準備走る自分の足音に紛れて、追いかけてくる足音が接近してくるのを、彼は聞き取った。
「フフッ・・・ウフフッ」
彼は狭い路地の途中で足を止め、笑い出した。
顔の辺りから液体のようなものが伝う感触がする。これは自分の血だ。だが痛みはない。
「まだだ・・・まだ足りない」
パニムはがりっと首に爪を立てる。
隠れるなら、遠くよりも近くの方が見つかりにくい。
だからウィレミアムと繋がりがあるファイズ・ファイアに入った。
名前も姿も変え、ウィレミアムと関わらない任務に赴くようにしてもらった。
それでも、不安は消えない。
変えなきゃ。まだだ。この体格でも感づかれるかもしれない。
マスクを剝がされたら、気づかれてしまうかもしれない。
僕じゃない。僕は「 」じゃない。
「足りない・・・別人に・・・」
「パニム」
肩にずしりと重みを感じ、パニムは動きを止めた。
そして気づいた。ここは路地ではない。自分の部屋だ。
首だけをそちらに向けように振り向くと、そこには背の高いウエスタンのような男がパニムの肩に手を置いていた。
その表情は怒りにも、呆れにも見える色が浮かんでいる。
「また自己流の整形か?そんなやり方ではいつか五感に支障をきたすぞ」
「・・・ホセ。何の用・・・?」
「ガーディアンが呼んでいる。なんでも、新人の相手をしろとの事だ」
「・・・新人・・・あの、子供・・・?」
パニムは手に持っていた医療用のメスをサイドテーブルの上に置いた。
ホセと呼ばれた男はパニムの肩から手を離すと、腰のリボルバーにその手を添える。
「そいつもそうだが、ZEROとMARIMOと呼ばれている二人がいるだろう?ガーディアンは二人の相手を俺達に頼んできた」
「・・・何の理由で?」
「知らん。だが、ZEROとやらは俺に聞きたいらしい。『解決法に近いものを』」
「・・・ふぅん」
パニムは興味もないと言うように気の抜けた返事をすると、傷口に包帯を巻いた。
その様子をホセは眺めていたが、やがて思い出したように口にした。
「そういえば・・・ヒューと言ったか。もう一人の新人は。お前は随分と気にかけているようだな」
「・・・綺麗な子だから・・・僕と違って、まだね・・・だからね、約束したの。守ってあげるって・・・」
「守る、か。この組織には、似合わないな」
ホセはリボルバーの表面を撫でる。
そう、この組織は「実力主義」であり、力こそが全てだ。
守るのではない。勝ち取り、生き残る。そういう主義だ。
その組織の中に「ガーディアン」と呼ばれる男がいるのも奇妙な話かもしれない。
ホセはガーディアンの正体を知らない。
だが、ホセにとって身近に感じていた気配と同じものを、ガーディアンから感じる事だけは確かだった。
それを確かめる術はあっても、それは最悪の場合は命取りになる。
ならば、今のまま沈黙するのが良いだろう。
「終わったか?」
「・・・うん」
包帯を巻き終わったパニムを見て、ホセは部屋の外に出た。
少し風が強い。古びた建物の中に、隙間風の音がいつもより聞こえる。
戦うことには、支障はない。