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    ry_blah

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    バーテン🍸オクシリーズ第二弾。真夜オクです。オクの見た目は一応ファスファイメージ。

    オクが年取っておじいさんになってる描写があるのでご注意を。死ネタ?だけどハピエンです。人外プトは色んな解釈できるから楽しいですね😮‍💨💞

    #プトオク
    ptochu
    #cryptane
    #真夜オク
    midnightSnack

    叶わない恋の代わりに完全なる愛をくださいはじめてオクタビオに出会ったのは、タリンから出港した客船の上だった。時折アルコールが恋しくなり、人間の姿をして船の中に紛れ込んではバーやラウンジで酒を嗜むという人間の真似事に興じていた。人間の価値観でいう“金持ち”ばかりを乗せた豪華客船であれば、酒を含む船内の飲食物はすべて金がかからない。人間の貨幣を持たない私でも、怪しまれることなく好きなだけ酒を楽しめた。

    その日も気まぐれに頭上の海面をのっそりと横切っていく船に目をつけ、人目を憚り乗船した。いつもどおり酒を求めてふらりと立ち寄ったバーのカウンターに立っていたのがオクタビオだった。優雅な手つきでシェイカーを振り、出てくるカクテルはみな宝石のように美しい。

    「いらっしゃいませ、何になさいますか?」

    昔、深い海の底で拾ったシーグラスのような瞳に射貫かれた瞬間、魔法で生み出した偽りの足がその場に植えつけられた。ごうごうと嵐が吹き荒れるように胸の奥がかき乱され、雷光が水面を切り裂くときと同じ衝撃が身体を襲った。海の中でさえ決して溺れることのない私が、今まで経験したことのない感情の奔流に押し流されそうで。それは、私がいわゆる“恋”というものに落ちた瞬間だった。





    「いらっしゃいませ」
    「…いつものを」
    「アンタ本当に飽きねえな。かしこまりました」

    はやる気持ちでバーを覗けば、そこには待ち侘びた人が立っていた。オクタビオが乗船している客船は三か月に一度、私の棲む海域を通りかかる。都度、足繁く通う私の顔を覚え、最初は堅苦しかった言葉遣いも次第に友人に向けるような砕けたものに変わった。周りからしてみればほんの些細な変化ですら、私には嬉しかった。

    会うたび交わす会話はほとんどが取り留めのないものだったけれど、人間からしてみたら途方もない時間の中で私が蓄積してきたいろいろな国の歴史や物語、人間模様を、オクタビオは興味津々に聞いてきた。どうやら船に乗ってバーテンダーをするまでは、ほとんど自身の田舎町から出ることがなかったらしい。詳しく話したがらない様子だったから深くは尋ねなかったが、家族仲が悪く、逃げるようにして家を飛び出してきたようだった。

    「オクタビオ、“メリネィツィとプリンツェス”の話を聞いたことはあるか?」
    「…メリ、なんだって?」
    「北の国のおとぎ話だ」

    〜〜〜

    昔々あるところに、暗くて冷たい海の底、一人寂しく暮らす蛸の人魚がおりました。彼は変わり者で、陸の上に住む人間という生き物に大変興味がありました。そのため、彼は他の人魚の目を忍んで時折人間に化けながら陸の上を散策することが楽しみでした。

    そんなある日、人魚はとても美しい人間のお姫様に出会い、二人は恋に落ちます。人魚と人間、決して周りに知られてはいけません。二人は秘密の愛を育みました。しかしある時お姫様は言いました『遠い国の王子様と結婚することになりました。あなたとはお別れしなければなりません。』二人は朝日が昇るまで手を取り合ってしくしくと涙を流しました。

    可哀想な二人は離れ離れ。二人はもう、二度と会うことはできませんでした。けれど人魚とお姫様は、互いのことを忘れることはありませんでした。長い月日を経て歳をとったお姫様。息絶える間際、人魚とはじめて出会った場所に行きたいと召使いに頼みました。

    懐かしい海辺に着くと、お姫様は幸せそうな笑みを浮かべ、波打ち際で息を引き取りました。迎えに来た人魚は彼女の亡骸を大切に抱え、海の底へ連れて行きます。するとどうでしょう、年老いたお姫様はたちまち二人が恋に落ちた頃の美しい姿へと形を変えました。

    再び結ばれた人魚とお姫様。二人はそれからずっと、長い間幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。

    〜〜〜

    「蛸の人魚?そいつは珍しいな」
    「…そこは重要ではないのだが」
    「はははっ!冗談だって、怒るなよ。いや、聞いたことのない話だ」

    シェイカーからグラスに酒を注ぎ、仕上げに添えられるカットレモン。美しいブルーのカクテルが目の前に現れる。

    「最後は愛してる相手と一緒になれて、二人は幸せだろうな」

    私の目を真っすぐ見つめながら言うオクタビオ。憂いと寂寞に似た、少し鈍い光を湛えた瞳に思わず手を伸ばしそうになる。けれどそれも、朝日に打たれた海霧のようにすぐに飛散した。

    「で?さっきのおとぎ話の他に、今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?」





    それから私とオクタビオは、いくつもの逢瀬を重ね、気づけば半世紀近くのときが過ぎていた。逢瀬といっても、客船のバーテンダーとその客という関係に変化はない。

    「アンタは、何十年経とうとお綺麗なままだな」
    「美しいのはお前の方だ」
    「ははっ、こんなしわくちゃなジジイを捕まえておもしろいジョークだな、アミーゴ!」
    「冗談なんかじゃない。オクタビオはいくつになろうと美しい」

    丁寧にワイングラスを磨きながら、オクタビオは照れたように顔を俯けた。これまでも数え切れないほど伝えてきたのに、いつまでたっても生娘のように頬を紅潮させる。

    オクタビオは、当然年数を重ねるごとに年老いていった。人間の自然な摂理だ。ハリのあった肌にはいくつもの皺が刻まれ、目を惹くマリンブルーの髪はいつの間にか雪のように真っ白。反面、私の容貌は出会った当時から何一つ変わっていない。当然だ、私は人間ではないのだから。

    そんな不可解な事態にとっくの昔に気づいているだろうに、オクタビオが問いただしたり、探りを入れてくるような素振りは一切なかった。それに私はいつも安堵すると同時に、少しの寂しさも覚えた。

    「なあ、クリプト」

    手にしていたワイングラスをそっとカウンターに戻すと、意を決したようにオクタビオは顔を上げる。いくつ歳を取ろうと、シーグラスの瞳はその輝きを失うことはない。若い頃は洒落た金縁の色眼鏡をかけたりしていたが、今ではしっかりと度の入った老眼鏡だといつの日かオクタビオは笑っていた。

    「実は、今日が俺の最後の日なんだ」
    「…」
    「今日を最後に、俺は船を降りる。もうそろそろ立ったまま何時間も酒作るのが難しくてな。まあ、ご隠居ってやつだ!」

    オクタビオの言葉に、喉が詰まる。いつか必ず訪れると分かっていた。頭の中で幾度となくそれらの言葉を反芻し、覚悟はできていた筈なのに。実際に口にされるとこんなにも苦しい。

    「…そうか」
    「ああ、だから」

    わずかに震えている彼の声。ああ。その細くて今にも壊れてしまいそうな身体を、この手で抱きしめてやれたらどんなにいいだろう。

    「今日くらいは一杯奢らせてくれよ」
    「…そうだな、せっかくだから、今日はお言葉に甘えよう」

    ほっとしたように笑みを溢すオクタビオが、ひたすらに眩しくて、切ない。

    「何にする?」
    「ブルームーンを」
    「最後の最後まで相変わらずだな、アンタは」

    苦笑を浮かべながらも、慣れた手つきでオクタビオはバイオレット・リキュールのボトルを手にする。見る見るうちに出来上がっていく美しい青色のカクテル。何十年にも渡り、私が欠かさずオーダーしてきたもの。たまには別のものを頼んだらどうだ、と何度も勧められたが、本来のオクタビオの髪の色と良く似たこの円やかで甘いカクテルが、私は好きだった。

    いつもより時間をかけて、じっくり、舐めるように飲み進めたカクテルもそのうち底をつきる。多くの客で賑わっていたバーも、いつの間にか私とオクタビオの二人だけがポツリと取り残されていた。

    繊細なグラスのステムを指先で数回さすってから、ゆっくり立ち上がる。

    「それじゃあ、オクタビオ。今まで…ありがとう」

    他にも言うべきこと、伝えたいことは沢山あったけれど。結局言葉にできたのは、そんなありきたりな台詞。そのまま場を後にしようとオクタビオに背中を向ける。

    「ッ――、クリプト!」

    突然名を呼ばれ、振り向く。

    「あと何年か経って、この世に未練なくくたばる寸前、お前とはじめて会った場所から一番近い港に行くから。自分の脚で立てなくなっても。今日も明日もわからないくらいボケちまっても。必ず行くから。俺のこと、迎えに、来てくれるか」

    聞き覚えのある内容に目を丸くする。それは、私が昔々オクタビオに聞かせたおとぎ噺。

    慣れない大声を上げ、老いた喉にこたえたのかオクタビオが少し咳き込む。

    「…覚えていたのか」
    「アンタが俺に教えてくれたこと、忘れるわけないだろ」

    胸が締め付けられ、長らく抑え込んできた感情が渦を巻いて今にも溢れかえりそうなのを必死に堪える。潮水が瞳からこぼれる気配がして、咄嗟に目頭を抑えた。これだから、私はあの日出会った青年――目の前のオクタビオに、恋をしたのだ。

    「…クリプト?」
    「ああ、約束しよう」
    「グラシアス。…また、会う日まで」
    「また、会う日まで」





    ザザー、ザザー。海水が泡を立てながら寄せては返す波打ち際。

    半世紀もの間、睦言の代わりに求め続けた酒と同じマリンブルーの海。

    終わりの近くは満足に動かすこともできなかったのだろう、砂浜の上に投げ出された義足は所々錆び付いてしまっている。でも、もうこれはいらない。ぎしぎしと軋む義足を丁寧に外すと、まるで眠っているような安らかな顔に一つ口付けを落とした。

    約束通り迎えに来た愛しい人を胸に抱え、二人で一緒に海の底へ沈んでいく。起きたらまずは何を話そうか。とりあえずは、これまで胸に溜め込んできた愛を思う存分囁こう。

    オクタビオ、これからは、ずっと一緒だ。

    さあ、早く、目を覚まして。
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