サーカスの幕間に ●
調味料が切れちゃって。ちょっとひとっ走り買ってきてくれない?
というワケで。
小柄な座長をその背に乗せて、白い獅子が街道を疾駆している。風に揺らめく草原の中、きらきら輝く白い毛皮は人目を引く――
「まあ、見て。白いライオンが走っているわ!」
街道を行く馬車。それに乗った貴婦人が、驚きの声で御者に言う。
「なんぞ聞いたことがございます、奥様。なんでも『サーカス団』だとか――」
「サーカス? まあ! 昔々、小さな頃に見たことがあるわ!」
御者の声に、貴婦人は思わずと車窓から顔を覗かせた。その目はかつてサーカスを見た時のように輝いている――
「パパ、あのひと僕らのこと見てる!」
「そうだね、少しご挨拶しようか」
レオンが声を弾ませれば、ヘルツはニコリと微笑んで、その白い背をポンとたたいた。そうすれば白い其達は、馬車へと身を寄せるのだ。
「どうも、フローライト・サーカスです。よければ見に来てくださいね、素敵なひとときをお約束しましょう」
馬上ならぬ獅子上のヘルツは、飾り帽子をひょいともたげて。そこから手品のように――いや、文字通りの手品だ、取り出し差し出したのは一輪の花。貴婦人がそれを笑顔で受け取れば、レオンが勇ましく吠え声ひとつ。馬が驚き足並みが乱れる、馬車が揺れて御者が慌てる、貴婦人は「きゃあ」とビックリして身体を支えて。
「失礼!」
その間に、座長を乗せた白ライオンはあっという間に向こう側。残された御者と貴婦人は、くすりと微笑むのであった。
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華やかな賑わい。本来なら明日に到着する予定の街。其達の空を駆けるような速さがあればあっという間で。
「ありがとう、レオン。疲れてない?」
「平気! いーっぱい走って、楽しかった〜!」
にゃあん。甘えるように鳴いて、『パパ』を下ろしたレオンは喉をゴロゴロ、ヘルツに大きな身体をすりつける。ちょっと前まで子猫同然の小さなサイズだったのに、今はもう誰よりも大きい。
さて、レオンはケモノではなく其達だが、見た目が猛獣ゆえそのまま往来を行けば流石に人々を驚かせてしまうし、なんなら憲兵が飛んで来かねない。ショーでドッキリさせるのは好きだが、無闇矢鱈に驚かせるのは本意ではない。ので――レオンはハイティーンの少年の姿へと変じた。曰く、「お星さまに願ったらできるようになった」という力。
「行こ!」
獅子のような凛々しい青少年は、幼い笑い方で『パパ』を見下ろす。「うん、行こうか」とヘルツはレオンと共に大通りへと歩き出した。
ポケットをごそごそ。買い物メモを見る。メインである調味料と、「ついでに買ってきて!」と頼まれたあれやこれや。「見せて見せて見せて」とレオンが幼児のようにねだった。いいよーと見せてあげるが、まだ文字はあんまり読めないライオンは「んー分かんない!」と無邪気に笑った。
寝る時に絵本の読み聞かせをしたり、簡単な数の概念を教えたり……今はそれの真っ只中だ。「いつか読めるようになるさ」、とヘルツは笑う。なんせ言葉を喋れるようになったのだ。読み書きと計算だってできる可能性は大いにある。
「ふふん!」
レオンは得意気だ。愛されて育ったこの子は、優しさと愛しか知らない。――ヘルツにとって、自慢の『息子』だ。時が止まったような摩訶不思議の団員ばかりの中で、明確に成長して移ろいゆく、眩い存在。
「迷子にならないようにね。馬車に轢かれたら危ないし、レオンは強いから人間とぶつかったらケガさせちゃうかもしれないから、急に走ったり飛び出したりしないように」
「はーい! 一人でどっかいかない、急に走らない」
聞き分けのいい子だ。ヘルツや皆の愛の賜物である。――まあ、ヘルツの生首が目の前でコロコロしちゃった時とか、たま〜に本能に負けちゃうこともあるのだが……。
(あれ目が回るんだよな〜……)
でかい前足にちょいちょいコロコロされるやつ。爪を出さないのは本当に偉い……と言うべきなのか。
とまあ、おつかいだ! レオンもヘルツも、好奇心のままに大通りを見回した。客引きの声、ずらりと並んだ様々な商品、行き交う人々。
「わぁ〜……!」
年齢を思い出せない屍なれど、どうやら享年が幼いからか、ヘルツの心には子供がある。わくわくするような心地が込み上げてくる。
「見て! りんご。きれい! ぴかぴか」
「わ、ほんとだ。大粒のルビーみたい。美味しそうだな〜……皆の分、買っていこうか」
レオンが指さしたリンゴを手に取る。ずっしり重くて瑞々しくて……とってもとってもおいしそう。団員分、お買い上げ。早速お買い物リストにないものを買ってしまったが、ここにいるのがヘルツとレオンでなくたって、こんなに綺麗なリンゴを見たら、きっと皆の分を買っていたに違いない。
……次からは真面目にお使い。指定されたサイズのネジや歯車などからくり道具。舞台の為の化粧品。衣装や衣服の為の生地に糸。おっと、メインの調味料もお忘れなく。
「よし、全部買った!」
リストを指差し確認、ヘルツはミッションを果たしたことを確認する。荷物は力持ちのレオンが持ってくれていた。
「できた やったぁ!」
「思ったより早く済んだね。よかった――」
皆が待ってるし帰ろうか、と言いかけたところで。
ヘルツの目に、往来で綿菓子を作っている商人が映った。魔法で熱した風で砂糖をくるくる巻き込んで、ふわふわの雲のような綿菓子を作っている――それを細い串で絡め取ると、人々へと売っていた。周りは子供達が集まって、すごいすごいと目を輝かせている。大人気だ。
「レオン、あれ食べよ!」
「雲って食べられるの?」
「あれは綿菓子、お砂糖で作るふわふわのお菓子だよ。ほら見て、レオンのたてがみみたい」
「……ほんとだ! かっこいい……」
子供達の中に並ぶ子供達。片や年齢不詳、片や其達だが、欲しいものはしょうがない。
綿菓子職人は笑顔で、砂糖をくるくる、ふわふわ、綿菓子に変えて。きらきら、砂糖粒が瞬く。子供達の歓声。
「――はい、どうぞ」
そうしてヘルツ達に差し出される、二つの大きな綿菓子。「どうもありがとう」と声を揃え、二人は感動の目で綿菓子を見た。
「食べていいの」
「いいよ!」
せーの、で一緒に頬張る。ふわふわ、だけど口に入れれば雪のように溶ける、甘い甘い幸せの味――。
「甘い! おいしい!」
「わ〜〜おいしい!」
流石に綿菓子はお土産にはできないか、持って帰る途中でしぼんでしまいそう。だからこれは二人だけのご褒美。
そうして綿菓子を食べたなら。
町外れ、レオンは荷物をヘルツに託すと、再びライオンの姿へ。荷物を背負ったヘルツがその背にまたがる。
「買い忘れなし、っと……それじゃあ『我が家』に帰ろうか、レオン!」
「にゃうん!」
甘えた声で鳴いて。――疾風のような白い獣が、神の創りたもうた大地を軽やかに駆けていく。
『了』