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    ぽんず

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    ぽんず

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    ロイヨルを書こうとして結局フォージャー家っぽい話。ロイドが『家族』を想い眠る話。

    #SPY×FAMILY

    スパイにとって、他人に油断した姿を見せるのは文字どおり命取りである。たとえそれが眠りについている状態であっても、気配や物音に対して即座に反応できなければやっていけない仕事なのだ。

    その点においても、西国一の腕利きと謳われる諜報員<黄昏>は完璧だった。スパイになってから24時間365日、彼は常に周囲に対しアンテナを張り巡らせていて、就寝中だろうが近づくのは容易ではなかったのである。――そう、オペレーション<梟>が始まるまでは。


    ***


    ボフッという音とともに衝撃を身に受けた瞬間、深い眠りについていた<ロイド・フォージャー>の思考回路は一気に覚醒した。

    「……ヨル、さん?」

    見れば、寝室を別にしている妻役のヨルがこちらのベッドの上に倒れ込んでいる。小さく寝息を立てて眠るヨルはうっすらと笑みを浮かべていて、この様子だと夢見は悪くないらしい。万が一を気にして脈拍などを確認したが、いたって正常の範疇内だ。

    ――手が冷たい。洗った直後か。

    わずかにしっとりと湿った手のひらは一時的に冷えていて、彼女が水に触れたのだと分かる。おそらくトイレに寄った後、まだ酔いを引きずったままで部屋を間違えたのだろう。ヨルは極端に酒癖が悪く、少量飲んだだけでも前後不覚に陥る。

    ヨルが酔っ払うとまずいのは、驚異的な身体能力に歯止めが利かなくなるからだ。単純な攻撃力という点で何故かスパイであるロイド以上の強さを誇る公務員が容赦を忘れると、人間は吹っ飛ばされ家具は粉々に砕け散る。

    ――やはりミスだったな。まさか酒に弱い人が、自分で酒を買って帰ってくるなんて思わなかったとはいえ。

    ヨルにとっては相性が最悪である以上、とっとと回収しておくべきだった。今さらながら、ロイドは夕食の席での出来事を悔やんだ。






    職場の同僚が美味しいと話題にしていたので、三人で飲みましょう。そう言って透き通った水色の瓶を抱えて帰ってきたヨルは、ロイドに指摘されるまでそれが酒だと気づいていなかったらしい。確かにラベルは果物の絵で可愛らしいのだが、客が誤解しない程度には大きな文字で<酒>と印字されていた。

    「アーニャさんも大丈夫な飲み物だと勘違いしていました……」
    「いちご、ぶどう、りんご!アーニャ、のんでみたい!」
    「酒なんだからダメに決まってるだろ。ほら、オレンジジュースのお代わりやるから」

    好奇心が旺盛すぎるアーニャの気を逸らすべく、ロイドはキッチンに向かいオレンジジュースをグラスに注いだ。6歳にしては小柄な体躯の娘役は、落第の危機を毎度綱渡りで乗り切っているくせに、時たま妙な鋭さを発揮してこちらを出し抜くことがある。

    絶対に手の届かないところに仕舞わねば、もしアーニャが飲もうものなら監督不行き届きで警察沙汰だ。万が一話に尾ひれがついて幼児を虐待するイカれた親扱いされると、ここまでの苦労が全て泡となって消える。

    ――ピーナッツとジュースで、とっとと忘れさせよう。

    そう心に誓ったロイドがテーブルへ戻ると、話題の酒瓶はすでに空になっていた。

    「……はは、ぜんぶのんだ」
    「確認不足のわらしが悪いのれ……」

    ソファーで丸まっているヨルの顔は真っ赤で、指差すアーニャの顔は若干引きつっている。状況を理解したロイドは、背中に冷や汗が伝うのを感じた。この身で直接体験したこともあるが、ヨルの強さは尋常ではない。なんなら溺愛する実の弟ユーリすらも、張り手一発でぶっ飛ばした過去がある。と言ってもユーリの場合、この暴力性を含めて姉に対する理性を喪失している姉至上主義者であり、ボコボコにされたところで何ら問題はなかったのだが。

    これが標的なら、あるいは赤の他人なら一切躊躇わずに処分するが、ヨルはフォージャー家の妻であり母である。ましてやアーニャにも見られている以上、極力穏やかに優しく対処することが求められるだろう。

    「ヨルさん、失敗は誰にでもありますから。大丈夫ですよ」
    「うう、すみません……」
    「それだけ飲んじゃったのなら、もう眠りましょう。ね?」

    こちらの提案に対し素直に頷いたヨルは、フラフラとした足取りで自分の寝室へと向かっていった。表向きは一年前に結婚したことになっているが、実際は結婚自体が捏造の仮初め家族である。お互いの利益のためとはいえ色々と気まずさもあるため、それこそユーリ対策で偽装するとき以外は寝室を分けようと決めたのだった。

    「はは、きょうはしずか」
    「そうだな。まあ、一晩経てば悪酔いも醒めるはずだ」
    「ちち、ははのことしんぱい?」

    ロイドの手を掴んだアーニャが尋ねる。質問の意図がよく分からないが、アーニャに関しては探りを入れたところで無意味な話だ。あえて評するなら奇才と呼ぶべきかもしれない娘に、ロイドはため息をついてから返事をした。

    「まあな。もし何か破壊してしまったら、ものすごく落ち込むだろうし。頑丈な人だけど、あれだけ酔っていたらヨルさん自身が怪我するかもしれないからな」

    ロイドの答えを聞いたアーニャは、満足そうに笑った。

    「ちちとはは、なかよし!ふかいあいじょう!」
    「愛情、ねえ……」

    なんとも反応に困るワードが飛び出し、ロイドは思わず言葉に詰まった。任務のために急造でこしらえた家族に対して、親愛の情など抱いてはならない。情報屋のフランキーがよく言うセリフであり、ロイドも同感である。

    オペレーション<梟>が終わればこの関係は終わりを告げ、フォージャー家は解散。ロイド・フォージャーという精神科医の人生は終わり、<黄昏>はまた別の顔をして任務に勤しむことになる。かつて情報収集のためだけに付き合った女のように、不要になった縁は断ち切るのが当たり前だった。

    ――スパイは、弱みになるようなものを持ってはいけない。

    名を捨て、顔を捨て、あらゆるものを削ぎ落として極限まで身軽になった懐に、技術と情報と武器を詰め込む。それができなかったせいで命を落とした同志の数は、両手の指だけでは足りない。

    最近忘れかけていた現実が、脳裏に暗い影を落とす。当たり前の後始末を想像して、感情が揺れ動いたのは今回の任務が初めてだ。

    何も言わないでいると、アーニャが繋いだ手にもう片方の手を重ねた。

    「アーニャ、ちちもははもたいせつなかぞく」
    「……そうだな」

    脆い関係性には、いつか必ず終わりが来る。知っているからこそ、無垢な瞳に対して期待を与えるようなことは言えない。

    ロイドは曖昧な返事をして、ヨルが飲み干した酒瓶を片付けた。血や火薬の匂いとは対極の甘ったるい果実の香りは、自分には似合わない。分かりきっていたはずの事実が、今日のロイドには妙に消えない滲みとなった。







    窓から差し込む月明かりの光量は、今夜は満月であることを示している。闇夜に溶け込んだ方が仕事をしやすいのは、裏稼業に生きる者の共通認識だ。それだけ、明るい世界は身を隠すのに不都合とも言える。

    「……ヨルさん」

    名前を呼んで軽く揺すってみたが、ヨルが起きる気配はない。大暴れしなかったぶん、酒がまだまだ残っているのだろうか。ロイドとしては別に構わないのだが、朝起きたときのヨルが相当混乱するのは目に見えている。ぼんやりしているうちに自分の部屋へ戻ってもらおうかと思ったが、ヨルは掛け布団を強く握っていてなかなか引き剥がせない。

    ――仕方がない、このまま寝るか。

    連日のハードワークで疲労が積み重なっている身としては、穏やかに眠れるときに休息を取って回復しておかなければ。ヨルを起こすことを諦めたロイドは、ブランケットを一枚引っ張り出してヨルにかけた。

    「…………ふふっ」

    よほど幸せな夢を見ているのか、ヨルが小さく声をあげて笑う。鋭いのか抜けているのか、どちらが正しいのか不明な妻は、陽だまりで微睡む猫のように丸まっている。

    ――ユーリくんの夢でも見ているのか?にしても、なんでそんなところに泡……?

    夢の内容が気になったロイドは、ヨルの頬に石鹸の泡がついていることに気がついた。顔の高さまで飛ぶなんて、よほど勢いよく手を洗ったのだろうか。ことヨルに関しては、そんな光景すら容易に想像できてしまう。

    泡を拭おうと、ロイドはヨルの頬に手を伸ばした。そっと指先で掬い取った瞬間、眠っているはずのヨルがロイドの手を掴む。想定外の動きに驚いたロイドだったが、ヨルが起きた気配はない。

    「……すき、です」
    「……えっ?」

    敬語ということは、夢の中でヨルを笑顔にさせているのはユーリではないらしい。ならばヨルは何の夢を見ているのだろうか。

    「…………かぞく、ですもんね……えへへ」

    どうやらヨルは、フォージャー家の夢を見ているようだ。もしかすると夢の中ではアーニャと手を繋いでいて、それが偶然に今の状況を作り出したのかもしれない。

    ――ヨルさん、本当に今の生活を大切に思ってくれているんだな。

    お互いの存在を利用すべく、書類上結ばれた偽装夫婦。ヨルはそもそも、アーニャとロイドに血の繋がりがないことすら知らされていない。アーニャの学業に関して必死になるたび、ヨルはロイドが良い父親だと微笑む。もしそれが嘘だと知ったなら、きっとこの笑顔も曇ってしまうのだろう。

    チクリと胸を刺すのは、小さな棘だ。命には全く影響がない程度の、だけど確かに痛むダメージ。

    ――そのときが来たらせめて、アフターフォローは最大限丁重にやろう。

    前にも抱いた思いを、ロイドは再び心に誓った。ヨルには、彼女の強さをも愛せるパートナーを。アーニャには、今度こそ一生大切にしてくれる親を。ボンドにも、粗雑に扱われない平穏な犬生を過ごさせてやりたい。いつもならサポート専門の部隊に任せることも多いが、二人と一匹については、きちんとした別れをしたかった。

    「…………まあ、それがいつになるかは知らないがな」

    オペレーション<梟>は、前途多難で終わりが見えない。これまでなら苛立っていただろうこの現状にまあいいかと思えてしまうのは、ロイド自身に起きつつある変化だった。

    何より今考えるべきは、いつ来るかもしれない終わりの日の振る舞いよりも、一週間後に迫ったアーニャのテスト対策である。高難易度ミッションを思い出してげんなりしてきたロイドは、手を掴まれたまま眠ることに決めた。

    「……お休みなさい、ヨルさん」

    もう一度ヨルに声をかけ、枕に頭を預ける。すぐに襲ってきた眠気に抗わず従うと、次第に落ちていく夢の世界から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

    「ちちー!はやくあそぼー!」
    「ロイドさん、こっちですよー!」
    「ボフ!ボバーフ!」

    他人がいる前では、決して眠らない。これはスパイの鉄則だ。命を奪い合う昏い世界で、他者への油断は死に直結している。

    「……わかったから…………ひっぱるなって」

    ただし、たとえ期間限定であったとしても、家族を名乗るかぎり、彼女たちは他人ではないのである。


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