「大好き!!」今日も淫らに足を開く。媚びるように擦り寄れば相手は喜び、俺に魅了されていく。
本当に吐き気がする。好きでもない相手に笑いかけ、キスをし、喘ぐ。でも家族の為だと自分に言い聞かせ今日もこの吉原で俺は俺を売る。
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ある日、遠方に用事があり初めて吉原を通った僕はそこで運命に出会った。
艶のある黒い絹のような髪に美しい髪飾りをつけ、その宝石のように輝く大きい翡翠の瞳、白い肌を露出させ、小さい形の整った唇にはほんのりと紅を引いている、美しいまるで天女のような青年に僕は恋をしてしまった。けれど彼はきっと位の高い遊女なのだろう。僕には叶わない恋だ、諦めようとまた歩きだそうとすると不意に彼と目が合った。彼はその美しい瞳に僕を映した途端、目を大きく開き、顔を見る見る赤く染めていった。そう、まるで恋に落ちたかのような表情だった
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そこからの僕の行動は速かった。全財産を彼に投資し、今では体の関係を持つことさえ許してもらえた。その過程で彼のことをさらに知ることになる。彼の本名は百夜優一郎といい、花魁が主流となったこの時代でまだ太夫の位についている珍しい遊女だということが分かった。家族の借金の為にこの吉原で働いているらしい。好きな食べ物はカレーライス、仲の良い遊女は乙女花魁でよく「与一」と優ちゃんが言っているので本名は与一と言うらしい。嫌いな事は髪を引っ張ったり叩いたりする客。僕はそんなことはしない。優ちゃんを傷つけたりしない。
優ちゃんと交流を深めていく、その度に甘く甘く心が満たされる。でもそれ以上に優ちゃんが他の客と寝ることがたまらなく嫌になる。本当は優ちゃんをお嫁に貰いたい。けれど身請けできるほどのお金を僕は持っていない。自分が惨めだ。
今日も優ちゃんに会いに店へ行く。優ちゃんは笑顔で迎えてくれる。
「なぁ。ミカはいつ俺を抱くんだ?」
自分を抱かない僕が飽きたと思っているのか優ちゃんは不満げな顔を見せる。僕は優ちゃんを抱きしめながら彼を安心させるように話し出す。
「僕は優ちゃんを抱かないよ。抱いたらきっと後戻りできなくなる。」
そう、優ちゃんを抱いてしまえば僕はきっと優ちゃんを攫ってまで僕のものにしようとするだろう。そんなの優ちゃんが可哀想だ。
「……」
「いいよ。後戻りできなくなっても、何があっても俺はお前を好きでいる。ミカだって気づいてるんだろ?俺がお前に恋をしていることに、そしてお前も俺に恋に落ちているんだろ?」
優ちゃんは悲しげな顔で僕を見つめながら微笑む。そんなこと言ったら僕はもう…
「愛してるよ、ミカエラ。」
その言葉に僕は、僕の理性は吹き飛んだ。
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「後悔してる?」
朝日が昇る、美しい海で僕はなんてずるい言葉を吐くのだろう。たとえいま後悔してももう、戻ることなんてできないというのに。
「全然、といえば嘘になる…残してきた家族が気がかりだよ…」
僕は微かに震えてる優ちゃんの手を握りしめる。暖かく、優ちゃんの血、ぬくもりを感じる。
「でも、家族なんてどうでも良くなるくらいお前を愛してしまった。ミカに出会って俺は鳥籠が窮屈な所だと知ってしまった。もう、戻ることなんてできない。お前がいないと俺は生きられない。」
愛とはなんて甘く、苦しいのだろう。まるで麻薬だ。一度その味をしってしまえば二度と戻ることはできない。
「鳥籠から羽ばたいた美しい飼鳥に待っているのは自由ではなく死だ。カラスやネコに食われてしまう。可哀想な優ちゃん、僕に愛されて、食われて朽ちていく…僕はもう、君を手放せない。戻るならもう、今しかない…」
足に冷たい水がかかる。優ちゃんの綺麗な打掛も泥と砂と海水で汚れている。優ちゃんは僕の頬を優しく撫で、僕の口にキスを落とした。
「言っただろ。もう戻れねぇよ。お前に食われるなら、お前に殺されるなら俺は喜んでこの身を差し出すよ。ミカもう一度、あの夜に言った言葉を聞かせてくれ。」
僕は優ちゃんの瞳をまっすぐと見る。嗚呼…やっぱり、狡い人だ。ずるくて愛おしい。
「全部捨てて僕と逃げよう」
その言葉を聞いた優ちゃんは僕の手を強引に引き、走り出す。僕は足がもつれそうになったがこちらを見て幸せそうな無邪気な子供のような笑顔ではしゃぐ愛しい人を見ていたら僕も不思議と笑顔で笑っていた。
好き。
好き。
「ミカ!!」
「優ちゃん!!」
「「大好き!!」」
そして僕達は海へと沈んでいった。