初詣年末から正月休みまであちこちに引っ張りだことなっていた351プロの面々をサポートしつつ、遅い正月休みを貰えたのは三ヶ日が過ぎ、正月ムードもだいぶ落ち着き世間は日常の生活に戻りつつあった。
休みを合わせ、昨晩の仕事終わりからそのまま俺の家に泊まり込んでいた雨彦と昼近くまで惰眠を貪り簡単に朝食を済ませた後、せっかくなら近くの神社へ一緒に初詣に行こうということになった。
何時もより荷物が多いなと思っていたが、雨彦がとっておきだと取り出したのは男性用着物の一式。去年立て続けに和装の仕事が舞い込んだ際、俺が妙にそわそわとしていたのに気づいていたらしい。
すらりとした長身に薄灰色の着物と濃い同色の帯と羽織が良く似合う。
慣れた手つきで着替え終わった雨彦が、どうだい?と両手をすこし広げて見せてくれるのが愛おしい。そのまま抱き着いてしまいたい衝動にかられたが、せっかく綺麗に着つけた着物を崩すのも何だし、これから神様に一年のご挨拶をするというのにそんな煩悩まみれで向かうのはいただけない。除夜の鐘でもお前さんの煩悩は払いきれなかったみたいだなと雨彦が笑うが、いくら払ったところで目の前に色気の化身みたいな男がいたら無限に湧き出るもんだろうが。
昨晩は日付が変わる手前に家に戻ったから、触れ合うよりも遅い飯を食って寝る方を選んだ。お互いにそう若くもないしな。そういやキスすらしていなかったな、やっぱり煩悩だいぶ薄れてるのかも……。なんて考えていると右手にひんやりとした手が触れて思わず飛び上がりそうになった。
見れば雨彦の白い手が俺の手にそっと重ねられる。
「……ダメかい?お前さん」
そんな、かわいらしく小首を傾げられたらダメとは言えないだろう。
通りに人気がないのを確認して、神社の近くまでと条件をつけその手を握り返す。そうするとうれしそうにその瞳が細まる。
白く長い指はその色の通り体温をほとんど感じられなかったが、繋いだ個所から素直に俺の熱を吸い上げゆっくりと温まっていく。
横目でちらりと顔を見上げれば、何時かの時のように鼻の頭を赤くしながらも随分とご機嫌な顔をしていた。
15分程人気の少ない路地を選んでこそこそと歩いた先、神社はもうすぐだ。
三ヶ日は過ぎたものの今年はその後に土日が続いたのもあってか、人出はそこそこあるようでざわざわとした活気が向かう先から感じられる。
足の歩みを少し緩め、随分と温まった手が少々名残惜しいが、そっと握っていた手から力を抜く。こちらをじっと見つめた雨彦は少し肩をすくめ、俺の手からその白い手を離した。
正直なところ、もう少し、と甘えてくれるかとほんの少しだけ期待していた。
あっさりと俺の前を歩いていく雨彦をぼんやりと見送りかけ、慌ててその背中を追いかけた。
「あれ、雨彦?」
参拝を終えて人混みから抜けたところで隣に雨彦が居ないことに気が付いた。
きょろきょろと当たりを見渡せば長身のおかげですぐにその姿をみつけられた。どうやら参拝客に向けたで店で何かを買っているらしい。
「お前さん」
「何か買ったのか?」
ゆっくりとこちらに戻ってきた雨彦が両手で何かを包み込んでいる。それを覗きこんで見れば、小さな紙コップになみなみと注がれた白い液体。ふんわりと酒精を含んだ甘い香りが漂う。
「……甘酒?」
「ああ、たまにはいいかと思ってね」
嬉しそうにそう言うので、確かに正月らしくていいな、なんて返しながらまだまだ増える参拝客を横目に帰路へとついた。
「……雨彦って猫舌だっけ?」
「いいや?」
神社を出て、自宅までの帰り道。行きはぽかぽかと温まっていた手は現在、外気にひんやりと冷やされていた。というのも雨彦の両手の中には先ほど買った甘酒が未だ鎮座していた。
子供でも飲み切れる程で大した量でもないのだが、それを口付けることなくずっと抱えているので両手がふさがっているのだ。
「……甘酒、冷めないか?」
「ああ、そうさな」
ちらちらと視線を送ったり声をかけても、雨彦はこちらを見ずに素知らぬ顔をしている。いや、絶対分かっているだろ、お前。
「雨彦~~」
「はは、悪い」
やっとこちらを向いてくれた雨彦の目は狐のように細まっていた。やっぱりからかっていたか。
「……いけずなお前さんの代わりさ」
「へ?」
「手はぬくまったが体は少し冷えてきたな。早く帰ってこたつに入ろう」
「え、うん、え?」
ぐい、と甘酒を一気にあおった雨彦がスタスタと何時もより早歩きで先を急ぐ。さっきまで何ともなかった雨彦の耳が赤く色づいていたのに数秒後やっと気づいた。数歩先の距離を駆け寄って、左右に揺れる袖の下の指先を捕まえる。
「家の中でも手、繋いどこうか」
「ちょっとばかし、俺を甘やかしすぎじゃないか……?」
そう苦笑交じりの言葉が返ってくるが、こんな小さなことで甘やかしになるんならでろでろになるまで甘やかしてやるしかない。
手の中の大切なぬくもりをより強く握り締めて、家まであと少しの距離を急いだ。
****************
「ん、おまえ、さ、ぁ……」
繋いでいた手は暖かかったけれど、それ以外はしっかり冷えた。
初詣から帰ってきた俺たちは冷えきった体を温めるべく、玄関に入ってすぐその身を抱きしめあい、その流れで唇も寄せた。軽く舌を絡ませながら、冷たく少しかさついた唇の感触にこれはいけない、リップクリームあったっけと少しばかり恋人の関係から逸脱した考えをしたところで下唇を軽く噛まれる。痛い。
「……よそ事を考える余裕があるのかい、お前さん」
「お前の事ではあるんだけど……っておい」
雨彦の白い指が俺の下肢へ伸び、まだ反応していないそこをなぞる。そのいやらしい手つきに理性のタガが外れかけそうになるがまだ玄関だ。
「俺はここでもいい。お前さんと早くしたい」
「理性焼き切るようなこと言うなよ~~~せめてベッド行かせて」
気持ちは分かるが玄関の気温は外とそんなに変わらず、風がないだけで多少マシってくらいだ。こんなところでおっぱじめて風邪なんてひかせられない。それに硬い床の上でしたら絶対明日は足腰立たなくさせる自信がある。だから指先でカリカリするのやめてくれって。
「そ、それに着物…しわになるし汚すから……」
「俺は気にしない」
「着物のクリーニングってすっごい高いって聞くんだけど?!」
「お前さんのために着たのに」と拗ねた顔をする雨彦をなだめ、着替えてくるようにと一旦寝室に押し込んだ。のろのろと炬燵の中に潜り込み、はぁと一息つく。
着物姿の雨彦は本当に綺麗でかわいくて、あの清楚な姿を乱したいという気持ちは勿論あった。ないわけがない。けれどそんな欲望抱えたまま軽率に抱いたら一回や二回で止められる気がしなかった。それに雨彦が持ってきた着物はご実家から取り寄せたそうだが素人目にみてもかなり上質な物だと分かっただけに下手な扱いができなかった。ぐしゃぐしゃどころかドロッドロにしかねないしクリーニングどころかもう着られなくしてしまいそうだ。というかそんな状態の着物をクリーニングに出すのが忍びなさ過ぎる。わざわざ着物を送ってくださったご実家にもどんな言い訳したらいいんだよ。
でも着物を着た雨彦と……したかったな~~~~と悶々と考えているうちに背後の寝室のドアが開いた音がした。ぺたぺたと鳴る足音に振り返ると、部屋着に着替えた雨彦の姿が目に入って少しほっとする。
拗ねた顔は継続中で、何時もなら狭くてもなんだかんだ俺の隣に潜り込むが、わざわざ机の反対側に回り込んで炬燵に足を潜り込ませる。
「なぁ雨彦」
「………」
声をかけてもジト目でちらっとこちらを見るも、何も言ってくれない。
「ええと、お茶で淹れるか?貰いものの良い茶葉があって……」
「………」
「雨彦~~~ごめんって」
ツンとした顔をしてこっちを見てもくれなくなった。どうやら随分と拗ねさせてしまったらしい。確かにせっかく俺のためにと用意してくれた据え膳に手を出さなかったのは男としてダメだったかもしれない。ここはご機嫌を直してもらうまで謝り倒そう、そう思った時だった。
「雨彦、本当にごめ……ひいぇ?!!」
ズボンの裾から何か冷たいものが侵入してきた。いや何かじゃない、雨彦の足だ。足袋を脱いだ素足は随分と冷え切っていて、そのあまりの冷たさに素っ頓狂な声を上げ目の前の恋人を睨みつければ我慢できないとばかりに吹き出された。
「く、くく……お前さん、今の声………」
「ちょ、冷たいって!」
にやにやと笑った顔はそのままに人のズボンに潜り込ませた足をツツーと上に滑らせる。それはまるで、ベッドの中で先を促す時の仕草のようで……。
「……誘ってる?」
「さっきからな」
すこし唇を尖らせてそう言うが、目は笑ったままだ。
はあ~と大きく息を吐き出して、炬燵から抜け出す。向かった先は寝室で雨彦もいそいそと俺の後についてきたのでその手を後ろ手にそっと握ってやる。
嬉しそうな気配を引き連れて寝室に足を踏み入れた数秒後。後ろから抱き着いてきた雨彦にベッドに押し倒され、存分に甘い時間を過ごすことになったのだった。