可能性と信念「カラキ、お前は98.8%の確率で東の国にあるリュクに向かうつもりだな」
ジュゼベルの言葉に、ヨシモト・カラキは足を止めた。
彼女はロボットの中でも特に観察眼に優れている。
その人間の細かい表情の変化や動きだけで、どういう感情を持っているのか、何をしようとしているのか計算してしまうのだった。
無感情な機械音声で、ジュゼベルは続けた。
「いつものように、私が正しければ・・・『ALTER』についての調査か?」
カラキは振り返る。
その表情は緊張と不安が混じっているが、頑固たる意志も見られた。
「確かにそうだよ、ジュゼベル。私に送られてきた、元研究員からの情報・・・それを確かめに行くんだ」
「ふむ・・・人間のノイズだらけの脳でも理解できるように、わかりやすく説明しなければならない。君の命を狙う者もいるのは確かだ。今まで体が欠けずに生きているのも奇跡の内だろう。だが、この先君が生き残る可能性は、低い」
絶望的な言葉を言われ、カラキは生唾を飲み込む。
これまで、彼はキャストの製品を開発する為に何度か遠方の調査などに出向いた事はあった。
護衛のロボットを連れていたので、命の危機に晒されるという状況にはほとんど陥ってこなかった。
しかし、今彼が行っている研究に関しては、次元さえ違う。
戦力組織・・・まさにその言葉がふさわしい組織が存在していた事を知ったのは、つい数か月前の話だ。
詳細は未だ謎に包まれている部分が多いが、名前と枝分かれした軍のグループは大体特定はできた。
『ALTER戦略軍』
カラキがこの名前を知った時、忌まわしき戦争の歴史と彼が今まで調べてきた伝説的な異能力者たちの話が真実であり、それらはどこかで繋がっているという確信を持った。
どういう経緯でこの組織が歴史から名を消されたかは不明であるが、残党的存在やその関係者は世界各地にいる。
カラキはこのALTERについて調査を始めた。
シータックの了承を得て、このALTERに関与する能力者から元研究員、関与するであろう組織を調べ始めた。
危険なのはわかっている。名を消されるほどの存在が、力を失っているとは思わなかった。
しかし、カラキはその組織の力を「平和的利用」に転換する事ができないかと考えてもいた。
武力が世界を守るために作られた存在だったのならば、ALTERから生まれた力もまた・・・
「ジュゼベル、君の計算がほぼ正確なのはわかっている。私が調べている組織が、どれほど危険なのか、私が生きて帰れる可能性がどれほどなのか、君はおおよその計算をしてしまっているだろう。でもね、」
カラキはふっと笑った。
「私は信じている。能力者と常人が、共存できる世界を」
ごぽりと、ジュゼベルの頭部の中の瓶が音を立てて気泡が浮かんだ。
カラキは言った。
「元はと言えば、ロボットや兵器だって人の暮らしを豊かにするため、安全にする為に作られた。ならば軍も同じだ。使い道を間違ってしまっただけに過ぎない。そして、異能力を持っていたとしても・・・心があるならば、選択できる」
「・・・だから説得でもすると?」
「その必要があるなら。シータックも私が危険な目に合うとわかっているはずだ。それでも、私に言ってくれた。心満ちるまで、探求せよってね」
そう言うカラキの表情は、笑みを浮かべてはいるものの、何処かひきつっているのを、ジュゼベルは視認していた。
生身の人間だからこそ、大きな不安や恐怖によるものだろう。
ジュゼベルにはそれらを知る事はない。その感情的要素のせいで行動が制限される事をわかっていても、彼女は敢えて指摘しなかった。
言ったところで、科学者とは止められるものではないらしいから。
自分の体が使い物にならなくなっても、追い求める事をやめないのは、探求心の奥底に潜む本能に近い何からしいが・・・
感情に基づく行動を予測できても、理解する事はジュゼベルにはできない。
「賢いのか、馬鹿なのかわからないが・・・私も止めない方が良いと判断しよう」
まるで空気を読んでの発言だったが、カラキは気にしないようにした。
ジュゼベルは白衣のポケットから腕時計のようなものを取り出し、カラキに差し出した。
見た目は腕時計にしか見えないが、小さな四角い液晶画面の部分には電池残量を示すようなアイコンが表示されている。さらに、横にはスイッチが一つ。
「これを持っていけ。シータックから頼まれた」
「これは・・・開発途中だったビーコンじゃないか?」
「シータック自らが急ごしらえで設計したものだ。電磁パルスバリアを展開してくれるが、数回しか使えない。バリアを展開する前に、救難信号を出しておくのが良い」
「・・・ありがとう」
カラキはその場で腕時計型の装置を手首に装着した。
彼はしばらくその装置を眺めていたが、やがてもう一度ジュゼベルの顔を見た。
「ジュゼベル。もし、私に何かあったら・・・私の研究室はシータックに引き継ぎしてくれ」
「良いだろう。できれば、無傷で帰ってくるのが望ましいがな」
「そうだね。そう祈っているよ。じゃあ、準備してくる」
そう言い、カラキは手を振って廊下を歩きだした。
ジュゼベルはその後ろ姿が、死角に消えるまでその場で見つめていた。
「・・・私を組み立てた時、彼女もあんな表情と、似たような言葉を言っていた。人間は可能性が低くても、感情的行動を選択する事がある。私にはわからないが」
ジュゼベルはぽつりと呟き、硬い足音を響かせながら踵を返してラボに戻っていった。