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    u_modayo

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    無惨様のその後です

    #炭鬼舞
    charcoalGhostDance
    #長編進歩

    檸檬17   ⅱ. 失って得たもの


     下駄を鳴らして山道を進む。振り返れば地面に太めの二本線が連なって、ずっと下まで続いている。
     初夏だ。梅雨の湿気がまだ残っているからだろう。晴れているがジメッとしている。
     無惨は額を垂れた汗をクイッと拭い、笠から垂れる黒幕越しに空を見上げた。


     放心状態だった無惨が正気を取り戻したのは、眠りから醒めたのと同時だった。目覚めた場所は無限城ではなくあの別荘だった。寝室のベッドの真ん中で炭治郎の羽織りを大事に抱えたまま気を失っていた。
     どうやってここに移動したのか記憶はない。しかし、この別荘の存在を知っているのは炭治郎を除けば、後は自身と鳴女しかいない。無惨はそれ以上考える気力がなく、鬼に施した呪いを全員分発動し、また意識を飛ばした。
     次に目を覚ました時、無惨は変わらずベッドの上にいた。のそりと起き上がると、湯浴みをしに浴室へ向かった。シャワーを浴びている時、ふと鏡を見ると髪が白くなっていることに気がついた。長さも肩甲骨を覆うくらいまで伸びていた。不思議に思ったが、特に気にすることもなく無惨は身を清めて浴室を出た。身支度を整えると、テーブルに置いた蓬色の帳面を手に取り、椅子に腰掛ける。内容を改めている途中、時折喪失感に襲われてポロポロと落涙しながら、記憶の中にある今までの青い彼岸花についての研究資料と照らし合わせる作業に没頭した。


     それから時が経って現在、炭治郎を失ってから五度目の夏が来た。無惨は変わらず青い彼岸花の探索を続けている。
     炭治郎が残してくれた資料によると、青い彼岸花は日中しか咲かないらしい。しかも陽が出ていないと花は開かない。蕾の状態だとそこらにある雑草と変わらない見た目をしているため探すのは困難だそうだ。したがって、青い彼岸花の探索をするのは陽射しの出ている間に行わなければならない。そして、極め付けは咲く時期すら限定されていることだ。通常の彼岸花よりも早く、七月中旬が目処らしい。
     それらの事実を知った時、無惨は妙に腑に落ちてしまった。通りで千年探しても見つからないわけである。時期が限定されている上、幾つもの特定条件を満たさないと花を咲かさない。一つでもズレればその年一度も開花しないことすらあり得ると言うのに、全てクリアしていたとしても鬼である無惨にとってはその状況自体が相当ハードルが高い。人が陽の種族であるとすれば、鬼は月の種族である。陽が高く登っている間に動き回るだけで危険が伴うだけでなく、その中で探し物するなんて思いつきもしなかった。
     目撃者だっていないも同然だろう。炭治郎によれば今無惨がいるこの山の中域付近付近で見られると言うことだが、あれから五年経っても見つけられていないわけだ。

    「この辺りのはずだがな……。もう何往復したか分からん」

     帳面を開き、炭治郎のメモを確認する。
     それによると、青い彼岸花の生息域には近くに川が流れているそうだ。背の高い木々が生い茂る中で、そこだけくり抜かれたように日当たりが良い場所に小さな花畑があるらしい。
     この山には小さな川が三本ほどある。どれも大きな川ではなく、そのうち二本は雪解け水が流れているような細いものだ。残る一本も精々幅が五メートルほどで、山頂付近にある滝壺から流れているものだ。炭治郎の言っているのはこの川のことだと踏んで捜索しているのだが、当てが外れただろうか。

    「…………ふぅ」

     青葉の木漏れ日とは言え、夏の陽射しは堪える。少し休憩をしよう。

    (川辺なら少しは涼しいだろうか。日陰になっている場所があれば良いのだが……)

     無惨は丁度良い日陰を見つけて、そこにある小さな岩場に腰掛けた。断層があり、小さな滝ができている場所で、今の太陽の位置ならばその影に隠れれば日に当たることはない。笠を脱げば付属している遮光レースも外れて開放感にホッと息をついた。久しぶりに新鮮な空気を吸った気がする。冷たい水を顔にパシャパシャと当て、持参した手拭いで拭うと、より清涼になって思わず目元が綻ぶ。
     ふと視線を感じて顔を上げると、頭上より少し高い崖の上に栗鼠が居た。何やらこちらの様子を伺っているようだ。小さな花をヒクヒクさせ、尻尾がピクピクと動いたかと思えば、スルスルと崖を下って無惨のすぐ側までやってくる。

    (……珍しいこともあるものだ。動物の方から私に寄ってくるとは)

     無惨も別に動物嫌いではない。特に好きというわけでもないが邪険にするほど不快には思わないので、自身の尻尾を追いかけてクルクル回ったり、急に止まって頭を掻いたりしている姿を何もせずただ見下ろしていた。

    (そういえば、炭治郎は動物によく好かれていたな。言葉が分かるとか言って、森に遊びに行っては野生動物達と戯れていた。……)

     思うところがあって、毛並みに触れてみようと岩について支えにしていた指をソッと伸ばす。すると、栗鼠が一瞬ビクッと後退したので、反射的に少し腕を引いた。気を取り直してもう一度指を近づけてみると、今度は栗鼠の方も驚かず手の甲に乗ってきた。持ち上げるとそのまま腕を登って肩に乗り、うなじを通って反対側に顔を出す。予想外のことで無惨は少し驚いたが、栗鼠が無惨の後ろに咲いていた向日葵の種を拝借しているのを見て、クスッと笑った。

    「私を土台代わりに使うとはいい度胸だな」
    「チチッ」
    「ふふ。まあよい」

     声に反応するように振り向いた栗鼠の頬はパンパンに膨らんでいた。まるで大福よう。ツンツンと突いてみるも、栗鼠は嫌がる素振りを見せずせっせと種摘みに夢中になっている。
     それにしてもこんなところに何故向日葵が咲いているのだろう。日当たりも悪いし、それに一本だけなんて珍しい。こんなふうに種を採った栗鼠が偶々落としたりしたのだろうか。
     不思議に思いながら、無惨はスッカリ懐いた栗鼠の尻尾に指を絡ませてみたり、背中を撫でてみたりする。存外可愛らしいものだ。

    「お前、炭治郎に会ったことはないか? 青い彼岸花を見たことはないかね」
    「キュキュッ」

     ピタッと動きを止めた栗鼠は、無惨を振り向きキュピと顔を傾げた。ピルピルと耳を動かし、ササッと無惨の腕を伝って岩場に下りる。そしてもう一度無惨を見上げると、今度は背を向けて山の中に姿を消した。

    「ついて来いと言うことか……?」

     何となくそんな気がして、無惨は遮光レースのついた笠を被り直し、栗鼠の消えた方へ行ってみる。少し歩くと、枝の上に栗鼠がいた。栗鼠はこちらを確認するなりまた走り出す。どうやら本当に道案内をしてくれているらしい。無惨は滴る汗を拭いながら、栗鼠の後を追いかけ獣道を進んだ。
     やがて、大きな岩の上で栗鼠は止まった。追いついた無惨はやっとかと思いながら岩を登り、頂上からその向こう側を見やった。そして、そこから見える景色に瞠目し、言葉を失った。
     巨大な岩の下に広がる平地には可憐な花々が円を成していた。周りは天高く伸びる木々に囲まれているそこには陽光が燦々と射し込んでおり、まるで何かの聖地のような神々しささえ感じさせる。
     その中に一際青く美しい背の高い花があった。近くで見ずともそれが探し求めていたものであると確信した。

    「チチッ」
    「! ………なんだ?」

     頬袋の膨らみを元通りにして戻ってきた栗鼠は、無惨の足元から螺旋状に登ってきて肩まで来た。何か言いたげな様子だったので、手のひらに乗せて目を合わせてみると、栗鼠はピョンッと手のひらから飛び降りてしまった。

    「あっ、おい!」
    「キュイキュイ」

     慌ててレースを捲って探してみると、栗鼠は既に花畑の中にいた。無惨もカンッと下駄を鳴らして岩から飛び下り、花畑に近づく。日向と日陰の境目で一瞬立ち止まり、黒幕の中に身体がしっかり収まっているのを確認してから恐る恐る花畑に足を踏み入れる。
     栗鼠は青い彼岸花の上に乗って無惨を待っていた。近くで見ると本当に美しい花だ。不死の毒の源に相応しい花だと思う。無惨は栗鼠の小さな額を指先で撫で、連れてきてくれたことへのささやかなお礼をした。栗鼠は満更でもなさそうにクシクシと頭を掻いて、また無惨の肩に乗ってくる。どうやらその位置がお気に召したらしい。

    「ついに見つけたぞ、炭治郎。お前のおかげで、私の悲願が叶うかもしれない」

     そう言うと、記憶の中の炭治郎も笑った気がした。
     日に当たっている花に触れることは出来ないので、無惨はしゃがみ込み、笠から落ちる黒幕の中に花を入れてからその花弁にソッと触れた。
     それから何本か研究のために青い彼岸花を摘んで、無惨は日向から大岩の影に移る。まだ陽が高いのでここで日が沈むのを待ってから山を下ろうと思い、笠を脱いで大岩を背にして地面に座る。
     そういえば栗鼠はどうしたか。いつの間にか肩から居なくなっていた。キョロキョロすると、栗鼠は無惨の隣で摘みたての向日葵の種を齧っていた。

    「ふふ、随分懐かれたものだな。わざわざ隣で食わずともよかろうに。……?」

     栗鼠の後ろに何かあるのを見つけ、無惨は好奇心に従って前のめりになりそれを掴んでみる。地面に埋まっているらしいそれを引っこ抜き、浮かせた尻を下ろして見てみると、それは透明な瓶だった。コルクで蓋をされ、中には薄汚れた紙のようなものが筒状に丸まって入っている。
     開けるかどうか少し迷ったが、無惨はポンッとコルクを抜いた。斜めにして中身を取り出してみると、それはやはり紙で、紐を解いて開いてみると内側には文字が綴られていた。

    「ッ! これは、炭治郎の……」

     一目見て分かった。炭治郎の字だ。無惨はハッとして、丁寧に紙を伸ばし中身に改めて目を通す。所々ボヤけているが読めなくもない。他人宛だとは思えなくて、無惨は食い入るように手紙を覗き込んだ。

    【   拝啓 鬼舞辻無惨様
     これを読んでいるということは、俺は死ぬ前に無惨様にちゃんと手帳を渡せたということだね。よかった。怖気付いて渡せずに終わっていたらどうしようかと思っていたけれど、俺も案外やる時はやるんだね。
     青い彼岸花は咲いていた? この花は本当に特殊で、開花の時期も時間も短いし、しかも日中陽の光に当たっている時にしか咲かないから、見つけるの大変だったでしょう? 分かりやすい目印とか置ければ良かったんだけど、俺には柱の監視が着いていたから変に疑われる訳にも行かなくて、帳面に記録するくらいしか出来なかった。この手紙は願かけみたいなものかな。無事に見つけて読んでくれてありがとう。
     ちなみに俺がこの場所を知っていたのは、小さい頃母さんに連れてきてもらったことがあったからなんだ。記憶を取り戻した時に思い出した。辛い記憶もあるけれど、やっと無惨様のお役に立てたから思い出せてよかったと思ってる。
     ごめんね、無惨様。下らない恋人ごっこに長いこと付き合わせてしまって。本当は気づいていたんだ。振られるよりもずっと前から、無惨様が俺に興味なんてないことも、俺の片想いだってことにも。
     でも俺無惨様のこと大好きだから、一番近くに居られる口実が欲しくて黙ってた。たとえ無惨様にその気が無くても、傍にいることを許してくれたり、触れさせてくれたり、お出かけしたり、万年筆をくれたのもとても嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。それだけで幸せだった。
     ありがとう。俺の愛してるって我儘を受け入れてくれて。貴方の隣を歩かせてくれてありがとう。俺はこれからもずっと貴方の幸せを心から願っているよ。
     地獄からでもこの祈りが届くといいな。
     どうか貴方が末永く、暖かな陽の光に照らされた当たり前の幸せを全うする事が出来ますように。
                  敬具 竈門炭治郎 】


     便箋三枚に渡る手紙を読み終えた無惨は、やっと一つ瞬きをした。シトシトと静かに頬を濡らし、輪郭を伝ってパタパタと着流しに水跡を残していく。息は震え、便箋を持つ指に力が入ってしまい皺がついてしまっている。
     これ以上汚さないように丁寧に巻き直し、瓶に戻そうとするとまだ中に一枚の紙が入っていることに気がついた。無惨は袖口で涙をグイッと拭い、瓶の中に二本の指を差し込み挟んで取り出す。

    「写、真……?」

     写っているのは炭治郎と無惨だ。白黒の写真だが無惨には色が写って見えた。記憶と重なる。炭治郎と美術館に出かけた日の帰り道、自称フォトグラファーと名乗る子生意気な少年にせがまれ撮ったあの写真だ。

    「いつの間に、持っていたのだな……」

     また炭治郎の知らない部分を思い知らされて、無惨は分かりやすく落ち込んだ。彼のことなら何でも知っているつもりで居た。小さな頃から見ていたし、成長してからもずっと側に居た。そのはずなのに、無惨は炭治郎の内面の大切な部分を何も知らない。いや、知ろうとすらしなかった。
     好きな色や綺麗だと思う花。好みの服装や美しいと思う景色。どんなメロディに胸が躍り、どんな物語に涙を流すのか。……どうして自分のことを好きになってくれたのかも、無惨は知らない。これからも知ることは出来ない。
     写真を裏返してみると、中央に文字が書かれていた。〝夢が叶った日〟。右下に小さく書かれた数字の羅列は恐らくあの日の日付だろう。思えば、炭治郎と擬似的に恋人関係になってから、二人きりの所謂逢瀬と呼ばれるものをしたのは炭治郎から誘われたあの日が最初で最後だった。
     好きな人と二人だけの時間を過ごす。
     そんな小さな願いしか炭治郎は望まなかった。
     否、無惨が望ませなかったのだ。

    「謝るのは私の方だ、炭治郎」

     嗚咽を噛み締め、声を震わせながら無惨は手紙をそっと胸に当てる。
     甘えていたのは無惨の方だった。炭治郎の愛が我儘だと言うのなら、無惨は彼にとことん甘やかされていたと言えよう。彼からの惜しみない愛に溺れ、初めて知るその感覚に酔いしれていた。
     結局、無惨から炭治郎に好意を伝えたことはただの一度もない。好きも、愛してるも、伝えようと考えたことすらなかった。それなのに炭治郎からその言葉が聞けなくなった途端、裏切られたと腹を立てた挙句、性懲りも無く彼をまた利用しようとしていたのだから、我ながら救いようがない。千年も生きていて自分の気持ちさえ正しく理解できていなかったなんて、滑稽にも程がある。

    (それでも、私にはお前しかいない……共に在りたいと思ったのはお前だけなんだ……)

     それはあの時の問いの答えだ。
     他の誰かではない。代わりなんて居るはずもない。隣に居て欲しかった。共に生きて欲しかった。青い彼岸花を見つけた今この時も、一緒に感動して喜びを分かち合いたかった。

    「お前はいつもこんなに苦しい想いを抱えていたのだな……私にはとても重くて抱えきれそうもない……」

     今なら分かる。この胸の痛みの正体。
     お前を思う度に感じるこの切なさが恋だというのならば、
     胸が張り裂けんばかりの苦しさが愛だというのならば、
     私は炭治郎に恋をしていた。
     私は炭治郎を愛していた。
     今もずっと、そしてこれから先も永遠に、この気持ちが冷めることはないだろう。



    【続】


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