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    ゆきは

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    ゆきは

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    #長義さに
    forGoodnessSake
    #ちょぎさに
    inTheMannerOf...

    高嶺でゐてくれ 初恋をした。相手を好きでいるだけでは飽き足らず、こちらを見てほしいと醜い欲を抱く、紛れもない恋だった。

    『高嶺でゐてくれ』

     自らが比較的整った顔立ちであることは、初等教育を終える頃には自覚していた。優秀な頭を持っていることは、中等教育を終える頃に。そして『高嶺の花』であることは、高等教育の最中に。
     見目よく、運動部で活躍している男の先輩に恋をする。誰でも通る道だと思う。誰でも、から外れたのは、告白の断り文句のせいだ。
     ごめんね、付き合うことはできない。でも、高嶺の花の──さんに想われてたのは光栄だよ。
     優しい断り方だった。困ったように微笑んで言った先輩に感謝の言葉を伝えてその場を離れる。告白する前から、きっと振られるんだろうな、とは思っていた。ただ。
    (……高嶺の花って、何)
     悲しい気持ちよりも強く、その疑問が残った。

     呆気なく初恋が終わりを迎え、大学生になり酒にも慣れてきた頃、どうやら自分は親しい他人を作るのが難しい人間だということが分かってしまった。
     友人はいないわけではない。時たま複数人で遊びに出かけたりすることはある。けれども、一対一で本心を語り合えるような人はいない。
     恋人はできたことがない。好意的に見てもらえているかも、と淡く期待して想いを伝えると、女性として好きだけれど自分という男と付き合っている姿は想像できない、と断られてしまう。
     アルコールの入った席でこう言われたことがある。──さんは何でもできて、綺麗で、誰の物にもならず一人で立ち続けているところが好きだ、と。立ち居振る舞いが上品で、話しかけてくれるだけで天にも昇る心地になる、と。酒の席でのことだ。言葉通りに受け取るつもりはないが、誰も否定することなくそれなりに話題が盛り上がったから、嘘ではないのだろう。
     ならば、と別のコミュニティで今までの自分とは異なる自分を作り上げて振る舞ってみた。駄目だった。懐っこい笑顔も柔らかい言葉遣いもたくさん練習したのに。

     一つため息をついて、送ってきた者が想定したような発想になれなかった雑誌を閉じる。遠くから雪遊びをする短刀たちの声が聞こえてきた。年明けの賑やかさも落ち着いて、本丸に日常が戻ってきた時分である。
     大学を卒業して数年。在学中に半強制的に決められた審神者という職業は自分に向いていたようだ。人の形をした刀を従えて、戦場に送り出し、彼らの生活拠点を維持する。見目が男であったとしても、彼らの立場は一応は己の部下。特別な想いを抱くことも、本心を打ち明けることも、そもそも適さない関係の者しかいない。自分は彼らが戦場で力を発揮できるよう守り、彼らは歴史を守る。役割分担の分かりやすい関係性は、彼らが善性に満ちているおかげか、淡白になりすぎることもなく、我ながら良い本丸を運営できていると自負している。
    「──どうしたのかな。随分長いこと考え事をしているようだけれど」
     うん? と思考の海から顔を上げれば、青の瞳がこちらを見ていた。やや険のある面差しは、それでいて彼の平常なのだということはもう理解している。
    「幸せを噛み締めていただけだよ」
    「幸せ、ねぇ」
     そう言うと青の瞳の持ち主──山姥切長義は本を机の端に置いた。机の上を彼の目線が滑り、閉じたまま目の前に放置していた雑誌に留まる。彼に倣って端に避けようとすると、とん、と表紙に黒革で覆われた人差し指が置かれた。
    「誰かと結婚する予定でも?」
     政府が送りつけてきた結婚雑誌。いかにも幸せそうに微笑む花嫁姿は、きっと世の女性たちの憧れだろう。
    「今が幸せすぎて、結婚する気が起きないとは思っているよ」
     考え事の内容とは全く異なるが、説明するのも面倒だと長義の発言に乗ってみる。器用に片眉を上げた彼は、それは臣下冥利に尽きるねと皮肉めいて笑った。これは逃げられそうにない。
     さあ話せと表情を美人特有の凄みのある笑顔に固定した長義に、考えていたことを説明する。『高嶺の花』扱いされて望んだ人間関係を得られなかったこと。審神者になって幸せであること。誰にも話したことはなかったが、隠す必要があるとも思えなかった。
     ふぅん、と聞いてきた割に興味なさげに相槌を打つ長義に多少拗れた心が生まれてくる。
    「……まあ、庶民の出の私と違って、山姥切長義こそ『高嶺の花』だよね。鳴り物入りで本丸にやってきてさ」
     美しいが高慢。そう評価されたこの男士は、全くもってその通りの性質をしていた。
     一年と少し前、謎の人物として突然現れ、実力を示せと監査を行い、鍛刀したわけでも戦場で得たわけでもなく、特例ずくめで本丸にやってきた刀。
    「勝手に鳴らさないでくれるかな。特命調査の先陣を切ったのが俺だっただけだろう」
    「先陣を切れるのがまず凄いんだよ」
     配属されるや否やさくさくと練度を上げて、高慢と言う表現が適さない程の実力を身につけ、いつの間にか近侍の座を誰にも譲らなくなっていた男士。
    「お褒めに与り恐悦至極」
     ──こういう者をこそ『高嶺の花』と言うのだ。
     美しく、誇り高く、洗練されていて、きちんと実力もある。周囲から尊敬の目を向けられて、それを当然のものとして受け止める。鼻につくような態度でさえ、この者が行うのにふさわしいと思わせる強さがある。
    「強いなあ、長義は」
     羨ましい。はっきりとは口に出さないが、態度で伝わったのだろうか。山姥切長義は呆れたような顔を作った。
    「君、今日の執務は?」
    「もう終わってるよ。強いて言うなら第五部隊の遠征帰還待ちだけど、早くても明日の昼過ぎくらいになるだろうし」
    「では、明日の予定は?」
    「修行に行った子が帰ってきそうだから出迎えて、次の子を送り出す予定。他はいつも通り日課をこなすくらいかな」
    「そういえば、今朝方歌仙兼定が騒いでいたが、何かあったかな?」
    「和泉守が歌仙の気に入りの茶器を勝手に使ったの。謝罪も受け入れてたし、問題にはならないでしょう」
     長義が次々に質問を投げかけてくる。他愛もない質問ばかりだが、いかんせん量が多い。
    「……山姥切長義、これは試験か何か?」
    「いいや?」
    「では何? 審神者なら答えられるような質問ばかり。意見があるならはっきり言って」
     歪んだ青をじとりと睨めつけると、その口がごくゆるく弧を描いた。
    「君は強い、主」
     は、と間抜けな声が漏れた。突然何を言い出すのだ、この男は。
    「審神者としての業務を手早く確実に行い、本丸の主として全ての刀に目を配っている」
    「……当然のことでしょう」
    「ああ、当然のことだ。当然のことを当然に行い、そのための努力を努力とさえ思わない。それは強さであり、君が高嶺に咲く所以だろう」
     人に語り聞かせることに慣れた声音が、朗々と言葉を紡ぐ。
    「上流層の人間が高嶺にあるのは、持てる者であり続けるという覚悟によるものだ。出自ではない。君はその覚悟を無意識に持っている。そのうえ──」
     真剣で斬り込んで来るようにこちらを見据えていた目が、少し逸れた。僅かに視線を彷徨わせた彼は、すぐに元の鋭い目をして審神者の顔を覗き込む。
    「──そのうえ、君は美しい。類まれな精神性に美しさが加われば、そんじょそこらの人間では、君の隣にいようと思うことすらできないだろう」
     言葉が、出てこない。
     目の前の男にからかいの意図は見えず、ただ、思ったことを言っているだけだというのが分かる。分かるからこそ、戸惑い、何を返せば良いのか見当もつかない。
     口を動かすこともできない審神者に焦れたように、長義はふいとそっぽを向いた。
    「一年間ずっと、誰よりも君の近くで侍り、誰よりも君を理解している俺が言ったんだ。君の憂いは多少ましになったんじゃないのかな」
     こちらの耳にぎりぎり届くくらいの小さな声。その顔は綺麗な銀髪に隠されて見えることはないけれど、平生の表情とはきっと違うだろう。
     審神者として、主として、きっとここは感謝を伝えるべきだ。少なくとも小声で零された言葉は、言う予定のなかったものなんだろうから。目の前のいっとう美しい刀に認められた精神は、そう判断する。
    「……では、私の隣にはきっともう誰もいてくれないんだね」
     働くことを忘れた喉から滑り出した言葉は、諦念に満ちた暗い昏い台詞だった。
     長義の表情を見たくなくて、机の上で緩く組んだ指に目を落とす。こんなこと言うべきではない。そんなことは分かっているけれど、これだって偽らざる本心だ。
     隣にいる人が欲しい。横並びで、一緒に歩く人が欲しい。
     心の深い部分に沈めておきながらも、決して消えることも薄れることもなかった願い。高嶺であるならば諦めるしかない願い。自らを高嶺の花と定義したくなかったのは、結局のところこの願いが理由だった。
     だって、一人で歩くのは、寂しい。高嶺で遠巻きにして見られるよりも、人中で温かさに包まれていたい。
     沈黙が下りる。雪遊びの声はもう聞こえない。日が傾いて、爪先に夕陽が差している。その光をぼんやりと目で辿ると、が視界に映った。

    「ようやくこちらを見たね」

     男が、至上の幸いを得たとばかりに微笑む。
    「なるほど、君は隣にいてくれるが欲しいと。そして、それは叶わないと思い込んでいると」
     口に手を当てて、愉しそうに声を上げて笑う。
    「たしかにそうだ。並の人間では君の隣に相応しくない。君がどう思おうと、周囲が勝手にそう判断する。……でもね、主」
     爪先に男の指が触れた。戯れるように、あるいは乞うように指先が爪をなぞる。
    「ここに、君の隣に相応しい男がいるよ。他ならぬ君が、そう評価を下した男が」
     びく、と動いた爪先を男の手がすかさず攫った。連れ去られた右手はまんまと男の掌の上だ。
    「俺は高嶺の花を折ろうとは思わない」
     美しく高慢に、それでいてこの上なく優しく、その笑みはつくられた。
    「君のために、高嶺に在ろう。だから、君も高嶺の花たる覚悟を決めてくれ」
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