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    星に願いを2025.6.15にて開催される『今夜、シアタールームで』で発行の秀鋭本のサンプルです。
    小説本 文庫サイズ34P/300円
    ※ミツフルのネタバレ、シーン捏造を含みます。

    桜もほとんど散り、新緑が鮮やかな色を見せ始めている。
    事務所から駅の道、ところどころが薄桃色に染まった道を帰るタイミングが一緒になった鋭心先輩と二人並んで歩いていた。
    学校や生徒会の話や事務所メンバーが最近受けたという仕事の話。とりとめもなく話すうちに、先日三人揃っての出演が決まった映画についての話題に移っていく。
    『ミツフル!~三ツ星フルスロットル~』は十代女子をターゲットにした恋愛小説で、ヒロインを巡った様々な恋模様を描いた所謂青春ラブコメだ中心メンバーは全員生徒会役員で、ヒロインが正義感の強い生徒会に入ったところから物語は始まる。現役で生徒会役員を務める高校生を演じる上でこれ以上ないアドバンテージを持っている俺達に、オファーがくるのもうなずける。それに鋭心先輩にとっては尊敬する映画監督からの出演依頼ということもある。監督の作品傾向について語る先輩が始終嬉しそうな雰囲気を抑えきれずにいるのがなんだか和む。
    「色々なテーマで作品を作っている監督だが、恋愛がメインの学園映画は今回が初めての筈だ。監督の持ち味である心に響くヒューマンドラマを描けられるよう、俺達が頑張らなければな」
    細かな表情の変化や肌で感じられる空気感。小説の文字で想像していた色々なシーンに俺達がこれから肉付けし鮮やかに色をつけていくんだと思うと、鋭心先輩と同じくらいそわそわしてくる。
    撮影は二週間後。どのような演技が求められるのかという話は自然、女の子向け作品では特に大切な“恋愛”に関する演技についての話題になった。そしてその演技をする上で必要な、“恋愛経験”についても。
    「百々人先輩の学校は女子が多いからそういう話題が出やすそうですよね。鋭心先輩の所は逆に男子が多いですけど、男同士だからこそ周りの目を気にせずに話してるやつとか、いたりしませんか?」
    興味本位の質問ではなく、学生の恋愛という題材の映画に出演する上で何か参考になるような経験や話を聞いたことはないだろうか。そう改めて聞いてみれば、ふむ、と顎に手を当てたままその視線が宙を泳ぎ出した。
    最強の生徒会長の噂は他校にも流れてくるほどではあったが、色恋沙汰についての話題は皆無。事務所での反応からしても、いくら完全無欠の生徒会長であっても学業以外のことに関してはやはり門外漢のようだった。
    「秀はどうだ?百々人のように相談を受けたり、周りでそういった話題が上がることはないだろうか」
    「いえ、俺もそういったことには全く関わってこなくって……」
    女子達の集団が部活動中の男子を盗み見(といってもバレバレだが)してはきゃあきゃあと高い声を上げている姿や、クラスの男子がどのクラスの誰々がかわいいなんて話をしているのを見たことがないわけではない。けど正直、そういう事に現を抜かすよりも自分の世界をよりよくするための創作活動に時間を割く方が有意義だと思っていた。学業と生徒会と音楽と時々ゲーム。その他俺を形作る色々なものの中に、恋愛のれの字も入ったことはない。
    不要だ、と頭から切り捨てるんじゃなくてなんでも経験だと少し触れるくらいしても良かったかもしれないな。そう思っていると、鋭心先輩の口がおもむろに開かれた。
    「意外だな、秀程の良い男なら、陰で好意を寄せる女子が多くいると思ったが」
    「いっ……?!」
    驚いて少し上にある顔を見上げれば、鋭心先輩の口角が悪戯気にほんの少しあがる。その表情に、何故か心臓が大きく跳ね上がった。
    「……鋭心先輩こそ、卒業式とかで学ランのボタン全部持っていかれそうですよね」
    「生憎、剣羽は制服にボタンがついていないのでな」
    珍しい鋭心先輩の冗談に、はは、と笑ってみたものの、顔は少し引き攣っていてうまく笑えた自信がない。鋭心先輩が人を褒めるなんて珍しい事じゃないのに、なんでこんなに驚いてるんだろう。その理由に思い当たらないまま、変な動きをした心臓をなだめる様に、小さく息を吐いた。




    「え……?」
    「どうした、秀」
    「あの、本当にするんですか?その……」
    「ああ。原作にはない展開だが、小説ファンにも人気のシーンで雪斗の強引さも際立つ場面だ。ここを見せ場の一つにするのはどうかということになってな」
    確かに見せ場になるだろう。だって、原作にはキスシーンなんて、なかった。
    まじまじとその顔を見つめる。恋愛経験がないってことは、好きな人とのファーストキスだってまだだろう。けれど鋭心先輩は演技にとても真摯な人だ。求められるならキスの一つや二つ、問題ないのだろう。先輩の顔には羞恥心や困惑、といった感情は何も乗ってはいなかった。
    「まだヒロイン側の役者の回答がないそうだが、あちらがOKであれば追加シーンをいれたいとのことだ」
    「そ、うですか……」
    「秀?」
    俺の視線は鋭心先輩の唇に固定されていた。薄く、ほんのりと赤みのさしたそこから目を離すことができない。
    「いえ、何でもないです」
    何でもないわけがない。最近の俺は、なんだかおかしい。
    結局、ヒロイン役の女優からのOKが出なかったためにキスシーンは見送られることになった。
    ただ、寸止めなら良いという折衷案も出てしまったようで、ほぼ予定通りの演出が盛り込まれることになったのを俺が知ったのはそのシーン撮影が始まってからだった。




    「う、わ……」
    今日は鋭心先輩演じる雪斗が、ヒロインに対して少し強引に迫る、例のシーンの撮影があった。
    言い合いをしていた二人が足をもつれさせて所謂壁ドン状態になる、というありきたりな場面だが、今までになく顔を近づけた二人がそのまま会話を続けていく。吐く息が絡みそうなほど近い距離になった二人。産毛も映り込みそうなくらいの至近距離で、カメラ班が撮影をしている。別シーンの撮影が終わった俺と百々人先輩は撮影スタッフの後ろから邪魔にならないよう見学をさせてもらっていたのだが、二人の演技力がすごすぎて思わず声が漏れかけた。幸い距離的にもマイクには拾われない音量だったが、思わず自分の口を手で押さえる。
    「なんか、見ててドキドキしちゃうね」
    隣からこそっと耳打ちする百々人先輩の言葉に小さく頷く。けど、その全てには同意しきることはできなかった。胸がドキドキする、それだけじゃない。より良いシーンを撮ろうと何故もテイクを重ねる先輩がヒロインに詰め寄る姿を見る度に、何故か心臓が締め付けられるような痛みを訴えた。この苦しさとかずきずきとした痛みは、一体何なんだろう。
    その理解のできない感覚は、そのシーンの撮影が終わってからもしばらく残り続けた。
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