エイトはドサリとベッドに寝転がった。
「ふー、今日は疲れたなぁ」
生徒のダンスの練習を手伝い、貴族へ招待状を配り歩き、スイーツ店でスイーツ休憩をして、帰ってからダンスの練習。
我ながらよく働いたものだ。
ふと窓の外を見ると月が見えた。夜空の高いところで輝く満月。
「あ……そう言えば、アイツ……」
疲労感ですっかり頭から抜け落ちてたけど、エドモンドが「今日は書類仕事ばかりだ。夜になってからでも遅くない」と言っていたのを思い出した。
という事は、今も仕事をしているんだろうか?
エドモンドと別れたのは夜の7時くらい。あの後、俺は屋敷に帰って夕食を食べて、こうやってゴロゴロしているけど、エドモンドは違う。騎士団の本部にいるはずだ。昼間は俺と同じかそれ以上に働いていたのに。
「アイツ大丈夫かな。無理してなきゃ良いけど……」
執務室で書類に目を通し、バリバリと捌いているエドモンドの姿が目に浮かぶ。
ちゃんとご飯食べてるか?
適度に休憩してるか?
頑張りすぎて倒れてないかな?
一度気になったら、もう気が気じゃない。
スマホがないこの世界。確かめる手段は直接会いに行くのみ。
俺は部屋を飛び出した。
騎士団の本部に着くと、すっかり顔馴染みになった門番の団員に「大魔法使い殿、副団長に御用ですか?」と声を掛けられた。という事は、エドモンドはまだ執務室にいるって事だ。
俺がその団員に「ちょっとだけ会っても大丈夫?」と聞くと、「副団長が喜ばれます」と返してきた。
ん?どういう事?
よく分からないけど、入っても良いって事だな。
俺はエドモンドの執務室の扉をトントンと叩く。
「エドモンド、俺だよ。エイトだけど入って良いか?」
「……エイト?入ってくれ」
「うん、入るよ」
扉を開くと、エドモンドがあの教師衣装のままで机に向かっていた。
机の上には積み上がった書類の山が2つ。処理済みが8割、未処理が2割といったところだ。さすがは優秀なエドモンド。
俺はサイドテーブルをチラリと見る。そこに置かれている夕食は、全く手がつけられていなかった。
何となく予想していたけど、やっぱりか。
俺はため息をついた。
「こんな時間にどうしたんだ?私に何か用か?」
不思議そうに首を傾げてこっちに歩いてくるエドモンド。
何でそんな顔してるんだよ。
もっとちゃんと自分を大切にしてくれ。
あんまり頑張りすぎるなよ。
俺はどうしようもなくムシャクシャしてきて、咄嗟にエドモンドを抱きしめた。
「な……っ⁉︎エイト……⁉︎何を……!」
エドモンドが驚いて逃げ出そうとするけど、エドモンドを抱く腕に力を込める。
「逃げないでよ」
「その……一体どうしたというんだ……?」
おずおずとエドモンドが俺の腕を掴んだ。
エドモンドの体温、トクトクと少し早いエドモンドの心音が、触れ合った体から伝わってくる。
「エイト……何か言ってくれ……でないとどうしたら良いのか……私には分からない……」
ねだるように腕をゆさぶるエドモンド。
その少し甘える口調と仕草に、ムシャクシャしていた気持ちがスッと軽くなった。
俺はニカッと笑顔を作る。
「お前の様子を見に来たんだ」
「え……?」
「お前の事だから、どうせ夕飯も食わずに仕事してたんだろ?」
「あ……!い、いや、その……忘れてただけだ」
「食べるのを忘れるって相当だと思うけど?」
「…………うぅ」
「別に責めてる訳じゃないよ。食事も忘れて仕事に打ち込むエドモンドは凄いなって思う」
「仕事を優先にするのは当然だろう」
エドモンドの真っ直ぐな目がエイトを貫く。
「でもさ、もうちょっと肩の力を抜いても良いんじゃない?」
「そんな事言われても……」
どうすれば良いか分からない。そう言うようにエドモンドが身じろぎをした。
俺は引き締まったエドモンドの腰をトンっと叩く。
「それにお前の事だ、緊急な案件は今日の朝早々に片付けて来たんだろ?」
「当たり前だろう!」
キッパリと断言する優秀すぎる副団長。
さすがだ。きっと俺の世界にいたら、いろいろな会社からヘッドハンティングされるんだろうな。
「なら、少し休んだって平気だよな」
「は……?」
「頑張りすぎて倒れたらどうするんだ?団長やお前の部下にも心配かけちゃうぞ」
「……それは……いけないな……」
「だろ?そーれーにーさーぁ」
「なんだ?」
エドモンドのむっちりとした尻をひと撫でて、ニヤリと笑った。
「お前が倒れたら俺とえっちな事できないじゃん」
「な……っ!何を言ってるんだ……!」
カァッと頬を染めて、ぴょこんと飛び上がるエドモンド。
俺はフスフス怒るエドモンドの頭をよしよしと撫でる。
「とりあえずご飯は食べようぜ」
「……確かに君の言う通り無理をして倒れでもしたら周りに迷惑をかけてしまう。食事はきちんと摂る事にしよう」
「おう。そうしてくれ」
「……ごほんっ。君のおかげで気付けた……ありがとう」
「へへっ」
最近のエドモンドは「ありがとう」と素直に口にしてくれる。最初の頃なんて、なかなか言えずに顔を真っ赤にしてたのに。まぁ、今も気恥ずかしそうに顔を赤くしてるけど。
でもそれは俺のことを少しは認めてくれてるという事なのだろうか?そうだったら嬉しい。
照れて所在なさげに立っているエドモンドをソファに座らせた。
「なぁエドモンド、他に俺ができる事はあるか?騎士団の仕事は手伝えないけど」
「いや、大丈夫だ」
「そのご飯もう冷えてるだろ?食堂から温かい物を貰ってこようか?……ってこの時間は開いてないか。あー、エスターの屋敷から何か貰ってくれば良かったな。気が利かなくてごめんな」
耳の後ろを摩って「はははっ」と笑う。
「…………」
「エドモンド……?」
膝の上でぎゅっと手を握りしめて、何も言わないエドモンドを見る。
「どうかした?」と問えば、エドモンドがじっと見つめてきた。
潤んだ瞳、上気した頬、きゅっと引き結んだ唇。何かをグッと我慢するような表情。
直感でピンときた。
キスして欲しいという顔をしていた。
自分から言えないくてモジモジしてるのがたまらなく可愛い。
たまにはエドモンドからして欲しいけど、それは追々……。
俺はエドモンドにスッと顔を寄せる。
「エドモンド、口開けて?」
「な……!そんなの……だめだっ」
「なんで?」
「な……ぁ、んぅ、ん……っ」
ちゅっと音を立てて重なり合う唇。
舌先でエドモンドの唇をちろりと舐めれば、エドモンドがおずおずと唇を開く。その許された隙間に舌をねじ込んで、エドモンドの舌を絡めとった。
「ん、あ……ふ、えいと……」
「……舌絡めるの……ダメ?」
逃げるエドモンドの舌先を擽ると、エドモンドがピクンと肩を跳ねさせる。
「んん……っ、くすぐった……い」
「気持ち良くない……?は……ぁ……俺は気持ち良いよ」
エドモンドの舌の横をゆっくり舐めてから裏側を舐め上げて、じゅっと深く絡めた。
「は、……んぅ……あぁ……っ、それだめ……だ」
「こうされるのが好きなんだ?素直に言ったらもう1回してあげる」
「……ずるいぞ……っ」
俺にしなだれかかったまま、怒った顔しても説得力ないけどね。全く可愛い奴だ。
「へへっ、どうなの?好きなの?」
「う、ぅ……す、き……」
恥ずかしくなったのか、エイトの胸元の服をぎゅっと握りしめて目を瞑ってしまった。
本当に可愛過ぎてどうにかなりそうだ。たまらずに、くちゅくちゅと音を立ててエドモンドの唇を貪る。
お互いの境界線が溶け合うような深い口づけ。
これ以上はまずいと思うけど、エドモンドとのキスが甘くて気持ちよくて止まらない。
「ん、ぷは……っ、あ……ぅ、エイト……これ以上は……」
むずがるエドモンドにハッとした。
「ん……明日も俺とダンスの復習……んぁ……だよな?」
「あ……んぅ、明日は早朝から……だ……」
「そうか……じゃあここまでな。これ以上するとシたくなっちゃうし……」
唇を離すと、2人の混じり合った唾液が糸を引いて滴り落ちる。
エドモンドが名残惜しそうに「ん……っ」と声を漏らし、この先をしたそうな顔をしている。そんな蕩けた顔が体を熱くさせた。
でもしかし明日の激務を想像すると、今日は本当にダメなのだ。俺は飛びそうになる理性をギリギリと手繰り寄せた。
それになにより——あの副団長様がえっちしたいのを必死に我慢するのがすごく良い。
我慢できなくなったら俺を襲ってくれるかな?上に乗って「今日は私がする」なんて言われたらどうしよう……なーんてな。流石にそれはないか。
でも禁欲状態のエドモンドとのえっちがすごく楽しみだ。
いつ解禁しようか。
どんな体位でどんなプレイをしようか。
これからの楽しみが増えて、自然と口元が緩んだ。
俺はエドモンドの濡れた唇を拭い、乱れた服を整える。
「楽しみは、後に取っておくほうが美味しくなるってもんだよな♪」
ふぅふぅと息を乱しているエドモンドの額にちゅっと唇を落とした。
「な、何か破廉恥な事を考えてないんだろうな……?」
頬を赤く染めて、やたらと髪の毛を触るエドモンド。
「考えてないって。だからエドモンド、お前は頑張りすぎるなよ」
「分かった……」
「俺との約束、守れるか?」
「わ、私は副団長だ……っ。規則はきちんと守る」
「はは……っ」
規則って捉えるのがエドモンドらしい。
でも俺の言った事をちゃんと守ってくれそうな気がした。
離れたくないと思う心を、エドモンドの頭を撫でる事で誤魔化す。
「じゃあ……俺、今日は帰るな」
瞼を下ろしたエドモンド。何かを吹っ切るようにパチリと目を開いた。
「ああ、帰りは我が騎士団が責任を持って君を送り届けよう」
「ありがとう。世話になって悪いな」
「気にするな」
最後にどちらともなく唇が重なり、そして離れていく。
「また明日な、エドモンド」
「ああ、また明日。エイト」