甘味に酔わされて陽気に鼻歌を歌いながら、当主は屋敷の廊下を歩む。
その片手には、稲妻の地ではあまり見かけない柄の包装紙に包まれた、小さな箱が収まっている。時折ちらりと箱に目線をやっては、楽しげに口に弧を描く。
その様子を見て、一介の使用人達は思うのだ。
あぁ、ご愁傷さまです、トーマさん、と。
「トーマ」
耳馴染みの良い、中低音の声音がトーマの背に響く。
振り返れば、ふわりと笑みを湛える自らの主が立っている。呼び声に応えるように、若、と言葉を返すと、声の主は満足気に目を細めた。
「何か御用ですか?」
「うん、君に食べて欲しい物があってね」
食べて欲しい。
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がトーマに走る。何故ならトーマは綾人から食べて欲しい、と言われて今までろくな目にあったことがない。
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