お好み焼き屋にて「これ、そろそろひっくり返してもええんちゃう?」
「うーん、そうですね」
ここは大阪のお好み焼き屋。種ヶ島が何気なく言った「大阪の人ってお好み焼き焼くの上手いん?」という言葉を、真に受けた白石が連れ込んだ客が自分で焼ける店だ。
白石は生地の下にコテを突っ込んで手応えを確かめると、掛け声を掛けた。
「ほな行きますよ、勝ったもん勝ちや!」
「それって何なん?」
「え?」
予期せぬ種ヶ島の問い掛けに、白石は手を止めた。
「その勝ったもん勝ちって、どういう意味?」
「えっと、勝った方が勝ちって意味ですけど」
「まんまやん。どういうニュアンスで言うとるん?」
「えー……っと?」
「最初は卑怯な手ぇ使ても勝てばええって意味かと思ったんやけど、そういうプレイスタイルちゃうやん」
言い慣れたスローガンをつい脈絡なく言ってしまった、と恥じていた白石であったが、どうやら種ヶ島の言いたいところはそこではないらしい。鉄板の上ではお好み焼きがじゅうじゅうと音を立てている。
卑怯な手─白石のチームメイトは奇抜な衣装で相手選手を翻弄したこともあったし、白石自身もあえてコードボールを打ち続けることで相手にプレッシャーを与えたこともあった。しかし種ヶ島はそれを知らない。
「卑怯かぁ」
白石はお好み焼きの生地からわずかにはみ出したキャベツを押し込んで、形を整えた。
部長という枷はそう簡単に外れるものではなかったが、W杯を経て白石のテニスへの向き合い方は大きく変わった。しかし依然として同じ言葉が心の中に在り続けるのであれば、その言葉の持つ意味も変わってきているのかもしれない。
そんな白石の心中も知らず、種ヶ島は返るタイミングを逃した生地を見ている。
「どっちが勝っても恨みっこなしとか、そんな感じなん?」
恨みと言われるとどうもピンとこない。白石が恨むとしたら、それは白石自身だ。
「うーん、もっとこう……運を天に任せるみたいな感じですわ」
「へぇ」
「みんな努力して万全の体制で試合に臨む訳やないですか。どっちが勝ってもおかしないし」
「俺が神様やったら、両方勝たせてやりたいけど」と生地をつつきながら白石が続けると、種ヶ島は「俺が神様やったら、サイコロで決めてまうけどな」と答えた。
「それもええですね。ほな─」
「勝ったもん勝ちや」の言葉と共に浮かび上がった生地はくるりと半回転し、美しく着地した。