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    ゆーご

    文章置き場。
    完成品は→https://www.pixiv.net/users/13668228

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    ゆーご

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    厄黙版「悪食の男」のつもりの話。展開や言い回しが被ってるのは仕様です。+と×、一人称と三人称、支部での公開と非公開でフラフラしていたもの。
    リンク視点ではちゃんとリンリバになります(予定)

    直心ひとつ・リーバル 古代シーカー文明の解明と技術応用のためにハイラル王国が建設したという王立古代研究所。研究は日の光を良しとしないのか、内部は意図的に窓の少ない作りになっており、昼であっても薄暗くなっている。とりわけ夜目の利かないリトにとっては不得手な場所である。
     それは、リト族一の戦士にして古代遺物である神獣ヴァ・メドーの繰り手であるこの僕も例外ではなく。
     通された部屋の中にある、唯一の光源であるランプの明かりを頼りに目を凝らすと、ようやくここを訪れた目的の姿が見えてくる。
     細身のハイリア人体型に長く伸ばした髪、それから暗い視界の中でも異彩を放つハイラル王家を象徴する青。小さく息をついて腰元に括り付けたポーチの中に手をやり、手紙を取り出す。

    「ハイラル平原で商人組合の手助けをしてきたよ。これからは今までの市場価格より安く商品を提供できるってさ。はい、これ組合長からの感謝状」

     そして待ち受けていた人物――ハイラル王国の姫・ゼルダに渡す。
     厄災対策のために城を飛び出しハイラル中を駆け回っているゼルダは、中でもこの古代研究所がお気に入りのようで、僕がゼルダから請け負った仕事の報告をする時は大方この場所になっていた。

    「ありがとう、リーバル。助かりました」

     僕からはゼルダの表情を細かくは読み取ることはできない。しかし、彼女の声が普段よりも柔らかく耳に届く辺り結果に満足しているようだった。

    「人手が足りないんだろ? これからも僕に任せておきなよ」
    「はい。頼りにさせてもらいますね」

     封印の力に目覚めぬ姫として城では肩身が狭いというのもあるのだろう、ゼルダが自由に動かせる手駒は思いの外少ないようで、姫付き騎士と執政補佐官の手からこぼれた仕事が神獣の繰り手に回ってくることがある。その度に僕は他の繰り手に先んじて仕事を快く引き受け、今日のように解決するようにしている。
     勿論、ただの善意だけでゼルダを手伝っているわけではない。仕事の過程で手に入ったアイテムや食糧の一部を報酬として貰い受けることになっているから、いわば持ちつ持たれつの関係だ。
     それに――何気なくゼルダから横に視線を流す。壁際のその場所は相変わらずの視界の悪さでよく見えないが、何に使われるのかも分からない様々な古代遺物のパーツが積まれているだけで、誰もいない。

    「リンクにはラーミン平原に現れた危険個体の討伐に向かってもらいました」

     唐突にゼルダの口から告げられた名前に心臓が大きく跳ねた。全身の羽根が逆立ちそうになるのを必死に堪える。

    「……僕は何も言ってないんだけど?」
     動揺に気付かれないように平静を装ってみるものの、
    「ごめんなさい。でも、そこはリンクの定位置ですから」

     そう話すゼルダの声が少し上擦っているのを感じ取って、僕は吐息を漏らした。考えていることはどうやらお見通しのようだ。

    「とうとう姫もあの案山子に飽きて退かしたのかと思っただけさ」
    「案山子だなんて。リンクは騎士の務めをよく果たしてくれています」
    「……フン。君にとってはそうだろうね」

     ゼルダとリンクについて話す度に、僕の頭にはどうしても初めて出逢った時の状況がよぎってしまう。
     それはひと月ほど前、ヘブラ地方にやってきたリンク一行の排除に失敗した苦い記憶。
     彼らに敵意は無かったとか、僕が神獣の繰り手の依頼を引き受け、リトの村とハイラル王国が正式に協力関係になったとか。そんなのは戦いのあとの結果論だ。リトの戦士達を率いる将として戦場に立った僕にとっては、敵と定めた相手に村の喉元まで踏み込まれてしまった言い訳無用の負け戦だった。
     負け戦ならば恥を雪がねばらない。だが王国と協力関係となった今ではハイラル軍との大規模な戦闘など見込めるはずもなく、そもそも私闘という大義のない戦いに、村を守るリトの戦士達を巻き込むわけにもいかない。
     だから、僕はゼルダの仕事を手伝っている。ハイリア人の治める土地で功を立ててリト族と自身の名をハイラル中に知らしめてやることはささやかな意趣返しのつもりだった。
     歴戦のリトの戦士を易々と倒した挙げ句、彼らに「あんな強い戦士が味方になるなんて頼もしい」なんて言わしめ、すっかり村でも歓迎されているあの男に後れをとったままではいられない。

    「リーバル」

     ゼルダに名を呼ばれ、はっとする。目の前の彼女を差し置いて、頭があの男で一杯になっているおかしさに緩みかけた頬を引き締めたあと、顔を向ける。

    「あの…あなたには申し訳ないのですが、もう一つだけ、仕事を頼まれてくれませんか」
    「仕事?」
    「ちょっと待っててくださいね」

     ゼルダはがさごそと暗闇の中を漁ったかと思うと、パーツを机代わりに紙に何かを書き始めた。そして書き終えるや否や、丁寧に折り畳むと白い布に包まれた四角い箱の中に忍ばせる。そして、きっちり結び目を確認したあと僕の目の前に差し出した。

    「この包みをリンクに渡してもらいたいのです」
    「あいつは危険個体を退治しにいったんだろ? 報告に戻った時に直接渡せばいいじゃないか」
    「えっ……ええと、…今じゃなきゃ駄目なんです!」
    「そんなに急ぎなの、これ」
    「はい。報酬は次回に上乗せしておきますから…」
    「分かったよ。ここから遠くないし引き受けよう。ラーミン平原だったね」

     受け取った包みはさすがに腰のポーチに入るようなサイズではない。仕事のために用意していたバックパックに包みを放り込むと、ゼルダに背を向ける。

    「僕はもうここに戻らないから、報告はあいつから聞いてくれよ?」



     古代研究所から出たあと、僕はすぐに北を目指して飛び立った。ここからラーミン平原へは地を進むしかない生き物ならばマリッタの丘を迂回しなければならないが、翼を持つリトにはその必要がないのだ。あっという間に開けた地形が見えてくる。
     視界の端にハイラル軍のシンボルが括り付けられた鞍を装備した馬を見つけ、行き違いにならなかったことを確認し、戦場の中心へと突き進む。
     やがて見えてきたのは危険個体である巨大なチュチュに立ち向かう鎧姿のハイリア人――リンク。形勢不利と見るや否や我先にと逃げ出しているボコブリンやキースをオオワシの弓で片付けながら近くの大岩に降り立つと、気付いたリンクと視線が一瞬重なった。
     戦場で余所見とは随分余裕じゃないか。ここで魔物の一撃でも食らったらどうするんだと内心で叱咤するが、しかしリンクに油断はない。流れるような動きの剣技に巨大チュチュが一方的に翻弄されている。少しでも手間取っているようならバクダン矢でも撃ち込んで戦果を奪ってやろうと考えていたが、そんな隙すら見当たらなかった。
     やがて限界を迎えた巨大チュチュはその身をふるふると震わせ派手に弾け飛んだ。雨のように降り注ぐ粘液は流石にかわしきれないようで、リンクの髪や鎧にべっとりと張り付いている。僕は鼻で笑って目の前に降り立った。

    「今日も華麗な戦いぶりじゃないか、騎士様」
    「どうしてここに、あなたが?」

     問うリンクの顔には驚きの色はない。それどころか皮肉への感情も、戦いのあとの高揚感すらもなかった。相変わらずの案山子ぶりである。

    「姫からの依頼じゃなきゃわざわざ君の所には来ないよ。これを渡してくれってさ」

     バッグパックから包みを取り出しリンクに手渡してやる。何だろう、と呟いているから、この男にも覚えがないらしい。

    「確かに渡したからね。僕がきっちり依頼をこなしたこと、姫に伝えておいてくれ」

     とにかくこれで仕事は終わりだ。さっさと場を離れようとしたその時、ふいに腕を掴まれる。

    「な、何だよ」

     振り向いてリンクを睨みつけるが、やはり無表情で何を考えているのかさっぱり分からない。すると、リンクがおずおずと口を開いた。

    「……リーバル殿。俺と一緒に昼食を食べましょう」
    「はあ? 一人で勝手に食べたらいいだろ」

     即座に断ると、離れるのは許さないと言わんばかりにリンクの手にぎゅっと力が込められる。
     強攻策を取りたいところだが、腕を取られているのでリンクが手を離さなければこちらへのダメージも必至だ。つまり、この場で何事もなく切り抜けるにはリンクを説得しなければならない。とりあえず話だけは聞いてやるという最大限の譲歩で、僕は目の前の男に問いかける。

    「まず、君が何故そんなことを言い出したか説明してくれる?」

     リンクからの昼食の誘い。彼と親密なミファーやダルケルならばよくあることなのだろうが、断じてそんな関係性ではないので不自然なのだ。

    「姫さまが、我らのために食事を用意してくれました」
    「姫? ……まさか僕が運んだそれって…」

     リンクの足元には白い布がほどかれた例の箱――藁で編まれたバスケットが顔を覗かせている。

    「もうお昼過ぎです。少ないですが二人で仲良く食べてください、と姫さまからの手紙が入っていました。……だからあなたを誘いました」
    「……なるほどね。僕はまんまと姫にしてやられたわけか」

     どうりでリンクが古代研究所に戻ってきた時では駄目なわけだ。だが、全くもって余計な気遣いである。確かにリンクとは不仲ではあるが、彼女とてリンクとそこまで親密なようには見えなかった。
     この昼食を共に食すべきは姫と姫付きの騎士の二人ではないかとすら思ってしまう。まあ、この場にゼルダはいないからどうにもならないけど。

    「事情は分かった。その上でお断りさせてもらうよ。中身は君一人で片付けるんだね」

     改めて断るとリンクの口元が僅かに引き締まる。どうやら無表情の中にも感情が現れる場所はあるようだった。自身か姫の善意か、どちらかの否定が堪えたらしい。

    「勿論口裏ならちゃんと合わせてあげるさ。僕はさっさと帰れるし、姫は僕達の仲を取り持てて満足、君はバスケットの中身を独り占めできる。悪くない案だと思うけど?」

     リンクが健啖家であることは、まだ出逢って間もない僕の耳にも入ってくる程度には有名だった。
     焼きケモノ肉をおかずにハイリア人五人前分のどんぶり飯を軽く平らげただの、リンゴの木の群生地で実を全て食らいつくしただの、ゴロン族謹製焼きロース岩を完食しただの。最後のはもはや悪食としか言いようがないが、とにかく食欲旺盛なリンクには魅力的な提案になるはずだ。
     てっきり乗ってくるかと思ったがリンクは首を横に小さく振る。

    「姫さまに嘘はつけません」
    「……へぇ。君みたいな奴にも人並みの忠誠心はあるんだね。でもさ、それに僕が付き合う理由はないよね」
    「俺は、あなたにも誠実であってほしいと思っています」
    「随分自分勝手な言い分じゃないか。僕の意志は無視ってわけ?」
    「リーバル殿、お願いします」
    「人の話を聞けよ!」

     怒鳴っても引くどころか絶対に譲らないと見上げてくる二つの瞳。晴れた空を思わせる柔らかな色合いとは裏腹な、迫力ある視線には覚えがある。
     ヘブラでの戦い、村の眼前で対峙した時にリンクが向けてきたものと同じなのだ。あの時は逸らさなかった。だが今は。

    「リーバル殿、どうか俺と昼食を……お願いします」

     稚拙でたどたどしい誘い文句と相まって何とも居心地が悪い。仕方なく僕が目線をずらせば、逃がすまいとリンクはずい、と顔を近付けてくる。
     リンクは戦場では一騎当千の働きをするくせに、それ以外は黙ってゼルダの横に突っ立っているような男だ。案山子と揶揄しても言い返してくることすらしない、どこまでもつまらない奴。そんな奴が何故今日に限ってこんなに積極的なのか全く理解できなかった。
     そんなに姫からの命が大事なのだろうか。軍規に関わるようなことならまだしも、たかが昼食のことだというのに。折れなければこのままでいるつもりなのか。そもそもリーバル殿って。何だ、その呼び方は。初耳なんだけど。……ああ、もう面倒臭い――。
     頭をめまぐるしく駆ける思考は僕から意地を奪い、リンクに従えという妥協を与えようとする。誘惑を跳ね除けようにも、妥協以外の策がどうしても思い当たらなかった。

    「……分かった、分かったから離せよっ」

     仕方なく妥協を口にした瞬間、腕を掴んでいたリンクの手が少しだけ緩められる。

    「離せってば! 君と食事をしてあげても良いって言っているんだ!」
    「ありがとうございます」

     腕を拘束していた熱が離れてようやく自由になった。すぐさまリンクを振り払うと、掴まれていた部分が微かに痺れていることに気付いて僕は舌打ちした。馬鹿力にもほどがある。

    「……全く。それじゃあマリッタ馬宿に行くよ」
     するとリンクが首を傾げる。何故、とでも言うように。
    「君、まさかそんな姿で食事を摂るつもりかい? 顔ぐらい洗わないと許さないよ」

     今のリンクは危険個体チュチュとの戦闘直後でとんでもないことになっていて、食事に向いている姿とは言い難い。ラーミン平原はマリッタ馬宿と近い。井戸水で清めることもできるだろう。

    「俺はこのままでも構いませんが」
    「僕が嫌なんだよ」
    「ですが、リーバル殿に時間をとらせるわけには……」
    「このやりとりが時間の無駄だって分からないのかな」

     たっぷりの皮肉を込めて言ったあと、膝をつき翼を構えて上昇気流を起こした。空へと昇ったあと地上を見やる。
     眼下にはぽかんと口を開けてこちらを見上げるリンク。それを一瞥して南を目指した。



     ヘブラと中央ハイラルを繋ぐ街道沿いのマリッタ馬宿は近くに王国直営の交易所があるからか、厄災復活の兆しが見えた今でもなお賑わいを見せている。露店がいくつも並び様々な種族が入り交じるこの場所は、良くも悪くも雑多な街を形成していた。
     リンクに先んじて到着した僕は井戸の水で手を清め、ゲルド族の娘が売っていたヒンヤリメロンのジュースを買い、露店に併設されている長椅子代わりの木箱の上に腰掛けた。
     ヘブラでは馴染みのない清涼感のある甘味をしばらく堪能していると、雑踏の中にリンクの姿が見えた。井戸水で汚れをしっかり落としてきたのか鎧に汚れが見られない代わりに濡れた髪の一部が額に貼り付いている。
     こちらに気付いたリンクは同じように娘にルピーを支払って飲み物のカップを受け取り、やや距離を置いて横並びになっている木箱の上に座る。そして間に例の包みを置いた。

    「思ったより早かったね」
    「ええ。馬に頑張ってもらいました」
    「ならさっさと食べて終わりにしようか」

     リンクが白い布をほどき、バスケットを開ける。そこには様々な料理が詰め込まれていた。
     薄くスライスされた小麦パン、ハイリア人の一口サイズに調理された山海焼きに、たっぷりと具が入っているオムレツ、それから四分の一個分の焼きリンゴ。一目見て分かるほどの見事な調理技術と、ハイリア人の乙女の腹を満たせる程度のささやかな量。

    「……これってもしかして姫のお昼だったりする?」
    「おそらくは。姫さまが城から出かける時は、食事が詰められたこのバスケットを携帯しています」

     リンクの答えに苦々しい気分になる。それはそうだ。気まぐれでリンクとの仲を取り持とうとしたのだから事前の用意などあるはずもなく、自身の食べるものを差し出すしかない。彼女に対して誠実でありたいと願うリンクの気持ちがほんの少しだけ分かるような気がした。
     男二人が分けて食べる量ではないそれを、リンクは綺麗に分けていく。パンを取り分け、同梱されていたフォークでオムレツと焼きリンゴを半分に切り、山海焼きも平等になるようにスペースを開けた。

    「リーバル殿、どうぞ」

     そして使い終わったフォークをこちらに向けた。使えという意味なのだろうが、リトの手にハイリア人のそれは小さすぎる。
     リンクを制し、いただきます、と呟いて小麦パンを口に放り込んだ。
     ……さすが王族のために焼かれたパンだ。ミルクやバターの風味が強く感じられて単体でもしっかり美味しい。ジュースで喉奥に流し込んで、今度は山海焼きをパンの上に乗せて食べる。
     山海焼きも美味ではあるものの、味の濃いパンと合わせると絶妙に馴染まなかった。この山海焼きにはリトの村で食べられているような小麦と塩と水だけで作る素朴なパンが合うだろうな、なんてぼんやり思う。
     ふと、隣を見るとリンクもパンの上に山海焼きと更にオムレツを乗せ、上からもパンを被せて挟みこむようにして食べていた。
     驚いたのはその顔だ。眉毛が下がり、口元は綻んで、青い瞳が嬉しそうに細まっている。いわゆる笑顔と呼ばれる表情だ。

    「ふぅん。君って僕の前でもそんな顔できるんだね」

     しかし純粋な疑問を口にした瞬間、リンクは僅かにたじろぎ、見る見るうちに顔から表情が消えていく。

    「……別に咎めたわけじゃないんだけど」

     確かにリンクとの関係性を考えればただの揶揄と捉えられても仕方がない。だからといってここまであからさまに表情を変えられると、まるで見てはいけないものを暴いてしまったかのようで気まずい。
     無表情に戻った男相手に更なる弁解をする気にもならず、口直しのつもりで野菜オムレツと残ったパンに手をつける。この二つの相性はなかなかで、もしかしたら山海焼きもこのオムレツと一緒にすれば、リンクの笑顔を引き出したような味わいになったのかもしれないと今更ながらに思った。
     そして、最後に残った焼きリンゴを口に入れる。
     甘い。いや、焼きリンゴが甘いものなのは知っているけど。砂糖を振りかけて焼いているからか予想以上の甘さだ。
     それでいてくどさを感じないのはスパイスのおかげだろうか。表面の固くなった部分がパリパリしていて、飴のように長く口に残るのも何だか不思議な味わいだ。戦場で食べる焼きリンゴよりも手を加えているからか、これはしっかり菓子という感じがする。

    「焼きリンゴ、お好きなのですか」

     飲み込んだタイミングで声をかけられて再度視線を移すと、既に食べ終えていたリンクと目が合う。

    「別に。普通だよ」
    「では、甘いものがお好きなのですね」

     一人で納得したように頷くリンク。まあ、確かに僕は甘いものを人並み程度には好んでいる。でもわざわざ指摘されるのはあまりいい気分にはならないし、リンクが何故その考えに至ったのかも謎だった。

    「どうしてそう思ったわけ?」
    「焼きリンゴを食べているあなたが、ずっと笑顔でしたので」

     そんなに表情に出ていたのだろうか。いや、それよりも。リンクをきつく睨みつける。

    「人の食事の様子を観察するなんて不躾だね、君は」
    「それは、お互い様だと思うのですが」

     リンクにきっぱりと言い切られて喉の奥がぐぬぬ、と鳴る。もしかしてこいつは笑顔を指摘したことを根に持っているのか。

    「あの……俺もあなたを責めたいわけではなく。少しの間、ここにいてください」

     ぼそぼそと言い訳じみた言葉を吐いたリンクは木箱から降りると、僕が嘴を開く間もなくどこかに行ってしまった。
     別にリンクのお願いを守る理由もない。このまま放って帰ってしまおうか、そう思いながらも重い腰は上がらなかった。リンクが何をしようとしているのか興味が湧いてしまっていたからだ。どうせここまで付き合った時点で無駄な時間を過ごしているわけだし……、などと自身への言い訳を考えていたところでリンクが戻ってくる。
     その両手は大きな炊葉に包まれた円錐の形をした二つの何かで埋まっていた。

    「イチゴクレープです」

     クレープといえば皿に盛りつけられた平たいイメージだが、こんな風に巻けば露店で売るのにも向く形になるらしい。イチゴの赤とクリームの白とクレープ生地の黄とそれから炊葉の緑、こうして見るとまるで花束のようでもある。
     そしてそれを一つ、差し出すリンク。

    「俺の都合に付き合わせた礼です。受け取っていただけませんか?」

     僕は咄嗟には反応できずに息を飲んだ。

    「甘いもの、お好きでしょう?」

     それが事実であれ、甘いものが好きだとは一言も言っていない。ただ好みを考えてクレープを買ってきたという事実にどうすればいいか分からなくなってしまう。

    「もしかしてクレープ、苦手だったりしますか? それともイチゴが駄目とかそういう……」
    「イチゴはヘブラ地方の名産で、リトにとって一番馴染みの深いフルーツなんだよ。ハイラル軍は兵にリンゴを支給しているけど、リトはイチゴを携帯して戦場に出るんだ。味が良くて飛ぶのにも邪魔にならないサイズの、合理的な食べ物だからね。嫌いな奴はそうそういないさ」

     反射的に開いた嘴からは思いのほか滑らかに声が出た。リンクの求めている答えはクレープを受け取るかどうかであって、イチゴの説明をしてもどうしようもないというのに。
     そんな僕の内心の動揺を知ってか知らずか、リンクは再度クレープを差し出した。

    「では、どうぞ」

     誘われるままゆっくりと手を向けると、ほのかな温かさを羽毛越しに感じる。重さが僕の方に移ったかと思うとリンクの手が離れた。
     ああ、受け取ってしまった。こういう時は何と言うんだったか。君にしては気が利くじゃないか。仕方ないからもらってあげるよ。違う気がする。――僕が、僕が言いたいのは。

    「……ありがと」

     ようやく喉から出たシンプルな解答にリンクは律儀にどういたしまして、と相槌を打つ。そして、クレープを片手に持ちながら器用に木箱の上に飛び乗って僕の隣に座った。

    「良かった。受け取ってもらえなかったらどうしようかと」
    「別に君ならクレープ二つ食べるぐらい、どうってことないだろ」
    「ええと、そういうことではなくて。……難しいですね、思っていることを伝えるのは」

     では何を伝えたいのだろう。しばらく待ってみるが、リンクは黙ったまま続きをなかなか言おうとしない。口下手ここに極まれり、だ。
     いい加減目の前に美味しそうな食べ物があるのに見ているだけでいるのも苦痛になってきて、先に嘴を開く。

    「あのさ、これ食べていい?」
    「あっ、はい。お構いなく」

     そもそも許可など必要なさそうだがこれで気兼ねがなくなる。クレープと向き合い、嘴をつけた。
     温かくて柔らかい、幸せな甘味が舌に広がる。クレープ生地にはクリームだけでなくイチゴのジャムもたっぷり塗られているようで、それもまた心憎い。しかしそんな幸福も束の間、

    「あなたともっと話をしたかったので、安心しました」

     思いもよらないリンクの言葉に喉がきゅっと締まった。クレープが詰まりそうになって慌ててヒンヤリメロンのジュースを飲む。一呼吸置くとようやく楽になった。
     僕は改めてリンクの言葉を頭の中で反芻する。あなたともっと話をしたかったので、なんて今までリンクがそんな素振りを見せたことがあっただろうか。記憶の限りでは一度もない。

    「……どういう風の吹き回しだい? あ、それも姫の手紙に指示があったとか?」
    「いいえ。ですが、こうしてきっかけを作ってくださった姫さまには感謝しています」

     ゼルダの介入がないとなると、ますます謎だ。少しでもその意図の手がかりを求めて、またリンクの顔をちらりと盗み見る。往来を眺めながらクレープを食べるその横顔に感情の色は全く見えない。先ほどとは違い、意識して作っているような表情ではなさそうだが。……駄目だ、降参だ。

    「…ねえ、意味が分からないんだけど」
    「何がですか」
    「今日の君はやけにお喋りみたいだけどさ、いつもは僕が何を言っても涼しい顔でかわしてるじゃないか。あれがもっと話をしたい相手にする態度だったってわけ?」

     リンクは少し唸ったあと、クレープを食べる手を止めて口を開く。

    「……涼しい顔かどうかは分かりませんが。俺が何かを言う前に、リーバル殿から次の言葉があって。応えないといけない答えがどんどん溜まっていくうちに、リーバル殿は険しい顔をして、俺から離れていきます」

     たっぷりと間を取り、ゆっくりと答えを紡いでいくリンク。正直もどかしいが、口を挟めばまた応えないといけない答えというやつが溜まってしまうのだろう。堪えて、続きを待つ。

    「何を言っても正解が無い気がして、リーバル殿との会話は難しいです。ですが、こうして共に食事をしていれば、どこにも行かずに俺の話を聞いてくれるので、話しやすいです」

     つまり。僕がリンクの無反応さに苛ついているのと同じように、リンクもまた答えを待たない僕のせっかちさに困惑していたのだろう。
     それでも。この昼食をきっかけに何の発展性もない関係からリンクは抜け出そうとしているらしい。上等だ、と僕は鼻を鳴らした。リンクとの会話、というより一方的なスピーチになっている現状を良しとしているわけではないのだ。

    「君の言い分は分かった。で、どうして僕ともっと話をしたいなんて思ったの」

     リンクがまたクレープを食べ始めたので言い終えたのだと判断し、改めて質問する。

    「君が答えるまで待ってあげるよ」

     逆に言えばリンクお得意の――本人の弁では答えを用意するための時間らしいが――沈黙を許すつもりはなかった。本音だろうが、嘘だろうが、何らかの答えを引き出すまでこの場に留まり続けてやるつもりだった。
     しかし、そんな僕の決意とは裏腹にリンクはすぐに口を開いた。

    「あなたのことを、知りたかったので」
    「何で?」
     間髪入れずに問うと、今度はやや間を取ってから回答があった。

    「もっと知って、その……打ち解けられたら、と。戦場で共に戦うのならば、仲が悪いよりは良い方がうまく行くでしょう?」

     悪いよりは良い方がいい。極めてシンプルだが変な情に訴えてくるよりは納得できるかもしれない。それに戦場でというのも、戦うことを生業としている戦士と騎士には相応しい理由である。

    「……そう。で、どうして君は、」
    「ちょ、ちょっと待ってください」

     突然、リンクが僕の言を遮った。

    「リーバル殿ばかり、質問する側なのはずるいです」

     知りたいと言ったのは俺の方なのに、と付け加えたリンクの顔は相変わらず無表情だが、何故か頬が赤らみ少しだけ膨らんでいる。
     顔が羽毛で覆われ、状態が外からは分かりづらいリトにとっては、ハイリア人の肌の色の変化も興味の対象だ。ついでにリンクに質問したいところだったが、先に牽制されてしまっては仕方がない。

    「しょうがないな。じゃあ僕も君の質問に答えてあげるよ。はいどうぞ」

     水を向けるとリンクは俯き、唸り、首を捻り、長い長い思案に入った。これぐらいの質問用意しておけよ、と嫌味を言いたくなるのを飲み込んで待っていると、ようやく口を開いた。

    「リーバル殿の趣味は何でしょうか」
    「……本当に聞きたいことなの、それ」

     リンクは真剣な表情で何度も頷いている。
     こちらから言い出した手前、答える義務はある。だが、趣味を問われても難しかった。普段好んでやっていることといえば弓の手入れに飛行訓練場での鍛錬である。しかしどちらもそれ自体が目的ではない。

    「俺も、待ちます」

     すぐに答えられずにいると、リンクが生意気なことを言い出したので小さく舌打ちする。そして改めて考える。
     弓を手入れして鍛錬に励むのは強くなるためだ。何故強くなりたいか。戦うためだ。戦うことが好きだからだ。戦場では出自も、年齢も、体躯も、何一つ関係なく、強い奴が一番上だというのがいい。

    「僕の趣味は……戦うこと、かな」

     答えを口に出してから、はたして趣味と言えるのだろうか疑問に思ったが、リンクが俺も似たようなものです、などと相槌を打っているので良しとする。
     ただし、戦いの全てを受け入れているわけではないことも付け加えておく必要があった。

    「でも、負け戦は趣味じゃなくてね。……この前の戦では多少、君に遅れを取ったけど。僕の方が絶対に強い。次は勝つ」
    「次は勝つと言われても、俺はあなたに勝った覚えがありませんが」
    「っ……あっただろ、ヘブラで! 君が村に初めてやってきた時!」

     リンクのあまりのとぼけた反応に思わず声を荒げると、往来を歩く者達が何事かと視線を向けてくる。
     しかしリンクは動じることなく、ああ、あの戦いかと呟いたあと首を横に振った。

    「ヘブラでの戦いは、引き分けでしょう」
    「村の眼前まで押し込まれて誰が引き分けと認めるんだ。いや、誰が認めたとしてもこの僕が認めない。だから君の勝ち。いいね?」
    「姫さまの仲立ちもありましたし、決着はついていません。それに村の前であなたと対峙したとき二対一でした。俺とインパ、二人がかりでもあなたは手強かったです」

     最後の最後で二対一だったから何だというのだ。数で言うのならばリトの村の戦士の大半を動員して陣を敷いたのだ。おまけにハイリア人には厳しい吹雪という天候もリトの味方をしていた。それでも負けた。
     リンクとの噛み合わないやりとりに、僕は残りのクレープにかぶりつく。とびきりの美味も腹立たしい気持ちを収めるには力不足らしく、甘さがただただ喉を通り過ぎていく。

    「リーバル殿、あなたが納得できないと言うのならば、その、俺と……」

     ゼルダが神獣の繰り手を各種族に依頼するにあたってリトの村以外でも一悶着あり、その度に尖兵として解決したのがリンクだったという。
     リトの村の存亡が掛かっていたあの戦いもリンクにとっては数ある勝ち戦の一つで、話を詰めてようやく思い出せる程度のもの。その事実を本人から突きつけられるのが僕にとっては何よりも悔しかった。
     小さな仕事を重ねて功を立てるだけでは足りないのかもしれない、と思う。名も知らぬハイリア人からの知名度や賛美も欲しいが、とにもかくにも目の前の男を負かさないことには、得た名声も虚しいだけであり、何よりも負けたままでいる自分を許せそうもない。失った名誉を回復するにはやはり――。

    「……こいつともう一度、勝負しないと」
    「俺ともう一度、勝負しませんか?」

     ふと口にした独り言がリンクの言葉と重なる。散々噛み合わないやりとりをしておきながらこんな時だけしっかり意見が揃うおかしさ。僕が表情を崩すと、リンクもまた唇の端をほんの少しだけ吊り上げてみせた。

    「あなたも、同じことを考えていたのですね」
    「……フン。君は僕個人しか見ていないだろうけど、僕はリトの将でもある。僕のしたい勝負は一対一ではなくあのヘブラでのような、沢山の戦士がひしめく戦場でだ」
    「俺にとっては変わりません。規模の違いはあっても戦いは戦いですから」
    「…簡単に言ってくれるじゃないか」

     ハイラル王国という巨大な国に仕えているからか、それとも宮仕えという立場ゆえか。下準備にまるで頓着しない様子にはため息が出てしまう。一軍を動かすだけの大義名分を用意するだけでも骨が折れるというのに。

    「……まあ、すぐには無理だけど、僕と君が戦うに相応しい舞台を必ず用意してやるさ。それまでせいぜい剣の腕を磨くといい」

     立場的にも性格的にもリンクに協力させるのは難しく、村を守るリトの戦士達を動かす理由も今のところは見つからない。それでも僕は高らかに宣戦布告をしてみせた。言葉にする以上、撤回するつもりはないという意思表示でもあった。

    「はい。楽しみにしています」
     
     リンクの言質をしっかり確認したあと、僕はクレープの最後のひとかけらを口に入れ、ヒンヤリメロンのジュースを飲み干した。ごちそうさま、と完食を告げるとリーバル殿、と声がかかった。

    「なに?」
    「あの、…クレープのお代わりはいりませんか?」
    「いらない」

     満腹というほどではないが、さすがに二つ食べたいとは思わない。妙な質問をする奴だ、と横を見やると言った本人はもっと妙な顔をしていた。
     下がった眉毛に伏した空色の瞳、中途半端に開いた唇。断られたことにそこまで動揺するものなのかと少し考えたところである答えに行き着く。
     もっと話をしたいと言っていたから、食事が終わってこの場に留めておく算段が崩れたのを残念がっているのだろう。
     僕の前では滅多に感情を表に出さないリンクにこの顔をさせていることに少しだけ気が晴れるものの、別の場面で見たいという気持ちが大きかった。
     木箱から降りてジュースのカップを露店のゲルド族の娘に返却する。それから改めてリンクに目を移すが、次の言葉を探しているのかまだ固まったままだ。こいつの口から次の誘い文句が出てくるよりも厄災復活の方が早いんじゃないかとすら思ってしまうほどである。
     やっぱり待つのは嫌いだな。僕は内心で呟く。今日はもう充分にリンクに合わせたじゃないか、今度はため息が一つ出た。それでもリンクはフリーズしていて、声を発しようとはしない。
     ……もう我慢の限界だ。たまらず僕は嘴を開いた。

    「これから僕は昼食を譲ってくれたお節介なお姫様に菓子でも買って、お姫様の元に帰還する騎士様に持たせようと思っているんだけど。……付き合ってくれる?」

     押し付けられた食事とはいえ美味であったし、この機会で多少はリンクの考えていることも理解できて、更に僕には配達の報酬まである。彼女に報いたいという気持ちがあった。
     それに、もっと話をしたいなどと言っておきながら一度断られたぐらいで次の誘いを用意できないこの男のために、誘い返してやるのも悪くないと思ったのだ。
     さて、今のリンクはどんな顔をしているだろうと顔をのぞき込んでやると、雲一つないヘブラの空のような、澄んだ表情をした男がそこにいた。
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