貴方へ(領主踊り子if)◆貴方へ◆
「サザンビーク公演?」
エイトから出た言葉に、ククールはエイトの腰を撫でる手を一瞬止める。
いつも通りククールの寝室で愛し合い、余韻に浸りながら、一つのベッドで微睡の中にいた。
その時、ふと伝えなければいけない事を思い出し、エイトが口にしたのがそれだった。
「うん。昨日キャラバンのみんなから手紙が届いたんだ。パノンさんが読んでくれたんだけど、3ヶ月後、あのサザンビーク国領で公演が決まったんだって。」
「オレも報告書で聞いてるよ。期間は1ヶ月だったか?凄いよな…ここ1番の大舞台だ。」
「うん。それでね、僕にも踊り子として出て欲しいって言われたんだけど…行ってもいい?」
「え〜やぁだぁ〜。絶対だめー。」
流れるように、否と言うククール。
その顔はニヤニヤと笑っている。
「ククール…?」
「ほら、もっと可愛くおねだりして。」
「え…?」
「ねぇ〜行ってもいーい?って。もっと可愛く言ってみ?」
「ちょ…もう!//」
揶揄うククールに、エイトがぷん!と頬を膨らます。
はは!とククールは吹き出して笑うと、その頬をツンと突いた。
「嘘嘘。いいに決まってんじゃん。元からそう言う約束だったしな。」
「ククール…キャラバンとの約束の事、覚えていてくれたの?」
「覚えてるも何も…本来あの生活をするはずのエイトを、無理言ってマイエラに繋ぎ止めたのはオレだぜ?」
「違うよ!僕が自分で選んだんだよ…そんな言い方しないで。」
エイトがベッドから身体を起こし、ククールの胸に手を当てる。
ククールはその手に自分の手を重ねた。
「ん、ありがとな。でも、エイトもそろそろ踊りたくなってきたんじゃないか?」
「え?」
「舞台の上のお前は輝いてたから。舞台が恋しくなるんじゃないかなって。それに…またお前が踊ると分かれば、喜ぶファンが沢山いると思うぜ。あ、勿論オレが一番のファンだけどな。」
「…うん。ありがとう。」
そう言い、エイトがその身体をそっとククールに預ける。
ククールは優しくその肩を抱いた。
「そうと決まれば、いついくんだ?1年以上のブランクもあるし、早めに現場入りするんだろ?」
「そうだね…一応基礎練とかはしていたんだけど、公演2ヶ月前には合流して、公演前1ヶ月は皆と合わせたいかな。」
「そうなるよなぁ…。で、公演始まってから1ヶ月?最低でも3ヶ月は会えないって事か?」
「そう、なるかも…。」
「はぁ…オレ、寂しさ耐えられるかな。」
「ぼ、僕も寂しいよ?だから…たまに帰って来てもいい?」
「ふふ…勿論いいけど。色々集中して欲しいし、無理だけはするなよ?オレはただひたすら頑張って我慢するからさ。」
「ふふっ!うん…ありがとう。」
そう言い、エイトがククールの頬にキスをする。
「…あ〜でも寂しいから、今からもう一回する事にする。」
「あ!?も…やぁ!//」
そのままククールはエイトに覆い被さった。
***
1ヶ月後…。
「じゃあ、ここで。」
「ああ、頑張ってこいよ。」
荷物を背負ったエイトが、ククールと執事のパノンに礼儀正しく挨拶をする。
「エイト様、ククール様の素行は、このパノンがしかと見ておきますから。エイト様はどうぞ、ご自身のお仕事に集中なさって下さいませね。」
「はい!ありがとうございます!」
「ちょ…何?それどう言う意味?まるでオレが浮気でもするような感じに聞こえるんだけど?」
「勿論、エイト様のいらっしゃらない間、怪しい相手には屋敷の敷居を跨がせませんので。」
「パノンさんがそう言ってくれるなら安心ですね!」
「おーい、聞いてる?オレは浮気はしませんからねー?」
重ねたククールの言葉に、エイトとパノンが同時に笑う。
「あ…そうだ。エイト、手貸して。」
「…?」
突然、ククールが自身の左手の親指から指輪を外し、エイトの手を取った。
そのまま、エイトの左手の親指にその指輪をはめる。
「…クク?」
「オレは一緒に行けないから…お守りみたいな?」
「え、でも!これ…領主様の証拠みたいな…大切な物じゃ…。」
「エイトの事を守ってくれるように。離れてる間はエイトが持ってて。」
「……ククール。」
エイトは左手の親指に輝く指輪を、空いた手で大切に包みこんだ。
俯くエイトの両肩にククールは手を添えると、その目頭にそっと唇を寄せた。
「気をつけてな。」
「うん…。」
そのまま、自然と触れるだけの口づけを交わす。
「…行ってきます!」
その声と共に、エイトは高くキメラの翼を振り上げた。
瞬間、ふわりとエイトの身体が浮き、勢いよく天に舞い上がった。
「…行ってしまわれましたね。」
「あぁ。」
ククールは、空を見上げていた視線をパノンに戻した。
「指輪、牽制のおつもりですか?」
「何もないよりいいだろ?」
「それもそうですが…あの指輪の価値を、エイト様がどこまで分かっておいでなのか。その辺の一等地が買えますよ?」
「はは!そうだな。」
「笑い事ではありませんけれど。」
「お前こそ。エイトがそんな奴じゃないって、分かってるから止めなかったんだろ?」
「………。」
「さ、仕事仕事。」
こうして、2人にとって初めての遠距離恋愛がスタートした。
***
「エイトー!」
「レア!クムド!みんな!」
キャラバンに着くと、懐かしい顔ぶれがエイトを迎えた。
ぎゅうぎゅうと、みながエイトを次々抱きしめる。
「おうおう!久しぶりだな!何だよ〜幸せそうないい顔しやがって!」
「あは、あはは!みんなも変わりない?」
「アタイたちはこの通りさ!お天道様の下、真っ当なキャラバンやってるよ。」
「そっか、本当に良かった…!」
エイトは心の奥でほっと胸を撫で下ろした。
「ふふ!みーんな、あんたの旦那様のおかげだよ。」
「だ、旦那様じゃないよ…//」
「いや、本当だよ。お前がどこまで知ってるか知らないが、あの領主様、本当に面倒みよくてさ。キャラバンを立て直しただけじゃない。色んなところにテコ入れしてくれて、売上も随分上がってるんだぜ?」
「そ、そうなの?」
「あのキャラバン長がいなくなっただけでも充分だったのに…キャラバンが軌道に乗るまで、随分面倒見てもらったんだ。」
「そう、なんだ…。」
エイトは初めて知ったククールの姿に、心がむず痒くなった。
帰ったら、真っ先にお礼を言わないといけない。
…どうしよう。
離れたばかりなのに、もう逢いたい。
エイトは、その欲望を顔を振って振り払った。
「そうそう!だから今回の、このでっかい公演を大成功させて、領主様に恩返ししようって考えたんだ。その為にあんたを呼んだんだよ。」
「正直、領主様からエイトを取り上げるのは苦肉の策だったけどな。」
「取り上げるって…そんな大袈裟な。」
「え…ちょっとエイト、あんたまさか無自覚かい?」
「…?何の事?」
「領主様、そりゃあもぅあんたにゾッコンじゃないか。あんたのためなら何でもするって感じだろ?」
「へ?た、確かに、とても大切にしてもらってるけど…。」
そう言い、エイトは、ぽぽ…と頬を染める。
「このキャラバンだって、最初はエイトの為に面倒見るってのがきっかけだったはずだぞ。今でこそ、収入源の一つにはなってるんだろうが。」
「そ、そうなのかな…?」
「ま、いーんだけどね、そのくらい分かりやすい方が。こちらとしても安心するっていうか?笑」
「また変な物を求められても困るしな。」
「ククールはそんな事しないよ?」
「そうさね〜。でも、そう言う意味では、あの領主様ってエイトに一途でいい男だよねぇ。おまけに仕事出来て、顔も良し、頭も良しだなんて最高じゃない?…で、夜も巧いの?」
「へ!?//」
レアが豊満な身体をエイトに絡ませ、耳元で尋ねた。
エイトはついにボン!と耳まで顔を赤くする。
「あれから毎晩可愛がって貰ってんだろ?いいねぇ、愛のあるセックス。憧れちゃう〜。」
「ま、まいばんッ!?そんな事ないよ!?//」
「特にアンタは、昔から質の悪いオッサンばっかり相手にして来たんだ。イケメンで優しい旦那様に落ち着いて本当良かった。…で、どうなんだい?」
「ど、どうって…?」
「アタイの見立だと、あの領主様は結構手練れだと思うんだよねぇ。あの顔だし、女は抱き飽きたって感じ?でも男が好きなのはちょっと意外だったかも。」
「え、え!?//」
「夜は優しいの?激しいの?俺様気質な印象だけど、拘束したり組み敷かれちゃう感じ?ちょっと乱暴でもあの顔ならアタイは許しちゃうけど。」
「ち、ちが!ククールは…その、そういう感じじゃないから!//」
「あ、もしかして、2人きりの時は甘えん坊タイプ?それはそれでいいかも!ナデナデしてあげたい〜!」
「ちが、ちがうからっ!//」
「レア、もういいだろ。その話はまた夜にしろ。」
「ちぇ〜っ!はぁーい、団長殿。」
「ちょ…夜だって、僕喋らないからね!?//」
…と、懐かしい話のテンポにドキドキしながら、エイトは無事にキャラバンに合流した。
***
〜1週間後 マイエラ〜
「ククール様。」
「……。」
「ククール様。」
「……。」
「ククール様!」
「ッ!わ、何だよ!?びっくりした!ってか顔近い!!」
ククールが書類から顔を上げると、数センチ先にパノンの顔が近付いていた。
「お食事の時間です。何度もお声をかけましたのに。」
「あー…悪い。集中してた。」
「それは結構ですが、この1週間仕事を請け負い過ぎです。少し加減なさって下さいませ。」
「分かってるよ。仕事してないと何か持て余しちまってさ。」
「お気持ちは分かりますが…そんな働き方をしていては、エイト様も心配なさいますよ。」
「…ん。」
そう言い、ククールは目の下に出来た隈を擦る。
パノンはフゥと深く息を吐く。
「寂しいんですね。」
「………うるせーな。」
「まだ1週間ですよ?」
「だから、分かってるって…。」
ククールは椅子に座ったまま天を仰ぐと、両手で顔を隠す。
パノンはそんな彼を仕方無し、と言う顔で見つめた。
「そんなにベタ惚れしておいて、1年半前にエイト様がマイエラに残るかどうかの選択の時…よくもまぁ彼を手放そうとしたものですね。」
「あ〜もう!あの時はまだ…自分でも良く分かって無かったの!」
「エイト様がマイエラを選んで下さって、本当に良かった。」
「………そーね。」
「そんなに寂しいなら、顔でも見に行ったら宜しいのでは?」
「はぁ?まだ1週間なのに??早くない?それにオレ、エイトに我慢するって言っちゃったし。」
「何とまぁ。何故その様な出来もしない事を。」
「………。」
「あぁ…エイト様の前で、カッコつけたかったんですね。」
「もー!うっせーなー!」
ククールは両手で顔を隠したまま、声を上げる。
その様子に、パノンは再びハァと大きくため息をついた。
「全く…とりあえずお食事に致しましょう。そして、今晩は早めにお休み下さいませ。そんな状態ではいよいよ身体に障ります。」
「うん…とりあえず…飯食うわ。」
そう言い、ククールはヨロヨロと食事の為に部屋を後にした。
…その後ろ姿は随分力ない。
「…予想以上に早いですが、エイト様のお力を借りないといけませんかね。」
そんな主の姿を見て、パノンは小さくつぶやいた。
***
〜10日後 キャラバン〜
「エイト、まだ残ってるのか?そろそろ寝ろよ。明日に触るぞ?」
「うん。もう少し。」
夜、暗い中で数本の蝋灯りを照らし、エイトは1人で練習をしていた。
「昨日もそうやって殆ど寝てないだろ。お前、こっち来てからコン詰めすぎだぞ。」
「僕1年以上ブランクあるから、早く感覚戻さなきゃ。みんなの足引っ張るわけにいかないし。」
「真面目過ぎ。まだ日はあるんだから、少し肩の力抜けよ。」
「うん、ありがとう。」
「あと…ほら。これ、届いてたぞ。」
「…?」
そう言い、クムドはエイトに1通の手紙を手渡した。
「送り主の住所、実家からだろ?領主様から?」
「実家って…//あ…ううん、違うみたい。」
「ふぅん?…ってか、お前字読めたのか?」
「ううん、文字なんて読めなかったよ。この公演に出るって決まってから教えて貰ったんだ。絶対に覚えておいた方が良いって言われて…まさに、この手紙の送り主の方からね。」
そう言い、エイトは強かな義父とも言える、ある人物を思い微笑んだ。
そんなエイトを見て、クムドは優しく目を細めた。
「そっか。良かったよ、お前が本当に幸せそうで。お前はさ…ここの稼ぎ頭ってのもあったから、特にアイツから当たりが強かっただろ。俺は1番報われなくちゃいけないのはお前だと思ってた。」
「………。」
「でもあの時、あんな短時間で、キャラバンよりもあの領主を選んだ時は正直驚いたぜ。」
「っ!そう、だよね。ごめん…僕、本当に身勝手だったよね。」
そう言い、エイトは手紙を胸に抱いたまま、視線を床に落とした。
すると、クムドはハハ!と笑い、エイトの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「違う、そう言う事じゃない。あの領主様が、本当にお前の事を幸せにしてくれる相手なのか、心配だったのさ。これでも俺はお前の兄貴分だったからな。」
「クムド…。」
「お前が大事にされてるのは、会った時の顔で分かったよ。」
「…うん。」
そう言い、エイトは微笑んだ。
そのエイトの頭を、クムドはまたくしゃりと撫でた。
「さ、手紙を読まなきゃならないだろ?もう今日は終わりにしな。蝋燭は消しておくから。お前は先にテントに戻れ。」
「うん…クムド、ありがとう。」
そう言い、エイトは手紙を持ってテントに戻った。
そのまま寝支度を済ませて自分の寝袋に入ると、小さなランプを点けて、手紙を開いた。
(…手紙、パノンさんからだ。どうしたのかな。)
…内容はこうだ。
無事にキャラバンと合流できたか?
身体は壊していないか?
こちらでは、ククール様が寂しさを紛らわすように仕事に打ち込んでいる。
このままでは危険なので、1筆彼宛に手紙を書いてくれないか。
早速仕事の邪魔をする事になり申し訳ない。
不甲斐ない、我が主人のためにどうかお願い出来ないだろうか。
文面でも、彼の独特な言葉回しが耳に聞こえてくるような気がする。
…手紙って不思議だ。
(…ククール、一生懸命我慢してくれてるんだ。)
手紙を丁寧に仕舞うと、エイトは寝袋を鼻まで被って瞳を閉じた。
…あぁ、逢いたいな。
ククールに逢いたい。
今すぐに、僕の身体を…ぎゅって抱きしめて欲しい。
あの逞しい腕で、僕の肩と腰を抱いて…強く引き寄せて。
大きな手で僕の頬を撫でて…長い指でほっぺをつついて欲しい。
この唇に、キスが欲しい。
沢山ぐちゃぐちゃに…口内を犯して欲しい。
彼のあの甘い香りを、鼻いっぱい吸い込みたい。
(違うんだ…ダメなのは、僕の方だ…。)
自分で公演に出たいと言い出したのに、離れて3日目には彼が恋しくて…自らの手で欲を抜いた。
1週間経たないうちに、キメラの翼を使ってしまいそうで、改めて鞄の奥底に仕舞い込んだ。
それでも…どうしても1人の夜が寂しくて。
記憶の中にある彼の声が、毎晩頭の中でこだまする。
それを消す為に、1秒でも長く練習に打ち込むようになった。
遅れを取り戻す為、というのは本音だ。
でも半分は、このあさましい自分を殺す為だった。
(今までは、こんな事なかったのに。)
(舞台に打ち込んでいる時、他の事に心が奪われる事なんてなかったのに。)
今回、彼と離れて分かった。
僕の頭の中は、身体は、すでに彼でいっぱいだ。
(だめだ…しっかりしろ。今回の公演はククールへの恩返しもあるんだ。みんなの気持ち、最高の形で成功させる。)
(必ず…大成功させるんだ。)
そう思い、エイトは左手の指輪にキスをして、そのまま目を閉じた。
***
〜20日後 マイエラ〜
「ククール様。」
「…ん、何?」
「お手紙です。」
そう言い、パノンが1通の手紙をククールに差し出した。
書類にサインを入れながら、ククールはチラと視線を封筒に向ける。
シンプルな淡い青色の封筒だった。
業務的なものでない封書は珍しく、ククールは送り主の検討がつかなかった。
「誰から?」
「エイト様からです。」
「………え?」
ククールは書類を扱う手を止めると、初めてパノンを見る。
そして、そのままそっと青色の封筒を手に取った。
ゆっくり裏返すと、不器用な字で『エイト』の文字が書いてある。
「…エイトから?」
「はい。」
「アイツ…字書けたのか。」
「いいえ。公演が決まってからこの1ヶ月、勉強なさっていたんです。貴方に秘密で。」
「え、何で?」
「ふふ、貴方にその顔をさせたくて、ですよ。」
そう、パノンが言うと、ククールはまんまと驚かされた自分の顔に手をやる。
「……マジか//」
「可愛い方ですよ、本当に。貴方の為にいつも一生懸命で。この1ヶ月で文章が書けるまでになったんです。頭の良い方なのですね。」
「…お前が…可愛いって言うな。ばか…。」
「はいはい。減らず口はその緩み切ったお顔を戻してからになさって下さいませ。」
「ッ…うるせーな!」
そう言うと、ククールは引き出しから封切り鋏を取り出し、ゆっくりと手紙を開封した。
《ククールへ》
《お元気ですか。僕は元気です。
キャラバンのみんなと、久々に会えました。
みんな、とても生き生きとしています。
今の生活は、ククールがたくさん助けてくれたおかげだと聞きました。
キャラバンの事、まもってくれて本当にありがとう。
公演の練習はじゅんちょうです。
でも、僕はブランクがあるので、今はただ毎日頑張っています。
さみしい時は、君に借りたゆびわを握ってねています。
そうすると、君がとなりにいるような気がするから。
また、お手紙かきます。
エイト》
「………。」
「…ククール様?」
手紙を読み終えると、ククールはその手紙をまた上から読み返した。
不恰好な字に、所々幼稚な書き方。
それなのに、こんなに愛おしい。
「……すげー下手な字。」
「また、そんな弛んだお顔で言われましても。」
「あ〜……オレ、指輪になりたい。」
「………はい?」
パノンはキョトンと主を見つめた。
その顔は、久々に満たされたような表情だった。
***
〜30日後 キャラバン〜
「エイト!お前にまた手紙が来てるぞ。実家から。」
「ありがとう。ねぇ、その実家っていうのやめてよ…恥ずかしいから//」
そう言い、稽古中のエイトは少し休憩をとる事にした。
(パノンさんからお手紙貰って、生まれて初めて手紙を書いてみたけど…あれで良かったのかな。ククール、ちゃんと読んでくれたかな。)
そう思いながら、エイトは手紙を裏返す。
シンプルな白い封筒だった。
裏には丁寧に蝋燭で封をされており、少し高級な印象だ。
…よく見ると、前回とは筆跡が違うようだ。
(うわぁ…すごく綺麗な字。)
そのまま、エイトは近くの小道具のナイフを手際よく取ると、スラと手紙を開封した。
封筒から便箋を取り出すと、ふわりと懐かしい香りが鼻を擦った。
…彼の香水だと、すぐに分かった。
その瞬間、エイトの全身がぶわりと逆立った。
「…ククールからだ。」
まさか返事が来ると思わなかった。
彼はとても忙しいから、一方的だが、また近いうちに自分の近況報告を送ろうと思っていた。
なのに、自分に宛てて手紙を返してくれた。
勿論、自分宛の手紙なんて初めてだ。
便箋を持つ手が少し汗ばんでいる気がする。
そのまま、エイトは震える手でゆっくりと便箋を開いた。
《親愛なる エイト》
《私通だから、砕けたままの文章で書く事にする。
この前は手紙をありがとう。
すごく嬉しかった。
一番集中しなくてはいけない時期のはずなのに、オレの為に時間を割いてくれた事が何より嬉しかった。
体調は悪くないか。
あんまり無理するなよ。
仕事に完璧主義なお前だから、きっと無理しているんだろう。
久しぶりの舞台だが、まずは仲間との時間を楽しんで欲しいと思う。
そして、1日を大切に過ごして欲しい。
そうすればきっと、必ず最高のパフォーマンスが出来る。
お前が楽しんで演じれば、周りは自然と笑顔になる。
それだけの力が、エイトの踊りにはあるとオレは思ってる。
贔屓目じゃないぜ。
あと、こちらは変わらずやっている。
勿論、あの口うるさい執事も元気だ。
文字の練習をしていた事、全く知らなかった。
まんまと驚かされた。
エイトの手紙に元気を貰ったよ。
オレからも、また手紙を書かせてくれ。
身体に気をつけて。
ククール
追伸 指輪に妬きもちをやくことになるとは思わなかった。》
「………。」
「…?エイトー?どうした?顔真っ赤だぞ?」
手紙を持って固まっているエイトに、キャラバンの仲間が声を掛ける。
「…ぁ、ウン。な、なんでも…//」
「熱あるのか?」
「あ、えと…熱はないよ…大丈夫//」
「本当かぁ?待ってな、水貰ってきてやるよ。」
そう言い、団員の1人がキッチンへ向かう。
そのまま、エイトはへにゃりと腰を落とした。
…初めて知った。
彼は、とても綺麗な字を書くという事。
言葉として言われなくても、文字が気持ちをこんなにも伝えてくれるという事。
それに、背中を守られている様な安心感。
(わぁ…どうしよう。顔、絶対赤いと思う。)
(手紙って、こんなに嬉しいものなんだ。文字を頑張って覚えておいて良かった…。)
(パノンさんは分かってたんだ…僕たちにはこの『手紙』が必要だって事。本当に、頭が上がらないなぁ。)
どうしよう、ククールが好き。
好き、好き…大好き。
すぐにお返事を書こう。
そう思いながら、エイトは幸せそうに手紙を抱き締めた。
***
その後も、ククールとエイトは文通を続けた。
エイトはキャラバンでの出来事を、ククールはそれに対しての返答とエイトへの想いを綴って返した。
公演が始まる頃には、その手紙の量は紐で括る事が出来るほどになっていた。
そのまま約1ヶ月後、キャラバンは公演初日を無事迎える事になった。
勿論、舞台初日は大成功に終わり、その話題はあっという間に世界に広がった。
目論見通り、久方ぶりの踊り子の復活に、国内外から多くの客が入り込んだ。
口コミがさらに客を呼び、話題はその踊り子の『変化』で盛り上がりを見せた。
以前よりも、否それ以上にどこか色っぽい。
踊る時に笑顔が多い。
舞台が始まると、動き出す前に必ず親指の指輪に恭しく口づけを落とす。
あの指輪はなんだ?
前までしていなかった。
誰かからの贈り物か?
もしかして、誰かに身請けされるのではないか。
身請け先はどこだ。
「……と、サザンビークは指輪の送り主の話題で持ち切りのようですよ。」
「あ、そーお?」
パノンが現地の新聞を読み上げる。
ククールは何食わぬ顔で仕事をしている。
「確かに牽制にはなっているようですが…ここまで大きく注目されると、何かトラブルが起きないか心配ですね。」
「あぁ。オレもそう思って、一応キャラバンには釘刺した。警備に力を入れておくようにな。」
「この調子ですと、ここもいつ突き止められるか時間の問題でしょうね。世の情報網は恐ろしいですから。」
「話題に上がるのは悪い事じゃないだろう。マイエラの知名度を上げる為にも必要な事だ。」
そう言い、ククールはパノンから新聞を受け取ると、胡散臭そうに眺めながら踊り子の記事に目を通す。
…どうも、自分の恋人が色目で見られているのが気に食わないらしい。
「ククール様がエイト様のパートナーだと世に知れたら、愛の重い世界中のファンの方々から滅多刺しにされますねぇ。」
「はは!世界中から嫉妬されるわけだ?光栄だね。」
「身の危険があるのはあなたの方ですよ?」
「そんな事言って、お前もう屋敷の警備強化と周辺の情報屋に口止めしてるだろ。優秀な執事で助かるよ。」
「お二人を護るのも、私の責務ですから。」
「全く、頼りになるね。」
そう言い、ククールは執事から紅茶を受け取る。
「…本当に、何もなければ良いのですが。」
パノンがポツリとつぶやいた。
***
〜公演最終日 キャラバン〜
「エイト、これ届いてるよ。」
「え…わぁ!」
1ヶ月続いた公演の最終日。
満員御礼状態のステージを前に、エイトの元に大きな花束が届いた。
白を基調とした、凛とした花束だ。
「すごいね、それ旦那様から?」
「あ…うん、そうみたい。って…旦那様っていうのやめてってば//」
「ふふ、アンタこそいい加減慣れなさいよ。」
「もう…とにかく、これ入口に飾ってくる!」
そのまま、エイトは足早に花束を持ち上げた。
最終日、最高のスタートだとエイトの胸が躍った。
その後、最終公演の幕が上がる。
司会と、各々のパフォーマンスが順調に繰り広げられていく。
観客席もそれは盛り上がり、最終日も極めて順調だ。
自分の出番まで、あと少し。
このなんとも言えない高揚感が、エイトは1番好きだった。
そのままエイトが舞台袖からステージを観ていると、ふと客席の違和感に気が付いた。
ここには居ないはずの、見慣れた姿を見つけたからだ。
「……え!?ククール…!?」
「あ、やっと気付いた?」
エイトは思わず声を出してしまい、口に手を当てる。
目を擦り再び観客席を見ては、エイトは目を疑った。
舞台に近い、観客席中央の来賓席にククールがいる。
普段は王族貴族を招く席だ。
来賓席に誰を招待するかは、全てクムドが決めていた。
最終日、誰を呼んであるのか尋ねると、何故か秘密だと言われた。
踊り子として、客席を巻き込むパフォーマンスをする事もあるので、普段なら知っておくべきだと言われるのに不思議だ、と思っていた。
「嘘…ククールの事呼んでたの!?」
「そう!サプライズ〜。ちなみに、エイトの踊りを観に来ませんかって言ったら二つ返事だったらしいよ?」
「えっ…えぇっ!?僕、何にも聞いてない!//」
「当たり前でしょ、エイトには秘密でって言ってたんだから。」
「うそ…//」
「嬉しい?」
「………うん//」
「ウフフ、正直で宜しい。ほら、そろそろ出番でしょ?張り切りすぎて、足捻らないようにね?」
「……はい//」
そう言い、エイトは舞台へ向かった。
また、彼の前で踊る事が出来るなんて、思ってもいなかった。
今の自分があるのは彼のおかげだ。
このステージで、それが彼に伝われば良いなと思う。
エイトはステージ袖で、ぐっと姿勢を整えると、親指の指輪をぎゅっと握りしめた。
(神様、今回は…今回だけはククールの為に、踊らせて下さい。)
そのままゆっくりと瞳を閉じて、息を深く吐く。
そして音楽と共に目を開くと、ステージへ飛び込んだ。
巻き起こるワァという大歓声に、エイトは腰を深く頭を下げる。
そしていつも通り、指の指輪にそっとキスをすると、観客が待ってましたとばかりに口笛を鳴らす。
そのままエイトは顔を上げ、ククールの方をゆっくり一瞥すると、真っ直ぐ彼からの視線を感じた。
ククールが自分を見てくれている。
その事実が、エイトの胸を更に高鳴らせた。
その後音楽が盛り上がり、エイトはステージを駆け回った。
全身の衣装がシャランと音を鳴らす。
『エイトの踊りには、みんなを笑顔にする力がある…ーーー。』
自分の踊りに、そんな価値があると思っていなかった。
君にそんな風に言ってもらえて、とても嬉しかったんだ。
今、自分がこんな気持ちで踊れるのは、全部君のおかげなんだよ。
君のおかげで僕は救われたんだ…。
エイトは語りかけるように、全身で舞い続けた。
そしてステージで無事に舞い終わると、終わった瞬間、会場はドワッと称賛の拍手で包まれた。
こうして、サザンビーク公演は大成功に終わった。
…かの様に思われた。
喝采の中、エイトは会場の全方向に頭を下げると、ふと顔を上げた。
その時、1人の男が客席を真っ直ぐに横切って来賓席へ向かうのが見えた。
確かな違和感が、エイトの背筋を走った。
そのまま男を目で追うと、その男は来賓席のククールの目の前に立ち、手を大振りして何かを叫んでいた。
拍手と歓声で、何を言っているかは全く聞こえない。
…嫌な予感がした。
「…ま、まって。」
エイトの口から言葉が小さくこぼれた。
「待って…やめて…。」
よろ、と立ち上がり、エイトはククールの方へ歩き出す。
その次の瞬間、
男はどこからかナイフを取り出し、上からククールに切りかかった。
「…ッ!!やめてーー!!!!」
…次の瞬間、ククールが刺された。
エイトは叫びながら走り出した。
客席からは、きゃああ!と高い声が上がる。
歓声から一変、来賓席から観客が離れて逃げていく。
来賓席の周りの兵士の1人がククールの側に駆けつけ、2人の兵士が刃物を振りかざす男を囲んでいる。
エイトはただククールの元へ走った。
(やめて…やめて…やめて!!)
(ククール!ククール!!)
エイトが本気で走れば、来賓席までものの数秒だった。
「ククール!!」
真っ先にククールの側に駆けつけ、その名を叫ぶ。
ククールは痛みに耐えながら、左肩を押さえて俯いていた。
腕の先から、赤い血が垂れている。
…それを見た時、エイトの中で何かが弾けた。
エイトは近くの兵士の腰から短刀を奪うと、暴れている男へと視線を向けた。
男は何かを叫びながら、未だナイフを振り回している。
エイトはタン!とひと蹴りで兵士と男の前に踊り出ると、その男のナイフを脚で叩き落とした。
そしてそのまま、男の胸ぐらを掴み、真っ直ぐ自分の手に持っている短刀を振り下ろす。
「…ッ!!」
振り下ろした…はずの腕は、男の身体に届く前で止まっていた。
エイトの右手が後ろから押さえられていたからだ。
男が、ひぃい!と腰を抜かして崩れ落ちる。
エイトはゆっくりと自分の右手を見た。
「……ばか、何…やってんの。」
「…く、く。」
大粒の汗を顔に浮かべたまま、ククールが後ろに立っていた。
エイトは目を見開くと、かしゃりと右手の短刀を落とした。
背筋が、ひゅっと冷たくなった様に思えた。
「確保しろ!」
その瞬間、男は警備の兵士に拘束される。
拘束されながらも、まだ男は騒ぎ立てている。
「その、その男がっ…悪いんだ!俺の…エイトを…、俺はずっと見守ってきたのに…!そいつがエイトを狂わせたんだ!!」
「…っ…。」
「デビューした時から…ずっと見てたのに…エイトの為に、ずっと…ずっと追いかけてきたのに…!今回の公演から、ずっと…エイトは恋した様な顔をしてる!」
「…!」
エイトの身体がビク!と震えた。
黙れ!と兵士に怒鳴られながら、男は乱暴に連行されていく。
「エイトは俺のものなのに!!そいつがエイトを誑かしたんだ!!」
「……。」
「エイトは俺の事が好きなんだ!エイトが売れなくて辛い時から、ずっと俺が支えてきた!!」
「…あ…ぁ。」
遠くなる男の声に、エイトは片手で耳を塞いだ。
ククールは握っていたエイトの右手を引き、腕の中にエイトを抱きしめた。
「…エイト。」
「ぁ…あ…ぼく…。」
「エイト、落ち着け。」
「ぼく、僕…あの人に…。」
「エイト、大丈夫だから。」
「…ぁ、あぁ…あの人、昔から…僕のファンで…。」
「エイト、聞いて。」
「なのに、僕…さっき……あの人…殺そう、と…!!」
「エイトッ!」
ギュウと片手で抱きしめられ、耳元で名を呼ばれてやっとククールの声がエイトに届く。
「エイト、大丈夫だよ。」
「あ…ぁ…僕、クク…!僕のせいで…ククールが!」
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ。エイトは何も悪くない。」
「…ぁ、あ…ククール…ククール!!」
エイトがククールの胸におでこを当てて抱きつく。
ククールはそのエイトの背中をゆっくりさすると、椅子にかけてあったマントをバサリとその頭に被せた。
そして、騒ついている観客席に向けて、大きく声をかけた。
「皆さま、大変お騒がせ致しました。私、このキャラバンのオーナーをしております、マイエラ領領主、ククールと申します。」
ククールは大きく右手を広げ、頭を下げた、
「突然の事とはいえ、楽しい空気を台無しにしてしまい申し訳ございません。先程の方は熱い思いが高じた結果とは思われますが…こちらも改めて在り方を考え直す所存です。キャラバンは今後も変わらず、皆さまの為活動を続けて参ります。つきましては何卒、変わらぬ御愛顧を賜りますようお願い申し上げます。」
ククールはそう言い、エイトの肩を抱くと、そのままゆっくりと舞台へと歩き出した。
客席はシン…と静まり返っていた。
「ただ、このまま皆さまをお返しするのは忍びない。恐れ入りますが今少し、お席にてお待ち下さい。」
そう付け加え、ククールは舞台袖にエイトを帰すと、自分もスッとその後を追った。
…ざわざわ!
「エイト!領主様!」
「エイト…!」
「領主様、お怪我は大丈夫ですか!?」
舞台袖では、クムドとレア、他キャラバンのメンバーが集まっていた。
「あぁ、大丈夫だ。悪いな、オレが油断した。」
「そのような事…こちらこそ申し訳ありません。エイトの事、助かりました。」
「うわっ領主様、血が凄い…汗もひどいです!」
「あぁ…こっちは治るから…大丈夫だ。それよりも、この後1曲出来るか?」
「それは…演奏は大丈夫ですけど…。」
そう言い、メンバーが踊り手のエイトを見る。
エイトはククールのマントを被ったまま、壁の側に立ち尽くしていた。
ククールはエイトに視線を向ける。
「…エイト。」
「ッ!」
ククールが呼ぶと、エイトがビク!と動く。
その様子を見て、ククールはフと微笑んだ。
「エイト、1曲踊っておいで。」
「…!」
ククールがエイトに声をかけた。
エイトはククールのマントを被り、裾を握ったまま動かない。
「領主様、エイトは今は…。」
「大丈夫だよ、観客席みんなが待ってる。帰らないのが証拠だ。」
「……。」
「エイト、プロなら今踊るべきだ。行っておいで。」
「……。」
「エイト。」
「……。」
「…こーら!」
そう言い、ククールはマントを捲り、エイトの顔を覗き込んだ。
…さりげなくも他のメンバーには、顔が見えない様に配慮している。
見ると、エイトはぐしゃぐしゃに声を出さずに泣いていた。
その顔面は蒼白で、完全に怯えていた。
「…く、ぼく…。」
「大丈夫、分かってるよ…全部な。でもいいのか?ここで踊らないと、お前絶対後悔すると思うぞ。」
「…むり…だよ。」
「無理じゃない、オレが大丈夫だっつってんの。会場の皆さんをいつまで待たせるつもりだ?」
「…ゃ……だめ、だよ。怖い…むり…。」
「エイトなら踊れるよ、大丈夫。」
「……く、く…。」
「驚かせてごめんなさいって、また見に来てくれって、伝えられるのはもうお前だけだよ。」
そう言い、ククールはエイトの涙を親指で拭った。
「エイトなら出来る。」
「……。」
「オレがここで見てる。」
「……。」
そう言い、ククールはゆっくりエイトの瞳を見つめると、片手でその頬を包み込む。
その手に、エイトは恐る恐る手を添えると、不思議とエイトは肩の力が抜けていた。
「…………うん。ぼく…おど。」
「よし!あ…でもさ、鼻水はかんでからいけな。」
「…ずび。……う゛ん。」
「ふはっ…ほら紙。」
ちん!と鼻をかむと、ククールはエイトの頭からぱさりとマントを引き抜いた。
「レア、ちょっとエイトの化粧直せる?」
「はいよ。用意してるよ!」
「2分後、舞台入れるよ。みんな位置について。クムド、後の指揮頼む。」
「承知しました。」
ククールの指揮で、サァ!と空気が変わる。
そしてその言葉通り、2分後エイトは舞台袖に立っていた。
「あ…エイト、待って。」
「え?」
舞台に足を進めようとしたその瞬間、ククールに呼び止められ、エイトが振り向く。
そのまま、ククールは唇に添えるだけのキスをした。
「…えっ…ぁ!?//」
「舞台に立ってるエイト、やっぱり素敵だ。さ、存分に行っておいで。」
「ぁ、う…うん!//」
そのまま背中をそっと押され、エイトは舞台に飛び込んだ。
そのまま、静まった会場を前に躍り出る。
エイトは舞台の中央で深く頭を下げると、音楽と共に踊り出した。
次第に観客席も盛り上がりを戻し、踊りが終わる頃には先程を上回る拍手で会場が包まれた。
こうして公演の最後は、ククールの機転で大成功として終わった。
***
…ざわざわ。
「サザンビーク公演、大っ成功ー!!」
舞台が終わり、エイトが袖に戻ると、ククールは真っ先にぐしゃぐしゃとその頭を撫でた。
それに続いて、仲間みんながエイトをもみくちゃにして称えた。
そのまま各々が抱き合い、その功績を称え合った。
後片付けの途中、ククールはクムドと話をつけると、エイトを見つけ出しその手を引いた。
「クムド、ちょっとエイト借りるな。」
「はい。」
「…え?」
ククールに腕を引かれ、エイトは公演会場の裏に連れて来られた。
キャラバンのテントから少し離れただけなのに、そこはとても静かだった。
「…ククール?」
「えーと、改めて…久しぶり。最終公演お疲れ様。最後、大変だったな。」
「あ…うん。その…ありがとう、色々。あと、あの時の僕を止めてくれて…感謝してます。」
「あぁ…あの時、なんかエイトの空気が変わった感じがしたんだよな。」
「僕あの時は頭が真っ白になって…気付いたらあんな恐ろしい事をしてて…。」
「そうそれ。ちょっとこっち来て。」
そう言い、ククールはエイトの手を引いて、その身体を抱きしめた。
「…っ!//」
「ごめんな。オレ、苦しんでるエイトに厳しい事言った。」
「っ…そんな事ない!ありがとう…本当に。ククールこそ、肩は?傷痛むよね?あの時、凄く顔色悪くて…血も出てた。僕、それ見たら気が動転しちゃって…。」
「驚かせたよな…大丈夫だよ。オレが回復魔法使えるの忘れた?ほら、この通り。」
そう言い、ククールは回復した様子の左肩をグイと上げて見せた。
エイトはその様子に、ほっと肩を下ろした。
「そっか…でも良かった。」
「オレの肩より、お前の心が心配だ。オレの為に怒ってくれたのに、エイトを守ってやれなくてごめん。あんなに怯えていたのに、お前を舞台にまた上げるなんてどうにかしてるよ。」
「ちがうよ…あの時は…踊らせて貰って良かったと思う。あの時踊らなければ、僕は自分を追い込んで…この先二度と踊れなかったかも知れない。ククールは踊り子の僕も助けてくれたんだよ?」
そう言い、エイトはククールの頬を両手で包み込む。
そのまま、エイトはゆっくりと瞼を伏せた。
「それよりも、僕の方が…。」
「え?」
「僕、あの時…初めて人を殺そうとした。」
エイトは両手をゆっくり下げた。
そのまま、ククールの胸に手を添える。
「…エイト。」
「実は僕自身も驚いてるんだ。今まで、どんなに屈辱的なことがあっても…あんな事、した事無かったのに。あの時は…ただ…あの人が憎く思えて。」
「……。」
「ククールの事、傷付けた。ククールに、手を上げた…。どんな理由があったとしても…許せなかった。」
ククールはその手に左手を重ねると、申し訳無さそうに微笑んだ。
「あの行動は、キャラバンのみんなも驚いてたよ。今までのエイトは感情的になる事もなくて…殴られても、蹴られても、決して逆らうこともしなかったって。」
「……。」
「オレの為に…あんなに怒ってくれたって、思ってもいい?」
「そう言えば…聞こえは良いけど。」
「なんで?それ以外に何があるの?」
「人として…恥ずかしい。どんな理由があっても、人を傷付けることは許されないと思う。君にも、ここに送り出してくれたパノンさんにも…顔向できない。」
そう言い、エイトは片手で顔を覆う。
ククールはフと微笑むと、エイトの手を優しく外す。
「もーエイトは真面目すぎ。」
「……。」
「オレが逆の立場だったら、もっと酷いことしてると思うよ。多分、エイトには言えないような事。」
「そんな事…。」
「ね?だから、そんな顔しないで。オレも、パノンも、そんな事でエイトを見る目を変えたりしないよ。」
「…ぅ、ごめ…なさい。ごめんなさい…本当に…。」
ククールはエイトの背中に手を回し、エイトをぎゅ…と抱き締めた。
「あーあ、せっかく久々に会えたのに…オレの方がカッコ悪いぜ。エイトの事びっくりさせようと思ってこっそり来たのに、肩刺されて、舞台の最終日をめちゃくちゃにして。すげー間抜けだ。」
「…そんな事ないよ。舞台が無事に成功したのも、僕がこんな気持ちで終われたのも…全部全部、君のおかげだよ?あっ…あと、お花もありがとう…あの大きな白い花束、嬉しかった。」
「あぁ、喜んでくれて良かった。あれさ、踊ってる時のエイトをイメージして選んだんだよ。凛としていて、でもどこか純粋で…誇り高い踊り子。」
「えっ!?そんなに…褒めすぎだよ!//」
「そんな事ない。むしろあの花以上さ。今回もエイトの踊り観て感動した。美しかった。本当に素晴らしい作品だった。」
「ありがとう…。僕も、君に観てもらえて…幸せ。」
そうエイトが言うと、自然とククールの顔が近付き、エイトもゆっくり瞳を閉じた。
次の瞬間、ふわりと柔らかい感触が唇に落ちる。
…そのまま、何度も何度も小さくお互いの唇を重ね合わせた。
「…んッ…クク…だ、め…//」
「はぁ……むり…オレ止まんない。」
「ぁ…んむ…//」
「…エイト、会いたかった。ずっと…ずっと…。」
「僕も…会いたかったっ//」
そのままククールはエイトの衣装の隙間から、その首筋と胸元にキスを落としていく。
エイトはそのククールの頭を何度も抱き締める。
「…や、だめ…ぇ…//」
「お願い、少しだけ…。3ヶ月エイトに触れてないんだ…結構限界。」
「ぁ、あっ…や、ぼく…も、我慢できなくなっちゃう…からっ!//」
「……はぁ。ここじゃさすがに…抱けないよな。」
そう言い、ククールは、ちゅう…と強く胸元を吸う。
「今晩、サザンビークの城下町に宿取ったんだ。…来てくれる?」
「…ぁ。」
「来なかったら…迎えに来ちゃうよ?」
「…く、行く…からっ//」
密着したまま耳元で低く囁かれ、エイトはビクビクと全身を震わせる。
その様子に、ククールは「良かった」と微笑んだ。
「さ、そろそろエイトの事、返さないとクムドに怒られるな。」
「…う //」
「オレも協賛会社に挨拶回らなきゃだから、また後でな。」
「…うん//」
「エイトは…少し落ち着いたら出ておいで。そんな色っぽい顔したままじゃ、みんな心配するぜ?」
「っちょ…そ…!?き、君のせいじゃないか!//」
エイトがそう言うと、ククールは確かに!と笑いながら再びエイトの頬にキスをする。
そのまま、じゃあな、と小さく囁くと、ククールは先に天幕の中に戻って行った。
「……ククールの、ばか//」
エイトはズルズルと腰を落とすと、真っ赤であろう顔をパタパタと手で仰いだ。
***
「クムド、時間貰って悪かったな。」
「領主様、もう宜しいので?」
エイトをテントの裏に残し、片付けの最中のクムドを見つけた。
「あぁ、ありがとな。みんなが働いてる中、時間もらっちまって。」
「いえ。…エイトは大丈夫でしょうか。」
「ん、大丈夫だと思う。心配かけたな。」
「その様な事。でも俺も、今回の件で少し安心しました。」
「ん?」
「あなたが、本当に、エイトの事を大切にして下さっていると分かって。」
そう言われ、ククールはキョトンと目を見開いた。
「…あれ?もしかして、オレのエイトへの愛を疑ってた?」
「まぁ、少しだけ。」
「ふはっ!本当に正直な男だね〜あんたは。嫌いじゃないよ。」
「エイトは俺の弟分でした。ずっと守りたかったのに、その力が俺には無かった。エイトには1番幸せになって欲しいと思っています。」
「そうか。愛されてるな、エイトは。」
「だから…貴方がちゃんとエイトを見てくれているのか、この目で見るまで心配だった。あいつが自ら何かを選んだのも、誰かの為に変わったのも、貴方が初めてなんです。」
「そうか。それなのに、今回は肩を刺されたり…カッコ悪い所しかお見せ出来ず残念だよ。」
「そんな事ありませんよ。…これからも、エイトの事、よろしくお願いします。」
クムドが真顔で言う。
ククールはその姿を見て微笑んだ。
「エイトだけじゃない。あんたも、このキャラバンのみんなが幸せにならないといけないぜ。」
「……。」
「その為にはもう少し、優秀なあんたの事はこきつかわせて貰う予定だから。これからもよろしく頼むよ。」
「勿論です。」
そう言い、クムドは頬を上げて笑った。
***
〜その夜〜
…コンコン。
ククールが宿で寛いでいると、部屋に控えめなノック音が響いた。
ククールは椅子から立ち上がり扉まで歩くと、そっと扉を開ける。
すると目の前に、ローブを深く被った人物が立っていた。
「突然申し訳ありません。中に入れて頂けませんか?今晩…あなたと2人で過ごしたいのですが。」
「…へぇ、それはとても魅力的なお誘いだ。でもオレにはベタ惚れの恋人がいてね。恋人以外は受け付けないって決めてるんだ。」
「そうですか。ではその恋人には秘密で…少しだけ。」
そう言い、その人物はフードをパサリと外す。
そこには妖艶に微笑むエイトが立っていた。
「おっ、やり!めっちゃタイプの子きた!」
「ふふっ…それは良かった。」
「………で?何、この茶番?」
「ドキドキした?」
「もー…何なのこれ。」
「領主様に営業ごっこ。テントでの仕返し。」
「はぁ〜…遊ばれたもんだよな、オレも。」
そう言い、ククールはエイトの腰を抱くと、部屋の中に招き入れた。
「ごめんね、遅くなっちゃった。」
「いいよ、打ち上げ無事終わった?」
「うん!ククールも来たら良かったのに。みんな残念がってたよ?」
「オレも行きたかったよ、本当はな。でも残念ながら、こちらはお偉いオッサン方とのお食事会だったの。」
「えっそうだったんだ。」
「王様とかもいたし、超疲れた〜!エイト、早く癒して〜!」
「わ!」
そう言い、ククールはエイトを横抱きにすると、そのままベッドに連れて行く。
ゆっくりエイトをベッドに横たえると、ぎゅう…と上から覆い被さる。
「ふふ…お仕事お疲れ様。」
「ウン…。」
「今日の打ち上げね…ククールの話で持ちきりだったんだよ。クムドとレア以外のみんなは、ククールの事をよく知らない人が多かったから。」
「そーか…なんか言ってた?」
「今日のククール、すっごくカッコよかったねって。みんな興奮気味だったんだよ?特に女性陣。」
「そーか…エイトは?」
「え?」
「エイトはオレの事カッコいいって思った?」
「…うん。」
「嬉しい。」
「ククールはいつもカッコいい。どんな時も僕の事を助けてくれる、僕だけのヒーローなんだ。」
そう言い、エイトはククールの前髪をサラと上げると、そのおでこにキスをした。
2人だけの時に、急に子供っぽくなる。
そんなククールが、エイトはとてつもなく愛おしかった。
(…レアの言ったこと、ちょっと当たってて怖いな。)
そのまま、エイトはククールの後頭部を優しく撫でる。
「あー…やばい。勃った。」
「…えっ!?今ので!?」
「3ヶ月ぶりに大好きな人から褒められて、デコにチュってされて…興奮しない男いないと思う。」
「そ、そっか…?//」
「…って、エイト。よく見たらステージ衣装のままじゃん。」
そう言い、ククールはエイトの外套を優しく外し、ベッドの下に落とした。
エイトの衣装の飾りが、小さくシャランと音を鳴らす。
「あ、うん//こんな機会じゃないともう着ないから、久々に君に見て欲しくて。…どうかな?」
「…ウン、すげー似合ってる。これ、マイエラで最終日に着てたやつだ。」
「えっ覚えてくれてたの!?//」
「当たり前じゃん。」
「嬉しいな…これは自由になった日に来てた思い出の衣装だから。最終日、願掛けも兼ねて着てみたんだよね。」
「そっか。このラテン基調の青い衣装、色っぽくてオレ好き。」
「ふふっ良かった。…ねぇ、脱がして?」
「うわ…えっろ。」
「…テントでの仕返し、まだ終わってないからね。」
そのまま、エイトはククールの首に腕を回すと、その唇にキスをした。
***
〜マイエラ〜
「ただいま。」
「ただいま帰りました!」
「ククール様、エイト様、おかえりなさいませ。」
執事のパノンは主人とその恋人を迎え入れる。
パノンはそのまま、ククールから大きな手荷物を受け取る。
「不在中、問題なかったか?」
「はい、こちらは全く。ククール様、肩の傷は大丈夫でございますか?」
「勿論。今回はちょっと油断したわ。」
「全く…舞台上の美しいエイト様に見惚れていたのでしょう?自業自得ですね。」
その言葉に、エイトは表情を曇らせた。
「…あのっ!パノンさん、ごめんなさい。僕のせいでククールを危険な目に合わせてしまいました。」
「いいえ、どうかその様なお顔をなさらずに。話は全て聞いております。エイト様こそ、大変でいらっしゃいましたね。」
「そんな…僕なんか。ククールに助けてもらってばかりでした。」
「いいのですよ。ククール様は愛するエイト様の為に身体をはれて、むしろ本望かと思います。」
「全くもってその通りだけど…おまえね、少しは主人を労れっつーの。」
そう言い、ククールがパノンをツイと睨む。
パノンはその視線をスルリとかわす。
その様子を見て、エイトは困った様に微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、本当にごめんなさい。」
「そんなに謝らないで下さいませ。さぁ、長い出張でお疲れでしょう?湯船の準備が出来ておりますので、どうぞこちらへ。」
「エイト、先にさっぱりしてきな。オレはパノンと少し仕事の話してから風呂行くから。」
ククールの後押しを受け、エイトは小さく頷くと、真っ直ぐお風呂場に向かった。
ククールとパノンは、その後ろ姿が屋敷の中に消えた事を確認する。
「…で、アイツどうなった?」
「然るべき処置は済んでおります。サザンビークにて、裁判は来週との事です。」
「そっか…。またキャラバンの公演で暴れられても困るし、あの感じだと今後エイトに付き纏う可能性もあるからな。後は法に任せるとするか。」
「そうですね。…先程はエイト様の手前、あの様に申しましたが。シロウトの剣を避けられないとは些か鈍りましたか?また騎士団のお兄様に指導をお願いした方が宜しいでしょうか?」
「あーーーごめんなさい。それだけは勘弁して下さい。」
「らしくないですよ、と申し上げております。」
「…あー、その。実はさっきおまえが言ってた…エイトに見惚れてたっての、あながち嘘じゃないんだよね。」
ククールが口元に左手をあてる。
パノンはまさかの返答に、少し目を開いた。
「おやまぁ…。」
「エイトの舞台が終わって、拍手喝采のエイト姿を見たら…今更悩んじゃってさ。本当にこれで良かったのかなって。エイトから踊りを奪って…これが正解なのかなって。」
「それは…。」
「そしたら、気付いたら目の前で刃物振りかざしてる奴がいてさ。焦ったよ。」
「…油断しすぎです。それは周りの憲兵にも言える事ですが。刺されたと報告を受けて、私は肝が冷えましたよ。」
「うん。悪かったよ。」
「それに、正解かどうかは分かりませんが…お悩みの件に関しては、エイト様のお手紙が答えではありませんか?」
「手紙?」
「一生懸命、貴方のために綴る言葉が、その答えだと私は思いますが。」
パノンの言葉を受けて、ククールは手紙の内容を思い起こす。
一生懸命なエイトの文字、文章。
中には、あいたいと拙く書かれた言葉もあった。
「……悪い。弱気になった。」
「いえ。真剣な証拠ですね。」
「そうだな。」
「早く指輪の一つでもお渡しした方が良いのでは?」
「…そうなんだけどさ。なんか気恥ずかしくて。」
「へタレですねぇ。あんなにベタ惚れしていますのに。」
「うっせーな!」
そう言い、2人は並んで屋敷の入り口へと向かった。
【完】
え、なに?
文字…にまん??
竜神王√処女作抜いた??笑
え、まじでなに?
こんな長くなる??
軽い気持ちで書いたらこんなことになりましたが??
とにかく、
・8出張にいく
・キャラバンで9との事をいじられる8
・遠距離文通
・9は字が綺麗
・ホテルで売春ごっこ
・8キレる(何したらキレるかなって思ったら9刺されてました)
・パノンさんのいいお父さんぶり
以上を書きたかったんですが、
詰め込んだら大変な事になりました。
ここまで来たら、もはや別の作品ですのに…。
ここまでお読み頂き、本当に本当にありがとうございました😭
皆様、インフルエンザに負けないで、年末乗り切りましょう〜!
2023.12.17 黒羽