⑤家族になれたら(領主踊り子if)◆家族になれたら(領主踊り子if)◆
「パノンさん、少しキッチンをお借りしたいのですが…宜しいでしょうか?」
「えぇ、勿論です。」
夕食の支度をしている私に、エイト様が声をかけてくる。
ククール様が迎えた、新しい家族。
エイト様はとても礼儀正しい青年だ。
彼をこの屋敷に迎えてから、早1ヶ月が経とうとしている。
にも関わらず、彼は未だ私には敬語を崩さず、怠惰な面を見せない。
「突然、如何されたのですか?」
「あの…僕、このお屋敷に迎えて頂いてから1ヶ月経つので、お二人にお礼がしたくて。」
そう言い、町で仕入れたであろう食材を広げる。
材料から、ケーキを作ろうとしているようだ。
「手作りケーキですか。」
「わぁ…どうして分かったんですか?」
「ふふ、私も少し料理をしますからね。」
「本当は、お二人には秘密で用意しようと思ったんです。でも、このお屋敷でパノンさんに秘密は無理かなって思って。先にばらしちゃいました。」
「おや…気を遣わせてしまいましたか。でもククール様は、きっとお喜びになりますよ。」
「だといいのですが…。あの…パノンさんもケーキ、苦手じゃないですか?」
「えぇ勿論です。こう見えて、甘いものには目がないのですよ。楽しみにしておりますね。」
「はい…!頑張ります。」
そう言い、広いキッチンに2人で並んで立つ。
…どんなに、主が彼に信頼を置いていても、主人の口に入るものには目を光らせておかねばならない。
そういう意味では、このタイミングで隣で調理して貰えるのは都合が良かった。
しかし、そんな心配を他所に、ケーキにはただ愛情だけが詰め込まれていく。
「あの、ずっと聞きたい事があったんです。聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「パノンさんは、最初…どうして僕をお屋敷に迎え入れたんですか?」
彼が、食材を広げながら訊ねてくる。
「どういう意味でしょうか?」
「このお屋敷に、夜に初めて来た時の事です。マイエラの領主様なんて、そう簡単に通してもらえないと思っていたんです。なのに、あっさり通して貰えたので、驚いて。」
「なるほど。」
「ククールの部屋に通されて部屋に入ると、ククールは真っ先に僕を疑いました。命を狙われることがあるから、と。なのに、パノンさんはそう言った事を僕に言わなかったなって。」
「そうですね。」
「自分で言うのも変なんですけど…僕が暗殺者だったら、とか考えなかったですか?」
「そうですねぇ。」
そう言い、私は食事の皿を並べる。
彼の手はケーキ生地を混ぜている。
料理の心得があるようで、その手際は悪くない。
「御気分を害さないで頂きたいのですが。私はすでに貴方の事を調べ上げていました。」
「えっ?」
「云うならば、貴方のキャラバンの事を。」
「…!」
「今までの業績、メンバー、勿論裏家業の事も。ククール様が貴方がたをマイエラにお呼びする前に、『全て』。」
「…。」
「ですので、先に貴方の事も存じておりました。ステージの夜に、夜迦の営業にいらっしゃるのも貴方だろうと予想しておりました。実際の貴方は、手元の写真より余程可愛らしかったですが。」
「あ、ありがとうございます?でいいのでしょうか。」
主相手のいつもの調子で冗談を交えると、彼は、ふふ、と微笑んだ。
本当に素直な方だ。
…少しだけ、腹を割って話をして、この方の緊張を解いておく事にした。
「細かい事は省略しますが。手元のデータには、貴方が過去に薬を盛ったり、相手を傷つけるような行為をした記録が一切になかった。素行も純朴で、仕事に誇りを持っている。あの頃、ククール様は少し公私共にお疲れ気味でしたので、年の近い貴方様なら寄り添ってくれるのではと考えたのです。」
「そうだったんですか…でも、僕がいつ気を変えるか分からないですよね?」
「おっしゃる通りです。しかし、ククール様もああ見えて、頭の回転は早い方なので。怪しければご自分の身は自身で守られる。」
「……。」
「そこで何かあれば、勿論私の責務ですが。領主たる者、その程度の罠をかわせなければ、今後の業務は務まりませんので。その時はククール様が悪い、そう思っておりました。」
「…ふ、ふふっ!」
「…?如何されました?」
「いえ、すみません。…お二人、揃って同じような事言ってるなぁって思って。」
「?」
エイト様がくふくふと小さく微笑む。
なぜ笑われたのかは分からないが、文脈から主も似たような事を言ったのだと推測した。
「いいですね…なんだか、信頼関係を感じます。」
「いえ。お互いに問題の責任を押し付けあってるだけですね。」
「ふふっ…お二人は主従である前に、とっても仲良しなんですね。」
「そうでしょうか。」
そう言い、作った食事を小鉢に盛り付けていく。
その横で、エイト様もケーキ生地を焼きはじめていた。
「でも、そのおかげで、今僕はここにいる事ができるのです。とても感謝しています。」
「こちらこそ、感謝しておりますよ。」
「え?」
「ククール様は、私にとって主。その裏では末の息子の様な方です。あの方の幸せが、私の一つの生き甲斐でございました。」
「…パノンさん。」
「エイト様がお屋敷にいらしてからは、始終緩んだ顔で。それはもう幸せそうです。…あんなお顔は久方ぶりに見ました。本当に、ありがとうございます。」
「そ、そんな事!」
「まだまだ、幼い我が主です。エイト様、どうか長い目で支えて差し上げて下さいませね。」
「そんな、僕こそ…。僕の方が、救って貰ったんです。お二人に…助けて貰ったんです。」
彼は真っ直ぐに、こちらを見て言葉を放つ。
心から、そう思っているのだろう。
…本当に、可愛い息子が1人増えたような気持ちになる。
「貴方も、もう家族ですよ。ククール様にもし何か酷いことを言われるようでしたら、いつでもこのパノンにおっしゃって下さいませ。この世で、ククール様を嗜める事が出来るのは…修道院のお兄様と私くらいでしょうから。」
「ふふ!はい。ありがとうございます。」
そう言い、エイト様は花のように微笑んだ。
*
「ただいまぁ…。」
「ククール!お帰りなさい。荷物片方持つね。」
「エイト…さんきゅ。」
19:00頃、会合に出ていた主人が帰宅された。
本来、執事がいち早くお迎えするべきだが、ここは空気を読む。
「お疲れ様でございました。」
「あぁ。変わった事ない?」
「はい。万事通なく。先にお食事になさいますか?」
「そうする…腹減った。先に着替えてくる。」
「かしこまりました。」
そう短く会話を終える。
荷物を一つずつ持ち、話しながら部屋に戻る2人を後ろから見送った。
まるで熟年夫婦だ。
「エイト、パノンにいじめられたりしてない?」
「してないよ!あ…むしろ可愛いって言われた。」
「…は?どういう事?」
「思ってたより、可愛かったんだって僕。」
「いや…マジでどういう事???」
…エイト様、それでは誤解を招きます。
そう、後ろ耳に会話を聞きながら、私は食事の準備に向かう。
・
・
そのまま、私は2人に食事を振る舞った。
ククール様の視線がどこか鋭いのは、気のせいではないだろう。
その後、食事を終え、エイト様が離席する。
例のケーキを取りに行ったのだと思う。
「…エイトに可愛いって言ったんだって?」
「おや。やきもちですか?」
「オレがいない間に随分仲良くなったんだな。」
「そうですね…ククール様に飽きたら、私の所に来て下さるかもしれません。」
「真顔で言うな!そんな日は来ませーん。」
「そうですね。大事になさって下さいませ。あんな素直なお人はいませんよ。」
「…当たり前だろ。」
そう言い、ククール様がニッと笑う。
守るものが出来て、より逞しくなった気がする。
「おまたせしました!」
「えっ…。」
「おぉ。」
エイト様が両手でケーキを持って登場する。
「ククール、パノンさん。僕を家族として迎えてくれて、本当にありがとうございます。感謝の気持ちを伝えたくて、ケーキを作ってみました!」
「えっ!おまえが作ったの!?これ!?」
「なかなかの手際でございましたよ。」
「へへ…早速取り分けるね。」
「器用なヤツだな〜とは思ってたけど。すげーな。」
エイト様はククール様にケーキを取り分けると、空いた席にまた一つケーキを取り分けて置く。
「これはパノンさんの分ですよ。」
「ありがとうございます。お二人をお部屋にお送りした後に頂きますね。」
「そんな味気ない事言うなよ。早くそこ座れって。紅茶でいいよな?」
ククール様がニヤニヤしながら言う。
エイト様は、じっとこちらを見つめている。
…これは、お言葉に甘えるべきだろう。
「…ご馳走になります。」
「…っ!はい!」
エイト様が嬉しそうに微笑む。
主に紅茶を入れさせ、主のパートナーからケーキを振る舞われる。
先代が見たら、殴られるだろうな。
そんな事を思いながら、私は家族のテーブルの席に着いた。
【完】
夫婦とお父さんの話。
そんな感じで書きました。
実は④より先にちまちま書いていたやつ。
日の目を見て良かったです。
お読み頂きありがとうございました。
2023.04.08 黒羽