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    オメガバビッチングDエド

     久しぶりに、父が眠る霊園に行こうと思った。思い出す機会が段々と減っていることに気づいたからだ。ひと気のある場所へ行くのはまだ良くないとドクターは言っていたが、霊園の場所はここと同じような郊外にあったので許可が出た。念のため首元が隠れる上着とキャップを被り、晴れた日にエドは父の墓へと向かった。道中で供えるための花を買う。明るい気持ちにならざるをえないような、ぱきっとしたオレンジの花だった。父の好きな花はわからずじまいで終わったので、毎回その時いちばん目についた花を選ぶようにしている。花束を握りしめて、乗客もまばらな霊園行きのバスへ乗り込んだ。雲も少なく快晴の日だった。
     エドは、バスの窓に映り込む自分がまた首元をいじっていることに気づいて、動きを止めた。癖に気づいてからは意識してやめようとは思ったものの、新たに体の一部になったこの金属の塊をまだ異物としてしか見ることができないでいたのだ。鍵穴を引っ掻くと、冷たいでこぼこが感覚として伝わる。開ける鍵はここにはない。
     エメラルダが選んでくれたチョーカーは、きっと「質が良い」と分類されるものだった。丈夫だが、想像していたよりずっと軽いものだったのだ。鍵は、ピッキングのされにくいディンプルキー。無理やり開錠されたときにも誰かに連絡が行くようにできた。機能を実感するような機会がないことを、願わずにはいられない。
     流れていく変哲の無い景色の中、エドは何を見ても最後はあの人に心を持っていかれることにそろそろ嫌気がさしていた。DDに影響されたものは多すぎる。大きいことから小さなことまで。プロにだって、DDに引き取られなかったらなることは難しかったかもしれない。エドが今立っている場所は、生きてきた証は、同時にDDが生きていた証でもあったのだ。エドが体なら、DDは傷だった。癒着したそれは引き剝がそうものなら更に傷が深くなる。
     バスが停留所に停まる。何人かの乗客と共に降車する。木々が生い茂る霊園は、風が吹くと眠る魂と共鳴するようにざわめいた。
    この場所は、エドが斎王と出会った場所でもある。いつかの父の葬式の日、雨に打たれるエドに斎王は傘を差しだしてくれたのだった。療養が終わってから斎王とは、子供がするような手紙のやり取りをしている。心のうちをぽつぽつと正直に書き綴るだけのつたない手紙。だがそれも、今は送れていない。今の心のうちなんて伝えられるわけがないからだ。斎王はDDとエドの関係に気づいていたのだろうか。大人と子供が陥るはずのない、あのいびつな関係に。
    斎王は、人と比べて何かが欠けていたとも、多くを持ち過ぎていたとも言える。ギフトであり重しでもあった彼の能力は彼を破滅へと導き、エドは期待された役割をついぞ果たすことができなかった。バース性を持って生まれることは、斎王が能力を持って生まれたことと似ている。オメガとアルファに与えられた能力とは、端的に言えば高い生殖能力だ。オメガはバース値がアルファより高い。生殖能力ではオメガの方が上なのだ。だがそんなギフトがあったとして、自らその能力を手にしたものなどいない。何を手にするかどうかなんて、誰にも選べない。それをDDは、自らの手で操ろうとした。
     DDはどうして、エドにあの薬を飲ませたのだろうか。バース性に異変が起こることを知っていたのだろうか。それは欲のためか、あるいは嫌がらせか。どちらにせよDDは勝ち逃げをしたのだ。今頃地獄で高笑いをしているに違いなかった。このイシューに対する勝ち筋。それはきっと、DDとの関係の歪みにもっと早く気づくことだった。子供は大人の恋人にはなれない。そのことに気づけていたのなら、あの薬を飲み続けるようなこともなかったのに。

     父の墓の前、花を供えた。飛行機の音がして空を見上げる。目に染みるほどの真っ青の空。ここに初めて来た日とは真反対の天気だ。傘だっているはずもない。それなのに、今日もエドにしか見えない嵐は纏わりついている。
    「父さん」
    自分でもびっくりするほどの弱弱しい声が出て、当たり前に返事がないことに泣きそうになる。縋る先がないということはこんなにもかなしい。
    「僕が苦しいのは、僕が悪いからなんだ」
    あのとき差し出された手、あれさえ取らなければ。優しさを受け入れなければ。セックスを拒んでいれば。全てを疑いもしなかった自分が憎い。結局の話、自分の業が返ってきただけだったのだ。恋人ごっこに現を抜かし、親の仇を愛した業が。
     涙が出始めて、立っていられずにうずくまる。ここしばらく、簡単に涙が出る。ドクターはホルモンバランスが乱れているせいだと言って精神薬を出してくれた。セラピーも勧められて一度は行ってみたが、何も言葉にできないまま帰るはめになってから行っていない。十年かけて培った痛みだ。十年かけて受け入れることになるかもしれない。その間に、みんなエドのことを忘れてしまうに違いなかった。エドをいちばん特別扱いしてくれた人たちはもういないのだ。
    「父さん、僕を叱って。悪い子の僕を……」
    流れる涙は溶かした鉄のように熱いが、外界に触れてすぐに冷めていく。膝が涙で湿る。今日は薄い色のデニムを履いていたから、濡れた痕がよく目立った。こういうとき父を求めてしまうことは、過去に囚われていると言うのだろうか? 子供は親を当然に求める。エドは他でもないDDの手によって、その当然を取り上げられた。そしてDDは、そんなエドの求めるものになってくれた。気づけば、エドの大事なことは全部DDに塗り替えられていたのだ。生活、セックス、バース性。こんなの、生きているだけでエドはDDのことを考えざるを得なくなる。きっとそれがDDの勝利条件だった。消えない傷になること。エドという体にしがみつき続けること。その手っ取り早い方法が、エドの恋人を装うことだったのだ。
    「(ああ、なんだそうか。あの人は、必要だったから僕とセックスをしたのか)」
     囁かれてきた愛の言葉がいやでもリバイバルされる。つまり、エドが気づかず立っていた場所は舞台の上だったのだ。全てはDDによって演出され、最後は消費されるためだけの芝居。そしてあの日、燃える船を横目にエドは舞台から降りた。そのはずだった。演目はこの先も続く。幕は上がりっぱなしだ。エドにはもう、舞台とそうでない場所の違いがわからない。
    「ごめんなさい、父さん。ごめんなさい」
     口をついて出たのは謝罪の言葉。この先も、DDの傀儡から抜けられないのだろうか。操る糸は日に日に太く丈夫になる。そうしていつの日かエドはDDに取り込まれる。舞台が終わるのは、きっとその日だ。
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