恋人になってしばらく経つというのに、みゃーちゃんに触れるとき実は今でも少し緊張しているのはここだけの話だ。
自分の力が強いことはもう嫌になるくらいわかっているから、傷つけないようにまるで壊れものにさわるかのように抱き寄せる。
俺の足の間にすっぽりと収まるからだ。
俺の手で包みこめるくらい小さな顔。
そのどれもが愛おしくてたまらない。
ゆっくりと肩を抱いて、もう片方の手でなめらかな頬に指を滑らせると、すり、と彼の方からさらに距離を縮めてくれた。
それを合図にもっと顔を寄せあい、おでこからまぶた、頬と順に小さなキスを落とし、最後にみゃーちゃんのくちびるを自分のそれで塞ぐ。
「……っ」
くちびる同士を押し当てるだけの軽いキスを繰り返しながら、時々上唇と下唇を交互に吸い上げると腕の中から小さな声が上がる。
本当はもうちょっと先に進みたい気持ちもなくはないけど、あんまり飛ばしすぎてもみゃーちゃんが息切れしてしまうから。ぎりぎりのラインを見定めながら軽いキスを繰り返していく。
それでもゆっくりとくちびるを離したときにはその頬は真っ赤に染まって目も少し潤んでいて、めちゃくちゃかわいいけれどすごい目の毒でもある二律背反。
「みゃーちゃんかわいい、かお真っ赤だー」
あんまり直視しすぎると俺が止まらなくなってしまいそうなので、笑うふりをしながらみゃーちゃんの首筋に顔を伏せて視線を外した。
これからずっと一緒にいるつもりだから、ぜんぜん急ぐことはない。ゆっくりみゃーちゃんのペースで進んでいけたらいい。その気持ちに偽りはない。
「もー…先輩すぐそうやってかわいいって言う……」
「えー?だってかわいいんだもん。かわいいのをかわいいって言ってなんでだめなの」
「うう〜〜かわいいかわいい連呼しないでくださいかわいいがゲシュタルト崩壊しそう…あと先輩もかわいいですからね!?それは俺も譲らないんで!」
「はいはい」
明後日の方向を向きながらなにやら言ってるけれど、俺の腕の中からは出ていかない。そんな姿もめちゃくちゃかわいいんだけど。
これ以上言ったら本気で機嫌を損ねてしまいそうなので口には出さない。
俺の足の間で背を向けて座る形になったみゃーちゃんを背中から抱くようにしておなかのところで手を組みながら、今日キスできるのはこれで終わりかなーなんてぼんやり思う。
もうちょっとしたかったけど、これはこれで好きな体勢だからいっか。なんて思ってたら。
「先輩って、こうするの好きですよね。後ろからハグしてくるやつ」
ゆるく回していた俺の腕につんつんさわりながらそう言い出した。
「うん、なんていうかみゃーちゃんを全身で感じられる気がするから好き。みゃーちゃんは?嫌い?やめてほしい?」
「いえっ!そんなことはないですよ!俺だってこれ好きだし先輩にされることで嫌なことなんてひとつもないし…」
おっとー。そうかそうか、それは聞き捨てならないな。
「ただ……先輩との体格差を感じるというか、やっぱり先輩大きいなって実感するというか……正直うらやましいって思うし俺だってできるなら先輩を後ろからハグしてみたいです」
出会った頃からずっと、もっと身長が欲しいと嘆いている姿を見てきた。
背が高くても低くても、本当にみゃーちゃんならどっちだっていいんけど。
「んー……じゃあ試しにやってみる?」
「なにを?」
「後ろからハグ。みゃーちゃんちょっと立ってみて」
そう言って立たせた彼を、今まで俺が背もたれにしてたベッドの端に座らせた。
「で、ちょっと足開いて」
「こうですか?」
「うん。じゃ、お邪魔するよ〜」
足の間に入り込むようにして俺は背を向けて座る。
そこから見上げるとちょっと驚いたようなみゃーちゃんの顔。あ、この角度から見るの、なんか新鮮。
「ベッドの高さを借りてだけど、これならどう?」
「! じゃ、じゃあ失礼しますっ」
「はいどーぞ」
かしこまるみゃーちゃんがかわいくてつい笑ってしまったら、するりと細い腕が後ろから巻きついてきた。
「……!」
普段感じない場所から伝わる体温。息遣い。
思わず鼓動が跳ねたのは、後ろの彼には伝わっていないだろうか。
「…どう?」
ちょっとだけドギマギしているのを隠しながら、俺を後ろから抱きしめてそのまま動きを止めてしまったみゃーちゃんに声をかける。
すると。
「………先輩。俺気付いちゃったかも」
「なにを?」
「……これ、傍から見たらただのおんぶじゃないです…?」
……その声が。本当にとても、とても悲壮感に満ちていたから。
「…………っっ」
「…先輩。堪えなくていいですから」
「………ぶっは!!!」
笑ってしまうのも仕方ないだろう。
「あははははっ、はははっ」
「もーーー、そんな笑わなくていいじゃないですか」
俺が顔を伏せてしまったから見ることはできないけれど、上で頬をふくらませてるのは想像にたやすい。
「くっ……見ててくださいよ絶対身長伸ばして、追い越せは…しないかもだけどとりあえずまずはもっと追いついてみせます…!」
そんな風に闘志を燃やすところ、やっぱり男の子だなあ。そんなところもかわいいなあ。
「ふふっ、うん。楽しみにしてる」
笑いの発作もようやく収まったので、顔を上げてまたみゃーちゃんを見上げた。
腕はまだ後ろから俺に絡んだまま、こうしてみゃーちゃんに後ろから抱きついてもらうの、結構悪くないな。いつも俺から抱きしめることが多いけれどたまにはこうしてもらうのもいいな、なんて思っていると。
「………先輩」
後ろから覆いかぶさってきたみゃーちゃんの手が、俺の頬を包んだ。
細い親指がそっと俺のくちびるの表面を撫でてきて思わず目を見開いた瞬間。
熱が重なる。
ほんのわずかな時間だったけれど、上唇と下唇を軽く吸って離れていく、そのキスは。
「………え、えっと……いつも先輩にはしてもらってばかりですけど、お、俺だっていろいろ先輩にしたいって思ってるんで。そういうわけでよろしくお願いしま…す……?」
自分からやっておいて、しどろもどろで目線をあっちこっちに動かしながらそう言うみゃーちゃんの顔はいちごより赤く染まっているけど、頬が熱い俺もきっと似たようなものだろう。
俺と同じやり方、俺が教えたキス。
よろしくってなに。
ああもう。
かわいい。
「せんぱ…!?」
身体を反転させ、ベッドに乗り上げながらその細い身体を掻き抱く。
その勢いに押されてみゃーちゃんの背中がベッドに沈むのと、俺のくちびるが彼のそれを塞いだのはほぼ同時だった。
「………!!」
ただ重ねるだけでは飽きたらず、啄むうちに割れた歯列にそっと舌を潜り込ませた。
びくっと揺れた舌をなだめるように撫で上げる。すると向こうからもおずおずと絡められて一段と胸が高鳴った。
今まで数える程しかしたことない、深く貪るような恋人のキスを交わす。
「……反則だって、もう…」
「ぅえ……?」
「みゃーちゃんからキスしてくれたの、これが初めてなのわかってる…?」
「……!!」
いつかの教室でキスに溺れたときのような体勢で見下ろすみゃーちゃんの瞳が、至近距離で揺れている。
ぎりぎりのラインがいま、俺たちの間に横たわっている。
———さあ。
次の引き金をひくのはどっちだ?