朝、目が覚めて、真っ先に目に入ったのは、男の胸板だった。
どうやら自分は抱きしめられているらしく、あまり身動きがとれないので、そのまま首を動かし上を見ると、水色の髪が特徴的な人物がすやすやと寝息を立てている。
そりゃさ、一応付き合ってるし、共寝だってした事もあるけどさ?でも確かに昨日は俺一人で寝てたよな?
いつの間に部屋に入ってきたのかとか、そもそもどうやって入ったのとか、色々考えたいが、その前に今何時なのか気になり、起こさないよう注意しながら腰に回された腕を解く。しかしその少しの衝撃が伝わったのか、閉じていた瞼が開いていく。
「ぅん……」
「あっごめん起こし…」
「どうした…?まだ朝早いだろ?もう少し寝てろ……」
「わっ!?」
引き寄せられ再び抱きしめられる。しかも先程より強く抱きしめられ、額にキスを落とし、頬をぐりぐり頭に押しつけてきた。
寝ぼけているとはいえ、こんなに素直に甘えられた事などなく、混乱して声が裏返った。
「ジ、ジョージ!?いっいいいいきなり何、何をして…!」
「ん……?お前、今…」
肩を掴まれ、距離が空く。そこで今日初めて目が合う。とても驚いた顔をしている。
そして何かに気付いたのか、まじまじと俺の顔を見る。なんだか観察されているみたいて居心地が悪い。
どうしようかと迷い、自分もジョージの方を見ることにする。さっきは気付かなかったけど、いつもより顔つきが大人っぽく見える気がする。話しかけようと口を開いたらジョージの方が先に口を開け、少し気にしている事を言われた。
「………お前、なんか背小さくなった?」
「つまり整理すると、お前は過去からタイムスリップしてきたってわけ?」
ベッドから抜け出し、取り敢えず朝食を食べようと言うことになり、ジョージがコーヒーを淹れてくれたり、ベーコンを下に敷いた目玉焼きを焼いてくれた。俺もパンを用意したり少し手伝いをし、向かい合って席に座り、パンを齧りながら状況確認を行った。
ジョージの話によると、今は俺の知っている年代から10年経っているらしく、信じ難いがどうやら未来へタイムスリップしてしまったらしい。
砂糖とミルク多めの俺好みのコーヒーを飲みながらジョージの言葉に頷く。
「多分、そう言う事になるかな?」
「ふぅん…まぁ、現に過去のお前がここに居るわけだし、それで納得しとくしかねぇな」
ジョージもコーヒーカップを口に運ぶ。それだけの仕草なのになんだか大人っぽく見えてドキッとした。
「何が原因かは分かってるのか?」
「それがさっぱり…いつも通りに寝て、起きたらタイムスリップしてたって感じ」
「原因は不明……そうなると何をしたら戻れるかも見当が付けられねぇな」
目玉焼きをフォークで一口食べながら考えるジョージを見て、自分も昨日の事を思い返してみる。
昨日は普通にTheシャッフルの仕事とジョージのGSとしての仕事があって、普通にこなした後、シュワルツローズのリンクで軽く練習して、寮に戻り、普通に就寝。ダメだ。普通にいつもと変わらない。
そうやって考えているうちに朝食を食べ終えてしまった。ジョージは時計を確認し、席を立つ。
「考えても埒が明かねぇなら考えるのは一旦やめだ」
「それもそうだな」
「そのうち戻れるかもしれないし、取り敢えず今やるべき事は…」
またちらっと時計を確認してこちらに向き直る。
「仕事に行く。お前もついてこい」
車を運転する姿は何度も隣で見てきたのに、成長した姿はまた違く見えてその横顔にドキドキしてしまう。朝から動揺してばかりだ。10年でさらに魅力増すのかこいつ…。でも確か朝起きた時は子供のように甘えてきたよな?朝のやりとりを思い出して顔が熱くなる。この調子でいくと心臓がいくつあっても足りなそうなのでジョージから目を逸らし、車の窓から街を見渡す。
街の様子は特に変わった様子は無く、見慣れた街並みが広がっていた。変わっているところと言えば新しいお店が建っていたり、逆に無くなってたりするぐらいだった。赤信号で止まった時、お気に入りだったロシア料理店があった場所に違うお店が建っているのが目に付き、寂しさから言葉が漏れる。
「あそこにあったお店、無くなっちゃったんだ。俺気に入ってたのにな」
「あぁ、お前デートする時、毎回あそこ連れてけって言ってたもんな」
「えっ!そんな印象に残るほど言ってたか!?」
「言ってた。まぁ連れて行ってやるとすごい喜んでたし、美味しそうに食べる姿も可愛かったからいいんだけど?」
ダメだ。全部そっちに行ってしまう。未来のジョージ俺に優しすぎやしないか?10年でそこまで変わる?どうにか話題を変えようとして目的地の事を問う。
「そっ、そういえば!仕事に行くって言ってたけど、今何をしてるんだ?」
「ん?そうだな、今は法月総帥の仕事を色々学んでいる所」
「えぇ!?ってことは二代目総帥になるって事…エイプリルフールとかじゃなくて?」
「冗談じゃねぇんだなこれが。あとはモデルやったり他の奴らに指導してやったり…」
ジョージは色んなことをしているみたいでたくさん話してくれた。でもその中にプリズムショーの事が入っていなかった。あれから10年経ってる訳だし、きっともうしていないんだろうなって気はしていたがやはり少し寂しいものがあり、思わず口に出てしまう。
「もう、してないんだな。プリズムショー」
「……まぁ、な」
引退した時の事でも思い出しているのだろうか。歯切れの悪い返事が気になってジョージを横目で見ると、どこか寂しそうな横顔をしていて、聞きたいことは沢山あったが、それ以上聞くことは出来なかった。
シュワルツローズは自分がいた頃より遥かにハイテクになっていて、色んな所に目移りしてしまい、最終的に腕を掴まれて連行された。
どこに行くんだろと思いながら連れて行かれた先は、少し変わっている箇所はいくつかあったが、それでも毎日練習のために使っている見慣れたリンクだ。
「わぁ…!なんかもっと広くなった?」
「一回工事があってな。そこでリンクも広くなった」
広いリンクを目の前にしたらタイムスリップしているという状況でも滑りたくなってしまう。ソワソワする気持ちを抑えているとジョージが遠くで練習している人達に声をかけていた。なんだか見覚えがあるなと思っているとその人達はこちらへ近づいてきて、顔をちゃんと確認する事ができた。背も高くなっていてみんな大人びているけど間違いない。
「ジョージがここに来るなんて珍しいね」
「おはようエィス!あれ?なんか縮んだ?」
「てか若くない?」
「高校生くらいな感じするね」
「みっ…みんな……」
あっという間に囲まれてしまい一人一人の顔を見る。うん、やっぱりTheシャッフルのみんなだ。さっきはジョージがプリズムショーをしてないという事実に少しショックを受けていたが、10年経ってもみんな一緒にいるんだと言う事が分かり嬉しくなった。
「よかった…みんな一緒なんだな!」
「えっ…エィス…?」
「どう言う事ジョージ…?まさか…!?」
みんなが混乱している。知っている人物がある日突然幼くなっているんだから驚くのも無理はない。ジョージが落ち着かせてから説明をしてくれた。みんな驚いていたが納得してくれたようで頷きながら口を開く。
「なるほど、それで…」
「そんな事ってあるんだね」
「いきなりで混乱したでしょ?大丈夫?」
自分達も混乱しているであろう。それでもこちらの心配をしてくれるあたり、変わっていなくて安心する。
「うん、朝から色々びっくりしたけど大丈夫!心配してくれてありがとうな」
「ううん!それならよかった!」
「そうだ!よかったら練習見ていく?」
「えっ!いいのか!?」
邪魔してはいけないと思い言い出せなかったが正直、みんなどんな成長をしたのかすごく気になっていた。ジョージの方を見ると「見てこいよ」と顎で合図していたのでお言葉に甘えることにした。
「じゃあ、後こいつよろしくな。俺は総帥の所に行ってくるから」
「待って!」
リンクを後にしようとするジョージをツルギが呼び止める。みんな不思議に思いツルギの方を向く。
「折角だし、エィスと一緒にショーをしよう!ジョージも観ていきなよ」
「いや、俺は別に…」
「観ていきなよ」
強めな口調で誘うツルギの言葉に少し考え、ジョージは踵を返してこちらに戻ってきた。
そのやり取りに若干の違和感を感じたが成長したみんなとショーをする事が出来るのが嬉しかったので一旦考えるのをやめた。