朝は来る。二人の元に。熱い…どこだここは…
……炎?
炎上した街?
─譜面が完成したッ!勝ちにいくぞぉぉッ!
ッ……
これは……
─読めてんだよッ!テメェの汚ぇ唄はよぉッ!
口も身体も勝手に動く…俺の意思とは関係なく…
ヤメロッ…
その手を止めろッ
ソイツから離れやがれッ…
─構うな!いけぇぇッ!
やめてくれッ
ソイツをそれ以上傷付けんじゃねぇッ
ソイツは俺にとって大事なッ…
ヤメロッ
ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ
ヤメロォォォォォォォォォオオッ!!!
次の瞬間、何かが斬られる音が耳に響いた…
その音も、肌に落ちてくるヌルっとした血の感触も生々しくて…俺は吐き気を催す…
「ッあ、あぁ……ッ!」
腕の中にいた男の身体はもう力が抜けきっていた…ようやく意思どおりに動き始める俺の身体…だが、ようやく自身の身体を動かせるようになった俺は、頸の無いその身体の胸に、己の顔を埋める事しかできなかった…
─────
───
──
「ッは!!」
ベッドの上で、宇髄は勢いよく瞼を開いては目を覚まし身体を起きあがらせた。目に映るのは、自宅マンションの寝室…炎に包まれたあの場所ではない…
「ッは…ハァッハァッ…ッ」
鼓動が煩い。息も荒い。嫌な汗が全身から噴き出してくる…。
まただ…また、あの悪夢を見てしまった…
これで何度目だッ…と頭を掻き毟り、銀糸のような美しい髪を振り乱しては、表情をクシャリと歪ませる。
未だ残る生々しい感触が…自分の腕の中で力尽きた首の無い身体の感触が、どうしても離れない…頭を激しく揺さぶり、その感触を振り払おうと必死になるが離れていかない。
「クソッ!よりによって、何で毎回ッ…!ふざけてんじゃねぇよッ…!」
荒い吐息混じりに、絞り出した声で吐き捨てる…誰に告げる為のものではないその言葉に、返答が来る筈もなく、その言葉の後には沈黙だけが続く…
そう静かに取り乱していた時、宇髄はハッとした表情を浮かべた。自身の荒い息と激しい鼓動だけが聞こえてくる部屋…本来なら聞こえてくる筈のもう1つの音が聞こえてこない…その状況に目を見開き、血の気を失う。
恐怖から震える瞳をゆっくりと横に向け、自身の隣に眠るその姿を映す…
「ッ…ぎ、妓夫太郎…?」
横向きで眠っている愛しい恋人の名を呼んでは、その頸が繋がっている事を確認する。繋がってはいるが、まるで息をしていないかのように静かに眠っている恋人…
そんな事はない…有り得ない筈だ…そう思いながらも不安が過り、宇髄はその愛しい顔へと顔を近づけていく。そして…
「すぅ…すぅ…」
「ッぁ…」
静かな中に聞こえてきた規則正しい寝息…上下する胸…それを確認し、宇髄はようやく安堵する事ができ、一息をつく。
「…クソッ」
安堵した後に宇髄の脳内を支配するのは悪夢の記憶…
夢の中で、宇髄はいつも死闘を繰り広げていた。愛する恋人と瓜ふたつの異形な男と。そして最後は必ず、愛する男の頸が飛んでいく…自分の腕の中で…
抗おうと何度も叫んだ。だが、その叫びは決して口からは出てこない。意図せぬ言葉だけが毎回出てくる。同じ言葉が何度も何度も…。
生々しい感触が残るその悪夢を見る度に宇髄の心は抉られていく。
何の為にそんな夢を見るんだ…俺はコイツを愛してるッ…ぜってぇ守るって決めてんだぞッ…それなのに何でッ…!
苦渋に歪む顔を手で覆い、宇髄は今日も心を擦り減らす…
「んッ…んん〜……天元?」
寝惚けた声で名前を呼ばれ、宇髄は視線を隣へ向ける。そこには愛しい恋人がまだ眠そうにしながら半開きの目でこちらを見つめている姿があった。
嗚呼…何でだろう…当たり前の事なのに…お前の口から俺の名が呼ばれるのが今とても幸せに感じる…
愛しさに満ちた瞳を瞼で細めながら、宇髄はただただ愛しい恋人を見つめた。
「どうしたぁぁ?」
「ッ…ぃ、ぃや…何でもねぇよ」
異変を感じたのか…恋人・妓夫太郎は横になったまま首を傾げ、宇髄を見つめた。そんな妓夫太郎に心配はかけたくないと自身は大丈夫であると微笑みを浮かべ答える宇髄だが、
「……まぁた変な夢見たのかぁぁ」
妓夫太郎には全てお見通しだった。
コイツには何も隠せねぇな…とフッと笑みを溢すも、カッコ悪い自分を見て欲しくなかった宇髄は気まずそうに視線を泳がせる。
そんな宇髄に妓夫太郎は、
「ほら」
寝ぼけ眼のまま、両手を広げて差し伸べてきた。
「俺の胸、貸してやっからよぉ」
にへらと柔らかく笑い、胸に飛び込んで来いと妓夫太郎は宇髄に告げる。
その柔らかな笑みを向けられた瞬間、宇髄は胸を高鳴らせる。自分が大好きな笑顔だと。この笑顔を守りたいのだと。この先もずっと。
悪夢が少しずつ遠ざかっていくのを宇髄は感じた。あの生々しい感触も、腕から無くなっていく…代わりに込み上げて来るのは、妓夫太郎への愛しさ…
嗚呼…本当にお前は俺をとことん癒やしてくれるなぁ…
胸いっぱいに広がるその愛しさから、宇髄は赤い瞳を潤ませる。
「ん〜?泣くぐれぇ怖ぇ夢だったのかぁ?」
「…そうだな。メチャクチャド派手に怖い夢だったわ」
ようやく安堵の笑みを浮かべれるようになった宇髄は、横になり妓夫太郎の胸に顔を埋めていく。埋めては、その身を抱き締め、愛しい恋人の体温を肌で感じる。
「オメェにしてはやけに弱気だなぁ」
珍しく甘えてくるような仕草の宇髄に、妓夫太郎はクククッと喉を鳴らしながら笑みを浮かべ、自身の胸に埋もる宇髄の頭をぎゅっと優しく抱き締める。その優しさに宇髄は素直に甘えていく。
愛しい手が頭に触れる。愛しい手が俺を癒やしてくれる。
胸に顔を埋めているのは同じ…だが、夢とは違ってお前は俺に触れてくれる。俺に語り掛けてくれる。何も特別な事じゃない。普通の事なのに…それが何より幸せだと感じれる。
「妓夫太郎」
「んん〜?」
「…ありがとな」
「ん〜?何がだぁ?」
「側にいてくれて…俺を愛してくれて」
あの悪夢が何を告げているのかは分からない。だが自分はこの男を愛している。それは紛れもない事実だ。だから伝える。自分の想いを。
「愛してるぜ、妓夫太郎」
決して離さない。決して傷付けない。その身を決して。
そう心に誓い、宇髄は愛しいその身体を抱き締める。心地良い温もりを与えてくれるその身体を。
「…俺も同じ気持ちだぜぇ。俺を愛してくれてありがとなぁ。愛してるぜぇ天元」
宇髄の言葉に妓夫太郎は優しく微笑み、何かに怯えていたであろう、愛しい恋人をその胸で包み込む。何も心配いらないからと。自分は決して離れないからと。ずっと側にいるからと。
共に朝を迎える為に、2人は瞼を閉じる。
夢の中では迎える事の出来無い朝を、これからもずっと迎えれるようにと。
「……なぁ妓夫太郎」
「ん〜?」
「……チンコ勃ってきた」
「オメェ俺の心配返せやゴラァ」