あの瞬間、俺の中で何かが弾けた。
ヴォックスに腕を取られ、自分だけを一心に見つめられたあの瞬間。俺はシュウが引き止めてくれたにも関わらず、彼の手を取った。触れた箇所がじんわりと熱を持ち、思わず泣きそうになった。
きっと俺の顔は見れたもんじゃなかっただろう。たとえばそう、恋する乙女の甘やかな表情。男の、ましてや同僚のそれなんて見れたもんじゃない。
悲劇のヒロインよろしく俺はその日、同僚の男にさらわれた。
俺の1日は大好きな男の声から始まる。狸寝入りしているのをわかっていながら、男は甘く溶ろけるような低音ボイスを耳元に寄越す。
「ミスタ、良い子だ。ほら、起きなさい」
俺がピクリと体を跳ねさせるのを、心底愉しげに見つめているに違いない。その証拠に毎回耳元で、ふっと息を吹きかけてくるのだこの男は。
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