天元君10歳、妓夫太郎君5歳「おれ、ぜんせは鬼だったんだぞぉぉ」
知ってる。
「ほんとおだぞぉぉっ。こわいこわーい鬼だったんだからなぁぁっ」
うんうん。エロいエッッローーーい鬼だったな。
「おまえなんかがぶって食べちゃうんだからなぁぁっ」
ほーん。食えるもんなら食ってみろよ。まぁその前に俺がお前を食うけどな。性的な意味で!
目の前で「がおー」と両手を上げて必死に怖がらせようとしてくる5歳児妓夫太郎に対して、10歳の宇髄天元はその歳には似合わぬ淫らな事ばかりを考えていた。真顔で。
「ううぅぅぅッ!無視するなぁぁぁッ!」
天元に構ってほしいのか、妓夫太郎は終始無言真顔の天元に痺れを切らし、ぽかぽかと叩き始める。そんな妓夫太郎に天元はようやく反応を示す。
「なぁ妓夫太郎」
「んんーッ?」
「キスしていいか?」
「……ふぇ?き、きす……?」
天元にキスを迫られ、その意味が分からなかった妓夫太郎はキョトンと目を丸くした。そんな妓夫太郎に構わず、天元はしゃがみ込み目線を合わせた途端唇を重ねていく。妓夫太郎の返事を元より聞く気等なかったかのように。
本当は舌を絡めようと思った天元だが、流石に5歳児にディープキスをぶちかますのは良くないかと考え、触れるだけのキスに留めておいた。
重ねた唇を離し、ジッと妓夫太郎を見つめる天元。未だ目を丸くしキョトンとしている妓夫太郎の頬を撫で、
「お前のファーストキスもーらい」
そう告げ、ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。
そんな天元に妓夫太郎はまだキョトンとしている。
「おおーい。妓夫太郎ー?」
「………」
「どうしたー?妓夫太郎ー?」
呼んでも呼んでも無反応な妓夫太郎に、流石にいきなりキスはマズかったか?と自分の軽はずみな行動を反省し始めた天元。謝ろうかと思ったその時、
「ぅっ、ぁ…ぁぁッ……!」
ボンッと音が鳴ったかのように妓夫太郎は顔を真っ赤に染めてあわあわと取り乱し始める。そんな妓夫太郎の反応に天元は思わず目を見開き凝視してしまう。
「き、きしゅしゃれ……てんげんに、きしゅ……」
取り乱してしまってるせいか舌っ足らずな話し方になってしまっている妓夫太郎。その瞬間、天元の中の糸が切れた……
ぶちゅぅぅッと激しく妓夫太郎の唇に唇を重ね、今度は舌を絡ませていく。
「んん〜〜〜ッ!」
突然天元に濃厚なキスをされ妓夫太郎は驚愕して暴れようとしたが、天元に身体を抱き締められ自由を奪われてしまい、結局天元が満足するまで濃厚なキスを受けるハメになってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宇髄天元には前世の記憶がある。それはハッキリとした記憶。
前世は忍びとして生まれ、それから抜け忍となり、鬼を狩る鬼殺隊へと転身した。鬼とは文字通り鬼である。人を食らう恐ろしき鬼。現代では考えられないであろうが、その存在は確かに実在した。そして、天元にとってその存在は生涯忘れる事のできないものとなった。鬼が朽ちたその後でも、失った左眼と左手がその存在を忘れさせる事がなかった。どんなに平和な時でも、どんなに幸せな時でも、左眼と左手を奪った存在…上弦の陸・妓夫太郎は天元の頭の片隅にいつも存在していた。
失った左眼と左手が疼く時、あの時の死闘が天元の脳裏に甦る…自分の技と妓夫太郎の技が織りなす唄が耳に響く…響いては鼓動が高鳴り、またあの唄が聞いてみたいと思ってしまう…。
それは生まれ変わった先でも同じだった。ハッキリと前世を思い出したのはある日の夜明け前…夢から覚めた瞬間だった。そして真っ先に頭に浮かんだのは因縁の相手…妓夫太郎の顔だった。
「…アイツに会いてぇなぁ」
そう自然と溢してしまう程、天元は妓夫太郎に心を奪われていた。
アイツも生まれ変わっているのだろうか?生まれ変わったとしても会えるのだろうか?
色々考えを巡らせて、この広い世界で再び巡り会えるのは奇跡でも起こらない限り無理な話だなと、結論を出してしまった。
「会えたらそりゃ運命の相手って事だよな」
ハハッと乾いた笑いをしながら、天元は自分の叶わぬ恋に胸を痛め、「俺の今世の初恋こんなんかよ」と打ちのめされた…。
その日、宇髄家の隣の空き家に引っ越してきた家族に出会うまでは…
「しゃ、しゃばな妓夫太郎です…よろしく…」
「………」
引っ越してきたのはどこにでもいるような4人家族だった。父親と母親、そしてまだ小さな兄妹…兄妹の名は、兄は「妓夫太郎」、妹は「梅」。兄の方は生まれつきなのか顔に特徴的な痣があり、その顔を隠すようにフードを深々と被っていた。その特徴的な痣に天元は見覚えがあった…それは間違いなく、前世も今世も自分の心を奪って離さない相手だった。
「……運命じゃねぇかもう」
思わずポツリと呟いた天元の言葉はその場の誰の耳にも届かなかった。
その再会から1年が経ち、今に至るわけだが……
「なぁ妓夫太郎」
「んんー?」
お隣同士ということもあり、妓夫太郎はよく天元の部屋に遊びに来ていた。そして今日も遊びに来ては天元の膝の上に乗って妹に聞かせる絵本の読み練習をしていた。
「お前、何でそんなに俺に懐いてんだ?」
妓夫太郎は自分は前世は鬼であると言っていた。だが前世の記憶があるならば、前世の敵…それも命を奪った自分にこんなにも懐く事があるだろうか?それに妓夫太郎の母親が言っていた。妓夫太郎は顔の痣のせいで人と仲良くなる事を拒んでいると。それなのに自分には何の気兼ねなく話し掛けたり絡んだりしてくる。
もしかして、妓夫太郎も前世から自分にその気があったのか?と淡い期待を胸に天元は妓夫太郎へ質問した。
「んんー?天元はなぁぁ…夢に出てくるイケメンにそっくりなんだぁぁ」
「……は?夢?」
「うん夢ぇぇ。夢だとなぁぁ、俺と梅は鬼なんだぁぁ。こわくてつよーい鬼なんだぁぁ。そんな俺たちを倒すのが天元にそっくりなイケメンなんだぞぉぉ」
(それ、夢じゃなくて前世だな確実に)
ここで分かった事がある。妓夫太郎はハッキリと前世を覚えているわけではない。何となく…そんな気がするといった感じだろうか。だから妓夫太郎は年相応な性格をしている。逆にハッキリと前世を思い出した天元は、あの日からやけに大人びた性格になり、周りよりも体格も良い事から年上に間違われる事が多くなった。そして元々顔立ちが整っていた為女子からモテていたが、更にモテるようになっていたりもする。
「つか、お前らを倒すなら敵じゃん。それなのに何で俺に懐くんだよ?」
「んんー?だってなぁぁ、カッコイイんだぁぁ」
「…ん?」
「ズバッてしてシュバッてしてシュバババァってしてすっごくカッコイイんだぞぉぉっ」
「……(よく分からんが俺の攻撃がカッコイイって事で良いんだよな?)」
「後なぁぁ、目がすっっごく綺麗なんだぁぁ。天元と同じ宝石の目ぇしててなぁぁ。後はぁ、顔もカッコよくて背も高くてカッコよくてぇ、弱いものの味方でカッコイイんだぞぉぉ」
「オイオイ…随分とそいつの事褒めんな…お前、そいつの事好きなんじゃねぇのか?」
真顔でスラスラと話す妓夫太郎を見て天元はニヤニヤと意地の悪い笑み浮かべながら質問した。その天元の質問に妓夫太郎は、
「大好きだぞぉぉっ。カッコよくて俺の憧れの人だぁぁぁっ」
天元へ顔を向けて満面の笑顔でそう告げる。その妓夫太郎の満面の笑顔が眩しすぎて、天元は一瞬頭がくらりとふらついたが何とか持ち堪え、膝に乗る妓夫太郎をぎゅぅっと抱き締める。
「??天元??」
「…んで、その憧れの人に似てっから俺に懐いてると」
「ん?んんーそうだなぁぁ」
妓夫太郎の答えに天元は少しだけ心がモヤモヤとしてしまった。それは、前世への自分に対する嫉妬。妓夫太郎が自分に懐いてるのは前世の自分がカッコイイ憧れの人でその前世の自分と似ているからというもの。今世の自分が好きだから懐いてるわけではない。
(確かに俺自身も前世のコイツに惚れてたからコイツに優しくしてたわけだけどよ)
それは最初だけ…今は、小さな身体で自分よりも小さな妹を守るその健気な姿だとか、自分に向けてくれる純粋無垢な笑顔だとか、今の妓夫太郎が好きで好きでたまらない自分がいる。その想いは、妓夫太郎を知れば知るほど深まるばかりで。
(こうして俺と触れてたら今の俺の事もそれなりに認識してくれるようになっかな)
そう思いながら、天元は妓夫太郎を抱き締める腕の力を強めていく。
少しだけでもいい。今の自分の事も見てくれたらと…。
「あ、で、でもなぁぁ…」
「ん?」
「て、天元はぁぁ…その…カッコよくて、優しいからぁ、す、好き、なん、だぁぁ、俺ぇ……」
自分の腕の中でもじもじとしながら顔を真っ赤にしている妓夫太郎に天元は胸をギュンッと締め付けられ固まってしまう。
(……は?何この可愛い生き物。つか今の愛の告白じゃね??)
今まで色んな女子から告白されてきたが、こんなにも胸が締め付けられる事はなかった天元。これが本命からの告白か。とんでもねえ破壊力じゃねぇかと目をギラギラとさせてしまう。
「妓夫太郎」
「ん…?」
「早く大きくなって俺の嫁になれ」
「……へ?よめ?」
「一生大事にする。大切にするから。約束な」
「ん?ん?…うん分かったぁぁ。約束なぁぁ」
(よし。言質とった)
天元の言葉をあまり理解しないまま返事をしてしまった妓夫太郎…そしてそれをわかった上でガッツポーズをする天元…。卑怯なやり方と思われる形で結んだその約束は、結局は果たされる事となるがその話はまた別の話……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小ネタ集
【唄】
「ううぅぅぅ…」
「どうした妓夫太郎?んな沈んだ顔して」
遊びに来た妓夫太郎がやけに落ち込んだ顔をしていたので、天元は心配そうに妓夫太郎の顔を覗き込む。
「あ、あのなぁぁ…今度、幼稚園でみんなで歌を歌うんだぁぁ」
「あぁ。合唱発表会か。良いじゃん。お前、歌上手いだろ?」
「へ?」
「たまに口ずさんでるの聞いてっぞ」
「き、聞いてたのかぁぁっ!うあぁぁぁっ!」
歌を天元に聞かれていたという事に妓夫太郎は何故か取り乱し始め、「忘れろぉぉ」と天元に縋りついてくる。
「何でそんな必死になってんだよ…」
「だってだってぇぇ…俺の歌は汚いからぁぁ」
「はぁ?」
「俺の歌は汚いから人に聞かせたくねぇんだぁぁっ」
「んだよそれ…お前の歌が汚いとかんなわけねぇだろ。つか、それ誰かに言われ……」
その瞬間天元の脳裏にフッと過ぎった記憶…それは…
『読めてんだよッ!テメェの汚ぇ唄はよぉぉッ!』
そう前世の妓夫太郎に叫ぶ自分の声……
(俺じゃねぇかッ……!!)
過去‥前世の自分の発言に、落ち込んでしまう天元…荒く不規則で読み取る事が難しかった妓夫太郎の攻撃をその一言で表してしまった事を今となって後悔した。
「妓夫太郎…」
「んんー?」
「ごめん」
「へ?」
「本っっ当ごめん」
「な、何で謝ってんだぁぁっ…あ、やっぱり俺の歌汚いから…」
「汚くねぇ!全っ然汚くねぇ!!お前の歌俺大好きだから!!昔っからずっとお前の歌大好きだから!!」
「??て、天元が好きだって言ってくれんなら、俺頑張ってみるなぁぁ…」
自分の歌が大好きだと告げられ、照れ臭そうに笑う妓夫太郎が可愛くて愛くるしくて申し訳なくて、天元は妓夫太郎をぎゅぅっと抱き締めるのだった。
【おままごと】
「兄ちゃとおままごとしゅるぅぅ!」
「いいぞぉぉ!天元も一緒に遊んでくれるってぇぇ!」
今日は天元が謝花家にお邪魔している日。妓夫太郎の妹・梅3歳はおままごとセットを出していそいそと準備をし始める。
「うめがママー!兄ちゃがパパー!」
「天元はぁ?」
「てん兄はぁペッ……」
「俺、妓夫太郎の不倫相手で」
そう言いながら妓夫太郎を後ろからギュッと抱き締める天元。大人が聞いたら耳を疑ってしまうような天元の発言に、幼い純粋無垢な子供二人は「?」と理解していなかった。
「じゃぁてん兄はぷりんー」
「プリンじゃなくて不倫相手な」
そしてその後大人には見せれないとんでもおままごとが行われていった……。
【借り物】
小学校の運動会。天元は障害物競争に出場し、最後の借り物競争を経て1番にゴールに駆け付けた。その腕の中には、天元を応援しに来てた妓夫太郎。借り物のお題を確かめる係の男子上級生は、天元が渡したお題を確かめ始める。
「えっと…お題は【可愛いもの】だね」
「どう見たって可愛いだろ」
「え?うんそうだね。すっごく可愛いね」
「は?お前、コイツを可愛いと思ってんの?は?まさか狙ったりしてんの?」
(コイツスッゲェ面倒くせぇ奴だ!!!)