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    haco

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    haco

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     久しぶりの遠出で、あまりに楽しくて、二人揃って時間のことなど忘れて遊び尽くした。そう、完全に帰る時間のことなど頭から抜け落ちてしまっていたのだ。それに気づいたのは終電時刻の十五分前。目の前の料理を口の中に詰め込み、居酒屋を飛び出して慣れない土地を直感頼りに駅まで走った。さらに、道中で突如として降り出した大雨に見舞われ、見事にずぶ濡れだ。駅のホームで逃した終電電車を見送った二人はその場に項垂れた。でも、何だかそれすらも楽しくて、顔を見合わせて笑う。
     だが、どうしたものか。こういう時に真っ先に浮かぶのはタクシーに乗ることだが、今いる場所からタクシーを使うにはあまりにも距離が離れていて早々に選択肢から外れた。次に思い浮かんだのは、朝までやっているカラオケボックス。終電を逃した時の常套手段として最適なカラオケだが、何せ二人ともびしょ濡れだ。猛暑が続いた夏が終わり、短い秋はあっという間に過ぎようとしている。来週には初冬を迎えるといわれているというのに、このままカラオケに入ろうものなら確実に風邪ひいてしまうだろう。
     濡れた衣服が肌にまとわりつき、髪の毛先からは水滴がポタポタと滴った。靴の中までぐっしょりと濡れている。今の状況でさえ、楽しいと感じる二人だけれども、さすがにこの状態は耐え難い。そんな二人の目についたのは深夜であるにもかかわらずやたらと輝きを放つネオン看板だった。


    「おれ、ラブホなんて初めて来た。エースは?」
    「おれは、まあ……あ、おいそのままベッドに上がんなよ」
    「わかってるよ。あ、ルームサービスだ。何か頼もうぜ、腹減った」
    「ばか。その前に風呂だ、風呂」
     エースは何心溜息を吐きつつ、水分を含んでずいぶんと重くなったブルゾンを脱ぎながらそつなく返す。
     あの後、他に選択肢がなかったわけではないが、やけにサボが食いついてしまい、エースが押しに負けた形でラブホテルに入る羽目になった。
     初めて訪れたというサボは興味津々といった様子で室内を見回している。部屋の真ん中で鎮座している大きなベッドに手をついてふかふかだと笑う。枕元に置いてある二つのコンドームを見つけては喜び、アダルトグッズが購入できる自販機をまじまじと見つめて頬を染めて言葉を失っていた。
     そんなサボを横目に今度こそ溜息を零し、エースは湯船にお湯を張るため風呂場へと向かった。
     広めにできている風呂は男二人でも余裕で入れた。どちらが先に入るか軽く話し合ったものの、待っている間にどちらかが風邪をひいてしまったら元も子もない。だったら、二人で入ろう。そう提案したのはサボだった。
    「風呂は普通なんだな」
    「どんな風呂を想像したんだよ」
    「ガラス張りだったり、レインボーに光ったり? ジャグジーとか」
    「……レインボーはねえな」
    「ははっ、たしかに。ねえな」
     すでに身体を洗い終え、湯船の中で冷えた身体を温めていたサボは、縁に組んだ腕を乗せて気持ち良さそうに目を細めた。さらに、上気した頬を腕の上に乗せてまどろみ始める始末。ずいぶんリラックスしているように思える。
    「おい、寝るなよ」
    「寝ねえよ。あ」
    「あ?」
     エースが男が使うには似つかわしくない、薔薇の香りがするシャンプーで髪を洗い終えて濡れた髪をかき上げる。今にも眠ってしまいそうなサボを気にかけながら、ボディーソープに手を伸ばす。こっちはシャンプーと違って無香料だった。
    「んー? 今日はお揃いだなって」
    「お揃い?」
    「うん。髪の匂い。おれたち揃ってラブホのシャンプーの匂いってなんかやらし、わっ、なにすんだ!?」
    「うるせえ! この酔っ払い!」
     無邪気に笑いながら、どこか揶揄いを含んだ声色で突拍子もないこと口にしたものだから、エースは思わずシャワーヘッドをサボに向けてその言葉を遮った。そのおかげですっかりと目を覚ましたサボも黙っていない。近くに置いてあった洗面器を手に取ると、湯船の中のお湯をすくってエース目掛けてぶっ掛けた。負けじとエースもやり返す。二人分の笑い声と共にバシャバシャとお湯が宙を舞う。いい大人が二人も揃っているというのに、始まった子供じみたお湯の掛け合いはしばらく続いた。
     風呂から上がると、さっそくサボがルームサービスを注文した。ホテルに向かう途中に寄ったコンビニで買ったお揃いの下着と、お揃いのバスローブを着て、エースはカツカレー、サボは迷わずラーメンを選ぶ。運ばれてきたラーメンを一口すすって、サボは美味しくないと唇を尖らせた。こんなところで一から出汁を取って、しっかりと湯切りされたラーメンが出るわけがない。当たり前だ。そう忠告したにも関わらずラーメンを選んだのはサボだ。それでもラーメンが食べたかったんだと、文句を言いつつも残すことなく平らげる様子に見兼ねたエースは、やれやれと肩をすくめ、仕方ないから一番大きなカツを一切れ分けてやった。
     すっかり腹も満たされて、眠る準備をしている最中。ベッドの上にあぐらをかいて座っているサボは、鏡になっている天井をじーっと見つめていた。
    「なあ、何で天井に鏡なんてついてんだ?」
     そこに歯磨きを終えて戻ってきたエースに尋ねる。エースは珍しくサボの知らないことを自分が知っていることに少し驚いて、だけどすぐにははんと得意気に笑った。
    「そんなん決まってるだろ」
     と、サボにそのまま仰向けで横になるように指示する。膝をついてベッドの上に乗り上げたエースは、大人しく寝転んだサボのしなやかな足に触れた。そして、よいしょっと口に出しながらサボの足の間に身体を割り入れる。そんなエースの様子をぱくちりと瞬きをしながら見ていたサボは、意図がわからず首を傾げた。エースはにやりと白い歯を覗かせて、上を向くように促した。
    「うわっ」
    「な? ヤってるところが丸見え」
    「う、わー……恥ずかしいな、これ」
     視界に広がる光景にサボはすかさず己の手で両眼を塞ぐ。だが、すぐに広げた指の隙間から丸い瞳を覗かせて、うわーと繰り返し連呼しながら鏡にうつる自分たちの姿を凝視していた。
    「なあ、サボ。何でそんなに機嫌いいんだよ」
    「ん? だって、楽しいからな」
     身体をサボの隣に移動させながら、今度はエースが問いかける。ずっと疑問だった。
     今日一日、サボはいつも以上に楽しそうにしていた。実際にエースも楽しかったし、同じように楽しんでくれて嬉しく思う。だけど、特にホテルに着いてからは、まるで子供のようにはしゃいでいるように思えた。
    「エースはつまんないか?」
    「……いや、そんなことは、ねえけど」
     そんな上機嫌なサボに対して、エースは時折どこかよそよそしい態度見せた。だが、無理もないのだ。何せここは性行為するのに適したホテルで、そんな場所に今、エースは好きな人来ているのだから。それを緊張しないで平然と過ごす方が無理な話。まったく楽しめていないというわけではないが、やっぱり時折今自分に置かれた状況を再認識しては手汗を拭った。
     だけど、そんなことは言えない。それにまったく意識していないように思えるサボの態度に少し凹んでいる。これで言葉にでもされたものなら、一生凹む自信があった。
    「でもよ、ラブホだぞ。ここ」
    「わかってるよ。でも、お前といるとなんだって楽しいんだ、おれ。変か?」
    「それは、……おれも一緒だよ」
     緩んだ表情のまま、サボはだろ? と満足気だ。どくどくといつになく早いリズムで心臓が鼓動し、じわり、じわりと思いが込み上げてくる。
    「それに、初めてくる場所にエースと来れて嬉しいんだと思う」
     そう続いたサボの言葉に、エースは息を詰まらせた。何と返したらいいのかわからず、結局何も返せないまま、沈黙が訪れる。
     うっかりと胸に秘めている思いを告げてしまいそうになった。今日のサボは本当に心臓に悪い。
    「……そうかよ。そろそろ寝るぞ」
     このまま会話していると、雰囲気に流され、勢いに任せた告白をしかねないと判断したエースは、サボの返事も聞かないまま部屋の照明を消した。
     静まり返った部屋で、エースは硬く目を閉じた。だけど、一向に眠気は訪れない。予報していた通りこの状況で眠れるはずがなかった。スマホを触る気にもなれず、じっとその場を耐え凌ぐ。そうして今日一日のサボとの思い出を振り返っていると、眠気を滲ませた声で「エース」と名前を呼ばれた。
    「エース、寝たか?」
    「…………寝た」
    「おきてんじゃん」
     寝たふりをしようかと僅かに考えたが、どうせバレるだろうと思い、短く返事をする。
     サボも同じように眠れないのだろうか。エースのように細い神経をしていないように思えるが、やはり環境が変わればさすがのサボも寝つきが悪くなるのかもしれない。そんなサボをぞんざいに扱うことなどできなかった。
     どうせ、眠れないんだ。しばらく会話に付き合うことにした。今日食べただし巻き卵がやけに美味しかったこと。知らない街ですれ違ったカツラのおじさんのこと。明日は何時に帰ろうか、次はどこへ行こうか。なんて、取り止めのない会話をしていると、次第に会話のテンポが遅れ始める。サボがようやく眠りの淵に到達し、まどろみ始めたのだろう。そして、ついには会話は途切れる。眠れそうになかったエースも、少しまぶたが重く感じ、再び目を閉じたその時だった。
    「あのさ、次はちゃんと恋人になってからまた一緒に来ような」
     小さな声で紡がれたその言葉は、それでもしっかりと耳に届いたというのに、エースは盛大に反応に遅れてしまう。まず、その言葉を理解するのに十秒かかった。理解してすぐ胸が轟いて、うまく息ができなくなった。そして、やっとの思いで発した声はひどく震えていた。
    「……は、?」
     眠いからエースの様子に気づいていないのか、はたまたわざとなのか。エースを置き去りにサボはさらに言葉を重ねた。
    「あと、なんか食った気しないからさ、ラーメン、食って帰ろうな」
    「ちょっ」
    「みそ、んん、とんこ、つ……」
    「サ、ボっ!」
     慌てるエースを他所に、爆弾を投下した当人は素早く夢の世界へと逃げ込み、エースは当然眠れない一夜を過ごすのだった。




    起きて告白してすぐにでもまたラブホご利用したいけど、ラブホでか告白するのはいやでグッと我慢して朝ラーメンに付き合うえーすくん
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