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    kk_69848

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    蔵種全年齢(完結)

    木の葉を隠すなら(下2)「……無い」
    それはちゃんと学祭を楽しんでから、帰宅した後。
    俺は家族に見付からんように、こっそりと玄関を開けて自分の部屋に入った。いそいそと鞄を開けて、封筒からブロマイドを取り出す。
    中に入っとったのは、ラケットを振っとる種ヶ島先輩や、水を飲んどる種ヶ島先輩。全部全部、種ヶ島先輩の写真や。俺は天国みたいやって思いながら、1枚1枚机に並べていった。ほんで最後の1枚を手に取ってから気付く。無い。あの写真が無い。
    「……え」
    そんな訳がない。俺は封筒の口を開けて中を覗いた。机の上の写真を一枚一枚横から見て、二枚が重なってないかを確認した。鞄の中の物を全部出して、ポケットの中まで探した。せやけど種ヶ島先輩の腹が見えとる写真は、やっぱり無い。
    「…………」
    俺はもう一度封筒の中、机の上、鞄の中を探した。頬を床にくっつけて、机の下も探す。念の為クッションをどかして、上着のポケットも確認した。
    「……っ」
    俺はもう半泣きで、もう一度封筒の中、机の上、下、鞄の中、底、側面を調べた。入っとる訳ないけど、財布の中やカーペットの裏も見た。上着を裏返して、ポケットを全部確認した。机から部屋のドアまで這うように歩いて、廊下、階段、玄関まで隅々見た。それから家を出て、駅に向かって歩いていく。
    無い。そうや、こんな場所にある訳がない。鞄の一番奥底にあって、他の13枚はちゃんとあった。途中で落とした訳がない。
    俺は引き返すと、もう一度部屋を探した。廊下に落としたのを誰かが拾ったんかもって、家族にも聞いたけど。誰も写真なんて見とらんかった。
    俺は種ヶ島先輩の言葉を反芻した。俺が買うたのは、14枚2800円。せやけど机の上にあるのは、何度数えてもやっぱり13枚で。よりによってあの写真が無かった。
    「何でや……」
    手に入れたと思ったのに、あの写真はどこにいってしまったんや。俺は頭を捻った。家にも、道中にも多分無い。考えられるとしたら、買うた時に最初から、封筒に入って無かったんやと思う。多分まだファイルに残っとるのか、出店の辺りに落ちとると思う。
    「……やらかした」
    あぁ、何で俺、買う時にちゃんと確認せんかったんやろ。俺高1やし、バイトもしてへんし。先輩に甘えて500円にしてもろて、ゆっくり確認してから買えばよかったやん。大人ぶってそこそこの金額払って(しばらくは、節約せなあかん)。それで欲しいモン手に入れられへんとか、ホンマに情けない。
    俺はもう色んなことを乗り越えて、中学の頃の子供やった俺とはちゃうって思っとったけど。やっぱり肝心なところでヘマしてしもて、完璧でスマートな男とは程遠かった。
    「はぁ……」
    俺は机の上の、13枚の種ヶ島先輩の写真を見た。どれもめっちゃかっこよくて、ホンマやったらこれで十分なはずやった。これで満足やろって、何度も自分に言い聞かせた。せやけど気持ちはずっと沈んだままで。今目の前にある13枚よりも、手に入らんかった1枚が欲しくて欲しくてたまらんかった。
    俺に勇気があれば、種ヶ島先輩に「そっちに落ちてませんか?」とか、今からでも聞けたと思う。せやけど「どんな写真?」とか聞かれたら答えられへんし。失礼やけど、種ヶ島先輩がちゃんと探してくれるとも思えへんし。代わりの自撮りでも送られて、それで終いやと思う。
    今から種ヶ島先輩の大学に、自分で探しに行きたいぐらいやったけど。もう遅いし、勝手に大学に侵入して、補導とかされたら目も当てられん。せやからもう仕方ない。泣き寝入りや。
    俺は言葉通りベッドに横になると、枕にぐりぐりと頭を押し付けた。友香里が「クーちゃんご飯やでー」って、一階から叫んどったけど。俺の体はピクリとも動かんくて。電気も点いとらん部屋ん中で、暗闇に溶けるみたいに意識が薄れていった。

    携帯の着信音が部屋に響いて、俺は目を覚ました。あかん、寝とったみたいや。慌てて携帯を手に取ると、表示されとるのは種ヶ島先輩の名前やった。
    「─っ、もしもし」
    次の瞬間、俺はここ一番の元気のええ声で電話に出とった。きっと、写真が見付かったって電話や。よかった。諦めんくて、ほんまによかった。
    「あぁ、ノスケ?」
    種ヶ島先輩の声の後ろからは、ざわざわとした大勢の話し声が聞こえた。心なしか、普通の話し声よりもデカい気がする。居酒屋とかにおるんやろか。種ヶ島先輩、まだ酒を飲める年齢ちゃうと思うけど。
    せやけど、今はそんなことはどうでもよくて。俺は騒音の中でも聞こえるように、デカい声で食い気味に返事をした。
    「あっはい、どないしました?」
    「今日なぁ」
    「はい、何でした?」
    「後ろうるさい? 場所移動するわ」
    俺はもう写真が早く欲しくて欲しくて、場所とかどうでもよかったんやけど。声がちゃんと聞こえんとあかんし、種ヶ島先輩が移動するのを大人しく待った。30秒くらい待てば、後ろの声はすうっと静かになった。
    「ノスケ、今日どうやった?」
    「え、はい?」
    「学祭。楽しかった?」
    「はぁ」
    「規模、結構デカいやろ」
    種ヶ島先輩はそのまま、大学の授業とか学食とか、部活やサークルの話を始めた。それは今やなかったら、興味深い話やったと思うけど。写真のことで頭がいっぱいな俺からしたら、じれったいだけやった。
    「……はは、オモロいですわ」
    「ほんでな、そこからバイト先が近いんやけど」
    俺はいつか種ヶ島先輩が、「忘れ物あったで☆」とか言い出すんやないかって、今か今かと待っとったけども。俺の期待も虚しく、種ヶ島先輩の世間話はどんどんと続いていった。これはやっぱり、写真なんて見付けとらんのやろうか。種ヶ島先輩が忘れ物に気付いてくれるとか、あり得へんことやったんやろうか。
    「ほんでな、ノスケを紹介してほしいって言われてしもて。テニスに夢中やから、バイトなんかせぇへんわって、断っておいたんやけど」
    「……はは」
    「あれ、バイトしたかった?」
    「や、全然」
    「んー、今日疲れた? もう眠い?」
    「や……、あの」
    「ん?」
    「えっと、この電話って、雑談ですか?」
    「……雑談やったら、あかん?」
    「あかんことはないんですけど、用あるんかなって、思ったんで」
    頼む、種ヶ島先輩、気付いてくれって。俺は念を送った。
    「……」
    そしたら種ヶ島先輩が黙ってしもて。用も無いのに電話するなって言うとるみたいで、失礼やったかなって、少し気まずかったけども。俺にはもう、念を送ることしか出来へんかった。
    「用、あるで」
    「えっ、何でした?」
    「何やと思う?」
    「えぇ……」
    念が通じたんかと思ったのも束の間、突然のクイズを出題されてしもて。そんなん俺からしたら、写真以外ないけども。違ったら恥ずかしいし、正直なところ多分違うと思う。種ヶ島先輩が俺に電話した理由。何やろ、ホンマに分からんわ。
    「えーっと、話したかった、から?」
    「……」
    「え、正解何でした?」
    俺のオモロない回答に、種ヶ島先輩は一瞬黙った。ほんで座り直しでもしたんか、携帯からゴソゴソいう音が聞こえた。電波も悪いんか、少し声がくぐもって聞こえる。
    「なぁ。ノスケは何で今日、あんなに俺のブロマイド、買うてくれたん?」
    「何でって……」
    「何で?」
    「せやから、モチベ上げたくて」
    「上がった?」
    「……」
    「上がってへんのかい」
    「っ、やって」
    「やって?」
    やって、ほんまは欲しかった写真が手元に無い訳で。せやけどやっぱり、それを自分の口で言うことは出来へんかった。
    「……」
    「写真じゃモチベ、上がらへん?」
    「上がりますけど……」
    「しゃーないなぁ。ほな、直接会う?」
    「はぁ……あ、はい」
    「今度、デートしよ☆」
    「えっ、デート?」
    俺は耳を疑った。
    「そやで。いつ空いてる?」
    「や、あの、デートって、好きな人とするもんやないですか」
    「ふふ、せやなぁ」
    「ほな種ヶ島先輩って、俺のこと好きなんですか?」
    俺がそう言うと、携帯の向こう側からは咳き込む音が聞こえた。
    「ですよね?」
    「うーん……。それはまた、会った時に話そうか」
    「や、好きなんですよね?」
    「せやから、会うた時な」
    「あっ、はい。すんません」
    それから俺達は日時と場所を決めて、「デート」の約束をしてから電話を切った。
    「はー……」
    俺はベッドにうつ伏せると、さっきとは別の意味で、枕に頭を押し付けた。種ヶ島先輩って、俺のこと好きやったんや……。
    言われてみれば、思い当たることはぎょーさんある。いっつも俺のこと、気に掛けてくれとるし、見守ってくれとるし。ジュースを奢ってもろたこともあるし、今日も学祭に誘ってくれたし……。
    あー、どないしよ。次、どんな顔して会えばええんや。デートとか、どういう服で行ったらええか分からへん。バラの花束とか、持ってった方がええんやろか。
    俺はもう、ベッドの上でそわそわ落ち着かんくて。何度もクローゼットを開けたり閉めたり、バラの花束の値段を調べたりした。おかしいやんな。俺のこと好きなんは、種ヶ島先輩の方やのに。これやったらまるで、俺が種ヶ島先輩のことを好きみたいや。
    「……あれ?」
    好きなんは、種ヶ島先輩の方で。俺は種ヶ島先輩のこと─あれ?
    俺は机の上に並んどる、種ヶ島先輩の写真を見た。俺、何でこんなに種ヶ島先輩の写真を買うたんやろ。何でカレンダーなんて、作ろうと思ったんやろ。
    クローゼットを開ける。中を見ても、デートに着て行きたいと思える服は無かった。やって、今着とる服が一番かっこええ服やから。俺、何で今日この服を着たんやろ。俺、何で今日一日ずっと、嬉しかったりイライラしたり、感情が忙しなかったんやろ。それは、種ヶ島先輩が俺を、そうさせるからで。それってつまり─
    「好きってことか……?」
    俺が、種ヶ島先輩を好き? 俺が、種ヶ島先輩を?
    「うわ……」
    俺は机の上の写真を全部封筒に入れると、引き出しの一番奥に仕舞った。それから携帯をポーチに入れて、更に鞄に入れてからクローゼットに仕舞った。入江先輩から「忘れ物」って件名のメールが届いとったけど、そんなもん今はどうでもええ。最後に頭から布団を被って、隙間が出来へんよう、内側からきゅっと引っ張った。
    布団の中は息苦しくて熱いから、心臓がドキドキして、顔はかーっと熱なった。きっと今布団の中、100℃くらいあると思う。このままやったら俺、死ぬわ。
    せやけど少しでも布団に隙間を開けたら、熱と共に俺の気持ちが、空気中に漏れ出てしもて。京都に住む種ヶ島先輩にまで、きっと届いてまうって。そんな気ぃして。
    俺は布団の中で息を殺して、布団の中の熱全部吸い込んで。どうか気付かれませんようにって。俺の気持ち静まれって、強く強く願った。
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