淡き芽生え(嗚呼、気に入らぬ。気に入らぬ。)
妖艶な見目かつ恵体の持ち主。蘆屋道満は周囲には悟らせぬがその内心は苛立っていた。
───カルデア内図書館。その部屋に紫式部こと藤原香子と清少納言こと清原諾子がコタツを囲み他愛ない会話をしていた。
「かおるっちはみかんのスジって取る派の人ー?」
「はい、お手は少々汚れますが」
「でもみかんのスジって栄養あって体にいいらしいぞー」
「まぁ!そうなのですか?」
「おう!むしろスジだけ食え!って…ところでさぁマンボちゃん。そのクソデカわがままボディでコタツで丸くなられると邪魔なんですけど~」
と諾子がコタツの一角に向かって言葉を放つ。
そこにその体躯を器用に丸めコタツからほぼ顔だけを出した道満がいた。
『拙僧はこのコタツなる魔具に捕らわれておりまして。ンン、これはいい、火を使わずとも火桶より暖かい。火の見張り番をする必要も無さそうですし』
まるで頭のみが話しているようである。
「ふーん、ところでみかん食べる?」
道満に向かってみかんを差し出す諾子
『…みかんは嫌いです。』
「てゆーかさー何でここにいるの?」
諾子が道満に問う
『拙僧、マスターに使い潰せとは申しましたが今まで散々猫なで声で嘆願し、周回に連れ回したあげくに此度は相性が悪い。等とお役御免になりまして。しかも今回は妖精王なる精霊擬きに媚びて連れ回しているとか』
嫌味たらしく道満がくどくどと語る。
「今回はお留守番ってワケか。それで不貞腐れてるって事ー?」
『…別に不貞腐れてはおりませぬが』
思いもよらぬ指摘をされムッとする道満
「いやいや、あからさまに不機嫌オーラ全開なんですけど!ちゃんマスだってバレンタインも忙しかったしマンボちゃんにお休みくれたんだから良しとしようよ」
動物を制するか如くよしよし、と道満を撫でるかのように諭す諾子
それを察し更に不機嫌になりながらも道満が話を続ける。
『ですが大体マスターもお人が悪い。バレンタインなる祭事にも八方美人…ンン、分け隔てなく愛を注ぎ回るなどこれでは浮かれて勘違いし、想いを告げようとするサーヴァントもいるのではないかと』
「でもマンボちゃんもちゃんマスにチョコもらったじゃん」(しかも前回はウチらのより豪華だった気がする)
『それは皆が頂戴したでしょう。しかも今年はお為ごかしかのような指輪まで』
「「指輪」」
諾子と香子が同時に呟き顔を見合わせる。
『主従の身とは言えマスターの猫のごとき気紛れに振り回されるのも困ったものです。』 やれやれ、と道満が息を吐く
(お前が言うか、と喉元まで出かかったがそれを制す)
「ふーん。マンボちゃんはそんなにちゃんマスの事が気になるのかー」
諾子がニヤニヤとした表情をする。
『主の行動を気にかけるのは従者としては当然かと』
何を当たり前の事を、と言わんばかりの態度をする道満
「んー、そうかそうか。マンボちゃんはちゃんマスにかまって貰えなくて拗ねちゃってるのかー」
『別に拗ねてもおりませぬが』
「まぁまぁ、落ち着きなさいっての」
どうどう、と手で制するような動きをする。
『別に乱心してもおりませぬが』
そのやり取りを香子がハラハラとした思いで見ている。
「でもさー、それってつまりは好きって事じゃん?」
「なぎこさん!」
香子が驚愕し、つい声をあげる。
── 暫しの間 ──
『…はい!?』
「はい?じゃないっての。さっきからマンボちゃんの話を聞いてるとさー、ちゃんマスに放置されてしょんぼリンボでさー、他の子と仲良くしてんのジェラってるっ事だろうが」
『あの、清少納言殿?拙僧貴女が何を仰っているのか理解しがたいのですが…』
道満がのそり、と顔をあげ諾子に向き直る。
「だーかーらー、マンボちゃんはちゃんマスにラブって事!このにぶちんが!」
諾子が少し強めの口調で語る
『???』
道満は諾子が何を言っているのかわからず思考が錯綜している。
「はわわ…あの、なぎこさん…それ以上は…御坊がマスターに恋心を抱いている事はどうかご内密に…」
慌てた香子がこの場の雰囲気を変えようと口を出してしまう。
『はぁぁあああああ!?』
道満が叫びと共に突然立ち上がりコタツを引っくり返す。
「きゃぁあああああ!!」
香子も驚き叫ぶ
『儂が?何と!?』
動揺を隠しきれず声を荒らげる道満
「あちゃー、もぅぐちゃぐちゃじゃんかー!マンボちゃんのアホー!」
そう言って諾子がみかんを道満に投げつける
『グワァーーーッ!?大ぶりのみかんが目にィーッ!?』
両の目を押さえ苦しみうずくまる道満
「なんと、今回は実体でしたか!?」
香子がまたも驚愕する。
そうして炬燵部屋から蹴り出されるように追い出されみかんの汁とも涙とも汗ともわからぬ液体を拭いながら自室に戻る道満
(儂が、マスターに、何…だと…!?)
血が滲み出そうなほどに唇を噛みしめる。
己が言い出した事とはいえ都合よく使い回され存外に扱われるのが気に入らぬ。
儂を差し置いて他者と睦まじく話しておるのが気に入らぬ。
儂が居らぬ時にはどの様にいるのか
儂を見よ
儂の声を聞け
儂の目の届かぬとこに行くでない
お前は儂が守護する故儂だけがお前の傍にいればいいのだ
例え憎まれようともその光を失わぬ瞳で儂を睨みあげよ
その命の光をも喪う様を見届け、願わくば地獄の底まで共に行こうぞ我が主、
『…はて?拙僧は何を思うておるのやら。』
ふと我に返る。
従者が主を思い守護する事に躍起になり、死が別つとも仕えるは至極当然の事ではないか、と。 まぁ、あわよくば…
『いやいや、何を血迷い己を見失うとは。拙僧もまだまだ修行が足りませぬなぁ』
『いとをかし、ンフフ…』
道満が自室で懊悩している間にも時は過ぎ道満の部屋に近づく人物がいた。どこか慣れ親しんだその気配を道満も察する。そして道満の部屋の扉が開く。
「ただいま!道満。今帰ったよ~」
『おかえりなさいませ。マイマスター、よくぞご無事で』
~了~