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    genshin_ponu

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    genshin_ponu

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    ⚠️若トマ、がっつり死ネタ、キャラ崩壊、捏造などなど含まれます。ホラーのつもりで書いていた訳ではないのですが、いつの間にかホラーチックになってしまいました。
    トーマさんは殆ど出ない上に若もそこまで出ません。ずっと旅人とパイモンが喋ってます。個人的な趣味嗜好が詰め込まれた話なのでだいぶ人を選ぶと思いますが良ければ読んでやってください。

    赤紐 はらり、はらり。

    櫻の咲く野道を男は歩む。時折落ちている木枝を無情にもぱきりと踏み付けながら。

    「…今日の夜風はとても心地が良いね」

    ひゅうるり、ひゅうるり。

    夜風は撫ぜるように男の肌を掠め、歩く度に長い袖がゆらゆらと揺れた。
    暫く歩くと、一際大きい櫻の大樹の前へとたどり着く。ぶわりと咲く一面の花達はまるで男を迎えるように、風に揺られざわざわとその身を震わせる。
    少しの間櫻を眺めて一息つくと、男は腕に抱いた"もの"をそっと地面に置き、不自然に木の根元に刺さった鋤を何と無しに手に取る。それは元から男が用意しておいた物だった。

    ざく、ざく、ざく。

    慣れない手つきで木の根元付近を掘る。
    その身に纏う豪奢な衣服と、何とも土臭いその行為は酷く不釣り合いで、とても妙な光景だった。実際、男は鋤を使っての穴掘りなど人生で一度もしたことは無く、せいぜい幼少の頃飼っていた、死んでしまったオニカブトムシを土に埋める際に少し穴を掘った程度であった。

    「ふふ、あまり慣れないことを、するものではないね」

    汗がぽたりと落ち、土を濡らす。
    掘っても掘っても中々大きく深くならない穴に、げんなりしそうになりながらも男は更に掘り進める。そんな男の頭上で、櫻はざわりざわりと待ち焦がれる様に見守っていた。
    夜明けまでには帰りたいのだ。この月が照らしてくれている間に、終わらせなければ。

    ざく、ざく、ざく、ざく。

    手の感覚が鈍くなり始めた頃、漸く納得のいく大きさの穴にまで掘ることが出来た。ふう、と汗を拭うも空を見ると既に月が傾きかけており、息をつく間もなく次の行動へと急かされる。
    穴を掘ったのだから"もの"を埋めなければならない。男は掘る前に横へ置いた"もの"をまた腕に抱く。壊れ物に触れる様に慎重に、丁寧に。
    腕の中に戻ってきた"もの"に思わず笑みを浮かべる。
    男にとってそれはとても大切で、何にも変え難いものなのだと、嫌でも分かるさまだった。

    「あぁ、いけない、腕が少し馬鹿になっているみたいだ。穴掘りで感覚が鈍くなってしまった。情けないね」

    自嘲する様にぽつりと呟く酷使された男の腕は、抱いている"もの"の重さに耐えきれず僅かに震えていた。名残惜しいが、あまり長くは腕の中に抱けないようだと悟った男は穴の中へとそっと置き直した。
    最後に、穴の中をまじ、と見つめ、"もの"に結ばれた赤紐を手に取ると男は立ち上がりまた鋤を手に取った。

    ぱさり、ぱさり。

    掘られ地面に上げられた土を元に戻すとともに、だんだんと"もの"の姿形が隠れていく。男の表情は無表情のようにも、笑みを浮かべているようにも見えた。

    掘る時よりも埋める時の方が早いもので、あっという間に穴は消え去っていった。最後にぱん、ぱんと地面を叩き平にならすと、来た時と変わらない光景がそこにはあった。
    空を仰ぎみるように上をむくと、月は既に姿を隠し始めていたが、幸いにも夜明けまでにはまだ少し時間があった。安心するようにゆっくり瞬きをすると、男は櫻の方へと向き直し、口を開いた。

    「綺麗に、咲いておくれ」

    櫻は呼応する様に、その身を揺らした。

    ___________
    _________
    ______
    ___

    神里家の家司、トーマが亡くなった。
    それを聞いた時、一番に思った事は兄妹、特に兄の神里綾人に対する心配だった。

    トーマの訃報は、直接二人から聞いた訳では無い。
    それは、たまたま稲妻に来ておりパイモンがあまりにも腹が空いたと嘆くため、烏有亭で食事を取っていた時だった。
    何処からか、社奉行の家司が死んだらしいじゃないか、とひそひそと囁かれるような声が聞こえたのだ。それは旅人だけではなくパイモンにも聞こえたらしく、二人して信じられないという様に顔を見合せた。

    「お、おいどういう事だよ、トーマが死んだって…!」

    困惑しながら詰め寄ってくるパイモンの肩に手を置き落ち着くように宥める。しかし宥めながらも心中ではトーマが死んだ事が信じられず、目の前の小さな存在と同じく酷く動揺していた。

    何故?何故、あのトーマが?

    ほんの一ヶ月前に話した時、あれだけ眩しい笑顔を見せていたというのに。
    ずっと想いを寄せていた綾人と結ばれる事ができて照れくさそうにしながらも、幸せそうに笑うトーマに良かった、と思ったばかりだったのに。
    何度考えても納得のいく答えの出ない疑問はただ旅人の表情に影を落とすままで、小さな肩に置かれた手が僅かに震える。そんな様子に気づいたパイモンは、先程よりは落ち着きを取り戻し、お前こそ落ち着けてないじゃないか、と心中で呟く。そして、視線を下に落とし少し考える仕草をした後に空元気を出す様に語気を強めながら話す。

    「…な、なぁ、旅人!ここでこうやって二人で悩んでいてもしょうがないだろ?神里家に行って二人に聞いてみようぜ!」

    ほら、もしかしたらただの噂話で、何かの勘違いかもしれないし!と、ぎこちない笑顔でパイモンは言う。
    然し、旅人はパイモンのその提案に緩く頭を振った。
    どうして、と再度詰め寄るパイモンに旅人はゆっくり口を開くと、言い聞かせる様に話す。

    「駄目だよ、パイモン。こういう話は無理に首を突っ込むものじゃない。もし、本当にトーマが亡くなっていたら、二人を悲しませてしまう。だから、時間が経って二人から話があるまでそっとしておこう?」

    穏やかに、慰める様に語る旅人に、パイモンは更に言いたい気持ちを引き止め口を噤む。それでも納得が行かない、というように手を握りしめると、俯きながら小さくどうして、と呟いた。

    震える目の前のパイモンを見ながら旅人は思う。
    トーマはもうこの世に居ないのだと。パイモンは何かの勘違いかもしれないと言うが、それはきっと叶わない願いなのだと。
    証拠を見た訳でも、聞いた訳でもない。理由も分からないし納得もしている訳ではない。ただ、思考する内に漠然とトーマの死は事実であるとこの国から語りかけられている様な感覚がした。
    ぞわ、と背筋を通る嫌な感覚に、取り敢えずこの場から離れようとパイモンの手を引く。未だに震えたままだったパイモンは驚いた様に旅人を見るも、大人しく後を着いていく。
    トーマの事は気になるが、きっと二人が改めて教えてくれるだろう。それまで、待つことにしよう。自らに言い聞かせる様に心の中で唱え、烏有亭の扉に手をかけようとするとひそり、とまた噂話が旅人の耳に届く。

    「ねぇ、そういえば、甘金島の櫻が最近とても綺麗に咲いているそうだよ」

    その言葉が、やけに耳にこびりついて離れなかった。


     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ̄ ̄ ̄

    あれから、一年程経った頃だろうか。
    モンドの冒険者協会で何時ものように依頼を受け取りその場を去ろうとすると、キャサリンに呼び止められる。

    「あっ、お待ちください!旅人さん宛に手紙が届いているのです。稲妻からの手紙なのですが…」

    そう言ってキャサリンは桜色の封筒で閉じられた手紙を差し出す。
    稲妻、その言葉からもしやと思い隣にいるパイモンと顔を見合わせると、お互い頷き手紙を開いた。
    開いたそこには書き手のたおやかな様を想像させる綺麗な文字が数行書き連ねられている。意を決する様に内容を読み進めるとやはりそれは神里家からの手紙であり、神里綾華による手紙であった。


    拝啓

    春風の心地よい季節になりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか。

    さて、この度はお二人にお話したい事があり、この手紙をしたためました。
    お時間のある時で良いので、今一度、私共の屋敷へ立ち寄ってくださると幸いです。

    花冷えの折から、体調には十分ご留意ください。

    敬具
    神里綾華

    追伸 甘金島の櫻がとても綺麗に咲いております。ぜひ稲妻に来た際にはお花見に行ってみてください。


    想像した通りの内容に胸がざわつく。
    やはり、トーマの事なのだろうか。手紙に書かれたものは話の中身には一切触れておらず、ただ話がしたいとしか書かれていない。それが、尚更旅人に良くない考えをもたらす。
    それに追伸と書かれたところだ。また、甘金島の桜の事を言っている。あの時烏有亭でも聞いた、
    "甘金島の桜がとても綺麗に咲いている。"
    良い事である、良い事であるのに、何故なのかその言葉にどうにも胸騒ぎがする。

    きっと、綾華は旅人達に対する気遣いで書いてくれているのだろう。この手紙からは悪意などは一切感じない。然し止まらない悪寒から早々に手紙を閉じ、仕舞った。
    もう少し良く見ようと覗き込む様にしていたパイモンは、いきなり手紙を閉じてしまった旅人に意義を唱えようとするも、遮るように旅人が口を開いたことでそれは叶わなかった。

    「パイモン、稲妻に行こう」

    不安と焦燥を浮かべる旅人の顔に、パイモンは思わず何も言えなくなってしまった。


    稲妻の地に降り立つと、桜の香りが鼻をくすぐった。その香りは以前よりいっそう強く感じる様な気がした。
    桜が咲き乱れるこの季節なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、脳の隅でそれは不自然だと警告されている気分がしてならない。嫌な感覚を振り払う様に頭を軽く振ると、目的の場所である神里家へと歩き出す。
    道中、黙々と歩くばかりで言葉を殆ど発さない旅人に気まずくなったのかパイモンが場を盛り上げる様に話し始めた。

    「たっ、旅人!すっごい綺麗に桜が咲いてるな!なぁ、綾華の話を聞いたら皆で花見に行かないか?団子とか色々持っていってさ!あっ、おせちだっけ?そういうのもお花見の時食べるんだろ?」

    えへへ、と口元を緩めながら言うその花より団子な姿に、少し緊張が解れる。

    「もう、パイモンは花よりご飯が食べたいだけでしょ」

    「そ、そそ、そんなことないぞ!もちろん!花が主役さ!」

    焦ったように腕を組み視線を逸らすパイモンに思わず旅人に笑みがこぼれる。
    未だに不安や胸のざわめきは残るが、話を聞く前から気にしすぎてもしょうがないか、と旅人は思い直しパイモンにありがとう、と告げる。何に対してのありがとうなのかは言わなかったが、旅人のその表情から汲み取ったのかパイモンは眉を下げながら笑った。

    暫く歩いて、漸く目的の場所に着く。
    久しぶりに見た神里家は特に変わった様子はなく、何時ものように門近くにいる平野に断りを入れて敷地内へと入る。先程まで明るく喋っていたパイモンも、流石に緊張した様子を見せており、旅人も逸る胸を抑えつけ屋敷の扉を開けた。

    「…おや、旅人さん。ようこそ、おいでくださいました」

    しゅるりと袖を鳴らしながら振り向くその姿は、
    二人が会おうと想像していた神里綾華ではなく、神里家当主である神里綾人だった。

    にこり、と穏やかな笑みを浮かべて立つ綾人に、思わず旅人はたじろぐ。最初に出会った時を思い出す様な、そんな緊張感が走った。久しぶりに会ったからだろうか、普段であれば何とも思わないのに。
    暫く口を噤み、何も言えないでいると、不思議に思ったのか綾人が口を開いた。

    「旅人さん?そこで立ったままでは何ですし、こちらへ来てはいかがですか?」

    どうぞお座り下さい、と微笑みながら綾人は座布団の敷かれるその場を指す。
    いつの間にか息を止めるほど身体が強ばっていた旅人は、ゆっくり息を吐き身体の力を緩める。隣で様子のおかしいを旅人を心配そうにこちらを見るパイモンに大丈夫だよ、と目配せすると綾人の指した場所へと座った。


    「綾華から手紙が…。そうですか、然し、あいにく今綾華は席を外しておりまして。何時頃戻ってくるかも分からない状況なのです」

    せっかく来ていただいたのに申し訳ありません、と頭を下げる綾人に、慌てて急に来たこっちも悪いから、と手を振ってパイモンが答える。

    正直、少しほっとした。
    胸のざわめきを取り除く為に意気込んで来たは良いものの、友人の死を直接聞く覚悟をまだ完全には出来ていなかった。幾ら察していようと聞いて受けるショックは相当なものだっただろうから。
    綾華が居ないと聞いた時、一瞬このまま綾人に疑問を投げかけようかとも思ったが、この事があって結局口には出せなかった。それに、まだ綾華の話の内容がトーマの事についてなのかも分からなければ、綾人に無闇に聞くのも悪いだろうと思い、旅人はまた後で来よう、と隣のパイモンに言う。パイモンもそれに頷くと、綾人にまた後で来るよ、と手を振った。
    然し、立ち上がろうとした瞬間、綾人のお待ちください、と言う声で引き止められる。

    「綾華が何時に帰ってくるかは分かりませんが、今日中には恐らく帰ってくると思うので、良ければそれまで……花見を、しに行きませんか?」

    端正な顔で口元に弧を描いて言うその顔は、とても綺麗で、何故か酷く恐ろしく感じた。



    「ふふ、元々一人で行こうと思っていたのですが…旅人さん達が来てくれて良かったです」

    花見は誰かと行った方が楽しいですからね、と機嫌が良さそうに花見用の重箱と団子を持って綾人は笑う。その用意周到さに、本当に旅人達が来るまでは一人で花見に行くつもりだったのだと分かる。
    神里家当主が一人で桜の下で重箱をつついているというのは絶対に異様な目で見られると思うのだが、綾人はそんな事は対して気にしなさそうだなとも思う。
    それでも、何処か異質な空気を感じてやまない旅人は依然として気が抜けないままでいた。パイモンは何も感じないのか、とそちらに目を向けるも、当の本人は重箱と団子にしか目がいかないのか瞳を輝かせながらふよふよと綾人の周りを飛んでいる。この食いしん坊め、とため息をつくと花見の場所に着いたのか綾人の足が止まった。
    顔を上に向けその場所を見ると、そこは甘金島に咲く、一本の桜の前だった。

    ぶわり。
    桜を認めた瞬間、取り込まれてしまいそうなほど強烈に旅人の目に花達が映り込む。それは恐ろしい程に美しく、無意識にあ、と口から意味の無い言葉が漏れる。
    風に揺られ、はらはらと花びらが散って行く様はこの世のものではない様に感じられた。
    呆然としながら力なく首だけ動かし綾人の方に顔を向けると、桜を眺めるその表情は恍惚としており、またぞくりと背筋が震える。
    自らに向けられる視線に気づいたのか、綾人は桜から視線を外し旅人の方へと直すと、またうっそりと笑う。

    「どうです、綺麗でしょう?貴方に是非、見て頂きたかったのです」

    春風がひゅうるりひゅうるりと、桜の花々を背にした綾人の衣服と髪をはためかせる。
    桜色と、白と、藤紫とが混じり合うその光景は華やかで、そして美しく、おぞましい光景だった。
    ばくばくと心臓の音が逸る中、そんな旅人の事は知りもしないと言う様に綾人は持ってきた重箱と団子を食べられるようにと準備をし始める。
    旅人と一緒に桜を目の前にして呆けていたパイモンも、食欲の方が勝ったのか綾人と共にいそいそと準備をしていた。

    そうして準備が整うと、いざ花見だと意気込むパイモンを他所に、旅人は俯き渡されたおせちを見つめる。
    色とりどりのおせちは普段ならば食欲をそそるものなのに、全く食べる気にならない。それでも隣で満足気に食べるパイモンにつられる様に箸を進めるも、心臓の音が煩くて味どころではなかった。
    居心地の悪い中、いくら食欲が湧かないからとせっかく用意してくれたものに手をつけないのはどうかと思いちびちびと食べ進めていると、ふいに旅人さん、と綾人の中低音の声が響いた。

    「時に、こんな話を聞いたことがありますか?…櫻の木の下には死体が埋まっていると」

    どくん、と今日一番、鼓動音がはっきりと聞こえた気がした。

    「な、何だよその話…!絶対怖い話じゃないか!」

    桜を見てる時に話す事じゃない!と怯える様にパイモンが旅人の方へと寄る。

    「…聞いたこと、ある。稲妻で、そんな噂話を…」

    震える声でそう口に出す旅人にパイモンは驚く。パイモンはそんな話聞いたことがなかったからだ。その上、様子のおかしい旅人にますます不安になりパイモンは旅人の腕に縋り付く。
    思えば、綾人に会った時から旅人はずっと様子がおかしかった。久しぶりの再開だった事と、トーマの事があった為その緊張からだと思っていたが、もしかしてそうではないのでは、そう感じたパイモンは今一度綾人の方へと顔を上げる。
    目が合った藤紫の瞳は春の色とは不釣り合いな黒い影を落としていた。綾人はそれでも目を細めてゆっくりとその口に弧を描き開く。

    「あれは、正確には少し違うのです。櫻の木の下には死体が埋まっているから、綺麗に咲き乱れるのですよ」

    ほら、綺麗でしょう。

    桜の木の幹に片手を添えて綾人は笑う。今日何度も見たその笑みで。
    旅人の感じていた不安はこれだったのだ、と理解したと同時に、パイモンの小さな口からひ、と声が漏れる。
    その瞬間、ぐい、と強い力で手を引っ張られたと思うと、旅人が焦る様に帰ろう、と言って立ち上がった。

    「お、おい…!綾華との話は…!」

    「…っ急用を思い出したから!また今度屋敷に寄るよ」

    旅人は綾人に背を向け、苦しい言い訳を理由にこの場を去ろうとする。
    然し、綾人は少しの沈黙の後、それは仕方がないですねと言うだけで引き止めはしなかった。

    「では、また今度。次は綾華も一緒に」

    その言葉を聞き終わるや否や、旅人はパイモンの手を引いて逃げるようにそこから走り出した。
    パイモンはされるがままに旅人に引っ張られながらも、申し訳なさが残った為に後ろを振り向く。するともう興味を失ったかの様に、綾人はこちらに見向きもせずに桜と向き合い佇んでいた。


    その手には、見覚えのある赤紐を握って。


     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


    「行ってしまったね」

    ざわり。
    桜花が揺れる。

    「怒っているのかい?…だって、旅人に会った時の君があまりにも嬉しそうだったから、少し嫉妬してしまったんだ」

    ほんの少しの悪戯心だったんだよ。ゆるしておくれ。
    綾人は子供が許しを乞う様な口調で語りかける。

    ざわり。ざわり。
    ひとつ、ふたつと花びらが散っていく。

    「…分かっているよ。もうこれ以上はあの二人に意地悪しないさ。君のこともちゃんと説明する」

    少し不貞腐れながらも、綾人は桜の木の幹に身体を寄せる。
    櫻はそれに応える様に、綾人の肩にはらりとひとひらの花弁をのせた。

    「だから、来年も、その次も、ずっと、ずっと…」


    「綺麗に、咲いておくれ、トーマ」


    櫻はまたその身をゆらりと、揺らした。
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