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    kk_69848

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    蔵種
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    木の葉を隠すなら(下1)「やぁ白石くん。また会ったね」
    さっきまであった人だかりも、すっかり収まった出店の中から。俺に気が付いた入江先輩が、いつもの顔で笑いかけた。出店の中にはもう一人男の人がおるだけで、種ヶ島先輩の姿は見えない。
    「お疲れ様です。今は休憩中ですか?」
    「お陰様で、ご覧の通り完売だからね。修さんだったら、裏で追加で調理してるよ」
    言われてみれば確かに、長机の上にチョコバナナは一本も無かった。
    「へぇ、完売かぁ。ブロマイドは、売れとりますか?」
    「それがあんまり。見てくれる人は居ても、買うまではね」
    「ほな、1枚買うてもええですか?」
    「どうぞどうぞ。修さーん! 白石くんがブロマイド欲しいって」
    「ちょお、入江先輩」
    「えー、ノスケまた来てくれたん?」
    種ヶ島先輩がおらんうちに、さっさと済ませようって思っとったのに。入江先輩の余計な一言で、背後の建物から種ヶ島先輩が姿を現した。あんまりにも返事が早いから、ホンマに調理しとったんかって疑わしかったけど。ちゃんとエプロンを身に着けとったから、思ったよりはしっかりと働いとるらしい。
    「ブロマイドは、修さんの担当だから」
    「ほいほい、どれやった?」
    「あの、えーっと……」
    俺はたじろいだ。本人を目の前にして、種ヶ島先輩の写真が欲しいとか。しかもよりによって、腹がガバッと見えとる写真が欲しいとか、そんなん言える訳がない。俺はさっきの決意は何やったんやっていうくらいに、身体中の筋肉がぎゅっと縮こまってしもて。顔だけやなくて、耳も首も背中もかーっと熱なって。髪の生え際あたりから、生温い汗がダラダラと流れた。
    「ちょお、修二」
    その時やった。今さっき種ヶ島先輩が出て来た裏口から、ちょっと媚びたような、えらい可愛らしい声が聴こえた。
    「修二、エプロン返してや」
    奥から現れた声の主は、めっちゃ綺麗で可愛らしい女の人やった。その人は種ヶ島先輩の側に来ると、種ヶ島先輩からしたら小さめのエプロンを、つんつんって引っ張った。その指が、肌が、めっちゃ白くてきめ細かくて。や、俺も肌は白い方やけども。俺の肌とその女の人の柔らかそうな肌とは、全然違って見えて。まるで別の生き物みたいに感じられた。
    「これ○○ちゃんのやった?」
    そしたら種ヶ島先輩、エプロンくらい自分で脱いだらええのに。まるで子供みたいに両手を上げて、その○○ちゃんとかいう女の人に脱がしてもらっとって。あー、そういうことするんやなって。その光景を見ながら、俺の頭は妙に冷静になっていった。
    何で部活とサークル、両方に入っとるんやろうって思ったけど。こういうのが目的なんやろなって、全部すっかり分かってしもて。ほんまに浮かれとるし、人生楽しそうで羨ましいわって、もう全部が全部嫌になってしもて。俺はわざとデカい声で、種ヶ島先輩に話し掛けた。
    「あの、写真。欲しいんですけど」
    種ヶ島先輩は女の人に手ぇ振ってから、俺の顔も見ずにフォトファイルをペラペラとめくった。
    「ええよ。どの子? 本人紹介したろか?」
    「や、あの。種ヶ島先輩の、が……」
    「俺のかー、見る目あるわぁ。これとかめっちゃ写りええと思うんやけど」
    「あっ、それもなんですけど」
    「これも?」
    「その……、全部」
    「ん?」
    「種ヶ島先輩が写っとるやつ、全部ください」
    「えっ?」
    ファイルをめくる手がピタリと止まって、種ヶ島先輩の目が俺を見た。その目は改めて見るとくりっとしてて、案外可愛らしかった。
    「え、全部?」
    「っ、はい」
    「……ほんまに?」
    「ほんま、です」
    俺はやっぱり、絶対に負けたなくて。種ヶ島先輩の腹が見えとる写真、絶対に手に入れるって強く思ったんやけど。さすがにそれだけ買うたら、変な奴やと思われそうやし。いっそのこと、全部買うたることにした。
    まさに、木の葉を隠すなら森ってやつや。
    「全部て……こんなん買わんでも、いつでも撮らせたるで?」
    「や、あの」
    やっぱり種ヶ島先輩は一筋縄ではいかんくて、俺の作戦を阻止しようとしてきたけども。それでも俺は引き下がらんかった。
    「俺も種ヶ島先輩の写真、今までに撮らせてもろたやつ持ってますけど。ピースとかしとるようなやつばっかりなんで。……テニスしとる写真見て、モチベ上げたい言うか」
    「何やそれ。モチベ上げたいんやったら、月刊プロテニスでも買うたらええやろ」
    「や、種ヶ島先輩がええんで」
    「俺ぇ?」
    「……っ、はい」
    種ヶ島先輩は頭をポリポリと掻きながら、「えらい熱狂的なファンやな」って呟いた。俺はその言葉を、否定も肯定も出来ないまま。両手をぎゅっと握って下を向いた。
    「全部かぁ」
    種ヶ島先輩は「ちゅう、ちゅう、たぁ、かいの……」って、京都風の数え方で、自分が写っとる写真の枚数を数えていった。
    「ちゅう、ちゅう…っと、14枚やな。2800円になってまうけど」
    「あ、はい。払います」
    「500円にマケとくわ」
    「や、全然。打ち上げ、楽しんで来てください」
    俺は急いで財布の中を覗いた。ここで変にお釣りとか貰おうとしたら、必要以上のお釣りを渡されそうやったから、2800円ぴったりあってくれって思ったけども。俺の気持ちが通じたのか、財布の中には千円札数枚と、五百円玉1枚と百円玉が数枚あった。
    「二千……八百円、丁度あります」
    「ん。おーきに」
    「ほな、ありがとうございました」
    俺はファイルから写真を取り出してくれとった入江先輩から、ひったくるように写真を受け取ると、逃げるようにその場を後にした。
    嬉しい。買えた。欲しかった写真、ちゃんと買えた。他の写真も、13枚もある。カレンダーだって作れる。すごい、すごいことやでこれは。
    俺は鞄の一番奥底に、写真の入った封筒を仕舞った。鞄の外側から布越しに封筒をさわれば、何やら少し温かい気がした。
    その後は四天宝寺のみんなと合流すると、他の展示を見たりとか、買い食いをしたりとかしたんやけど。ずっと心がそわそわしとって落ち着かんくて。何度も何度も、俺は鞄の底を撫でとった。
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