舞首 頭蓋骨が三つ。睦まじく坐して並んでいる。
「さて…残るは、あなた方だけになってしまいました。」
彼らの正面に裾裁きも涼しく膝を折る男があった。
呼ぶ人は、彼を彼の生業で呼ぶ。すなわち、薬売り、と。
「この地でかつて大勢の人が死んだというのは、どうやら確からしい。
だが、一体どれほど前のことやら……そもそも、何が起こったのかすら、今となっては知る人がないのです。
手がかりもありません。……こうも、端から端まで、お骨ばかりでは、ね。」
男は、目玉を振り子に一間を見回した。箪笥や文机のように壁に添い窓に寄る、一そろいの人の骨が幾多、しな垂れ、倒れ、伏し、ぶら下がっていた。
全て頭蓋骨には筆による書き文字がしてある。いの八、ろの六、やの一五。
「何があったかは知りませんが、疫病で、人の首が落ちたりは、しないでしょう。全く……、骨が――折れましたよ。」
骨だけに、とは言葉にださないまでも、薬売りは宙に眼差しを遊ばせる。
「頭が首の上に戻らぬうちは安ろえぬと仰るので、この通り、皆様の分は、持ち主を探し出して、戻しましたがね。
何故、あなた方には、
揃いの身体が
ございませんので?」
三つ首は大きな眼窩を上目遣いに男をぼんやりと見上げるばかりで口も利かぬ。下顎がないのである。
「……だんまりですか。弱りましたねぇ。呼び止めたのはあなた方でしょうに。
亡者の残念が渦巻こうが、ここが魔所となろうが、私には関係がないのですよ。
人の通わぬ地に、モノノ怪の生じる道理も、またありませんから。」
もう行って良いですかねえ、とごちる薬売りの男、耳朶を打つ音は、(ここここここ)、されこうべが憐れらしく身――全身が頭である、身――を震わせる為。
「……可哀く、ないですよ。
――何です。」
男は三つ首の哀訴の眼差しを顧みぬ、背後三尺ほどに、天秤が音も立てずに佇み、切れ長の目が肩から細く覗く。
天秤は傾ぎ、片一方だけ鈴を垂らすという、珍しい振る舞いをした。
「〝下顎を探してやれ〟?
〝伝えたい事があれど物理的に話せないのは我が身につまされるようで不憫である〟……?
厭ですよ、面倒くさい。
全員分の髑髏を集めてくるのに、どれだけ歩き回ったと思っているんです。縦しんば、下顎が見つかったとしても、次には歯が足りないので喋れないと言い出すのが関の山だ。」
言葉を持たぬものたちの総抗議に、廃屋は一時さわがましく、腐った梁が落ちるかというほど。
「ああ、煩い。退魔の剣が黙っていれば、これ幸いと思ったものを。
……さては、こうなると知っていたな。」
薬売りの男は、部屋の隅に寄せられている荷物の大箱の、天辺を睨んだ。応じる物音は何もない。
不意に、薬箱の抽斗が一つ独りでに開いて、浮かび上がった天秤が、足で別の棚をつつく。察した薬売りは食指と中の指を揃いで、手招いた、件の抽斗が合わせて抜かれる。
天秤が抽斗より蹴り出してきたのは細く巻かれた紙であった。記憶していない薬売りは爪の先で拾い上げ、広げてみると、先に寄った町で購った地図である。次に越すつもりの峠の先に天秤が着地する、針の示しているのは路傍の塚らしい。
「首の無い遺体の流れ着いた怪事の地に三死者を祀る……建てられたのは、また随分と昔のようですが。」
されこうべは静かに身を震わせ、門歯が口惜しげに床を噛む。
「この辺りに胴体はありませんでしたしねぇ……仕方がない、しばしの道連れと参りましょうか。」
薬売りは地図を懐にしまうと三つの髑髏を薬箱に突っ込もうとして、天秤たちが悲鳴を上げるのに振りかぶった手を下ろした。
「同情するのか、薄情をするのか、はっきりなさい。……多数決で決める? お前たち、自分たちが全部でどれだけいるのか分かっていないでしょう。」
一先ず薬箱に収めるのは止したらしい薬売りは、頭骨の嵩のはるのに愚痴を漏らし、運用の利を考えて、三つの髑髏を紐で括って一繋ぎにしてしまった。ぶらり、揺れる三つ子を目の前に、ふと思案。
「この形……何かを思わせる……何であったか。」
やがて、思い当たるその名に行き着いたとき、同時に喚と鳴るものがある。
「……。冗談でしょう。」
背に負うものを睨むも、応えはなく。
薬売りはため息をつくと、数珠繋ぎの髑髏をまた箱にくくり、それらともう一つ、金気の音を後ろに聴きながら、渋い木戸をこじ開け。
「やれ、やれ。どうやら、仕事になってしまった。」
そうして、廃屋を後にしていった。(了)