無頓着ちゃんと食べて
リッカくんが帰った後すっかり研究に没頭していたらしい、力尽きていたのか机に突っ伏していた。
ぼやける頭と固まった肩を回しながらふわ、と欠伸を1つ。
どうやら調整していた薬品は上手く安定したらしい、内容を煮詰める為にともう一度同じ調整をしていると、玄関の扉が開く音と「お邪魔しまーす」とひそめた声、リッカくんが来たらしい。
今日も何かを買って持ってきているのか静かな足取りでキッチンへ向かっていく。
毎度、私の研究を邪魔しないように、という心遣いが温かい。
やがて、足音が止んだかと思うといきなりキッチンから、ひょえぇっ!!と聞こえてきた。
虫でも出たのだろうか、はて、彼は虫などが苦手だっただろうかとその悲鳴の元を確認しに立ち上がる、と、先程とは打って変わってドタドタと走ってくる音と、キキィッとなりそうな勢いで部屋に飛び込んできたリッカくんは、開口一番。
「前回、僕が帰ってから何回ご飯食べたの?!」
と、言い出した。
前回帰ってからと言うが恐らく1日程度だろう。
「?食べてませんが。」と答えると。
「1日二食は食べろって言ってるだろぉーー!!!!」とかなりの剣幕で怒られた。
たかだか1日、研究をしているとよくある事なので、まあまあと宥めようとするも。
「2日も食べないで研究してるって修行か何かかな?!」
と言われて初めて、リッカくんが帰ってから2日も経っていた事実を知る。
流石に2日は不味い……。
「びっくりしたよね!お店の間違い探しかなって思ったけどまさかのノータッチだよね!!」
「その……あの……スミマセン……」
リッカくんのお怒りは全くもってごもっともであった。
「もう!ご飯作るから待ってて!」
プンッと効果音を出しながらキッチンへ戻って行くリッカくんを見送り、ふと、反応が静まった薬剤をちらっと見た。調整は成功していたらしい。
反応の結果を紙に綴っていると、コンコンッと軽いノックが響いた。
「影鵺くん、絶食からいきなり食べるとお腹がびっくりしちゃうから先にこれ飲んでて」
そう言って差し出されたコップには湯気を立て、甘い香りのする白湯。
「はちみつレモンを妹たちが作ってね。君にもって分けてくれたんだ。」
どうやらそのはちみつレモンを白湯に溶かしこんだものらしい、ゆっくりと口に含む、ほんのりした甘さが喉を伝っていく。
「ふふ、甘いですね。」
「あれ、甘すぎた?」
「ふふっいいえ、とても美味しいですよ。」
「そう?よかったー!」
リッカくんに合う前は、口の中は苦いのが当たり前で、どうせと思って苦いものばかり飲んでいた。
リッカくんと会うようになって、彼が持ってくるクッキーやタルトやケーキと言った。甘い、甘い食べ物に、最初は驚き慣れなかった。
しかし、それも彼が気を使って、甘さが控えめの物を持ってきてくれたりしたおかげで、今ではすっかり慣れて食べれるようになっている。
「あなたはいつも、甘いですね。」
ドアから出ていく所のリッカくんの背中に、届くともなくつぶやいて。
「ん?ごめん何か欲しかった?」
「いいえ、独り言ですよ。」
ドアの向こうから漂う暖かな香りに、不思議な懐かしさが込み上げて思わす鼻がひくりと反応してしまう。
(このまま、穏やかな彼でいて欲しいですね……)
今度は心の中で、独りごちる。はてさて、自分もすっかり甘くなったなと、コップの中身を飲み干した。