檸檬12 ⅳ. 鬼柱
「カァァーッ! 伝令ッ! 伝令ッ! 嘴平伊之助、我妻善逸、及ビ両名ト行動ヲ共ニシテイル鬼・竈門炭治郎ニ告グ!」
「チュンッ、チュチュン、チュン!」
響き渡るガラ声に炭治郎は歩みを止めて空を見上げた。
前を歩く善逸も「あ、チュン太郎」と言いながら、ズンズンと進もうとしている伊之助の肩を掴んで振り向く。
「御館様ヨリ召集ガカカッタ! 貴様ラ全員、柱合会議ニ参加セヨ!」
「チュンッ!」
何故か炭治郎の両肩に降り立った二羽は、翼を広げて誇らしげにそう宣う。
「チュウゴウカイギ? んだそりゃあ、鼠の怪奇の名前か?」
「そんなわけないでしょ。柱が合わさる会議で柱合会議。要は鬼殺隊のお偉い方が集まる話をするんだよ」
「つまりそれって……」
「十中八九、炭治郎の処遇についてだろうね」
「ゴンジロー、なんか悪い事したんか?」
「心当たりはないかな」
「馬鹿。良し悪し以前の問題だよ。炭治郎はそもそも鬼なんだから、鬼殺隊の俺達と一緒にいる事自体が異常なの。俺は遅かれ早かれこうなるとは思ってたよ」
善逸はヤレヤレというように両掌を返して首を振る。
その横で、炭治郎は顎に指を添え「その柱合会議ってどこでやるの?」と質問をする。
「チュン、チューッ、チュン!」
「……そうか」
「チュン太郎なんて言ったの?」
「俺達は今から鬼殺隊の本部に連れてかれるんだって。仮にも鬼の俺を懐に招くなんて、どういうつもりなんだろう」
敵ながら少し心配になる。不用心過ぎるのではなかろうか。無惨や上弦の話だと、鬼殺隊をまとめる元締めの産屋敷の当主は巧妙に姿を隠して生き延びていると聞いた記憶があるのに、その印象とはだいぶ異なる。
(それにもしかしたら、産屋敷の首が獲れるチャンスかもしれない……)
鬼殺隊、ひいては産屋敷一族の抹殺は無惨の望みの一端でもあった。炭治郎にそれは命じられてはいなかったけど、これから対面する御館様とやらの首を落とせば、叶えられる。油断しているらしい今ならば、無惨の役に立てるかもしれない。
───誰が頼んだ。勝手なことをするな。
鋭い言葉が脳裏を過り、炭治郎はグッと頭を抑えて首を振った。
(……やめよう。余計な事だ。無惨様は俺に何も望んでいない。また怒らせて失望されるだけだ)
頭の隅に追いやって考えないようにしていたことがまた散らかり始めて、炭治郎はハァと肩を落とす。
(……どうしてこんなことになってしまったのだろう。俺が無惨様のことを好きになってしまったからいけなかったのかな。そもそもおかしなことなんだ。育ての親である無惨様に恋心を抱いて、劣情まで感じるなんて………俺は最低だ。離れて正解なんだ。俺なんかが無惨様のお側に仕える資格なんてない……)
「────郎、炭治郎?」
「……え?」
「おいタンスケ! 隠しが来たぜ! 俺達をおぶって連れてってくれるんだとよ」
「大丈夫かよ、ボーッとして」
「あ、ああ。大丈夫」
ドンヨリしているうちに、いつの間にか周りには黒装束に身を包んだ人間が三人合流していた。伊之助と善逸にもそれぞれ一人ついていて、炭治郎の前にも一人。瞼が重たそうな男が仁王立ちで立っていた。偉そうな初見の割に匂いが怯えている。膝小僧が震えて今にも崩れ落ちそうだ。
「こんにちは。初めまして」
「……へ? あ、こ、こんにちは?」
炭治郎は努めて和やかに話しかけた。
まずは相手の警戒を解く。話はそれからだ。
「俺は竈門炭治郎です。人は食べたことはありません。匂いが不味くて口にする気にならないので」
「え? それは俺も初耳なんだけど! 人間食べないのってそんな理由なの!」
「あれ、善逸達にも話したことなかったんだっけ? そうだよ。だから、貴方のことも襲わない」
一区切りして、炭治郎は隠しの彼と目を合わせニコリと笑顔を作る。
すると、彼は瞼を見開いた。緊張が解けるのが匂いで分かる。
「俺のこと、背負って運んでくれるんですよね? 今のままだと重たいから小さくなります。手に持ってる拘束具は、その後に付けてくれますか?」
「え、あ、これは……なんか、悪いな……」
「いいんです。捕食者を何の対策もなく懐に招く方が変ですから。逆に安心しました」
揶揄するように言えば、場の雰囲気が一気に軽くなる。
隠し達は見えている目元を細め、ホッと胸を撫で下ろしている者もいた。
(……はぁ。これで少しは穏便に進むかな。流石無惨様直伝の人心掌握術だ)
貼り付けた笑顔の裏側で炭治郎はそんな事を思う。
『お前の笑顔は武器になる。上手く使えるようになれ』
今思えば抽象的過ぎる言い方だと思わなくもないが、当時言われた時もよく意味が分かっていなかった。だが、こうして一人人間と混ざるようになってからは、何となく分かるようになってきた。
不利な状況でも、ニコニコしていれば大抵相手が勝手にいい方向に解釈してくれる。変に口達者に話していると逆に怪しまれるから、必要最低限の言葉に人好きする笑みを添えて手を差し出すだけでいい。そうして相手が握り返してくれるのを待つのだ。
今もほら、隠しの男が釣られるように破顔して、一歩炭治郎へ近づいてくる。
「俺、後藤ってんだ。よろしくな、竈門。さっきはビビって悪かったぜ。鬼ってのも色々いるんだな」
「ふふ。運ぶのよろしくお願いします」
「おう! 大船に乗ったつもりでドンと任せな! 途中で運び役は変わるけど、みんないい奴だから」
「はい、ありがとうございます」
こうして炭治郎は、鬼殺隊本部への招待を受けることになった。
*
キンッ! ガチャンッ! ザザザッ!
斬撃を枷を繋ぐ鎖で受け止めると、クルンッと後ろ向きに宙返りして勢いを押し殺し、トンッと地面に着地する。
「はは、流石だなァ。上弦ともなると他の鬼とは格が違う」
「………」
襲ってきた男を鋭く睨みつける炭治郎。件の屋敷に到着し、最後に背負ってくれていた隠しに礼を言っていたところを背後から突然の奇襲にあった。
着いた時から殺気は感じていたが、まさか隊員が近くにいるのに攻撃を仕掛けてくるとは予想外。やはり殺り合う魂胆だったのか。
「だ、大丈夫か!? 炭治郎ッ!」
「ああ。善逸と伊之助は平気? 怪我してない?」
「俺様達は最初から狙われてねぇ! しかし何なんだアイツ、全身傷だらけだぞ!」
「稀血だね、しかも鼻がおかしくなりそうなほど上質だ。今まで自分を犠牲にして鬼達を惑わせてきたんだろう」
ゆらり。立ち上がった炭治郎は、切り傷だらけの男と向かい合う。
「オメェら何クソ鬼と馴れ合ってやがる。これだから最近の下級隊士はすぐにおっ死んじまって使えねェ」
「? はぁあ?? テメェ今俺様のこと馬鹿にしただろッ! 許さねぇっ! ぶっ飛ばすッ!」
「バカやめろ伊之助ッ! あの人は多分柱だ。しかも気性が荒く超が付くほど鬼嫌いで有名な風柱! 下手に関わらない方がいい…! とりあえず落ち着け! こっちに来いッ!」
善逸は両腕をグルグル振り回して暴れる伊之助を後ろから羽交い締めにして、ズルズルと庭の隅の方へ引っ張っていく。
それを見守り、炭治郎は風柱をスッと見据える。
「善逸達の方が余程聡明だな」
「……? 俺があのグズ共に劣るわけねぇだろォ」
「その根拠のない自信はどこからくるんだ? 俺を上弦だと勘違いした上に、実力差も感じ取れず攻撃を仕掛けてくるような野蛮人のくせに」
「は? テメェが上弦じゃない? じゃあその禍々しい気配はなんだってんだ、あ? 鬼舞辻の血が濃い証拠だろうがァ。見え透いた嘘かましてんじゃねェよ!」
言いながら、風柱とやらは剥き出しの殺意のままに斬りかかってくる。本当に血の気の多い。炭治郎はウンザリしながら足を振り上げ、向かってくる刀を踏みつけると、勢いを殺せずに目の前に突っ込んできた銀髪頭に向かって、ゴンッ!と一つ頭突きをかました。
「………ッ!!!?」
すると、風柱は額を抑えてフラフラと後ずさり、やがてクラァッと膝を折って砂利に倒れた。指先がピクピク震えているあたり、恐らく脳震盪でも起こしたのだろう。
「先に攻撃してきたのはそっちだからな。これは正当防衛だ」
そう言い捨て、炭治郎はプイとそっぽを向く。
善逸達の方へ向かおうと背を向けた時、「待て」と後ろから声がかかって炭治郎は瞠目する。
「まだ話は、終わってねェぞ……ッ」
「驚いたな」
風柱はもたつきながらも上体を起こし、顔を上げて炭治郎を睨みつけてくる。人間は脆いとよく聞いていたし、炭治郎も違わずそういう認識だったが思ったよりもタフなようだ。とはいえ、流石にまだ立つ事は無理なようでどってりと尻餅を着いたままの風柱に再び向き合った炭治郎は、対話を試みることにした。
「まず聞きたいんだけど、貴方達は俺と殺し合いをするためにここに呼んだの?」
そう問うても、風柱の返答は無言だ。炭治郎を親の仇の如く睨みつけたまま、ツゥ、と流れた鼻血を拭っている。
「そっちがその気なら、俺も本気を出すよ。こんな枷、あってない様なものだ」
ジャラッと鎖を鳴らし、枷の付いた両手をかざす。
沈黙。睨み合いが続く最中、ふわり。間に割って入ってきたのは淑やかな声を持つ蝶のような女性だった。
「あらあら、やっぱりですか。早めに来て正解でしたね」
舌打ちする風柱に対し、炭治郎は険しい顔のまま声の主人に視線をやる。
鳳蝶のような鮮やかな羽織に紫暗の瞳。小柄で華奢な体付きだが、纏う気配と面構えから鍛錬を積んだ剣士なのだと伺える。
「胡蝶……来ンの早ェんだよテメェ」
「不死川さん、鎹鴉から言伝がありましたよね? 竈門炭治郎には手を出してはならない、と。ちゃんと聞いていましたか? 聞いていたのに破ったのなら、隊律違反になりますよ。分かっていますか?」
「……チッ」
物凄く大きな舌打ちだった。しかし言い返さないところを見るに、小柄な女の言うことは正しいのだろう。風柱を言い包めると、彼女は炭治郎へ視線を移し、和かに微笑む。
「お話は伺っております。竈門炭治郎さん、貴方は鬼でありながら鬼殺隊への入隊を志願したそうですね」
「……はい、そうです」
ひとまず話が通じそうな相手が来てくれてよかった。炭治郎は警戒は解かぬまま腕を下ろし、彼女に向き合う。
「私の名前は胡蝶しのぶ。蟲柱を務めております。非力ゆえ鬼の首は落せませんが、殺せる毒を作ったちょっと凄い人なんですよ」
「鬼を殺す毒ですか。噂には聞いたことがあります。凄いですね、蟲柱のしのぶさん。さっきは彼を止めてくれてありがとうございました。助かりました」
「当然のことをしたまでですよ。それに私は貴方の入隊を歓迎したいと思っているんです。鬼と人はもっと仲良くなるべきです。一部そうもいかない人達がいると思いますが、これから仲良くして下さいね」
何やら怒っているような匂いをさせているが、表情は至ってにこやかな彼女を不思議に思いつつ、炭治郎がああと返事をしようとしたその時だった。
「───ッッ!!?」
強烈な異臭が鼻を刺し、炭治郎は鼻を抑えて後方に飛び退いた。
それと同時にゾロゾロと庭園内に人が集まり始め、「お館様の御成です」と言う平坦な声が凛と響く。ザッ、と整列し跪く九人の屈強な男女の隊士達。
炭治郎はそちらには目もくれず、肩の長さに切り揃えられた白い髪の少女二人が立ち並ぶ間の襖を睨みつける。
(な、何だこの醜悪な匂いは。鼻がひん曲がりそうだ。病人特有の腐臭ってだけじゃない。まるで怨念が人の皮を被って歩いているような胸糞の悪い匂いだ。まさかこれが鬼殺隊現当主・産屋敷耀哉なのか……?)
開かれた襖の奥から、一人の青年が腕を引かれて現れた。恐らく目が見えていないのだろう。顔の上半分が爛れて皮膚が紫色に変色してしまっている。精錬された佇まいで、見かけだけ見れば善良な人間だろう。
しかし、嗅覚から人の本質を見抜く炭治郎にはとても彼がただの人間には思えなかった。
「みんなよく集まってくれたね。忙しいだろうにすまない。ありがとう」
恐ろしい程穏やかな声だ。心中渦巻くドス黒い感情を綺麗に隠した、ともすれば美麗と評される声。
その声に荒ぶる本能が鎮められていくのが分かる。それに返って気色悪さをも覚え、炭治郎はより一層眉間の皺を濃く刻んだ。
(………死に損ないか。こんなのが長年無惨様に付き纏っていたのか。目障りなら何故早々に根絶やしにしないのかと疑問に思っていたけど、今納得したよ。こんな怪物が代々仕切る組織なら、関わりたくないのも当然だ)
やはりこの場で皆殺しにしておく方が無惨の為になるのではなかろうか。
そんなことを考えたところで、産屋敷の顔が炭治郎の方へと向いた。
「君が竈門炭治郎だね。初めまして、私は産屋敷耀哉と言う。急に呼び出してすまないね」
「……いえ、構いません。貴方の方こそ、そのお身体で外に出るのはお辛いでしょう」
「ふふ、思った通りだ。君は優しい子だね」
まだ僅かに人肌を残している口元を緩め、産屋敷は続ける。
「本題に入ろう。今日集まってもらったのは炭治郎の処遇について皆の意見を聞きたいと思ってね。初めに話しておくと、私は彼を鬼殺隊に引き入れたいと思っている」
ザワッと空気が揺らぐ。
跪く柱達がそれぞれの心境を体現する匂いを纏い、視線が一斉に炭治郎へと向いた。
「主な理由は二つある。一つは強力な戦力になること。なにせ彼は鬼だ。怪我をしないし、体力も無尽蔵。それに、」
言葉を止めた産屋敷は空を見上げ、「今日も空は青いのかな」と呟いた。すると、隣に寄り添っている子供が「はい。今日も空は青々と美しいです」と凛々しく答える。
「炭治郎は太陽を克服している。つまり日中の活動制限もないということだ」
「……しかし、鬼はどう殺すのですか? 仮に夜明けまで戦い火炙りにするとして、毎回それでは時間がかかり過ぎるのではないですか」
まるで獣の唸り声だ。先程の風柱が炭治郎への嫌悪感を隠さずに主人へ問う。
陽光で焼く、なんてそんな非業な殺し方するわけないだろう。そう思いつつ、炭治郎は黙って聞いていた。
「そうだね。でもそれは心配要らないよ、実弥。炭治郎は呼吸の使い手だから」
そう言って、産屋敷は隅っこで縮こまっている善逸と伊之助の方へと顔を向け、「善逸、伊之助。今まで彼と戦いを共にしてきた二人から、彼のことを少し教えてくれるかな」と言う。
それに反応したのは善逸で、ビクッと飛び上がりながらモゴモゴと話し出す。
「炭治郎は……とても頼りになるヤツです。率先して戦闘に加わって、俺達が怪我をしないように立ち回ってくれました」
そこまで言って、善逸はチラと横の伊之助を見やった。そして何かを諦めたように溜息を付き、話を続ける。
「呼吸のことは俺も分かりません。一度だけ彼の剣技を目の当たりにしましたが、初めて見るものでした。炎を纏っていたけれど、前に見た炎の呼吸を使う隊士の剣技とは型も息遣いも異なっていて……」
ウロウロと心許なげな銀杏色の瞳と視線が重なる。
炭治郎はそれを受け、重い口を開けた。
「日の呼吸。俺の使う呼吸はそう呼ぶそうです」
その場に異様な空気が流れた。
柱が皆首を傾げ、ガタイのいい一人が言った。
「聞いたことねぇな」
「俺も無い! 初耳だ!」
「皆んなが知らないのも無理はないね。日の呼吸とは始まりの呼吸の一つ。全ての呼吸はこの日の呼吸から派生されたと言われ、産屋敷家に代々残されている記録上、その呼吸を使い手は始まりの呼吸の剣士しかいない」
「ふむふむ、つまりこういう事でしょうか?」
ニッコリ微笑む蟲柱は指を立てて話し出す。
「話を聞く限り、始まりの剣士は呼吸の生みの親ということになります。さぞ才能に溢れた御仁だったのでしょう。その派生である全集中の呼吸でさえ会得できる人間は限られていますから、零から壱を生み出したその方の能力を受け継げる人間が居なかったというのは想像に難くありません」
「で? 何故〝鬼〟がその途絶えたはずの呼吸を使っているのだ? 元々信用なんてしてないが、益々疑わしい」
色違いの一対の瞳がギロりと炭治郎を睨め付ける。
「確かに。何故でしょう?」
「は? ふざけているのか?」
「ふざけてなんかいません。俺に剣技を教えてくれた人が、これは日の呼吸だと言っていました。鍛錬中に追い詰められて咄嗟に舞った神楽です。俺は鬼になる前の記憶が無いので、その時もどうして自分がそんな行動を取ったのか分かりませんでした」
言いながら、炭治郎はふと考える。
(……師匠はこのことを知っていたのだろうか)
始まりの剣士が生まれた時代は、思えば黒死牟が鬼になった時期と重なる。もしかしたら、何かしらの関係があったのだろうか。
当時は気にも留めなかった。ただ物知りなんだなと思っていたが、炭治郎に話さなかっただけできっと思い当たる節があったのかもしれない。
だってあの時、炭治郎が初めて日の呼吸を使った時に彼から香った感情の匂いは強い嫉妬と羨望の匂いだった。
(でも、俺を見るあの眼差しは畏怖ではなく憧憬だった気がするな……)
炭治郎が昔の記憶を辿っているうちに、産屋敷と柱達の中で意見がまとまったようだった。
産屋敷に名前を呼ばれ、炭治郎は視線をそちらに向ける。
「君の処遇が決まったよ。少しいいかな」
産屋敷に手招きをされ、炭治郎は彼がいる縁側まで歩いていく。すると、産屋敷の後ろに控えていた恐らく妻と思われる女性が炭治郎の前に両膝をつき、細長いそれを風呂敷を外して差し出した。
「こちらを」
「これは……?」
「日輪刀です」
「、」
ぱちり。瞠目は避けられない。
手に取る前に、腕を差し出す。
「枷、外してくれますか?」
「ハ? テメェ何言っ……」
「構わない。外してあげなさい」
「御館様ッ!」
「大丈夫だよ、実弥。少し落ち着こうか」
「……ッ……はぃ」
産屋敷は隠しに目配せをして、枷の鍵が外された。
同時に擬態を解除した炭治郎は、鬼殺隊の隊服を真似た青年体へと姿を変える。
「あまね、炭治郎はどんな姿をしているのかな」
「子供の身なりから成長し、二十歳に近い容貌をしております。市松模様の羽織の下に隊服を着用し、柱の様方に見劣りしない凛々しい佇まいでいらっしゃいます」
「俺の実年齢は恐らく善逸や伊之助とそう変わらない。この身体の方が肉体が完成されていて動きやすいから、普段からこれでいることが多い。服は模倣だ。流石に繊維までは真似出来ないが、これが俺の意思表示だ」
「そうか。教えてくれてありがとう」
ス、と指を揃えて差し出された産屋敷の掌の先を追えば、日輪刀の入った木箱がある。
「その刀は、君への敬意とこちらからの誠意だ。君の入隊を許可する。歓迎するよ、炭治郎。君は今から鬼柱として、我らと共に戦ってくれ」
炭治郎と産屋敷、二人の視線が重なる。光を失った瞳だが、それでもハッキリと分かった。
炭治郎は徐に刀の入った木箱の蓋を開けた。鞘に手を伸ばし、触れる前に今一度産屋敷に視線をやる。
「利害の一致」
「うん?」
「俺は俺にとって利があるから鬼殺隊に入りたい。対してそちらも、俺を入れることで何かしらの利益を得るから俺を招く。俺と貴方に主従はないし、上下もない。そういう認識でよろしいですか?」
「ああ勿論。構わないよ」
刀を見下ろし、鞘を掴む。
左手に持ち替え、右手で柄を掴み刀身を見せる。
「日輪刀は別名〝色変わりの刀〟と言われている。君の刃は何色に染まるのかな」
「………」
産屋敷の言葉の通り、鋼色の美しい刃の色が変わる。
持ち手からジワジワと、墨が和紙に染み込むように刀は漆黒に満ち満ちていく。
柱達が見たことのない色だとひそめく傍ら、炭治郎はただぼんやりと心に浮かんだ愛しい人の髪色と重ねて、呆れたように目尻を下げた。