ハッピーバレンタインとか。 ●
今日は!
昨日買ったチョコを!
いっぱい食べようと思ってたのに!
……UGNに呼び出された。
なんでも、発見されたEXレネゲイド物品についての鑑定や見解が必要なんだとか。旧い曰くのモノなので……というワケだ。
うん。
面倒臭い。
なんでかっていうと――僕の嫌いなことのトップ3を教えてあげよう。
第三位、喉が渇くこと。
第二位、お腹が減ること。
第一位、食事を邪魔されること。
な?
「リモートでよくない?」
「実物が見れねえだろうが」
「僕より賢いノイマンがいっぱいいるじゃん」
「『長生き』してンのはおまえだけだろ」
「冷静に考えて行かなくていいんじゃない?」
「いつ冷静に考えたンだ?」
うだうだ言うと、朝食分の洗い物をしている奉一が的確に言葉を撃ち抜いてくる。そこまでスナイパーぢから発揮すんじゃねえ。
「ていうか呼びつけるなら迎えの一つぐらい寄越せよな~」
えら~い人も来るそ~なので、めんどくせ~けどスーツを着る。はあ~~~ネクタイ締めたら行かなきゃじゃん、つまりネクタイを締めなければ逆説的に行かなくてもいいってことでは? ……という旨の発言をしたら、奉一にペッと外に放り出された。顔にネクタイをペンッとぶつけられ、胸元に鞄をボイッと投げられた。1ヒット、2ヒット。文句を言う前にドアが閉まった。
「……かぁッ……このッ……ガキッ……」
はぁ。渋々、という形容を3回ほど。行きますよ、行けばいいんでしょ……廊下を歩きつつネクタイを締めた。締めました。はぁ。
――あ~あ、チョコ食いてえ~。一粒ぐらい持ってきたらよかったな。
まあ、仕事はちゃんとやりますよ。仕事はね……。
そんなこんな、えらいひととか、ノイマンのひととか、そういう人達と発見されたモノについてあれこれ見てきました。遺跡から出土したとかいうなんやかやで……まあ……結論から言うと僕にも奉一にも関係のないことでした。どっかのエージェントがうまいこと使うことでしょう。
で、これで帰れると思ったら大間違いなんだな。
「残野先生! お会いできて光栄です」
「ええ、XX教授。お噂はかねがね」
「先の論文の――刺激的な内容――たいへん感銘を――」
「それはどうも、ははは、いえいえ、そちらこそ」
とか。
「わたくしアールラボのXXと申します、古代種とのことで――ぜひラボに一度――」
「あ~すいませんそういうのは所属支部を通していただいて」
「ではもうおひとりの――」
「彼についても、同様の扱いで何卒」
とか。
「きみはにんげんだけど我々にだいぶんと近いね」
「……君は――レネゲイドビーイング、ゼノスの方かな?」
「そうだね。それで――」
「いろいろあったんですよ、長生きしてる分ね。……『プランナー』に伝言頼むよ、バレンタインなんだからチョコを頼むよって」
とか。
まあ、いろいろ。ほんとに。
つかれた。ほんとに。
ほんとに。
建物を出る。
夕飯にはまだちょ~~~っと早い、そんな昼下がり。
あー、おやつの時間ですね。
とっとと帰っておやつを食べよう。素晴らしいチョコレート達が僕を待っている。
バスとか使ってもよかったけど。
タクシーでとっとと帰りました。
嗚呼、我が家。愛しの我が家。約20年単位で移ろわねばならぬ流浪の止まり木よ。
ドアを開ける。玄関に草履がキチンと揃えられていたので、奉一が家にいることが分かった。
「ただいまぁ〜、奉一ぃ〜〜〜聞いてよ〜」
もうねほんと僕がんばったしがんばったんですよ。なんて言いつつ、『戦闘服』を着崩しながら居間へ――向かいつつ――顔を上げれば、いつもの座布団に座る奉一。険しい顔つき。瞬きもしないで一点を見つめる鋭い眼光。なんだなんだどうした? 彼の視線の先を辿れば……ちゃぶ台の上に鎮座する、赤い上品な紙袋と、黒い紙袋。
あ。昨日あのデパートで見かけたやつだ。
「もらったの?」
「………………………………」
えらい長い沈黙の後、奉一は。
「……………………買った」
人を殺しちゃったんですよ。みたいなシリアス顔で、そう言った。
「へえ~~~~! ああ、あのデパートにお出かけしたんだ? いいよね~それ! いいの選んだねえ! そこのメーカーのチョコはね中にチョコクリームが入ってるから齧ったりしないで一口で全部口に入れるんだよそしたら口の中でパリッと砕けて中からとろっとチョコクリームが出てきてその瞬間が本当に素晴らしくて食感も風味もお上品でそっちのメーカーのチョコはフランスの無形文化財企業のやつでとにかくチョコレートそのものの味わいと味のレイヤーの調和が素晴らしくて僕の個人的なオススメはスミレの砂糖漬けが乗ったやつなんだけどそれがね本当に綺麗で」
「うるせえ」
「あはは! ちょっと待ってて、コーヒー淹れたげる。僕も同じチョコ買ってるからさ、一緒に食べようよ」
「………………………………」
「ね?」
「…………………………分かった」
うん、今日もハッピーエンドってことで。
『了』
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●幻班 通過前幻覚1000000000000000%
「これはなんですの? ……チョコレートの……ケーキ? わあ……こんなの初めてですわ! すごいですわ! わあ……! 食べていいんですの?」
イントネーションを完全に無視した、文字だけならば、まるで世間知らずのお嬢様。
実際は……物凄く濃い関西弁を喋る、強面の屈強な成人男性なのだけれど。
「ええ、どうぞ」
男が微笑みかければ、盲目の青年は「えろうおおきになあ!」とズタズタの目蓋で目を細くして笑った。
「これは――何色ですのん? どんな見た目してる? 上になんか乗ってる……?」
形は分かる。円から切り出した三角柱型。上に何か乗っている。多分。首を傾け、侠太郎は輪郭を探る。
「色は、濃くてやや赤みのある深い茶色です。しっとりとした質感ですよ。上にはイチゴを乗せています。上から粉砂糖をまぶしていて……粉雪を被ったような見た目になっていますよ」
「へえ~~~ハイカラやのう。これ自分が作らはったんやろ? 器用なやっちゃのう、すっごいわあ……俺こんなん初めてですわ、すごいのう、すごいのう」
右手に『義指』はあるけれど、生の手の方が動かしやすいので、侠太郎は生活に使用するのは専ら左手である。その手に、伊緒兵衛はフォークを差し出してやった。青年はそれを握るが……
「……なんや食べるのが勿体ないのう~~~」
「君が食べる為に作ったんですから、食べない方が勿体ないですよ?」
瑞々しい反応に、男はくすりと笑った。「それもそやな」と侠太郎も笑う。
「ほな、いただきます」
――ケーキはイチゴから食べるタイプ。
『了』