棘は抜けず、肉に食い込む猛吹雪。視界と聴覚を侵食する白いノイズはそれが連れてくる痛みを忘れさせるほどに強く、遠い懐かしさを呼び起こす。カドック・ぜムルプスは吹雪の中に少女の後ろ姿をぼんやりと思い描き、そしてはたと彼女との約束を思い出す。
「・・・・・・ここじゃ死ぬな」
悴み痛む身体を抱き、洞窟の奥へと戻る。カドックの頭の中で揶揄うような甘い声が聞こえた。
「ねえ、もしかして約束を忘れていたの?本当に酷い人」
「わかってるだろ、ぼんやりしてただけさ」と口に出し、苦笑する。幻聴に返事をしたなんて知られればそれこそ散々に揶揄われただろう。
洞窟は大して大きくないものの、熱は暖かといえるほど篭っておりカルデアとの通信も出来ず孤立無縁の二人にとっては願ってもない拠点だった。カドックはそのもう一人、藤丸立花の様子を見る。毛布に包まれ静かに寝息を立てているものの、額に手の甲を当てるとひどく熱い。
「・・・・・・駄目か。もう魘されてはいないようだけど・・・・・・」
思えばこいつは雪崩に巻き込まれる前から少しおかしかった気がする。カルデアのヘルスチェック漏れということも無いだろうが、単純な熱だと片付けるのもよくないかも知れない。だが・・・・・・。
「うっ・・・・・・」
自分も熱があるかもしれない。どうにも頭が働かない。
のろのろと獣避けの防護を貼り直しレーションを齧っていると、目の前の塊が微かに動いた。
ハッとし、顔を覗き込む。
「おい、大丈夫そうか?」
目が合うと同時に立花がビクリと跳ねる。
「あっ・・・・・・悪い、近かったな」
「いや・・・・・・」
珍しく歯切れの悪い返事と、先程彼の瞳に映った感情に不安が募る。
「重ねて聞くが大丈夫か?今のところカルデアとの連絡は復旧してない。お前が元通り召喚出来るまではここで待機する事になりそうだ、何かあれば共有しろよ」
ちゃんと助けてやるから。最後の言葉は何故か口にするのが憚られて、カドックは変に黙り込んだ。
妙に居心地の悪い沈黙の中、毛布に顔を埋めて立花が呟く。
「ね、カドック」
「・・・・・・何だ?腹が減ったか」
すう、と息を吸う。言葉を吐き出す。
「もうさ、俺を置いてってよ」
は、とカドックの口から音が漏れる。何を言い出すんだ?