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    ツイッターで話してた博玉イイナ~~とおもったので書きました。

    #古書店街の橋姫

    地獄さへ許さず 赤い幕が厳かに舞台へ下り、ビロードの布地が照明をはね返してぼんやりと白く光っている。
    「二十分ほど休憩です。第二幕は……」
     スピーカー越し、聞き取りやすい女性の落ちついた声が言った。目の前でくりひろげられていた摩訶不思議な演劇の世界からゆっくりと現実に降り立ち、二階の最前席に座った博士はとなりの玉森を振り返る。白いシャツに蝶ネクタイを結んでよそゆきにめかしこんだ玉森はやはりハッとした顔で、まわりの人々がばらばらと厠に立つ足音に続かんと立ち上がった。

     博士は一階につながる横の階段を下り、ロビーへおやつを買いに行く。さすがに銀座の大劇場でハイカラな品ばかりならんでいた。全国から集められた弁当や菓子をながめ、宝石みたいにツヤツヤしたあんこ玉がおさまった紙の箱をひとつ買っていそいそと席にもどる。玉森もちょうど席についたところで、博士は長い身を何度もすまなそうに折り曲げては真ん中の席へともどった。
    「玉森くん、おやつを買ってきましたよ」
    「え? あぁ、どうも、……おいしそうですね」
    「ええ! こちらがあずき、これが抹茶で、こっちはイチゴだそうです」
     Colorfulなまるい菓子をしげしげと見比べ、玉森はイチゴのひとつをつまんで頬張った。和菓子に負けず劣らずもちもちした頬がうっとりとゆるむ。玉森がほうっとため息をついたのを見て博士はほっと肩の力を抜いた。頭をかるく下げ、スミマセンとまたくりかえす。
    「本当にすみません、僕が三枚切符を買っていれば、彼もここにいられたのに」
     片頬をふくらませた玉森はきょとんと目をまるめ、それからアァ、とうなずいた。
    「川瀬のことなら、気にしなくて構いません。もともといつもの喫茶店で茶をするだけの約束でした」
     博士は左目をほそめて弱々しくほほえんだ。玉森が食えと言うのでみどり色のあんこ玉を持ち上げる。抹茶の渋みに和三盆の上品な甘さが練りこまれていた。濃厚な和菓子を飲みこんでうなずくと、玉森はそれは嬉しそうに笑ってみせる。ヨカッタ、モウ怒ッテハイナイヨウダと博士は内心安堵した。

     玉森と旧友の池田、――川瀬が交わした約束の話を忘れて博士は同じ日に芝居の切符を買ってしまったのだ。当然玉森は怒って芝居には行けないと言ったし博士も他の人を連れて行くと言った。
    けれどその切符の額面を目にした玉森はあわてて博士を待テと止めた。約三時間の観劇でカルスピの大瓶が十本は買えるほどの席だ。いま流行りのMusicalというやつで、登場人物がやたらめったら感情を声にのせて歌いだす最新の興行である。しかも二階の一番見やすい場所だという。
    切符と博士と頭の中の川瀬とをぐるぐる行き来して、仕方なく玉森は幼馴染にことわりの電話を入れた。受話器のむこうの川瀬は文士も震えるほどの語彙力で悪口をつらねていたが、やがて飽いたのかガチャリと切ってしまった。
    「まぁ、アイツの口が悪いのはいつものことです、たいしたことではありません」
    「それでもやはり、申し訳ないです……僕がそそっかしくなければと……」
    「はあ、もう、くどいですよ。私がいいと言っているのです、いいということにしなさい!」
    「あぁっ……す、すみません、すみません……! はゎ、二幕が始まるようですね……!」
     ジリリとチャイムの音が鳴り、劇場はにわかに暗くなった。博士はオペラグラスを持ち上げてのぞきこむ。玉森から移された瞳は背景美術の木の葉の一枚一枚まであざやかに映し、眼鏡の補助があればこのていどの観劇には問題なく耐えられるようになっていた。

     Storyは一部の続きからはじまり、主人公の少女とその仲間たちがエメラルド色の都を出発したところだ。西に住む悪い魔女を倒せば主人公たちは魔法使いに望みをかなえてもらえる約束である。
     帝都でも指折りの役者たちが歌って踊り、ときにはやさしく、ときには激しくCharacterを演じた。少女にはかかしやライオンといった数人の仲間があったが中でも博士が特に目で追ってしまうのはやはりブリキの木こりである。悪い魔女に心を盗まれてしまって自分の心を欲している。全身にアルミを巻きつけた銀色のボディがなんとも愛らしく、演者もまた癖のある声で話すので博士はそのたび笑ったりハラハラしたり、あるいはすこしだけ泣いたりした。冒険活劇の好きな玉森は終始目をきらきらと光らせて成り行きを見守っている。

     とうとう悪い魔女を倒してエメラルドの都にもどった彼女たちは、魔法使いにかなえられずとも自分たちが望んだものをそれぞれ手にしていることに気づいた。木こりは旅の中で自然と仲間を思いやるようになり、やさしい心をその身にやどしている。他の仲間もおんなじだ。
     みんなに囲まれておだやかに笑う銀色のブリキをながめながら、暗闇の中、博士はふとオペラグラスを膝に置いた。
     壊れかけていた木こりは旅を通じてやさしい心を思い出したけれど、けれどはたして自分はどうだろうと思考する。

     玉森と川瀬の約束を忘れて切符を買ったというのは嘘だ。憎らしいほど覚えていたし、切符をさりげなく机に置いておけばそれを見た玉森が見かねて自分を選ぶことを知っていた。
     もっというならその前に水上から受け取った「田舎に帰省するがお前も来ないか」という電話も取り次ぐのを忘れたふりをしたし、それ以外にも本当に数えるのを忘れるほど、博士はそういったことをした。たとえば玉森の住んでいた梅鉢堂が潰れたのはそれまで困窮時にたびたび金を貸していた商人の男が融資をことわったのも一因だが、その男はたまたま博士と旧知の家柄である。
     玉森は博士のしたそれらの事柄のほとんどを知らないし、今回のようにたまたま明るみに出たときは玉森が辟易するほど何度もあやまった。頭を下げれば下げるほど玉森は居心地わるく罪悪感にさいなまれた顔をして、その感情がまた玉森を自分に縛りつければいいのにと思った。

     玉森のことは本当に好きで、好きで、好きで、好きだからこそどうしようもなくまた博士はくりかえしてしまう。好きだからどんなに悪辣で卑怯な手段を使ってもそばに置きたいし、罪悪感だってなんだって、それが自分のとなりに玉森のいる理由ならすべてが愛しかった。
    (僕はきっと一生、あの木こりのようにはなれません。ハッピーエンドどころか、いつか地獄に落ちてもおかしくない)
     ぼんやり考えていれば舞台は熱狂の拍手に包まれて終わり、鳴り止まぬ感動に演者たちはそれから二回もカーテンコールに出るはめになった。玉森も立ち上がって歓声を送っている。博士もグラスを置いて手を叩き、群衆のにぎやかな興奮はしばらく客席を波打って、それからゆっくりと静かになった。人がまばらになったところで中央の席にいた博士と玉森も席を立つ。

     銀座の夜にはもう街灯がともっていて、春物の薄い上着をはおった人々がときどき合わせの前を手でとじながら歩いていた。玉森もシャツの肩を震わせ、博士は自分の背広をひょいと脱いでその肩にのせる。車の停車場はすぐそこだったが玉森は銀座に用があると言った。
     松屋の方角に向かって歩道をゆきながら、博士は頭ひとつ背の低い玉森を振り返る。
    「玉森くん、どちらにご用があるのです?」
    「そうですね、特に決めてませんが、文具屋か珈琲の店でしょうか」
    「珈琲?」
     文具はわかるが玉森は珈琲を好まない。博士が片眉を持ち上げると、玉森はアァ、とうなずいた。
    「川瀬に今日の詫びの品を買うのです。付き合ってください」
    「あ……なるほど、」
    「はい。だって博士、わざと今日の切符を買ったでしょう」
    「…………え」
     博士は往来で立ち止まった。

    玉森がなにを言ったのかわからなかった。街灯の下、ぱちくりと何度かまばたきし、それからブリキみたいにぎこちない動きでその首をかしげる。玉森はなんてことない口調で言った。
    「気づいてないとでも思ったのですか」
     言葉はしずかな台風のような衝撃で博士の胸を打った。博士は瞠目する。いまにも崩れ落ちそうに膝が震えて、どうしたらいいのかまるでわからず、立っているのがやっとだった。玉森は指を折って数える。ソノ前ノアレモ、コレモ、ナニモカモアナタガヤッタノデショウ。挙げられたものはすべてではないが、玉森は博士の一部にたしかに気づいていた。博士は震えながら、ぐらつくほどの目眩を感じながらなんとか言葉をしぼりだす。
    「……わかっていたのなら、どうして……どうしてこんな僕に……付き合ってくれたのですか……?」
     懺悔の声音に玉森は気だるげにため息をついた。いつか地獄に落ちるだろうとは思っていたもののそれがまさかこんな唐突な落とし穴であるとは思いもせず、博士が泣きそうになっていればけれど玉森はその顔をずいと下からのぞきこんだ。目線はちらりとまわりを見て、それからまっすぐ博士にもどる。気まずげな唇がちいさくそっとひらいた。
    「……言わせたいのですか」
    「…………!!!!!!」
     先とはまったく反対の理由で、博士はほとんど倒れそうになった。ふらつく長身を道行く人々が数人けげんそうに振り返り、玉森はあわてて小さな身体をはねさせて恋人の不審者を人目から隠す。博士は多幸感にクラクラしながら両手で顔をおおった。玉森のたったの一言で博士は地獄から天国まで舞い上がってしまう。うぬぼれだろうかと指の隙間からうかがえば玉森はやはり気まずげにうつむいていて、博士はあはぁと声をもらした。気色悪がった玉森にドスッと胴を殴られる。
    (あぁ……なんと幸せな痛みなのでしょう……)

     ただよう空気に耐えきれなくなったのか玉森はそそくさと歩き出し、博士はその後をふらふらと追った。
    「玉森くん……あ、あの……」
    「……なんですか」
    「そのっ……! て、手を、……握っても、いいですか……?」
     玉森は歩みをとめず、ツンと唇をとがらせて悩むような顔をした。それから結局しかたがないという仕草で乱雑に右手をつきだしてくる。博士はエヘエヘと笑いながらそれをとった。考え込むふりをして玉森がゆるしてくれると知っていたし、博士が自分を縛るためにどんなことをしても、玉森はきっとそれを愛すだろう。あるいは勝手に地獄に落ちるのはゆるさんなどと言って天国へ無理やり連れていくかもしれない。なんだっていいと博士は思った。握りしめた手のひらは指先にすこしだけ力をこめて、博士の手袋をきゅうっと握り返していた。
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