オチが分かりきった話「これからは人間様にその身を捧げんだなッ」
そう見下ろされながら吐き捨てられた。
負けた…この俺が人間如きに…
弟を守れなかった…守ると決めたのに…
「お姉ちゃんッ!お姉ちゃんッ!」
捕縛されて連れて来られた屋敷で、柱が弟を俺とは別の場所に連れて行く…
「ッぁ、ぁぁ…」
投与された薬によって声を上げる事すらできない。弟を呼ぶ事もできない。
頼む…頼むから…弟には酷ぇ事しねぇでくれ…
目の前が霞みだす…それが涙のせいだって気付くのに時間はかからなかった…
「はぁい!貴女はこっちですよ〜!」
柱の女房の一人である黒髪の結ってない方の女に連れられていく。こんな非力な女にも抗えない程、あの投与された薬は俺から力を奪っていきやがった。クソッ…クソォォッ!
無垢そうな笑顔をしてやがる…何でそんな楽しそうなんだよッ…どうせ今から俺を実験体か何かにすんだろ?オメェらと違って醜女な俺を慰みものにするゲテモノ好きはいねぇだろうからなぁぁ。
連れて来られた狭い場所で俺は全ての衣を脱がされていく…胸だけが育った貧相な身体が顕になった…そんな俺の身体を見て女はニコニコしてやがる…一体今から何されんだ……
この部屋の更に奥の部屋に連れて行かれる…きっとこの先に地獄が待ってんだろうな……俺は、これから自分の身に与えられるであろう苦痛を想像し、目をギュッと閉じて、ギリギリと歯を食いしばった…
「湯加減どうですかぁ〜?あ、髪の毛も今から洗いますね〜」
「!!??」
俺は今、風呂に入らされていた……風呂に入らされ、髪もわしゃわしゃと洗われていく……
「このお風呂凄く気持良いでしょ〜?最新の美容液を混ぜた特製お風呂ですからね〜!いっぱいいっぱい綺麗になりましょ〜!」
……女の言ってる事が全く理解できねぇんだが??美容液?綺麗になりましょう?俺に無縁過ぎんだが??
「はぁい!お湯を頭からかけますよ〜!目を瞑ってください〜!」
頭から湯を掛けられて、髪を洗っていた泡が流されていく…いや、風呂ん中に泡入ってるが??
「安心してくださいね〜!この洗髪料も美容液たっぷりなのでお風呂に入っても大丈夫ですから〜!とことん綺麗になりましょ〜!」
いやだから綺麗になりましょうって何だよ…俺が綺麗になるわけねぇだろ…まさか俺の痣が美容液で落ちるとか思ってねぇだろうなぁ?
「お肌スベスベツヤツヤ髪の毛さらふわになりましたね〜!さぁ!次にいきましょー!」
そう言って女は俺を風呂から上がらせ、大きめのタオルで俺の体を拭いていく。つか次ってなんだ次って……普通に何か怖ぇんだが?は?実験体にするんだよな?
髪の毛も何か風を扇ぎまくって頑張って乾かして、女は俺に白衣寝間着を着せて手を引いて別の部屋に連れて行く。そこで待っていたのは…
「まきをさーん!連れてきましたー!」
「はいはーい!」
変わった髪型をした女房そのニだった。
「はいじゃあこっちに来てねー!」
女は俺の手を引いて、また更に奥の部屋へと連れて行く…いやつかこの家どんだけでけぇんだよ。何部屋あんだよ。
「ちゃんと髪も乾いてるね!よし!じゃ、着替えようか!!」
満面の笑顔でそう告げられた…着替えようかって、何に??
俺が返事をしねぇ内に、女はパパパッと俺に何かを着せていく…いや手際良いし速すぎねぇか?ほぼ一瞬だったんだが?え?くノ一ってこんな早着替えできんのか?つか体が重てぇんだが?俺一体何を着せられたんだぁ?
重石付の何かを想像しながら、自分の体を見下ろしたら…
「!!??」
目に飛び込んできたのは、梅の花の銀糸の刺繍が施された見るからに高価な白無垢……いやよくこんなもんをあの一瞬で着せたなこの女……
「うんうん!似合ってる似合ってる!」
いや似合うわけねぇだろ…俺だぞ?何だ?皮肉か?馬子にも衣装って言いてぇのか?
「綿帽子は、後から着けてあげるからね!」
いやいらねぇんだが?てか何でこんなもん俺に着せた??これ何の実験だぁぁ?
「雛鶴ー!次よろしくー!」
「はいはい」
次!?今、次って言ったか!?次は何だよ!?
黒髪の結ってる方の女房その三が何か箱を持って部屋に入って来やがった…あ、うん…その箱は知ってるわ…遊郭で弟が使ってたし…
女房そのニが俺を畳に座らせて、女房その三が箱…化粧箱から色々と取り出していく……
「あまり厚くはしないでくれって言われたから、少しのおしろいと紅だけでいいかしら」
「うん。その方が自然体で良いと思うよ」
いや待て。待て待て待て。待てやオメェら……
は?俺に化粧しようとしてんのかぁ?俺に化粧なんてしても化ける事なんてねぇぞ?いや既にバケモンみてぇな面だけどよ。
そうこう考えてる内に女は手際良く俺に化粧をしていく…コイツ等手際良すぎねぇか?
俺の唇に紅を塗り終えた女はニッコリと笑って、「よし」と呟く。いや何が?そして女房そのニが俺に綿帽子を着けさせて、俺はこの二人に手を引かれて、また別の部屋に連れて行かれる……
は?何?俺誰かに嫁に出されんのか?そういや柱が人間様にその身を捧げろっつってたな…もしかして、ゲテモノ好きに売り飛ばす気か?……多分そうなんだろうなぁ。昔っから女を痛め付けるのが好きな男はいたからなぁぁ。鬼の体の俺はちょっとやそっとじゃ壊れねぇ…そんな奴の相手をするには丁度いいってわけだ……
惨め過ぎんだろ俺…人間として、女として見られた事なんか一度もなく鬼となって…そして最後は玩具として生きてくなんて……
溢れそうになる涙を堪える為に天を仰ぐ…
せめて弟だけは…純粋で可愛い俺の弟だけは、酷い最期は迎えねぇでくれ……
「さぁ着いたよ!」
襖が開けられた…そこに俺を買うっつうゲテモノ好きな花婿がいんのか……一体どんな面だ……まぁどうせ俺みてぇは酷ぇ面……
「おっ。意外と早かったな」
そこには居たのは、昨夜まで俺と殺し合ってた男…無くなった左眼に宝石のついた派手な眼帯をつけて、紋付袴に身を包んで笑顔で俺を出迎えやがった……
………いやいやいや。コイツなわけがない。さっきも言ったがコイツは昨夜まで俺と殺し合ってたんだしなぁぁ。仲人とかそんな感じなんだろ?それにコイツには美人な女房三人いるし…うん。ぜってぇコイツじゃない。
「お姉ちゃん!!」
色々と考え込んでたら、聞きたかった声が聞こえた…その声のする方に振り向く……
「お姉ちゃん!早く逃げッ…!」
「はーい!花嫁さんの唯一の身内君なんですから大人しく座っててくださーい!」
「お姉ちゃぁぁぁんッ!!」
縄でぐるぐる巻にされて俺を風呂に入れた女房その一に押し倒されながらもがく弟の姿がそこにあった……あ、でも何か高価そうな男もんの着物着てる。やっぱオメェは何着ても似合うなぁぁ。そんな弟に惚れ惚れしてたら…
「おいおい。花婿目の前にして他の男に目移りたぁ感心しねぇなぁ」
顎を指でクイッとされて振り向かされた…目の前には左眼を失った色男の微笑む顔…
……いや花婿どこだよ。どこにもいねぇじゃねぇか。俺を買おうとしてるゲテモノ好きの花婿は何処…
「お姉ちゃんに触るなぁぁ!!この鬼畜すけこましがぁぁッ!!」
「義兄に随分な言いようだな」
………ん?
ギ ケ イ ?
「誰が義兄だぁぁぁ!!お前なんかにお姉ちゃんを嫁にやらないんだからなぁぁぁッ!!」
………え?
弟?何を言ってんだぁ?誰に俺を嫁にやらないってぇ?
俺は生まれて初めて弟の言葉が理解できなかった。
「まっ、弟はあんな風に言ってっけど…お前は俺の嫁になってくれるよな?」
え?あ?んんー?あれ?俺の耳可笑しくなっちまったのかぁぁ?何か色男が微笑みながら俺に有り得ねぇ事言ってきたんだがぁ??
ええっとなぁぁ…俺はコイツと昨夜まで殺し合ってたよなぁぁ?コイツ俺に対して「汚ぇ唄」とか言ってたよなぁぁ?コイツの左眼と左手奪ったの俺だよなぁぁ?
………嫁になる要素、ひとっっっつもねぇんだが??
「お前が奏でてた唄は粗くて汚かったが、その粗さの中に惹かれる華があった。その唄は独創的でド派手で俺の唄と交ざって最高の唄を俺に響かせたんだ」
……何かよく分からん事言い出したぞおい。どうした色男。頭大丈夫か色男。
「お前を手に入れれんなら片目と片手なんて安ぃもんだ。ただ、俺の心を奪った分はきっちり取り立てさせてもらうからな?」
いやそれ俺の台詞…取り立ては俺の専売特許だろぅがぁぁッ。何勝手に使ってんだオイ。
「昨夜は人間様に身を捧げろっつったが、その身は俺だけに捧げてくれよ」
あ、うん。言ってたなぁ。割と冷たく吐き捨ててた気がしたんだがぁ?そんな甘い視線じゃなかったよなぁぁ?一晩でテメェの脳みそに何が起こった??
「俺はお前に惚れた。だから、俺の嫁になれ、妓夫太郎」
…………
いや、唯我独尊過ぎねぇかぁぁッ?自分が惚れたからって嫁になれって……何か俺の手取って口付けてきたんだがぁッ?は?何だそれ??どこまでたらしなんだよッ。そもそもテメェ既に女房三人いんだろうがぁぁッ。しかも別嬪揃いッ。そんな女房の前で何口説いてんだぁ?
コイツの思考が訳が分からな過ぎて、何か体が熱くなってき……
「お姉ちゃん!?何でそんなに顔真っ赤にしてんの!!?」
「ふえぇッ!?」
弟の言葉に今まで発した事のねぇ声が出た…え?何?顔が真っ赤…?え?
「ぁっ、ぃやッ…ぁッ…ぁぅッ…ぁッ…」
え?は?何で?何でだぁぁッ?言葉が全然出てこねぇんだけどぉぉッ?何か心臓もバクバクいってて苦しいんだがぁぁッ?は?何だよこれぇぇぇッ。
「いや可愛過ぎだろ俺の嫁。心臓もバクバク鳴ってっし」
「顔真っ赤にしちゃって可愛いです〜!」
「おしろい薄めだったからモロに出ちゃったねー」
「天元様…あまり花嫁さんを困らせないでくださいね」
「さぁ!弟君も一緒に天元様とお姉ちゃんの結婚をお祝いしましょー!!」
「ふざけんなぁぁぁぁッ!!お姉ちゃん何でもないよね!?顔真っ赤にしてるのってそいつに惚れたとかじゃないよね!!?ね!!?」
「ふぇッ!?ほ、惚れッ…惚れ……」
惚れ…た……?え?俺が?コイツに??
いやてか俺今まで惚れた事ねぇから惚れるってのが分かんねぇんだけど……でも何か…何か…その……
「ぃ、ィヤな気分じゃ、ねぇ………」
「お姉ちゃぁぁぁん!!??」
その後すぐに柱から抱き締められて、俺の心臓は爆発しかけた……
女房共の「キャ〜」とか「コラコラ〜」とか弟の「ぬあァァァァッ!」とか色々聞こえてきた中で、俺の耳に残ったのは、「幸せにすっからな、妓夫太郎」っつう低音の聞き心地の良い囁きだった。