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    rnx005th

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    rnx005th

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    寂左馬のはなし。短いです。

    慣れとプライド 186cmは決して小さくはない。むしろ男でも大きい方だと左馬刻は思っている。思っていた。この男に出会うまでは。

     神宮寺寂雷。世界的名医である。紛争地帯を転々としていたという彼の名前は、顔を合わせるずっと前から左馬刻も知っていた。いや、国内であれば特に知らない方が珍しいぐらいだ。その容姿には特段興味もなかったが、大層な名前の嫌味なジジイだろうぐらいに思っていて、覆された。自分を越える長身にスラリと伸びた手足、端正な顔立ち。粗悪であっただろう戦地でどのように保ったのかと不思議な程に美しく手入れされた長い髪。涼やかな目元に似合う自分と対象的な色の瞳に、少し下がった眉尻は嫌味さの欠片も感じさせなかった。

     清廉を絵に描いたような男だとチームを共にして思ったが、これも直ぐに覆された。弱い者を守るのは当然と仏のように振る舞い癒しのスキルを扱う反面、攻撃に転じた際の容赦の無さや冷徹さは鋭いナイフを思わせた。直接殴る蹴るはしないにしても敵の腕を捻りあげる所作は手練のそれで、初めて目の当たりにした時は正直驚いた。加えて負けず嫌いなところや垣間見える傲慢さに、多少の無茶なら厭わないその姿勢に自身との共通点を見出し興味を抱き、惹かれるのにそう時間は掛からなかったように思う。

    「私の顔に何かついている?」

      眺めていた横顔が不意にこちらを向き左馬刻は思わず別にと呟き顔を背ける。寂雷の家へ向かう途中、人気のない住宅街に入ってから左馬刻は歩きながらにその横顔をずっと見ていたようだった。10cm近くの身長差がある為に寂雷の視線は少し下がっている。いつもこうだ。寂雷からすれば当然の事であるが、左馬刻は時折見下ろされる事に不満のような感情を抱く。少々踵の厚いブーツを履いたってその距離は簡単には縮まらない。そりゃそうだ。寂雷だって裸足ではないのだから。深々溜息を吐いて、溜息の理由を問われては濁してと歩く内、辿り着いた寂雷の自宅に上がり込む。たまたまシンジュクに来ていて、たまたま寂雷とばったり出会い、後の予定を聞いたら家に帰って寝るだけだと言われて、寄って良いかと続けたら了承された。ただそれだけだった。
     玄関に腰掛けてブーツの紐を解き、スリッパに履き替え立ち上がる。左馬刻を待つように緩く腕を組ませて佇んでいた寂雷に並ぶとやはり見下ろすように視線を下げられた。まあ、当然の事なのだが。

    「先生ずりぃわ」
    「なんの事?」
    「そうやって見下ろしてくんの」
    「仕方ないだろう、私の方が少し高いんだから」

     寂雷からすればずるいと言われるのは理不尽に他ならない。欲しがって得た身長ではないだろうし、むしろ不便な事の方が多いのだと言われなくても分かる程だ。

    「見下ろされるのは嫌でしたか?」
    「時々。…あ、違ぇな。嫌とは違う」
    「これなら良いですか?」

     明確な答えを迷う左馬刻に言いながら、寂雷は身を屈めて同じ高さになるよう目線を合わせた。

    「馬鹿にしてんのかよ」
    「してないよ」

     寂雷の行動に片眉を吊り上げて目を逸らした左馬刻は、そのままズカズカと先立って暗い廊下を進んでいく。明かりを点けながらその背中を追って、勝手知ったる様子で寝室のドアに手を掛ける左馬刻に続いて室内に入った。
    上着を無造作に投げ捨て布団に潜り込んでしまう左馬刻の不機嫌の理由を探しても見当たらず、寂雷は寝間着に着替えてベッドに上がる。

    「何を怒っているんですか?」
    「怒ってねぇよ」
    「だって不機嫌だ」

     ぎしりとベッドの軋む音に布団から顔を出すと、自分の体を跨ぎ顔の両脇に手をついてこちらを見下ろす寂雷と目が合った。肩から滑り落ちる長い髪に周囲を閉ざされていき二人きりの空間が出来上がると、漸く口を開く。

    「アンタはいつも俺を見下ろすだろ」
    「それが嫌だった?」
    「嫌じゃねえから、なんか、ムカつく」
    「難しい事を言うね…」

     話し掛ける時自然と寂雷を見上げる事に慣れ、口付ける時踵を浮かせる事に慣れた自分。ベッドの上で、こうして真上から見下ろされる事に慣れた自分をどうしても許せなく感じてしまう時がある。だからって嫌かと問われればそうではなくて、その事が余計に左馬刻を苛立たせるのだった。


    ***

     ヤンチャそうな子だな。寂雷が左馬刻へ抱いた第一印象はこうだ。碧棺左馬刻、長身で銀髪。遠目からでもよく目立っていた。濃く長い睫毛に縁取られた真紅の瞳はいつも不機嫌そうに細められていて、挨拶をしても素っ気ない。年齢を尋ねると飴村乱数より一つ上だと聞かされて驚いた。随分大人びている。……否、基準を彼にしてはいけないのだろうが。
     
     警戒心が強く、チームを共にしてからも暫くは、恐らくこちらを信用していなかったのだろうと寂雷は感じていた。グッと距離が近付いたと実感出来たのは、ある一件で左馬刻が大怪我を負った後の事だった。
     一郎を庇って撃たれた左馬刻は、騒動の後高熱を上げて数日の入院を余儀なくされた。飯を食えば治るだとか、唾を付けときゃ治るのに大袈裟だとか騒がしい左馬刻も、包帯の上から傷の辺りを軽く叩くばかりで大人しくなった。
     
    「アンタって、性格悪ィって言われねぇ?」
     
     こんな事を面と向かって誰かに言われたのは初めてだったように思う。
     
     
     袂を分かった後も、それぞれが新しいチームメンバーを得てぶつかり合う事となってからも、寂雷と左馬刻はよく連絡を取り合っていた。お互いを利用し合っていた、というのが正しいのかもしれない。交流を続ける中でお互いの内に、それぞれ似た何かを感じ取り、それが何であるかを探るうちにいつの間にかそういう関係にもなっていて、自分の方が年上だからとか、行為に対する知識量なんかを盾にして寂雷はその立ち位置を得た。
     
    「先生ずりぃわ……」
     
     唐突にそう言われたのは、シンジュク繁華街でたまたま会った左馬刻を家に招いた時のことだった。家に着くまでの道中ずっと視線を感じてはいたのだが、何度その事を尋ねても濁されて、玄関に上がったかと思えば狡いときた。何の事かと問えば、どうやら見下ろされることが気に食わないようで、それならばと目線が同じになるように寂雷が屈むと馬鹿にしてるのかと左馬刻は顔を顰めてしまう。まるで自分が家主のような振る舞いで真っ直ぐ寝室に向かう左馬刻を寂雷は黙って追うしかなかった。
     
     幼少の頃からずっと背が高かった。背の順に並べば決まって一番後ろ。立ち話をする時は目線を下げるのがお決まりで、特に仕事中女性看護師と会話する時などは少し屈まなければならない事も多い。最早不便と感じる事もない、寂雷にとってはこれが日常なのだ。

    「何を怒っているんですか?」
    「怒ってねぇよ」
    「だって不機嫌だ」

     ベッドに潜り込んでしまった左馬刻の体を跨ぐようにして見下ろすと、やはり不満気な顔のままだった。この体勢のせいだろうか。不機嫌の理由を問う。しかし返ってきた言葉は予想とは違うものだった。

    「嫌じゃねえから、なんか、ムカつく」

     嫌じゃないからムカつく。寂雷には理解し難い言葉だ。そのまま感想を述べた後、バツが悪そうに揺れる左馬刻の瞳を追いながら考えた。
     嫌ではないのに腹が立つ。嫌ではないから腹が立つ。自分にとっては当たり前の動作が左馬刻のプライドを傷付けていたのか。となれば理不尽なものだと困ったような表情を浮かべる。身長差は変えられないし、それに伴う動作も恐らく変えられないだろう。
     会話の時、自然とこちらを見上げる。口付ける時は寂雷の首へ腕を絡めて踵を少し上げている。そういう何気ない行動を思い返しながら、改めて左馬刻を見下ろした。顔は正面を向いているのに、視線はいつの間にか思い切り逸らされている。

    「恥ずかしいんですか?」
    「違ぇ!」

     キッと向けられる眼差しは明確な怒気を孕んでいる。声を掛ける毎に不機嫌が増していく様子に、困ったなと寂雷は呟いた。呟いて、弁解の言葉を探すように視線をさ迷わせていると、不意に両手で横髪を掴まれ引き寄せられる。唇同士が重なると、反射的に、応じるように少し顔を傾けた。

    「……髪をそんな風に掴んだら痛いよ」
    「…うっせ。アンタは鈍感なんだよ」
    「ちゃんと口で言って貰わないと分かりません」
    「はっ…、ンじゃ一生言ってやんねぇわ」

     唇は重ねたままに小競り合う。傍から見たら、とても喧嘩をしているようには見えないだろう。
     
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