①出会い(領主踊り子if)◆出会い(領主踊り子if)◆
ある日、ぽっくりと、
マイエラ領主だった父が死んだ。
そして悲しむ間もなく、跡継ぎ問題が浮上した。
オレには、腹違いの兄がいる。
齢24にて、マイエラ修道院の騎士団長を務める、それは優秀な男だ。
きっと彼が父の跡を継ぐ。
オレはそう疑わなかった。
しかし、その予想に反して、彼は領主を継ぐのを辞退した。
父の女癖の悪さで出来た、己の出自を理由に断ったという。
(本音は、多分違うと思う。)
結果、オレは18歳の若さで領主を継ぐ事になった。
そんなクソの様な父だが、仕事は出来る男だったようだ。
領主を継いでからは、毎日それは目が回る日々だ。
オレは、領主の勉強を殆どしていなかった。
父は…オレの事をあまり好きでは無さそうだったから、オレが跡を継ぐ日なんて来ないと勝手に思っていたからだ。
母さんが死んでからは、特に距離を置かれていた。
オレが朝帰りしても、顔色ひとつ変えない。
嗜める事も、何もない。
そんな冷めた家族だった。
それなのに。
本当に、血筋とは厄介なものだと思った。
…それでも、跡を継いで、もう3年になる。
「おい、来月分、修道院に予算をもっと回せ。」
「いや、無理だって…これで限界。」
「この前着工したドニの裏の山の開拓分、こちらに回せばいいだろう。予算を見たが、金をかけすぎだ。2割減らせ。」
「アレは土砂崩れの危険があるから、金かけて早めに片さなきゃなの。ってか、なんであんたが予算知ってんの。」
たまに、頭のキレる兄に小言を言われる程度で収まる程には慣れてきた。
…と、思う。
「フン、お前の金の回し方は緩いからな。」
「えぇ、えぇ。ですよねぇ〜?だから、何度も言うけど、あんたが領主やった方がいいと思うなぁオレ。今日から変わる?」
「阿保が。誰があの男の後釜になどなるか。」
「はい、出ました本音〜。」
と、砕けた会話ができるくらいには、兄弟仲も悪くない。
しかし、兄の鋭い指摘が、まるで定期テストのようだ。
部屋から出て行く兄を見送り、オレは小さく息をついた。
兄と入れ違いに、執事が紅茶を持ってくる。
天を仰ぐオレに、執事が状況を察して、柔らかく微笑んだ。
「あの様に仰いますが、マルチェロ様はククール様をお認めになられていますよ。」
「…さぁ、どーだかな。」
オレは淹れられた紅茶のカップにゆっくり手を伸ばす。
落ち着いた香りが、身体の緊張を解していく。
「時に、ククール様。今宵はどうぞお早目に、お仕事を切り上げて下さいませ。2時間後に馬車を呼んでおります。」
「ん?あぁ、例のイベントな。ちゃんと頭に入ってるよ。」
「領主のスピーチもございますから、遅刻は厳禁です。」
「ハイハイ。分かってますって。」
町おこしの為、オレは定期的に催しを開催している。
これが意外と評判で、最近は他国からの参加者もいる程だ。
少し波に乗ってきたので、今回は有名なゲストを用意した。
「例の旅のキャラバン、無事着いたか?」
「えぇ。先程無事に到着したと報告を受けております。他国でも有名な、例の踊り子のステージがあるそうで、楽しみですね。」
「おかげで、今回は随分と金を積まされたよ。」
「その分、利益も大きいかと。」
「そうでないと困るね。」
世界を回る、旅のキャラバンは沢山あるが、中でも各国で今1番有名なキャラバンを呼ぶ事ができた。
特に、『踊り子』のステージが素晴らしく、国々で専用のステージを建てないかと声を掛ける程らしい。
「果たして、いくら稼がせてくれるかねぇ。」
「それもですが、素直にステージを楽しむ事もお忘れなく。きっとククール様の気分転換にもなりますよ。」
「あー…そうだな。楽しみにしとくよ。」
「はい。」
そう会話し、オレは再び紅茶のカップに唇を添えた。
*
空が暗くなり、夜空には星が瞬きはじめた。
たいまつの灯籠が暗闇を程良く照らし、会場はイベントのムードで賑わい始めていた。
今回は船着場を使っての大規模イベントだ。
収納人数も多く、屋台も多い。
今回も当たりだな、とオレは密やかに胸を撫で下ろした。
慣れた領主スピーチを終えると、
オレは、ステージの正面である、領主特等席に着座する。
ここからだと、踊り子の顔までよく見えそうだ。
どんな色っぽいお姉さんが出てくるだろう。
しばらく、そういう場所にも行ってないから、こういうワクワク感は久々だ。
不思議と胸が躍る。
少しすると、太鼓と独特な弦楽器のリズムで、会場が一気に盛り上がる。
激しいリズムで曲が盛り上がりを見せると、ようやく一つの人影がステージに飛び込んで来た。
ワア…!という声に呼応する様に、ステージの中央に立った踊り子は深々と頭を下げた。
薄紫の大きなベールをかぶっており、まだ顔がよく見えない。
髪は短く、おそらく深い茶色。
小さな赤い花がまとまった、華やかな髪飾りをつけているようだ。
そのまま、太鼓が猛々しく鳴ると、ステージの空気は一新した。
踊り子は全身を翻し、両腕についたリボンを使い美しく舞う。
バク転や宙返り、側転を散りばめ、時に手先まで届いた妖艶な動きに、思わず目が釘付けになる。
言葉に、表すことが出来ない。
とても、美しい。
それは芸術的な舞だった。
しなやかにしなる身体に見惚れていると、オレはある事に気付く。
(あれ……男、か?)
性別を読みにくい、美しい身体使いだったが、
女性独特の膨らみがない。
にも関わらず、誘う様な瞳に目が離せない。
ひたすら目で追っていると、ある瞬間、彼と視線がぶつかった。
その時、彼が控えめに瞳を細める。
微笑まれたかのように見えたその表情に、オレは一瞬仕事を忘れていた。
*
イベントは大成功に終わった。
町はまだ祭りの渦中だったが、オレは先に家に戻った。
久々に良いものを見た。
『本物』の芸術を見たな、と胸は充実感で満たされている。
…あれは、確かにお抱えにしたくなるのも理解できる。
でも、あのレベルの芸術は、もっと広い世界で人の目に触れた方がいい。
幸運にも、キャラバンとしては明日から1週間、マイエラに滞在するようだ。
キャラバン隊の長と信頼関係を作り、またすぐ呼べる様にツテを作るには、十分時間がある。
この機会、必ずモノにしなければ。
そんな事を思いながら、オレは寝巻きのローブのまま、書類仕事に目を通していた。
そんな時、部屋の扉がノックされた。
「…?」
時間は23時を超えている。
執事達もおそらく個室で休んでいる筈だ。
聞き間違いか?と思っていると、2度目のノックが響く。
…聞き間違いではなかった様だ。
「誰だ?」
声をかけても、返事はない。
かと言って、入ってくる訳でもない。
不思議に思いながらも、オレは書類をテーブルに置くと、ゆっくりと扉へ足を向けた。
…念の為、壁からレイピアを取る。
「誰だ?…!?」
控えめに、扉を開ける。
すると、目の前には灰色のローブを来た人物が立っていた。
知らない人物が家の中にいる驚きで、オレは思わず身構える。
「…お前、どうやってここに入った?」
「入口から。執事の方に、招き入れて頂きました。」
…若い、男の声だった。
尚更オレは、扉の隙間を細めて警戒する。
「こんな時間に何の用だ?何故知らない人物がここに通された?」
「それは…きっと貴方を思ってだと思います。」
「は?…どういう意味だ?」
そう言うと、目の前の男がパサリとそのローブの羽織を外し、顔を見せた。
…さっきまで目を奪われていたんだ、見間違いする訳がない。
目の前に、例の踊り子が立っていた。
「……え、何?」
「あの…抱いて下さい。」
「………ん?」
「僕のこと…抱いて欲しいです。…お願いします。」
「…は?」
上目遣いで、彼が呟く。
よくみると、あのステージの衣装のまま、ただローブを羽織っている状態のようだ。
彼が少し動く度、チャリと全身の装飾品が音を立てる。
こうして並んで立ってみると、彼はオレより頭一つ小さいようだ。
下から見上げられると…これまた堪らなく可愛らしく映る。
「えーーと?オレ、別にそういうの?呼んでないよ?」
「分かっています。僕の事、お嫌いですか?」
「いや、嫌いとかじゃなくて…。」
「今夜一晩だけ…如何ですか?」
「……あぁ、そういう。」
オレは彼の言葉から、事情を理解した。
彼は、身体を売りに来たのだ。
…これは推測だが、ステージの度に、彼はその拠点のお偉いさんに身体を売って来たのだろう。
あの妖艶なパフォーマンスを見た後、この見目で抱いて下さいとくれば、断る男の方が少ないはずだ。
こうして、より深い…『根強いファン』を作って来たということか。
オレは、先程の素晴らしい芸術の裏を見てしまったようで…正直ガッカリした。
でも、そうしなきゃいけない理由が、彼にもある訳だ。
こんな事、好き好んでやってる訳がない。
まぁ…この手の世界では、よくある話だ。
「…はぁ。」
「……。」
「いーよ。とりあえず、中にどーぞ。」
「…はい。」
少し悩んだが、彼のプライドも考え、オレは彼をとりあえず部屋の中に入れる事にした。
オレのため息に、彼はぴくんと反応しながらも、導かれるままに部屋の中に入ってきた。
…パタン。
「あ、いきなりで悪いけど、そこに立って。衣装、全部脱いで。」
「…。」
オレは彼を部屋の入口に立たせると、そのように指示をした。
肩書きから、命を狙われることもある。
武器を持っていないか、確認してからでないと何も始まらない。
彼は無表情のまま、灰色のローブを外し、足元に落とした。
全身にあのステージの衣装が映える。
シースルー生地で、動きやすそうだ。
生地から除くへそ周りが引き締まっていて、オレは音を立てずに唾液を飲み込んだ。
そのまま、彼は踊り子の衣装をスルスルと脱いでいく。
何の恥じらいもなく、頭の髪飾りや腕の装飾具、下着まで、ただ機械的に衣装を外して行く。
前も隠さず、彼の足元にはその衣装が積み重なっていく。
全て脱ぎ終えても、彼は表情を変えなかった。
それを見届けると、オレは自分のクローゼットから未使用のローブを出し、彼に近づいた。
オレが目の前に来ても、彼はただどこかを見つめたまま動かない。
そんな彼を、オレはそっとローブで包み込む。
その時初めて、彼がゆっくりオレに視線を向けた。
「意地悪して悪いな。オレも命を狙われる事があるもんだからさ。」
「…?」
「今はとりあえず、それ着て。」
「…あの、しないんですか?」
「まぁまぁ。とりあえず、そこ座って。外寒かったろ?今紅茶淹れるから。」
「は、はい…。」
そう言い、オレは彼の手を引くと、テーブルの椅子にエスコートする。
そのまま椅子を引き、座るように彼に目で合図した。
彼は予想外の展開なのか、おどおどと椅子に腰掛けた。
そのまま、オレは慣れた手つきで紅茶を淹れはじめる。
領主の家の生まれだ。
美味い紅茶くらいは淹れられる。
ポットに湯を淹れると、オレは彼の前にテーブルを挟んで腰掛けた。
「あーと…オレ、ククール。マイエラの領主。って、知ってるか。じゃなきゃここに来ないよな。」
「……。」
「あのさ。さっきのステージ、本当に見事だったよ。目が奪われた…芸術的素晴らしさを感じた。」
「…っ。」
そう言い、オレはカップをテーブルに並べる。
湯を淹れ、カップを温める。
「てっきり、どんなお色気お姉さんかと思ったら、男で驚いた。でも、今まで見たどんなお姉さんより妖艶だったし、身のこなしも素晴らしかった。」
「……。」
「相当厳しい訓練してるんだろうな。…さっき、思わず見ちゃったけどさ、あんたの体つきで分かるよ。筋肉のつき方とか…食事とかも気を遣ってるんだろ。」
「……。」
オレは一方的に彼に話しかけた。
彼はただじっと、テーブルの上で踊るオレの手を見つめていた。
「…あ、の。」
「ん?」
「踊り、褒めて下さったの…嬉しいです。」
…そう、彼が初めて言葉を返してきた。
オレはカップのお湯を捨て、ゆっくり蒸らした紅茶を注いでいく。
「そうか?あんなに素晴らしいステージだ。褒め言葉なんか聞き飽きてるんじゃないか?」
「そうでも、ありません。どちらかと言うと踊りよりも…僕の格好を褒めて下さる方の方が…多いです。」
「そっか…ま、確かにあんた自身も魅力的だけど。オレはパフォーマンスに感動したよ。」
「嬉しい…です。ありがとう、ございます。」
そう言い、彼が弱く微笑んだ。
…ステージでは妖艶だったが、こうして笑うと年相応に見える。
オレはそれに微笑んで返すと、彼に紅茶を差し出した。
「はいどーぞ。あ…今更だけど、紅茶飲める?」
「はい。紅茶…好きです。頂きます。」
「熱いから気をつけてな。」
「…ふふ。過保護な方ですね。」
そう言い、彼は紅茶に口を付けた。
なんだか気恥ずかしくなって、オレも追ってカップに手を伸ばす。
「…美味しい。優しい味がします。」
「この時間だから、カモミールね。」
「貴方は…不思議な方ですね。僕、こんな事してもらった事、初めてです。」
「そうなのか?ったく他の奴ら、どんだけ飢えてんだよ。」
「…え?この後、セックスしないんですか?」
「しないよ。あんたしたいの?」
「…あ、その。」
「……あぁ、金?いいよ。いくら必要?」
「いえ!そんな、受け取れません…!」
「でも、偉い人に怒られるんじゃないの?」
「それは…。」
「いーよ。あんだけ素晴らしいステージ見せてもらったんだし。」
「…でも、それじゃ。」
「あー…じゃあ、今晩…添い寝して?それでチャラ。ね?」
「そ、添い寝?」
「うん。で、あんたの好きな時間に帰っていいよ。」
そう言い、オレはカップの紅茶を一口含む。
目の前の踊り子は両手でカップを持ち、こちらを見つめている。
…こんな事をしているから、てっきり割り切った性格だと思ったが。
予想外にも、馬鹿真面目なタイプらしい。
「初対面なのに、僕の事…信用して良いんですか?もしかしたら…さっき言っていたように、貴方の命を、狙ってるかも知れませんよ?」
「そうなったら、執事のせいにするからいいよ。」
「…え?」
「ウチの執事が、家にあんたを入れた時点で、オレ死んでたかも知れないし。」
「……。」
「それにオレ、こう見えて結構強いから。あんたにやられる前に自分で身を守るし。心配ご無用。」
「…っ。」
「ん?」
「っふふ、あはっ…あははっ!」
突然、彼が弾けるように笑い出した。
オレはきょとんと彼を見る。
そのまま、ふは、と釣られるように笑った。
「なんだ、おまえちゃんと笑えんじゃん。」
「いや、だって…ふふ、本当に…貴方みたいな人、初めてで…!」
「なぁ、あんた。名前は?」
「…エイト、です。」
「エイト君、ね。…んじゃまー、とりあえず、今晩宜しく?」
「はい。」
そう言い、エイトはふわりと微笑んだ。
【続】
あーほら、続いちゃったよ。。
これ、くっつくまで続くよ。。
踊り子ifだと、1番8君がおとなしいというかなんというか…。
もはや別キャラなのでは、と思いますが。
クク主です(良い顔)。
ちょこちょこ書いていきますので、
大丈夫な方是非是非最後までお付き合い頂けましたら嬉しいです。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
2023.03.15 黒羽