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    越後(echigo)

    腐女子。20↑。銀魂の山崎が推し。CPはbnym。見るのは雑食。
    こことpixivに作品を置いてます。更新頻度と量はポイピク>pixiv

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    越後(echigo)

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    山崎+ティーンの組み合わせがすき。腐要素なし。全年齢。山崎と万事屋の子中心。
    銀さん出番ないです。原作程度の月→銀描写があります

    ##或監察
    ##小説

    或日和の由無し事「山崎さん! これはなんスか?」
    「ん?」
     一緒に倉庫整理をしていたテツが大声を上げた。元気だなあと山崎は勤務明けの重たさが取れない身体で振り向く。
     ――テメェ、暇になったんならテツに雑務を教えて使えるようにしろ。
     そう、書類の山を見すぎて瞳孔が乾いた副長から命じられた。その暇はさっきまでの俺の激務から生まれたんですけどね! とは言えるはずもない。廊下に控えていたテツを連れ、とりあえず簡単でリスクの少ない、ほとんど使われていない倉庫の片付けを一緒に始めることにした。
     土方の小姓になったテツこと佐々木鉄之介は、最初こそ素行のひどいお荷物だったが、今では礼儀正しく言われたとおりによく働く。しかしまだまだ未熟で、一人で何かを任せられることが少ない。本人もそれは身にしみて分かっているようだ。今回、臨時教育係になった山崎の指示を漏らさず聞こうと耳を傾けては質問し、積極的に動き回っていた。
     チンピラ警察の名高い真選組には、このように可愛げのある人員などなかなかいない。そのため、山崎もテツに好意的に接していた。
    「これ、捨ててもいいやつッスか? 自分、ひとっ走り行ってきます!」
    「いや待って待って。俺が確認するから」
     答えを待たずに動き出す背中に、山崎は慌てて声をかける。このスピード感、これが若さだろうか。いやたぶんこれ別のなにかだ。
    「ウス! これです!」
     呼び止められたテツは何故か直角に背を曲げ、歳暮もかくやの勢いで両手をもって物を敬々しく差し出す。十五センチ四方ほどの紙箱だ。茶色のボール紙でできた地味なつくりをしている。中になにか入ってるらしく、軽いころがる音がした。テツの勢いに飲まれて箱を両手で受け取った山崎は、おそるおそる蓋を開ける。
     中には、新品のストラップが十ほど無造作にころがっていた。馬をモチーフにした丸っこいマスコットは、お腹に『交通安全』と書かれたお守りを両のひづめで持っている。古い記憶が呼び起こされ、山崎はつぶやいた。
    「二代目まことちゃん……」
     顔を上げたテツが首を傾げる。
    「えーと、マスコットなんだよね。真選組の」
    「そんなものがあったんスか!」
    「あはは……だいぶ前の企画なんだけど……」
    「自分、初耳です!」
     テツはキラキラの目をますます輝かせる。無邪気な様子に山崎は苦笑して、『二代目』にはつっこまれなかったことに安堵した。
     あのお通ちゃん人質事件のあと、真選組内部では、バカで物騒で江戸の平和を守る感じの『初代誠ちゃん』について思うところがあった。というか、ない人間がいなかった。そのため、次回真選組イメージアップ企画時、マスコットのデザインを一新することにしたのだ。その際に、外注デザインを適当に採用したのだが、無難にかわいい馬は、今度はチンピラ警察――もとい真選組自体のイメージにそぐわなかった。かわいらしいキャラクターは内部にすら定着せず、早々に企画は打ち切りとなる。
     哀しき短命企画のグッズ第一弾として作られた交通安全ストラップは、まず真選組隊士全員に配布された。キャンペーン中はどこかにつけておけという、松平のとっつぁん直々の命令は大変不評だった。
     山崎もしぶしぶ通信機につけている。監察という仕事柄、複数台持ちで良かったと思った。外回り用のものにくくりつけておけば、目立つ割にさほど使わないのだ。
     なんでも御守りとしての効力は、とっつぁんの知り合いの巫女にちゃんとした儀式をしてもらったらしい。それ談合じゃないすか、という言葉はリボルバーを前にして飲み込んだ。
    「うーん、どうしようかな……」
     山崎は地味に困った。このストラップは立派な備品であり、企画の予算で作られたものだ。勝手な判断で捨てるわけにはいかない。隊士にふたたび配ろうにも、数が中途半端すぎる。そもそも今さら欲しがる隊士はいないだろう。
    「あの、山崎さん!」
    「ん?」
    「自分、これ一つもらってもいいスか!?」
    「え、いいよ。ていうか、いいの?」
     目を輝かせたままのテツがまっすぐに、戸惑う山崎を見る。
    「はい! あ、アイツらの分もで」
     そう言いながら、テツは丸っこい指でストラップを箱から三つ取り出した。どうやら友人のBーBOYたちに渡すらしい。テツは嬉しそうに三匹の二代目まことちゃんを眺め、そっと懐にしまった。
     その姿がとても微笑ましく見えたものだから、山崎はリップサービスをくわえることにした。
    「たぶん、副長もまだ持ってるよ」
     あの人の性格からして、捨てはしないはずだ。ヤニでひどい惨状にはなっているかもしれないが。
    「本当ッスか!」
    「うん、まあ、たぶんだけどね」
     箱のふたを閉じる。さて掃除を続けようかとテツをうながすと、ハイ! と気持ちの良い返事がかえってきた。

     ◇◇◇

     さて、どうしよう。
     倉庫掃除をきりのいいところまで終わらせたあと、ひとまず保留と倉庫の隅に置いていた箱から、ストラップたちだけ持ち出した。あのまま眠らせていてもスペースの無駄だ。ころころとしたプラスチック製の馬たちを、適当な巾着に入れる。かといって、自分の部屋に置いておくのもスペースの無駄には変わりないんだよなあ……と、山崎はやるせない息をはいた。
     行き場のない巾着を懐に入れる。あくびをして、山崎は本日の見回りに向かうことにした。本来、二人一組が基本だが今日の相方である沖田隊長を探して起こしてうまくなだめて、などしていたら見回り自体ができなくなる。
     本日も花のかぶき町はいい天気だ。出る前に、特に注意すべき事項がないことも確認した。沖田隊長もよく寝ていることだろう。俺もミントンやりてえな、と考えていたら足が勝手に公園に向いていた。いや、見回りコースの中に公園入ってるから。ちっとも問題ないからね、これ。
     立ち入った公園には見知った顔がいた。傘を持ったチャイナ服の美少女に、青い袴姿の眼鏡の少年、それに白い巨大犬だ。二人と一匹はほぼ同時にこちらを向いた。
    「お、ジミー。サボりアルか」
    「こら、神楽ちゃん。山崎さん、こんにちは。見回りですか?」
    「はは、そうだよ。新八くんとチャイナさんは、定春くんの散歩?」
     図星をさされたことによるちょっとした罪悪感で目をそらしたことは、特に気にされていないようだ。おん、と白い犬が軽く吼え、その横で神楽が口をとがらせる。
    「本当は銀ちゃんが散歩当番ヨ」
    「あ、そうなんだ。旦那どうしたの?」
     新八が、急に白くくもった眼鏡を中指でおしあげる。
    「……二日酔いでまだへばってます」
    「……なんかゴメン」
    「いえ……」
     タブーにふれたような気まずさに、山崎は新八と互いに目をそらす。そこにふと、鼻をひくりと動かして巨大な犬が前に進み出た。
    「――わっ!」
     巨大な鼻が山崎に急接近する。
    「さ、定春くん?」
     山崎が両手を上げる。定春は、ふんふんと彼の匂いをかいでいるだけだが、サイズ感が怖すぎるのだ。気持ちと足が逃げ出そうとするのを、彼は大人の矜持でなんとかとどめた。
    「定春、どうしたアル? 地味のにおいがするアルか? あまり嗅ぐと地味がうつるヨ」
    「おィィィなんだよ地味のにおいって! うつりません! てか地味地味連呼すんなァァァ!!」
     つっこめば、神楽はギロリ、と山崎を値踏みする目を寄越す。獣じみた気配が増えた。
    「……さてはジミー、食い物持ってるネ? おとなしく寄越したら見逃してやるヨ」
    「やめなよ神楽ちゃん。すいません、山崎さん」
     手をわきわきさせながら山崎に迫ろうとする神楽を手で制し、新八が申し訳無さそうに頭をさげる。その間も犬の黒い瞳は、じっと山崎の懐を見つめていた。噛みつきそうな気配こそしないものの、居心地が悪い。山崎は懐に手を入れる。
    「いや、持ってないんだけど……」
     探ると、布が手にあたった。
    「これくらいしか、うぇっ!?」
    「ヒャッホウ! もらったネ!」
    「あ、こらっ神楽ちゃん! 山崎さん、大丈夫ですか!?」
     手を取り出したか出さないか、そのわずかな間に神楽が巾着を奪い去った。
    「はは、はは、大丈夫……」
     かなり驚いたけど。さすが夜兎族、目にもとまらぬ速さとはこのことだろう。腰を抜かしかけた山崎と、慌てる新八の叱咤を気にもとめず、神楽は二度目の歓声を上げた。
    「わぁっ! これ何アルかジミー!? ごっさかわいいネ!」
     少女は勝手に二代目まことちゃんストラップを取り出して、指でもてあそんでいた。かわいいかわいいとはしゃぐ声に年頃の女の子なんだなあ。と山崎は先程の驚異的な動きを忘れて、顔をほころばせてしまう。
    「前に真選組の企画で配ってたやつなんだよね。余っちゃって」
    「へー、交通安全の御守りですか。かわいいですね」
     新八が神楽の手元を覗き込んで微笑む。二代目まことちゃんの名は伏せておこう、と山崎は思った。二人の目の輝きに水を差してはいけない。相好を崩したまま、山崎は声をかけた。
    「良かったらあげるよ」
    「いいアルか!?」
    「えっ、いいんですか?」
     同じ動きで同じ時に振り返る仲の良さが微笑ましい。
    「実は備品だから捨てられないし、配る機会もうないしで、どうしようかなあって思ってたところなんだ。もらってくれたら助かるよ」
     山崎は頭をかきながら言う。助かるのは本当だし、ストラップだってムサい連中にいやいや扱われるより、かわいいと言ってくれる子のところに行ったほうが幸せだ。
    「うーん……これが私のネ! こっちが新八! こっちが銀ちゃん! これは定春ヨ!」
     神楽はすべて同じ作りのストラップを慎重に吟味した。分配する顔は満足げで誇らしげだ。はいはい、と銀時の分のストラップも新八が受け取り、子どもたちは顔を見合わせて笑った。
     ――あー、いいな。こういうの、いいよね。
     山崎は、ハードスケジュールとあんパン生活でささくれた精神がだいぶ癒やされたのを感じ、そっと胸に手を当てる。
    「定春、気に入ったアルか? 良かったネ、定春ゥ!」
     白い巨大犬は、少女によって首輪にストラップをくくりつけてもらっていた。すっかり山崎から興味を失い、ふんふん、とストラップのにおいを嗅いでいる。ふわふわのしっぽが大きくゆれていて、どうやら本命はこっちだったようだ。犬の好む匂いでも出てるのか。山崎は手元に戻ってきた残りストラップ入りの巾着にそっと鼻を近づけたが、まったくわからなかった。
    「ありがとうございます、山崎さん」
     巾着を持ってきてくれた新八が、丁寧に頭を下げる。
    「いやいや、助かったのはこっちだから」
     癒やされたし、とまでは言えないが。新八は、定春の首に抱きついてはしゃぐ神楽をちらと見て、山崎に小声で話しかける。
    「神楽ちゃん、おそろいのものとかすっごく好きなんですよ」
     すごく喜んでます。と、まるで他愛のないことを、宝物の場所を教えるかのように話す。山崎はますます心に何かが染み入った。俺、おまわりさんで良かったかも、なんて忘れていた殊勝な気持ちが頭によみがえった。

    「あら、新ちゃんに神楽ちゃん」
     しとやかで凛とした女性の声が、三人と一匹の空間に割って入った。声の主を見れば、新八の姉にして局長の想い人の志村妙がしとやかに微笑んでいる。隣には若き柳生家次期当主、九兵衛の姿もあった。
    「それに山本さん」
    「……あの、山崎です。ねえさん」
     おずおずと申し出ると柔らかな天女の微笑みが、一瞬でドス黒い魔王に変化する。
    「ホホホ、あなたにねえさんと呼ばれる筋合いはありませんけど?」
    「いや、でもですね……」
    「あァ?」
    「あの、えっと、はい……」
     すんませんこれ以上は無理です局長、生きて帰れません。年下の女性に気迫のみで涙目にされながら、山崎は心で詫びた。
    「アネゴ、アネゴ、これ見てヨ」
     山崎の窮地を救ったのは、明るい声の神楽だった。傘の柄に巻き付けたストラップを得意げに披露する。
    「あら、かわいいストラップね。神楽ちゃん」
     お妙は上品に頬に手を当てて微笑む。とっても似合ってるわ、と尊敬する姉に褒められて神楽はますます嬉しそうだ。九兵衛も、ほう、と興味深そうに丸っこい馬を眺めている。普段、いかにも男のような振る舞いをしている彼女だが、意外とこういったものが好きなのだろうか。
    「ジミーからの戦利品ネ!」
    「山崎さんにもらったの間違いでしょ」
     もう、と腰に手を当てて指摘する新八の言葉に、お妙と九兵衛は同時に山崎の方を向いた。先程のような敵意ではなくとも、美女二人にまじまじと見られるとなにやら居心地が悪い。
    「あ、いやですね。前やった交通安全キャンペーンの備品が余ってまして……」
     別に悪いことでもないのに、山崎は巾着を持った手を自分の前にあげ、言い訳をならべる。お妙はちら、と九兵衛を見た。九兵衛が「妙ちゃん?」と不思議そうにつぶやくのを聞いてから、口を開く。
    「じゃあ、私たちもいただいていいかしら」
    「そりゃもちろん! ってえええ!?」
     山崎は反射的に首を激しく縦にふったあとに、驚きの声を上げてしまった。お妙はあくまで穏やかに首をかしげる。
    「もう、ありませんか?」
    「いえ、ありますあります!!」
     別に脅されてるわけではないのだが、山崎は慌てて巾着を開ける。頭を握りつぶされかけたことだってあるんだから仕方ない。間違ってもお妙の手には触れないようにストラップを渡していると、こほん、と九兵衛が咳払いした。
    「……では、僕にももらえないだろうか」
    「あ、はい」
     ストラップの紐部分を持って、馬部分を差し出された九兵衛の手のひらに乗せる。
    「アネゴと九ちゃんも、これでおそろいアル!」
     にししっと神楽が歯を見せて笑った。
    「……そうだな」
     九兵衛は少しはにかむ素振りを見せたあと、柔らかく手の内のストラップに向けて微笑んだ。あ、やっぱりそういうの嫌いじゃないのか。山崎は自身の緊張が少しほぐれるのを感じつつ、巾着の紐を締め直した。
     お妙は九兵衛に『すまいる』に送ってもらう道中だったらしい。「最近、出勤途中に野ゴリラが出るのって相談したら九ちゃんが」と美しい笑顔で言われ、山崎は腰を直角に曲げて「うちの局長バカがすいません!」と謝るしかなかった。
    「それじゃあ、私たちはこれで。新ちゃん、神楽ちゃん、気をつけて暗くならないうちに帰るのよ。川崎さん、ありがとうございました」
    「はい姉上」
    「アネゴ、いってらっしゃいヨー」
    「あの、山崎です……お気をつけて、いってらっしゃいませ」
     素直に返事をする新八と、大きく手を振る神楽の後ろで山崎は息をつく。緊張しすぎて少し心臓が痛い。巾着の中のストラップを確認すると、あと三個になっていた。神楽がひょっこりと横から覗き込む。
    「ストラップ、ジミーは持ってないアルか」
    「え、俺? 持ってるよ」
     ベルト脇の外回り用通信機を取り出す。さすがに少し色あせたかもしれないが、未使用と遜色ないストラップが下がっていた。フーン、と神楽が相槌をうつ。自分から聞いたわりに、さして興味もなさそうだ。少女は続けて問いかける。
    「ジミー、オマモリって何を守ってるアルか。頭アルか、尻アルか」
    「いや何で身体の部位? しかもだいぶ直接的」
     ツッコミをスルーし、傘に下がった馬を指でつつく神楽の横顔は少し不安そうだ。
    「こんなちっちゃいヤツで何か守れるアルか? すぐ壊れそうヨ」
    「神楽ちゃん、御守りは防具じゃないからね?」
     新八が指をたて、地球の常識にはまだ疎い部分のある少女に解説をはじめた。御守りはね、ぼくらが危険な目にあわないようにお願い事がこめられているんだよ。これは交通安全だから乗り物で危ないことがないようにだね。あ、銀さんのは原チャリの鍵につけようか。十六歳の少年はすらすらと、それも相手に伝わりやすいよう平易な言葉を選んでいる。山崎はへえ、と感心した。まだ若いのに大したものだ。神楽のささやかな不安もすっかり解消されているようで、元のキラキラした目に戻っていた。
    「じゃあコイツ、私たちのためにお願いしてるアルか」
    「そういうこと」
     こうしているとまるで兄妹だな、と山崎は微笑ましい気持ちで二人を眺め
    「酢昆布一ダース当たりますように酢昆布一ダース当たりますように酢昆布一ダース当たりますように!!」
    「違ェェェェ!!」
    「そういうことじゃねェェェ!!」
     ダブルでつっこんだ。
    ◇◇◇

     いつまでもやいのやいのとかしましい公園に、今度はキィキィと何かきしむ音、荒い息が通りがかる。
    「はあ、はあっ……」
     まだ寺子屋に通う歳だろう少年が、美しい女性が乗る車いすを賢明に押している。額には汗の玉が浮かんでいた。車椅子の女性が、こっそり首だけ振り返った。少しだけ困った表情の視線の先、子供の斜め後ろに、これまた美人が付き添っている。婀娜あだっぽく黒い着物を着こなした金髪の女性は、口から煙管を外し、ふぅっと短く煙を吐く。
    「晴太。少しわっちに変わりなんし」
     車椅子を必死に押していた少年は、慌てて足を止めて顔をあげる。
    「いや、オイラまだ大丈夫だよ! 月詠姉!」
     月詠はゆるりと首を振った。少し段差がある公園入口を、煙管で指す。
    「吉原の外は日が強い。日輪をそこの公園で休ませてやれ」
    「そうだね。そろそろ休みたいと思っていたんだ。月詠、晴太、お願いできるかい」
     日輪が、汗だくの息子に柔らかく微笑んだ。
    「わ、わかったよ……。でもオイラ、大丈夫だから!」
     段差も超えてみせる、と晴太は頑固に車椅子の取手を握りしめ、気合を入れ直す。困ったふうに、でもどこか嬉しそうに日輪は微笑んでいる。そんな二人を眺める月詠の顔もまた、困ったようでどこか嬉しそうなくすぐったさを含んでいた。
     晴太は慎重に車椅子をとりまわすと、超えるべき段差に向き合った。前輪を浮かせるには、押すよりも強い力が必要だ。できるだけ日輪の負担にならないように、ゆっくりと、でも一気に押し上げなければいけない緊張感が、晴太の動きをかたくする。
     月詠はその斜め後ろにこっそり控えていた。何かあれば自分が咄嗟に動き、この親子を手助けしてやるためだ。しかし晴太の日輪を助けたい気持ちを無下にしたくない。さて、どのあたりから手を出すべきか。
    「あれ? 月詠さん! 日輪さん! 晴太くん!」
     しかし馴染みある声に、晴太の挑戦は出鼻をくじかれた。
    「新兄に、神楽ちゃん!?」
     考えればここはかぶき町。万事屋に近づかなくても出会う機会はあるに決まっている。先程まで目の前のことに必死だった晴太は不意をつかれてしまった。それは日輪と月詠も同じことで、咄嗟の挨拶も返せないまま話が進む。
    「うわー、かぶき町に観光ですか? あ、日輪さん大変ですよね。手伝いますよ」
    「ツッキー、遊びに来たアル? 新八、これ持ち上げればヨロシ?」
     新八の後ろから嬉しそうな神楽が顔を出す。更にその後ろから舌を出した定春と、黒い地味な男がひょっこりと現れた。三人が、え、誰? と聞く前に男は動いた。
    「あ、待って待ってチャイナさん。とりあえず俺が手伝いますよ」
     指をポキポキ鳴らしながら、車椅子に手を出そうとしている神楽を穏やかに制する。
    「新八くん、そっち持って。――うん。すいませんお姉さん、少しだけ揺れますよ」
     そこからはあっという間の出来事だった。新八と男が息の合った地味なコンビネーションで、車椅子を少し持ち上げて段差を超え、そのまま公園奥の涼しい場所に日輪を運ぶ。その間、晴太は柄に触れてはいたのだが、何の力も込めていない。ほんの少しのくやしさが口元に滲む。
    「新兄、と……ええと、ありがとうございます!」
     しかし、顔を上げて気丈にお礼を言った。その姿に、月詠と日輪の口はほころぶ。
    「新八くん、ありがとうね」
    「助かったぞ。新八と……」
     晴太につづいて月詠が言いよどむと、黒ずくめの男は手帳を取り出し、三人に見えるように開いた。
    「あ、俺はこういうものです」
     頭をかきながらへらりと笑う。
     ――『真選組 山崎退』
     真選組。自警団を有する自治区である吉原にいない存在だが、こちらの警察ということは月詠も日輪も知っている。よく見れば男は腰に帯刀していた。
    「やまさき、たい」
    「……やまざきさがるです」
    「山崎殿か。呼び間違えるなど失礼をした、すまぬな」
     月詠が口で詫び軽く頭を下げると、山崎は驚いたように目をまたたいた。その横で神楽が鼻をほじっている。
    「ジミーはジミーアル。大西だか小西だか編集者みたいな苗字、ジミーの癖に小賢しいネ」
    「大西も小西もついてねえよ! 山崎だよ! つーかそれは別のジミーさんに失礼だろ!!」
    「うるさいヨ」
     ぴんっと鼻くそを飛ばす神楽に新八が、神楽ちゃん、とたしなめる。山崎は、はぁ、とため息をついたあとに
    「そちらは日輪さんに月詠さんに晴太くん、ですか。万事屋さんの知り合いなんですね。ここであったもなにかの縁ですから、困ったときはおまわりさんを頼ってください」
     山崎は三人を見比べたあと、人懐っこそうな笑みを浮かべた。どうやらそれ以上――どこから来たのか、などを聞くつもりはないらしい。正直、月詠にとっては助かるのだが、どうも聞かないこと自体に含みがありそうな気配もある。そんな雰囲気をまとった地味な男だと彼女は思った。
    「ツッキー、今日はどうしたネ。みんなそろってタイムセールアルか? お一人様ひとつ狙いアルか?」
    「いや神楽ちゃん、みんながみんなタイムセール時にのみ集合する家族じゃないんだよ」
     どこか哀愁すらある新八のツッコミのあと、月詠はふうっと紫煙をはく。
    「久々にかぶき町の散策を三人で、と頼まれたのでな。だが日もだいぶ高くなった。休める場所を探していたところでありんす。休んだらそろそろ帰り……」
    「えー!!」
     晴太が大きな声を上げる。
    「なんでだよ月詠姉! せっかく新兄と神楽ちゃんに会えたのに。このまま万事屋さんまで遊びに行こうよ!」
     両手でこぶしを握り主張する少年に、月詠は厳しい声でぴしゃりと返す。
    「日暮れまでには帰る約束じゃ。訪問するにしても、いきなりは迷惑になりんす」
    「うぐ……」
     もっともな返答にうろたえる晴太を見かねてか、新八がまあまあ、と声をかけた。
    「別にウチは迷惑なんかじゃありませんよ。なんのおかまいもできませんけど……」
    「そうネ、ツッキー。ウチはいつ来ても汚いし、マダオはマダオのままヨ」
    「おや、そういえば銀さんはいないのかい?」
     日陰で休みつつ、近くに寄ってきた定春のあごをなでてやっていた日輪が問う。新八が深いため息をついた。
    「あのマダオは二日酔いで出られなかったので置いてきました。仕事もなかったですし」
    「確かにそれは、いつもどおりだねえ」
     日輪はくすくすと笑いながら、ふと定春の首を見た。
    「お前さん、ずいぶん洒落たものつけてるじゃないか。毛皮に隠れてたけど」
     指でストラップを優しく引き出してやり、毛皮の上に出す。定春はすこし嫌そうな顔をしたものの、日輪が指をはなすと、いつものおとぼけ顔に戻った。
    「私もつけてるヨ! おそろいネ!」
    「おや。かぶき町で流行ってるのかい?」
     ストラップの話題に、神楽が日輪に飛びつかんばかりに走り寄った。
    「山崎さんにもらったんですよ」
    「あ、はい。キャンペーンのあまりなんですけど」
     新八の紹介に、山崎が巾着から丸っこい馬を取り出す。月詠と晴太が覗き込んだ。
    「根付でありんすか」
    「あ、はい。そうです。良かったらきみ、いる?」
     山崎はそう言って、晴太に差し出す。
    「え、オイラがもらっていいの?」
    「もちろん」
     可愛らしい馬を少年の手のひらに乗せた山崎は、ちらと月詠のほうを見た。
    「まあ、かぶき町来訪のお土産というか記念品というか、ちょっとしょぼいかもしれませんけど」
     そこまで言って、あはは、と申し訳無さそうに頬をかく。
    「あと、お母さん想いのお子さんですし。何かご褒美があったほうがいいなーって……あ、きみ、余計だったらゴメンね」
    「……すまぬな」
     月詠はわずかに微笑む。晴太は山崎と馬を交互に見てから、口を開いた。
    「……あの、母ちゃんと月詠姉にももらっていいかい?」
    「いいよいいよー」
    「ありがとう! 山崎さん!」
     笑顔の山崎は、二つのストラップを小さい手のひらに乗せる。はい、月詠姉とすぐ渡されたストラップを、月詠は微笑ましく眺めた。晴太は母のもとに駆け出す。
    「母ちゃん、オイラももらったよ!」
    「本当かい? すまないねえ、山崎さん」
     やりとりは聞こえていただろうに。母はまるで初めて知ったかのように驚いて、穏やかに微笑んで礼を言う。山崎は手を軽くあげてそれに応えていた。母子はどこにつけようか、と相談を始め、笑い声があがる。そこに神楽と新八もくわわっていき、公園の一角はにわかに賑やかになった。それを少し離れて見つめる月詠と山崎からは、自然と笑みがこぼれていた。
     月詠は手元のストラップの紐を弄ぶと、ちょうどいいものがなかったかと思い選ぶ。今は帯につけても良いが、煙草入れにでもつけておいたほうがのちのち便利だろう。くあ、とあくびを始めている大きな犬を背後に、子どもたちは日輪の前で車座になって相談していた。
    「やっぱりつけるなら傘アル。雨も防げるネ」
    「神楽ちゃん、オイラたちは雨降りのときしか使えないよ」
    「僕も何につけよう。家の鍵かな。銀さんのは原チャの鍵につけて……」
    「ああ、銀さんの分もあるんだね」
     わいわいと、どこにつけるのが良いかの相談の中で出た名前に、月詠の肩が一瞬動く。それだけであれば、ほんの一瞬だった。
    「良かったじゃないか月詠。銀さんとおそろいの根付らしいよ」
    「ななな何を言い出すんじゃ日輪!! わっちとあやつがそ揃い、そ、そ、そ……そんなのはどうでもよいことじゃ!」
     月詠は手に持っていた煙管をふるわせ、顔を真っ赤にして怒鳴りつける。あらあら、と日輪が笑う。子どもたちも慣れているらしく、またか、の顔をしている。まったく……とからかいのもとから顔をそらすと、居心地悪そうな地味がいた。
    「……あの、俺は何も聞いてないんで」
    「何をじゃァァァァァ!」
     煙草入れを目の前の顔に叩きつけると、何故かスパーキン! という音が聞こえた。

    ◇◇◇

     吉原からやってきた三人を見送ると、日もだいぶかたむいていた。みなが腹をかかえて家路につきはじめるころだ。見回りのはずが、ひとところにだいぶ長居をしてしまった。と、山崎は今さらながら思う。空っぽになった巾着袋をくるくると畳んで、懐にしまいなおす。首を左右に曲げてコキコキと鳴らした。子どもたちにいとまを告げようとすると、悲鳴に遮られた。
     反射的にそちらを向く。うああんと大声で子供が泣いていた。三、四歳くらいだろうか。その両手は巨大犬、定春の首元に入り込み、首輪にぶら下がったストラップを握りしめている。その後ろに、こちらも半分悲鳴のような声で母親らしき女性が叫んでいた。
    「これ、おやめ。やめなさい!」
     女性は片腕で子供を抱きとめ、もう片腕で子供の手を引き剥がそうとしている。しかし、子供は首をふって足をばたつかせ、させようとしない。母親は真っ青な顔で飼い主たちを認めると、すいませんすいませんと涙声で謝った。
     定春は眉間に狛犬のような深いしわを寄せている。歯こそ見せていないが、ウ、ウ、ウ、と断続的な唸り声を出していた。首輪を引っ張られて苦しいのかもしれない。
     山崎と新八が、状況を理解するやいなや定春のもとに駆け寄る。山崎が小さな指をひとつひとつはがそうとすると、子供はますます泣きわめき、足をばたつかせた。ストラップを精一杯の力で握り込み、いやいやと首を振る。
    「定春、ちょっと待ってね。苦しいよね。ごめんね」
     新八は、唸りが本格さを帯びはじめる定春をなだめようと話しかけた。そこに、もう一人の影がさす。
    「おィ、ボウズ」
     何故かハードボイルドさを出した神楽――グラさんが、ずいっと水戸黄門の印籠よろしく、子供の前に拳を突き出す。新八が目を見開き、かぐらちゃ、と名前を呼ぶ前に少女は口を開いた。
    「こういうものは毛玉より美少女からもらっていくものネ。幸運に感謝するヨロシ」
     ストラップを、ぐいっと涙と鼻水ともろもろでぐしゃぐしゃの子供の前に突き出す。最初に母親が、はっと何かに気づいて「ほら、良かったわね」と腕の内の子供をうながした。小さな両手が定春の首からはなれ、おそるおそる伸ばされる。神楽はそっと丸っこい馬をのせた。
    「大事にしろヨ」
     にかっ、と歯を見せて笑う少女に、への字口のままの子供が頭を縦にふる。母親は声を震わせながら、すみません、ありがとうございます、と深く頭を下げた。

     山崎と新八は、何度もふりかえり頭を下げる母と、ストラップを握りしめた拳をふる子を見送っていた。その後ろに、定春の毛皮に顔をうずめる神楽の姿がある。
    「定春、痛くないアルか?」
     言葉こそ飼い犬の心配をしているようだが、声に今までの元気がなくなっていた。ぐりぐりと額を擦り付ける飼い主をなぐさめたいのか、定春がぺろりと頬を舐める。
    「神楽ちゃん……」
    「考えたら、乳臭いガキが欲しがるようなものじゃなく、もっとレディーにふさわしいものが私にはあるアル。ジミー、今度はよく考えて貢ぐヨロシ」
     毛皮に顔をうずめたまま、新八の声にかぶせて神楽は憎まれ口をたたく。眉を下げた新八が、自身のストラップを取り出した。
    「僕の」
    「いやアル。眼鏡うつる」
    「即答かよ! いやうつらねーし! そもそも眼鏡のどこが悪いんだ!!」
     少女はずっ、と鼻をすすった。
    「……それ、新八のアル」
     神楽の二の句に、新八が言葉に詰まる。すべて同じつくりのストラップから、他ならぬ神楽が新八のものだと選んだのだ。山崎は子どもたちのやりとりを眺めたあと、そっと通信機を取り出して、ストラップの紐を解いた。
    「はい、チャイナさん」
    「……いやアル。地味がうつる」
    「うつりませんって」
     山崎は苦笑いを浮かべながら、巨大犬にまわされた少女の手にストラップを近づけた。やっと顔を上げた神楽の目尻は赤く、鼻水も出ていて、美少女が台無しだ。いやいつものことではあるのだが。
    「最初も言ったけど、この備品、配りきらないといけなくて困ってたんですよ。俺、このままじゃ切腹申し付けられちゃいますから」
     頭をかきながら、ひときわ情けない声で山崎は続けた。
    「ですから万事屋さん、人助けだと思ってどうかお願いできませんか」
    「……依頼料は、高くつくアル」
     スン、と鼻を鳴らしつつ、神楽はやっと手のうちにストラップをおさめた。
    「あはは、今は手持ちがないのでまた今度にでも……」
    「そうですね、また今度にでも。ねっ、神楽ちゃん」
     新八が明るく尋ねると、神楽はしょーがねーアル、と薄い胸を張る。
    「俺もそろそろ戻らないと。今回は、ご協力に感謝します」
     山崎は苦笑しながら暇を告げると、さっと敬礼した。新八が頭を下げ、おゥまたアル、ジミー。とすっかり調子の戻った神楽が傘をさしなおす。オン、と白い犬が吠えた。
    ◇◇◇

     見回りから屯所に帰った山崎の足取りは軽かった。なんだか今日は良いことをした、というより、良い日だったな、と思う。自分が良いことしたような気もするけど、それより良いことをたくさんもらったような、不思議な気持ちだ。いい大人になってだいぶ経つ山崎だが、こういった気持ちはひさびさだった。今なら多少の理不尽なら平気かもしれない、いや、できれば理不尽は起こってほしくないのでさっきの取り消しで。
    「ずいぶんと機嫌がいいじゃねェか、山崎ィ」
     ほら余計なこと考えるからァ! と、叫びだしそうなところをこらえて、向き直る。
    「なんですか沖田隊長、驚かせんでくださいよ」
    「なんでィ、今なら多少の理不尽でもわりと見逃せそうっていう浮かれポンチの顔してやがったくせに」
    「あんたエスパーですか!?」
    「なんだ、当たってましたかィ」
     うぐっ、と喉になにか詰まる感触がした。これは本当に最高の理不尽が降りかかる可能性大だ。さらば今日の良き日よ。覚悟完了した山崎の目の前で沖田は、くぁ、とあくびをした。
    「まァいいか。これ、テツがお前さんの忘れ物って言ってましたぜィ」
    「えっ」
     飛び出した名前に目を見開く。そして沖田の手元にあるものを二度見した。つまんだ紐先にゆれているのは、丸っこい馬と交通安全の文字だ。
    「備品を落っことすなんざ、土方のヤローに知られたら切腹モノでさァ。テツと俺に感謝しなせェ」
     ニヤニヤ顔の沖田から放り投げられるストラップを、山崎は慌ててキャッチする。

     そのさまを面白がっていた沖田はふと、山崎の様子がおかしいのに気づき、意地の悪い笑みを引っ込めた。浮かれポンチから覚悟完了の顔つきになったかと思えば、今度は落とし物を眺めてぽかんと呆けている。普段から地味な割にリアクションが派手なヤローだが、忙しすぎる。沖田がいぶかしいんでいると、山崎ははっと顔を上げて腰を曲げた。
    「ありがとうございます。沖田隊長」
     礼のあとに上げた顔はしまりなくゆるんでいた。
    「……本当に何があったんでィ」
     ベルトの通信機を取り出して紐をくくりつけている山崎が、穏やかに答える。
    「別になんでもありませんって。かぶき町は、今日も異常なし」
     通信機にゆれる二代目まことちゃんと目を合わせて、彼はにしっと歯を見せて笑った。
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