をぱくぱく動かしていたが、覚悟を決めたように目の前の人の名を読んだ。
    「──さん」
    「なんだい?」
    「愛しています、ずっと」
    「…………それだけ?」
    「台本、まだ作ってないので」
    カプセル内に豪快な笑い声が響いた。ここに机があればバンバンと手が赤くなるまで叩き、涙が出るまで笑っていることだろう。居心地悪そうに口をもごもごさせていた助手もついにおかしな気分になり、くくっと喉を震わせて一緒に笑ってしまった。
    「あー、一生分笑った気がするな。最後にいい土産ができた」
    「教えてもらえますか?」
    「何を?」
    「告白の答えを」
    あー……と助手から目を逸らし、うろうろと視線を彷徨わせた科学者は数秒ほど考え込んだのち、申し訳なさそうに告げた。
    「……努力は買おう。まずはお友達からでどうだい?」

    それから、ぽつりぽつりと最近の話や子供の頃の話をして、2人は時間の許す限り笑い合った。
    そしてついにその時は訪れる。
    「ふぁ……そろそろ眠くなってきた。限界が近いらしい。」
    「そう、ですか」
    「すまないね。寂しくなるだろう。もっと起きていたかったがどうやら無理そうだ」
    助手が構いませんと首を横に振ると、薄く閉まりかけた科学者の目に慈愛の色が灯った。最後まで暖かな営みを育んでいた人間たちに向けていたのと同じ温度を宿した瞳で、口下手な助手を見つめた。
    「ああ、そうだ。最後に私の練習にも付き合ってもらえるかい?」
    「練習?」
    「告白のだよ。君に聞いてほしい」
    ぽかんと口を半開きにした助手にしてやったりと悪戯っぽく笑って、科学者はゆっくりと瞼を閉じた。すぅすぅと小さな呼吸音が聞こえ、眠ってしまったのかと心配になったが、数秒後、冷たくなった唇が緩く開かれた。
    「……君のことを、心の底から愛している。あわよくば君とこの先の未来を見たかったと、子供のような我儘ばかり思い浮かんでしまう。君から先を奪ったのは紛れもなく私なのに」
    「……そんなこと」
    「だから、私を許さないでくれ。君がここで朽ち果てるまで愚かな私を恨んでいてほしい。代わりにはならないだろうが、私が眠りから覚めて他の魅力的な誰かと出会うことがあっても、決して君以外を想うことは無いと誓おう。証拠など無い。もしも天国というものがあるのなら君が私を見張っていてほしい。ここに私の心を置いていく。だから」
    ──私を忘れないでおくれ。
    縋るように吐露された想いに、まるで電撃を喰らったように助手の足からへたりと力が抜ける。カプセルに身体を支えられるようしてどうにかよろよろと立ち上がり、焦燥を浮かべた顔ではくはくと口を動かすが、真っ白になった頭は簡単な言葉さえ出力してくれない。
    「君のことを、本当に愛している。愛している。愛しているとも、──くん」
    「……っ、自分も」
    呼吸が苦しい。上手に息は吸えているだろうか。
    今自分の想いを伝えられなければ、この先一生伝えられる日は訪れない。
    助手は頭の中で欠け落ちた言葉を必死にかき集め、ぐちゃぐちゃに積み上がるのも厭わず、伝えたかったことを捲し立てた。
    「──あなたを愛しています。いつも堂々と伸びている背筋も明朗な声も、豊富な知識もそれをひけらかさない謙虚な性格も、物を教えるのが上手なところも、楽しそうに口を開けて笑うところも、本を読む時に綺麗に反った指先も、子供を相手にする時の穏やかな顔も、暑い日に冷たい床に寝転がって涼んだり、寒い日に毛布にくるまって外を歩くような行儀の悪いところも、こんな口下手な自分を見捨てずに目をかけてくれるような優しいところも、全部全部全部、大好きです。愛しています。愛しています、ずっと」
    叶うならば、長い時間の先、氷の繭から孵化する蝶をこの目で見届けたかった。
    それはもう2度と実現しない未来。ありもしないこの先の妄想。
    科学者は指先をひくりと動かし、凍った唇を無理やり動かして辿々しく言葉を発した。
    「やっと、君の本心が聞けた、な」
    「──さん」
    「……私も愛している。ずっとずっと、きみのこと、あいしているとも」
    その言葉を最後に、科学者は一切の活動を止めた。
    言葉を投げかけても返事はない。きらきらと純粋に好奇心を探究し続ける瞳ももう開かれることはない。へにゃりと地べたにへたり込んだ助手の、さめざめとした泣き声だけが冷たい部屋に響き続けていた。
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