そうだあの時は(領主踊り子if)◆そうだあの時は◆
「…はぁ、終わり!疲れたぁ〜。」
最後の書類にサインを入れると、
オレは左手の羽ペンをインク入れにスコンと投げ入れる。
そのまま、デスクの上にぐたりと顔を埋めた。
「ふふ、遅くまでお疲れ様。」
そんなオレに、エイトが離れた場所から労いの言葉をかける。
ひれ伏したテーブルから、チラリと目だけでエイトを探す。
同じ部屋の中、本棚の近くにある大きめのソファー。
最近はそこが彼の定位置だ。
エイトは優しく微笑むと、開いていた本に栞を挟んで閉じた。
字を覚えてから、エイトは暇があれば本を読むようになった。
聞けば、物語から経済学、法学までジャンルは問わないらしい。
エイト曰く、本は色んな世界が覗けるから好き、なんだそうだ。
…文字を覚えた事で、エイトの世界がまた一つ広がって良かったと思った。
少し前、オレはエイトにプロポーズをして、無事に受け入れて貰う事が出来た。
正真正銘の家族になれたんだ。
それからというもの、
エイトの個室は一応残してあるが、基本的にはオレの部屋で2人で過ごすようになった。
部屋は元々一人には広すぎるので苦しくはない。
…が、ベッドだけは、これを機に一回り大きなものに変えた。
2人でも、ゆったりと使えるサイズにしたいと思ったからだ。
買い換える時、執事のパノンがニヤニヤした目を向けてきたのは今でも忘れない。
…別にいいだろ、パートナーなんだから。
「ねぇ、早くこっちきて。紅茶いれるね。」
「ん〜サンキュ〜。」
声に導かれ、重い腰をなんとか待ち上げる。
オレは長時間のデスクワークで緩んだガウンを直しながら、エイトの隣に座った。
「ん?これって…。」
「君、このお菓子好きでしょ?この前街に来てたバザーで見つけたんだ。」
テーブルの上に広げられた、オレの好きな茶菓子。
地方の品なので、その辺にはあまり出回っていないレア物だ。
隣では、エイトが手慣れた手つきで紅茶を煎れている。
「え、買っておいてくれたの?ありがとな。」
「だって、君はいつも、僕の好きなものばっかり買ってくるからね。君の好きな物は僕が買わないと。」
「そっか?そんな事ないけど。」
「ふふ、そんな事あるんだなぁ。」
たわいもない会話をしながら、オレはふとある瞬間を思い出した。
「あー…なんかさ、この感じ…ちょっとデジャヴだな。」
「え?」
「ほら、エイトと出会った頃、ケンカしただろ?エイトがまだ踊り子の時。このブランドの菓子買ってきてくれたのに、オレがヤキモチ妬いて台無しにした夜の事。」
エイトは一瞬手を止めると、そのまま紅茶をゆっくりとカップに注いだ。
「あぁ、あったねぇ…本当に最初の頃の話だ。」
「あの時…エイトの首にキスマーク見えてさ。そしたらオレ、頭がカーってなって。気付いたらもうあんな感じ。」
「あれは僕も覚えてるよ。あの瞬間、君に軽蔑されたって思ったから。」
「あの時は…本当にごめんな。オレ、あの頃にはエイトの事、こういう気持ちで好きだったんだよ。なのに全然自分の感情に気付いてなくてさ。」
エイトは紅茶の入ったカップを1つ、ゆっくりとオレの前に差し出す。
「…やだ。絶対許さない。」
「え?」
意外な言葉に、オレはキョトンと目を開く。
そのまま、エイトは俯いてつぶやいた。
「でも…今、キス…してくれたら……許して…あげても…いいよ。」
「…きす?」
オレはポカンと繰り返す。
エイトは変わらず視線を合わせようとしない。
よくみると、横髪から覗く耳が赤くなっている。
「は……?なにそれ…かわいすぎない?」
「可愛くなんか、ないよ…//」
「もー!そんなんどこで覚えてきたの??いくらでもしてあげるっての!どこがいい?手?頬?額?唇?」
「え!?えっ!?//」
「よしきた。全部だな。」
そう言うと、オレはエイトの頬に手を添え、手のひら、額、頬、唇にゆっくりとキスを落とす。
「これで、許してくれる?」
「…うん。許す。」
「ふは、良かった。」
「あの…ククール。僕も、あの時は早とちりしてごめんなさい。」
そう言い、エイトも小さく微笑んだ。
そんなエイトの肩を、オレはゆっくり抱き寄せた。
「あ…そう言えばだけど、あの時はまだエイトにとって、オレは友達…だったんだよな?」
「…?どうしたの急に?」
紅茶のポットをテーブルの奥に置くと、エイトはきょとんとこちらを見る。
「いや…そのさ、エイトって…最初オレの事どう思ってたのかなって。いつ頃から意識してくれてたのか…気になって。」
「え?うーん…いつかな…。君が特別になった瞬間…って事だよね?」
「そう。…なんかいいな、その特別になったっていう表現。」
「改めて言うと、なんか照れちゃうね//」
エイトはえへへ…と笑う。
え〜〜…オレのパートナー、可愛いくない??
すんごく可愛くない??
オレは緩んだ口元に手を当てる。
「…で、オレの第一印象はどうだった?」
「そうだなぁ…すっごく綺麗な人だなって思ったよ。あの夜、初めてドアから君の顔を覗いた時…ドキッとしちゃった。」
「ふぅん?そんなの微塵も感じさせなかったな。」
「そりゃあね。感情が顔に出てたら仕事にならないから。…あ、あと若いなって思った。」
「若い?」
「うん。僕の知る限り、領主クラスだと若くても40歳後半とかかな。君は僕と3つ違うだけなのに、数年前から領主様してるって知って驚いた。」
「なるほど。」
オレは紅茶に口を添えた。
喉からジンワリと温かい紅茶が身体に広がる。
「あとは?」
「あと…そうだなぁ。最初は…変わった人だな〜って思った。」
「え、どういう事?」
「だって…夜にお部屋に行ってさ。あの空気でまさか…そ、添い寝してって、言われるなんて…思わなくって…。」
そう言うと、エイトは思い出したかのようにクスクス笑う。
「オレってピュアだろ?」
「ふふっ…とっても、ね。あの日は僕たち、結構遅くまで色んな話をしたじゃない?そしたら君、途中で寝ちゃったんだよ。覚えてる?」
「覚えてるよ。気付いたら朝だったからな。」
「そうそう、熟睡してたよ。変わってるよね…出会って間もない、こんな怪しい人間が隣にいるのに。」
「…プライドの為に言うけどさ。これ、誰にでもって訳じゃないからな。オレだって相手をちゃんと見るよ。」
「にしても、油断しすぎだよ。僕に寝首かかれたらどうするつもりだったの?」
「そういう相手は…まず屋敷に入れない。」
「…あ、そっか。確かにそうかもね。」
優秀すぎる執事の防御壁を突破した。
オレにとってはそれだけで大分信用になる。
「でも、そうだとしても甘いと思う。人なんてすぐには判断出来ないからね。それに、君の命を狙ってる人、沢山いるんでしょ?」
「まぁ…それなりに?」
「なのになんで君は…あんな…スヤスヤ…ふふ。」
「おーいエイト君。笑うか叱るか、どっちかにしてくれ。」
「だって君の寝顔、本当に可愛くて…。普段はこんなに大人っぽいのに、眠ると子供みたいなんだよ?知ってた?」
「ふーん。それはエイト君しか知らないと思うぜ?」
「あ……そ、そっか//」
オレの言葉の意味を理解したエイトが、照れくさそうに笑った。
その顔を見て思う。
お前こそ、擦れてる様で誰よりもピュアだし、綺麗なんだぞって。
そのまま、オレは続ける。
「エイトと話してるうちに、感じたことのない安心感を感じたんだよな。なんていうか…居心地のよさ?この相手なら、大丈夫…みたいな。非理論的だよな。」
「確かに、なんだか君らしくないかも。」
「つまりあの瞬間から、すでにエイトはオレの特別だったわけだ。」
「そっかぁ…。」
「あの後いじってきたからドニの奴らに聞いたけど、運命ってやつはそーゆーもんらしいぞ。ま、オレも初めてだったけどな。」
「運命…。」
「で、話それたけど。そろそろ聞かせてくれよ。いつからエイト君はオレの事大好きになってくれたの?」
オレは隣のエイトの頬を指でぷにぷにとつつく。
エイトはもはや慣れて、されるがままだ。
「う、うーん…待ってね、思い出すから。」
「うん。」
「最初は…たしかに友達だったんだよね。初めて出来た、歳の近い同性の友達。」
「うん。」
「君と…ケンカして、君の部屋に通わなくなってから…何をしてても君の事が頭から離れなくなって。町で…友人らしい2人組とか見るたびに、そうなれなかった君と自分を重ねてて…。」
「うん。」
「なんか、言葉にできない消失感…があって。その後、あの…ドニでの最後の講演の後、キャラバン長に…君の所へ女の子を向かわせるって聞いて…そこで、かな。」
「嫌だった?」
「うん…急に頭の中がヤダって叫んだんだ。確か僕、君に言ったよね…あの時。」
「うん。熱烈な告白の言葉な。脳内永久保存してる。他の人に添い寝しちゃヤダ…君の事が好きですってやつ。」
「え!?何でその部分だけ!?は、恥ずかしい…今すぐ忘れてっ!!」
「そうしたいのは山々なんだがな…なまじ頭がいいせいか、エイトの可愛い声も表情も、脳内再生できるレベルで覚えてんだわ。」
「い、いやだぁ〜!!//」
そう言い、エイトが両手で顔を隠す。
「大丈夫大丈夫!これ、オレがしばらくヘタれてたのもセットだから!」
「ヘタ…??」
「だって、こんなにエイトが好きなのにそれに気付くの遅くいし。挙句にはエイトの事悩ませて、傷付けて、好きな子に先に好きだって言わせて。オレヘタれでしょ。」
「…そ、そんな事思わないけど。」
「元百戦錬磨のククール様ともあろうものが、本命相手にしたらこれだよ。笑っちまうよな。」
「でも僕、君に好きになってもらえて本当に良かった。君は素敵な人だから引くて数多だろうし、そもそも同性同士だし。この気持ち自覚してから片思いだったらと思うとぞっとする。きっと…一生引きずってたと思うよ。」
そう言い、エイトがオレの肩に頭を預けてくる。
オレはその頭をゆっくりと撫でた。
「それ、そのままそっくり返すから。オレ、エイトともう数日も離れらんないくらい依存してるから。」
「え…?あ、サザンビーク公演の事?」
「うん。エイトと離れても、もっと我慢できると思ってたのに、正直1週間もたなかった。」
「あ、あのね?それ、僕もだよ?」
「え?」
エイトはオレの肩から頭を持ち上げると、そっとオレの耳元に囁く。
ここにはオレ達しかいないのに、秘密事を話すような仕草が可愛いと思った。
そのまま、エイトはこそこそと耳元で話し続けた。
「僕、キャラバンに着いてから数日で…君の事想って…シてたから。」
「…えっ?」
一瞬、言われた言葉が理解できなくて。
オレはキョトンと隣のエイトを見つめた。
エイトは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ふふ、ヒミツね?」
「ちょ、ま…え!?それ、詳しく!!」
「…あ、もうこんな時間だ。明日もあるし、そろそろ寝なきゃ。」
「まって!待ってくれよエイト君!!シてたって何を!?え…そういうこと…?ちょ、そ、それって勿論一人でだよな!?」
「さ、ククール。もうお布団行こうね。」
「なぁ!それ、オレの事想像してって事!?キャラバンで!?声抑えて!?うわぁ…エロい…やばくね?それめっちゃ見たい!!」
「…見たい?」
「見たい!!!」
「そっか…そう…えぇ…と、そのうちね。」
「お、言ったな!?絶対だからな!?約束だからな!?」
「ふぁあ…うん。やくそく、ね。」
目をギンギンに開くオレとは逆に、エイトは眠そうにふわふわとあくびをする。
「え〜…一人エッチしてるエイトとかやばい…考えた事なかった。」
「え、食いつきがすごい…(笑)」
「な。オレ自身、めっちゃ興奮してる自分に若干引いてる。」
「え?…ふふ、素直でよろしい。しょうがないから…ククールだけ。特別だからね?」
「まじかぁ…うわ〜今日寝れるかな。」
「今日は大人しく寝ます。」
「はい…。」
そう呟いたオレを布団に押し込むと、その隣にエイトが身体を入れてくれる。
オレが悶えている間に、部屋のランプも消されてすっかり寝る支度が完了していた。
「今日もお疲れ様。おやすみ。」
「おやすみ…。」
そう言い、エイトが瞳を閉じる。
そのまぶたにそっとキスを落とすと、オレもエイトを追って、夢の中に旅立った。
【完】
夫婦になった頃、こんな昔話をしている時もあったのではないかと。
そしたら、最後に思わぬ約束してるし…。。
エイト君のひとりエチチ編、あるかもしれません。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
2024.07.28黒羽