マイエラif〜喧〜◆喧◆
僕は見てしまった。
何って…ククールの浮気現場をだ。
その日は、街で買い忘れの道具を、閉店ギリギリの遅い時間に買いに行った。
その帰り道、酒場からバニーちゃんと2人で、ククールが出てきたのを目撃してしまった。
バニーちゃんはククールの腕に抱きついていたし、ククールもそのままにさせていた。
頭をガンと殴られたような衝撃だった。
…なんだよ。
あんなに僕の事だけだって言ってたくせに。
僕の事が大好きだって…何回も何回もベッドで囁いてくれたくせに。
やっぱり、女の子が好きなんじゃないか!
心のどこかで分かってはいたけど、胸が苦しい。
哀しい。
悲しい。
そのまま、僕は人混みに隠れ、逃げるように宿へ走った。
*
「ただいま。」
「…お帰りなさい。」
ちょっと心の整理に時間が欲しい。
そんな時でも、奇しくも僕は彼と宿が同室だ。
そして、そんな僕の心情はお構いなしに、
テーブルで道具整理をしている僕に、ククールが声をかけてきた。
「エイト。今日は買い出しとか、手伝わなくてごめんな。」
「うん、大丈夫。それより…ククール、ご飯食べた?」
「あぁ、偶然昔馴染みと会ってさ〜。今日は外で済ませてきた。」
「そっか。」
「もしかして待ってた?悪かったな。」
「ううん。別に約束してた訳じゃないから。まだなら一緒にどうかなって思っただけ。」
「あぁ…ごめんな。」
「気にしないで。じゃ、僕ちょっと外行ってくるね。先にお風呂行って。」
「おー。気をつけてな。」
ククールに見送られ、僕は財布を持って部屋を後にした。
…パタン。
宿の扉に背中を預けて、僕はハァと息を吐く。
(…昔、馴染み。)
…その言葉。
嘘ではないと、思いたい。
でもさ…別に腕を組む事ないじゃん。
ご飯食べて、あんなにくっつく必要ある?
お酒入ってたんじゃないの?
2人きりで飲んだの?
「…はぁ〜。僕、心狭すぎる。」
自分の独占欲の強さに、嫌気がさす。
たとえ僕達が付き合っていたって、彼にだって人付き合いはある。
頭ではわかってる。
でも…。
「嫌なものは、嫌だもん。」
どうにかこの気持ちを、彼にも分からせてやりたい。
僕が先に惚れたから、多少の負けは認めるけども。
…ククールにも、ちょっとだけ、ヤキモチ妬かせてやる!
そう思い、作戦を練るべく、僕は宿備え付けのレストランに向かった。
*
「お兄さん、いつもありがとうね。」
「いえ、そんな。こちらこそありがとうございます。」
「…あ、その//また来てな。サービスするからさ。」
「はい、また来ますね!」
それから、僕は買い物をする度に、ひたすら笑顔を振りまいた。
男女関係なく、目を覗き込んで、僕を意識させる。
…昔から、ニコニコしていると不思議と色んな人に声をかけられた。
大人になってからは、トラブルも起こるから控えていたけど、久々に口角筋をフルで活動させた。
…作戦はこうだ。
とにかく、僕も誰かと仲良くなって、ククールにヤキモチを妬いてもらう。
なんて単純明確な作戦だ。
というか、1晩考えて、それしか浮かばなかった。
一瞬、素直に嫌だと思った事を、ククールに話す事も考えた。
でも…それは、僕のなけなしのプライドが許さなかった。
僕だって、本気出せばモテるんだって事を思い知らせてやる。
油断してると取られちゃうって、思わせてやるんだ。
「…なぁ、エイト。」
「ん?何?」
「いや、何でもない。」
「?そう?」
ククールは何か言いたげだ。
でも何も言ってこない。
…そうだよ。
そうやって、モヤモヤしてればいい。
僕の事だけ考えていればいい。
そう思うと、僕は少しだけ気持ちがすっとした。
*
その後も、僕は『笑顔でお買い物作戦』を続けた。
すると、1人の道具屋の若い男の人が僕に気を持ち始めた。
僕が買い物に行くと、彼は顔に、ぱぁっと花を咲かせる。
僕はそれに、笑顔で応えた。
「な…なぁ、エイトさん。」
「はい?」
「もし良かったら、今夜とか…ご飯でも行かないか?その…旅の話、聞きたいなって…。」
「あぁ…いいですよ。もう少し、この街にはいる予定なので。」
「!本当か!?」
僕の快諾に、彼は頬を染める。
…心底嬉しそうな笑顔に、少しだけ心が痛んだ。
そうしてその日の晩、僕は彼と食事をした。
目をキラキラさせて僕の話を聞いてくる彼が、とても可愛かった。
間違いなく、彼は僕に恋をしている。
…昔の自分を見ているようだ。
好きだって気持ちは、こんなに眩しいのに…僕は今彼に対して一体何をしているんだろう。
彼を騙している罪悪感で、僕はその場の食事は味がしなかった。
*
…ガチャ。
「ただいま。」
「…おかえり。」
食事を終えて、僕は宿に戻った。
ククールがベッドの上で本を読んでいた。
視線は本から動かさない。
…機嫌が良くない様子だ。
「エイト、どこ行ってたの?」
「え?…あぁ、ちょっと食事に誘われて。」
「それ、あの道具屋の男?」
「…そうだけど。」
そう言うと、ククールはようやく読んでいた本を畳んだ。
「…なぁ、ワザと?」
「え?」
「分かってんだろ?あの道具屋、お前に気があるって。」
「…そんな事。ただの友達だよ。」
そう言う僕の言葉に、ククールが小さく舌打ちをした。
僕の胸はドクンと警告を鳴らしたけれど、顔には出さなかった。
「あっちはそうじゃない。人の感情に聡いお前が、分かんない訳ないよな?…最近、あんなに笑顔振り撒いといて、色んな人間にモーションかけて。一体どういうつもり?」
「別に…そんなんじゃないよ。」
「何?オレへの当て付け?オレお前になんかした?」
「……。」
「…なんか言えよ。なんかあるんだろ?」
「…別に。」
「……そ、あくまで言わないつもりか。」
そう言い、ククールは頭をぐしゃぐしゃとかいた。
僕はククールに背を向けたまま、自分のベッドに荷物を下ろした。
「…ま、いーわ。お前がその気なら、オレも考えるし。」
「…何それ。どういう事?」
「さぁね。…お前も、男遊びは程々にしろよ。」
「ッ…!!」
……男、遊び?
ぐわしと、頭を掴まれた気分だった。
男遊び…。
昔から、一度だって望んでそんな事、した事もない。
…確かに、性に爛れた生活はしてたけれど。
でも…僕はずっと、
ずっと、1人の男の人だけを。
…君の事だけを想ってきたのに。
その君に、その言葉を言われるのが、こんなにもツラいなんて…。
「…おとこ、遊び…。」
「…?」
僕の口の中はカラカラだった。
ショックだった。
悲しかった。
ククールには、嘘でも…そんな言葉言って欲しくなかった。
でも…今…僕がやってる事って…その通りじゃない?
自分の欲の為に、無垢な人の心を弄んでる。
…あぁ、なんて最低な人間だろう。
だから、きっとバチが当たったんだ。
神様はちゃんとみてるな、なんて。
僕は心の隙間で思った。
「…エイト?」
「……。」
ククールが声をかけてきたけど、僕はとても彼に向き直ることが出来なかった。
口がガクガクと動かない。
ただ、目の前がボロボロと涙で溢れて止まらなかった。
「…は、え!?」
「……。」
「エイト!?な、泣いてんの!?」
「……。」
僕の様子に違和感を持ったククールが、僕の顔を強引に覗き込む。
僕は何も言えず、彼を見ることも出来ず、ただ足元を見ていた。
顔を拭う事もしなかった。
頬を雫がぼたぼたと落ちている。
…そんな僕を、ククールが正面からギュウと抱き締める。
「ちょ、も…なんなのお前は!」
「……。」
「あーもう、泣かせたい訳じゃなかったんだって!いや…オレだって、ちょっとむしゃくしゃしてて…。なんか、最近のお前が…らしくないから…。いっぱい、笑顔の大安売りしてるし…。」
「……。」
「…ごめん。さっきの言葉、言っちゃいけない事言った。」
「……ぅ、えぇ…。」
このククールの謝罪で、僕のつまらないプライドがガラガラと崩れ散った。
僕は子供みたいに声を上げて泣いてしまった。
…だって、こんな想い、した事ないから分からないんだ。
君の事が好きで、好きで、堪らない。
どんどん、心が狭くなる自分が嫌い。
自分の欲のために、人を騙す様な人間になってしまった自分が大嫌い。
ククールが好きになった、素直な可愛いエイトは、もういない。
見て…僕はこんなに真っ黒だ。
ククールに嫌われたらどうしよう。
こんな可愛くない僕、きっと捨てられちゃうよね。
あぁ、せっかく両思いになれたのに。
幸せだけだと思っていたら、むしろ不安だらけだ。
毎日毎日、不安なんだ。
君がいつ、僕から離れて行ってしまうのか…怖くて仕方ないんだよ。
「…エイト、ごめん。泣かないで。」
「ぅ、あ…あぁ。」
「ごめん、オレヤキモチ妬いたんだ。エイトが取られるんじゃないかって。」
「ぁ…ごめ、なさ…。」
「え…?」
「…ごめん、なさぃ…!ぼ、く…悪い事してた…!」
「…なに?」
「ごめんなさい…ごめんなさぃ…!」
ただ謝る僕の頭を、ククールが優しく撫でてくれる。
もう片方の手で、泣いてひくつく背中を摩っている。
「…エイト、最近らしくない事してたよな。どうして?ゆっくりでいいから、教えて?」
「…ん、っ…ククール、が、取られちゃうって思って、怖くて…。」
「オレが?誰に?」
「…バニーちゃん。」
「………え?あ、あれ?お前見てたの!?」
「みてた…買い物の…かえり…。酒場から…出てきたとこ…。」
僕はぐずぐずした鼻声で素直に話した。
ククールは僕を抱きしめたまま、僕にベッドに腰掛けるよう促した。
「…あー。…あぁ、あー。何か分かってきたわ。」
「…友達って言ったのに、うで…組んでたから…。やだなって思って…。」
「…うん。」
「でも…心が狭い僕も、やだなって思って…。でも…ククールにも…ヤキモチ妬いて欲しくて…。」
「…そーゆー事かぁ。」
「僕、サイテーだ…いやな人間になっちゃった…でも…こうするしか…思いつかなかった…。」
「…そっかぁ。」
「…ククール、嫌いになった?僕の事…もう嫌になった?可愛くないよね…こんな…最低な事…。」
「ばぁか。…大好きだよ。」
そう言い、ククールが僕のおでこにキスをした。
「いや…元はといえばオレが悪いよな。誤解させて、不安にさせた訳だし。」
「…ちが、僕が…最低な事した…。」
「ううん。謝らせて。…でも、あのバニーちゃんは本当にただのお友達。ドニの酒場での昔馴染み。そこは信じてくれる?」
「…うん。」
「…で、どうしてもあの頃の友達ってスキンシップ距離感近いからさ。あれくらい…と思ってだけど、エイトの立場であんなの見たら…そりゃ浮気だと思うよな。増してオレ昔は遊び歩いてたし。」
「……ごめんなさい。ぼく…ククールの事、疑った。」
「うん。オレも傷付けてごめんなさい。」
そう言い、ククールは僕を撫でる手を止めて、両手でギュウと抱きしめた。
「僕…ククールに当て付けで…ヤキモチ妬いて欲しくて、こんな事してた…。」
「そうだよ。酷くない?オレ結構モヤモヤしたんだけど。いつ辞めさせるべきかなって考えてた。」
「…僕、人の気持ち、考えられて無かった。」
「そうだな。…でも、オレとしては、エイトが心変わりしたんじゃないって分かって安心したけど。」
「…?僕は、これからもずっと君が好きだよ?」
「分かんねーじゃん。オレ昔からこんなだし。」
「なんで?今更嫌いになんかならないよ。」
「あ、そう?(笑)ま、とりあえず、よかった。…と同時にさ…あの道具屋、どーすんの?」
「…謝る。素直に。」
「告白されたの?」
「されてはないけど…多分、僕の事…結構好きだと思う。」
「全く…お前はすげー魅力的なんだから、今後は二度とこーゆー事すんなよ。頼むから、オレのライバルを増やすな。」
「そんな事ないけど。でも、もう二度としない。」
「…ん。そーして。」
そう言い、ククールは僕を抱きしめたまま、ベッドに倒れ込む。
「…はぁ。でも…オレ、安心したぁ。」
「何が?」
「オレはさ、エイトが道具屋に惚れたと思い込んでてさ…この数日気がきじゃ無かったんですけど?」
「まさか。」
「あの道具屋…優しそうで、真面目そうだし。オレとは正反対でさ…。あっちもエイトの事、本気で好きそうで…大切にしそうだし。」
「でも、僕は…君しか見えてない。」
「…うん。良かったぁ。」
あ…ククールの心臓がトクトクと鳴っている。
ククールの腕の中はとてもあったかくて、安心する。
「…明日、道具屋さんに謝ってくる。」
「なんて言うの?告白もされてないのに。」
「…実は、明日も夜ご飯誘われてて。」
「意外と手がはえーな。」
「僕が…旅立つ前に…沢山会いたいって言われたんだよね。」
「あー…ガチだな、そりゃ。」
「…諸々断って、殴られてきます。」
「そーだな。そしたらベホマしてあげる。」
「…うん。」
そう言い、僕はククールの胸に擦りつく。
…最初から、こうしていれば良かったのに。
つまらない意地を張ってしまい、こんな遠回りをする事になった。
(…反省しなきゃ。)
「………。」
「…?」
擦り擦りと頬を添えていると、ククールがゆっくり覆いかぶさってきた。
「…仲直り、えっちしたい。」
「…いいけど、僕こんなに酷い顔だよ?」
「エイト君の泣き顔、激レアじゃん。可愛いね。」
「…可愛いくないよ。君は変だな。」
「酷!…エイトはぜーんぶ可愛いよ。」
そう言い、ククールは僕の唇にキスをした。
【完】
道具屋、と言う名のモブゥ。
エイト君はこんな事普段は絶対しないタイプの子ですが、恋が彼をこうさせた。
そのくらい、ククールが好き。
だいぶ好きの矢印がエイト君から強い感じです。
泣いたエイト君も激レアなので、この夜は大層お楽しみだったようです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
2023.01.17 黒羽