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    越後(echigo)

    腐女子。20↑。銀魂の山崎が推し。CPはbnym。見るのは雑食。
    こことpixivに作品を置いてます。更新頻度と量はポイピク>pixiv

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    越後(echigo)

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    山崎がかまっ娘倶楽部に潜入捜査する話。女装あり。というよりずっと女装してる。
    オリキャラオカマが出張ります。原作くらいの残酷表現と下ネタあり

    ##或監察
    ##小説

    或蚊虻の決着点 ネオン煌めく眠らない町、かぶき町。明日をも知れぬろくでなしどもが、夜の蝶が舞い踊る中で酒を浴びる。そんな店のひとつがここ、「かまっ娘倶楽部」だった。
    「いや蛾だよね、蝶っていうかむしろ蛾」
    「ちょっとザキ恵~、何ぶつぶつ言ってんのよぉ」
    「あ、すんませんアゴ美姉さん」
    「あずみだゴルァ! テッメ、オカマなめてっと引っこ抜くぞ!!」
     今宵、蝶の中に一風毛色の変わった――狗一匹。真選組監察、山崎退の姿があった。
     ラメ入りアイシャドーに赤すぎる唇、ナイトドレスからそこそこ逞しい二の腕を露出させた外見は分かりやすくオカマの印象を相手に与え、加えてウィッグとヘアアクセをわざとけばけばしく盛ることで、元々の男性・山崎退の印象を薄くしていた。でも知り合いに見られたら死ねるよこれ。余裕で死地に赴いちゃうよ、大事な何かが。山崎は死んだ目で日本酒ケースを持ち上げ、ため息をついた。
     もちろん、職を変えたわけでも趣味でもない。これは任務の内だ。
     かぶき町は江戸のお膝元には違いないが、場の特異性から独自のしきたりじみたものが暗黙のうちに敷かれており、そのひとつに顔役たちの存在がある。幕府お抱え組織である真選組といえど、かぶき町四天王と呼ばれる彼、彼女らの顔を飛び越えてかぶき町を好き勝手捜索するのはご法度だ。総スカンならばまだいいほう、敵にまわしたとあっては何かと荒事を好む連中ばかり、一悶着ではすまない。
     今回、山崎の内偵先である『かまっ娘倶楽部』はオカマバーであり、かぶき町四天王のひとり、鬼神・マドマーゼル西郷が経営する店だ。
     この『かまっ娘倶楽部』が攘夷志士をかくまっているという話は、真選組監察でも既に入手済みであり、調査済みだ。結果、ひとつの面では本当である。マドマーゼル西郷は、行き場をなくした浪人たちを――オカマとしてだが――雇い、居場所を与えている。実際、男らしいんだか女らしいんだか猛者なんだか乙女なんだかよく分からない連中の持つ武力は相当なものであり、一兵団と言っても過言ではない。しかし、逮捕すべき危険分子への認定は免れた。なぜならマドマーゼル西郷によって統率され、混沌たる町を治める一角を担っているからだ。うかつに手を出せば、町のパワーバランスを崩壊させてしまう。よって、真選組は立場としては静観という立場をとっていた。
     しかし、今回は見過ごすことが出来ない情報が入ってきたのだ。過激派攘夷浪士の中でも危険思想集団『業満党』に所属している凶悪犯がいるのだという。『業満党』は幕府の要人を狙って悪辣な事件を起こしており、まだメンバーがほとんど捕まっていないという、真選組としてはなんとしても早急に逮捕し、情報を得たい相手だった。
     山崎は、真選組監察として事前捜査を行うにあたり、今までとは違う切り口で進めた。正面から、マドマーゼル西郷へ交渉したのだ。
     これは賭けではあるが、最優の方策だった。隠れて『かまっ娘倶楽部』を嗅ぎ回ったり、潜入工作をおこなうことで彼らをいたずらに刺激すれば、真選組という組織と西郷勢力の衝突を招きかねない。最悪、かぶき町全体を敵にまわしてしまう。

     山崎は訪問した西郷家の応接室、鬼神の前で土下座をしていた。腕組みをして座し、目を閉じる西郷の横では、アゴ……あずみがおろおろと二人を見比べている。今日、いきなり尋ねてきた地味な男は自分の身分を明かすと、『かまっ娘倶楽部』の従業員を調べさせてほしいと頭を地に擦り付けた。西郷は山崎の身分を聞けば顔をしかめたが、その後とつとつと語られる言葉と男の目に思うところがあったのか、沈思の姿勢をとった。
    「あの、ママ……」
     空気に耐えきれず、あずみが西郷の肩をつつく。艶やかな女の着物を纏った豪傑は、長く重い息を吐き出すと、目を開いた。
    「男が、それも侍が簡単に頭を下げるもんじゃないよ」
    「下げます。俺の軽い頭なんて安いもんです」
     畳に反響してくぐもった声が、間髪入れず返ってきた。
    「脅したいわけではありませんが、ヤツが所属している組織は幕臣ではなく、その周囲の家族、弱みを襲撃します。相手が意に削ぐわぬと知れば即殺害し、見せしめにする。女子供、老人関係なく」
     淡々と、しかし真摯な声で山崎は答える。脳裏で凄惨さを極めた現場が思いだされた。あからさまになぶり殺しにされた痕のある病人、かばい合って絶命した母子、死体になってからも破壊され、晒され、辱められた罪のない人々。一ヶ月前、奇跡的に生存した子供を発見したことから、このオカマバーまでの細い糸をつかんだのだ。
    「何か……何かあってからでは遅いんです!」
     ぐりっと畳に頭を擦り付け、彼は叫んだ。悲痛な響きにあずみがアゴをしかめる。しばしの沈黙の後に、西郷が口を開いた。
    「……アンタの気持ちはわかった」
    「じゃあ……!」
     静かで重々しい声に、山崎がばっと顔をあげる。
    「だけどね、こっちにとってもアイツは可愛い従業員なかまなんだよ。はいどうぞ、と簡単に引き渡すわけにはいかないわ」
    「……そうですよね」
     声に隠しきれない悔しさがにじむが、もともと交渉が一度で終わるとは思っていない。山崎としてはここで好感触を得ただけでも収穫だ。ここを出たらまた方策を考え直し、交渉を続けるしかない。時間は惜しいが、手間を惜しんではいけない案件ヤマなのだ。
    「アンタの目に、嘘はない」
     眼の前の益荒男が言葉を続ける。深い声は威厳と愛情に満ちており、懐の深さを伺わせた。
    「だからアンタの目で確かめな。アンタは今からここの従業員だよ」
    「……は?」
     山崎は顔だけを上げ両手をついた姿勢のまま、固まった。
    「ちょっとママァ!?」
    「アゴ美、アンタが教育係兼お目付け役だ。その、しっかり仕込みな。今夜からヘルプで出すよ」
     裏返った声のアゴ美を置き去りに、西郷はのそりと立ち上がる。放心したままの山崎に振り返ると、ウインクをひとつお見舞いして襖の向こうへと立ち去った。
    「ママ……」
     残されたアゴがつぶやいた。
    「だから私はあずみだって……」
    「そこかよ!!」
     西郷の私邸に、やっとツッコミが響いた。
     こうして山崎は、ザキ恵の源氏名で急遽当日から『かまっ娘倶楽部』新人として働くことになった。捜査のためとはいえ、流れを思い出し現状を顧みると涙が出そうだと、山崎はフルーツの飾り切りをしながら思う。
    「んまっ! ザキ恵ちゃんってば器用じゃなァい?」
    「助かるワァ。うちってさ、結構そういうコが少なくてェ。みーんなだらしないのよねェ。困るわぁ」
    「ちょっと、だらしないのはアンタもでしょッ!」
     ヤダ~とガハハが入り交じる青ひげの姉さん方に、あははと苦笑で合わせるのにも慣れてきた三日目。自分の小器用さが少しうらめしくなる。
    「ザキ恵、それ終わったら五番にヘルプ入ってちょうだい」
    「はいよっ」
     アゴ美が声をかけてきた。五番を覗うと、だいぶ出来上がった客二人をオカマが一人で相手している。
    「ザキ恵です~、よろしくおねがいします~」
    「おっこりゃまたオカマだ! オカマが一匹、オカマが二匹……」
     酒を片手に親父どもが、ぎゃははと品のない笑い声を響かせる。『かまっ娘倶楽部』は良い客――常連もそこそこ多いが、その店名から半分冷やかしにやってくる者がいる。あまりに目に余ればママこと西郷の剛腕で叩き出されるが、厄介な酔っぱらいというレベルではまだ客の内だ。
     山崎は今までいろいろな場所、それこそバーやクラブにも潜入捜査をしたことがあるが、決して良いとはいえない客層も抱え込むオカマバーの懐の大きさには感心した。かといって働きたいかというと別の話だが。オカマにはオカマの誇りといったものがある、というのをまだ三日目ながらうすうす理解し始めていた。いやオカマの心を理解し始めたわけではないけど。そこはまた別の話だけど。
     山崎は今日も求められるまま、器用にヘルプをこなし、適当に客をあしらってタクシーに押し込んだ。
    「ふぅ、助かったわぁ~。ザキ恵ちゃん」
     閉店前の客を見送り、ありがとね、と額をぬぐっているだいぶ年のいったオカマの名は、ハス子という。こいつこそが、山崎が追う極悪犯、『業満党』に所属する蓮二郎れんじろうという攘夷浪士だ。
    「いえ~、ハス子姉さんもお疲れ様です」
     山崎は当たり障りのない笑顔をふりまき、自然に控室にうながす。三日間、さりげなくターゲットとは接触をはかってきたが、相手はこちらの正体には気づいていないし、ザキ恵に対して後輩レベルの親近感は抱いているようだ。このまま相手の懐に入り込み、何らかの情報をつかみたい。そして、まだこいつが『業満党』に所属しているという証拠がつかめれば、そのときは多少強引にでも捕縛し、屯所に連行する必要がある。
     オカマ二人は控室にて同時に化粧台の前に座る。崩れてきた化粧を軽くととのえ、帰り支度を始めたとき、ハス子が口を開いた。
    「あのね、ザキ恵ちゃん……」
    「なんですか? 姉さん」
    「……アナタも、浪人だったの?」
     ぴくっと山崎の肩が跳ねる。それを見て、ハス子はふ、と微笑んだ。
    「ごめんなさい、ここでは過去の話はご法度。解ってるわ。でも、ザキ恵ちゃんの手や足運びを見てると、そう思ったの。だって、アタシも……そうだったから」
    「ハス子姉さん……」
     ハス子のほうを向いた山崎が認めたのは、さみしげな瞳だった。
    「アタシはね、ずっと昔、二本を腰に、一本を股に下げていたのよ……」
     
     ――アタシね、だいぶ昔、まだ下の毛もない頃。江戸の外で主君に仕えていたの。でもね、アナタも知ってるでしょうけど、あのとき、全て失ってしまった。……アタシの主君は、天人に抵抗していたのよ。そう、最期まで……。
     自刃、と聞かされたわ。天人と手を結んだ幕府に下って、自ら……だって。笑っちゃうわよね。アタシたちが一番知っていたの。そんなことあるわけないって。でも、そんなこと聞きやしない。それどころか、アタシたちが、誰よりも主君あのおかたが思っていたお上が、アタシたちから腰の魂を取り上げて、サムライという名前まで奪っていこうとするのよ。やりきれなかったわ。アタシたちは、主君あのひとはなんだったのって。何のために戦っていたのって。後を追った仲間だって多かった。今思うと、そっちが賢かったのかもしれないわね。でもね、アタシは駄目だった。どうしても、むりだったのよ。
     ――そして、逃げて、逃げて、しまいには堕ちたわ。言えないようなことに関わったの。でも、今度はわからなくなってきちゃったの。同志、と呼んだり呼んでくる人たちはみんな、大義を掲げてはいたけど、やってることはちぐはぐで。何より、アタシの中には毛ほどもそんなものがないことに気づいてしまった。
     アタシがママに会ったとき、雨が降ってた。アタシはそのとき、ちょっとケンカしちゃって、少し怪我してたのよね。ママはそんなアタシを黙っておぶった。アタシはびっくりして、もう死なせてくれって言っちゃったのよ。そしたらね、ママ、急にアタシを殴ったの。冗談抜きで死んだと思った。ガチで。
     ママは言ったわ。「テメェは逃げたいだけだ。股にぶらさがってるもんからな」って。「逃げて逃げて、腐り落ちさせるくらいなら、落としどころってのを学びな」

    「と、いうわけなのよ……」
    「あの。ごめんなさい姉さん。もしかしてもう落とし」
    「あ、ザキ恵ちゃんは手術の日取りとか決まってるの? 紹介できるわよぉ~」
    「いえいえいえいえいえいえいえ」
     満面の笑みのハス子に、山崎は全力で首を振った。
    「浮世に心残りがないわけじゃないけど……アタシ、今は生きててよかったと思ってるの。ザキ恵ちゃん、何か悩みがあったら聞かせてちょうだいね」
    「はあ……」
     ハス子はふふっとラフレシアのように笑う。それを見て、山崎は思った。自分はここに調査に来た分、やはりオカマたちのように楽しげに務めるというわけにはいかない。ある程度は取り繕っていたが、一緒に働くものには気づかれていたところもあったのだろう。ハス子は善意で悩み相談にのろうと、まず自分の過去を打ち明けてくれたらしい。どうにも凶悪犯と結びつかず、少し困惑する。しかし、情報源に間違いはないのだ。油断することはできない。
    「償えると思っちゃいない。罪滅ぼしなんか、できやしない……」
     鏡に向かい、ぽつり、とハス子はつぶやく。その横顔を見て、山崎も鏡台に向かった。辛気臭い顔のオカマが一人、己を見ている。
     一ヶ月前、山崎が現場に向かったときは雨が降っていた。黄色いテープを飛び越え、初動捜査に参加する。酷い有様に、慣れてるはずの自分でも顔を歪めた。家族から使用人まで切り刻まれた遺体たち、必要以上に破壊された部屋と調度品。どうしてここまで、と怒りがこみ上げるのをおさえこむ。一歩退き、冷静さを持つことが自分の役目だ。
    「山崎さん! 生存者です!」
     先に捜査にあたっていた隊士が声を上げた。駆け寄ると、腕の中には震える子供がいた。恐怖に駆られ歯の根があわない様子で、目は一点を凝視したままだ。
    「早く外へ。あったかいものでも飲ませてあげて」
     指示を下す。痛ましい様子に胸がきしみ、静かに怒りの炎が燃えるのを感じる。
    「山崎さん!!」
     別の隊士が手招きをする。頷いて向かうと、屋敷の外に血痕があった。雨で大半がかき消えているが、山崎の目にはそれがさらに外に向かって点々と続いていることがわかる。今のうちに辿らなければ。隊士に情報伝達を頼み、ひとりで手がかりを辿った。激しさを増す雨を吸って、隊服が重みを増していく。はたして、血痕の先、路地裏にはひとつの死体があった。
     調べの結果、死体は『業満党』の攘夷浪士で間違いないだろうと判断された。確証は持てないが、なんらかの理由で仲間割れを起こした、という見解だ。そして、その場には相手を斬ったもう一人が――それもかなりの深手を負っている者が――いるという調査結果が出た。しかし、雨のせいもあり、痕跡をたどるのが非常に困難であった。幼い子供はまだ錯乱している部分があり、とても長い事情聴取には耐えられなかった。しかし、根気強い調査の結果、妙な格好の巨漢が周囲で目撃され、西郷私邸と『かまっ娘倶楽部』の従業員の出入りが怪しいと山崎はつきとめた。そして冒頭へと話は続いている。
     一週間が経った。山崎は新しい情報も確たる証拠も抑えられないまま、今日も死んだ目で蛍光ピンクの着物をまとい、ステージに立っている。
    「ちょっとジミ恵、もうちょっと楽しそうに腰をふりなさいよ」
     隣で舞うアゴが耳打ちする。
    「いやそんなこと言われてもですねえ……てかジミ恵ってなんだ? 地味からか?」
    「ジミ子、アタシたちはプロなのよ。何があってもお客様には笑ってサービスするの」
    「いや俺は別にプロじゃ……ジミ子はもう悪口だろうが!!」
     キレた山崎が扇子でアゴをはたき、ダンスではなくコントが始まる。陽気な客たちは楽しければかまわないとやんやの喝采を送った。それを眺めていたハス子は微笑む。と、はじかれたように窓の外を見た。人相の悪い浪人が、手招きをしている。ハス子は口を結んだあとに、笑顔を作る。隣にいた同僚と客にバックヤードからボトルを取ってくると告げ、席を立った。

     ハス子は路地裏にいた。相対するのは、かつて同志と呼びあった者たちだ。目の前には数人、だが気配はそれ以上。一番前にいる、冷酷な目をした浪人が口を開いた。
    「土壇場で怖気づいて仲間を裏切り、あまつさえ殺して逃げた卑怯者め。天誅を下す……と、言いたいところだが」
     攘夷浪士は口の端を吊り上げ、笑う。
    「蓮二郎、お前さんの剣の腕は買っているんだ。ここはひとつ、お互い起こったことは水に流してもう一度、腐った幕府を壊そうじゃないか」
     両腕を広げる。周りの仲間が同意を示すとばかり、頷いている。だが、殺気を引っ込めてはおらず、ハス子――蓮二郎がおかしな動きをすれば斬る、そう言外に訴えている。
    「俺ァよ」
     気づけば蓮二郎の口からは、ふっ、と笑みがもれていた。
    「今さら、償えるとは思えねえ。でも、見過ごすわけにはいかねえ」
    「……蓮二郎、貴様」
    「俺はもう攘夷浪士、蓮二郎じゃねえ!! かまっ娘倶楽部のハス子だ!! こいやァァァ!!」
     懐から合口ドスを抜き、オカマが吠えた。
    「ちっ、イカレ野郎がァァァァ!!」
     見えていた数人が飛びかかってくる。こいつらを切り捨てたところで、隠れていた仲間が背後に続くだろう。
     ――ああ、ここが俺のタマの落としどころか。
     ハス子は不思議と、恐れを感じなかった。それどころか、高揚感につつまれている。あのときとはまったく違っていた。
     一ヶ月前、浪人崩れ仲間に誘われ入った『業満党』は幕府打倒を声高にとなえ、抱く理想はまさに我が意を得ると思った。腰の物をふたたび手に入れて、心が踊った。自分の居場所はここなのだと、確信していた。
     しかし、『業満党』の実態は幕臣の家に押し入り、皆殺しをはたらく強盗だった。蓮二郎が入ったとき、邸内はすでに真っ赤に染まり、あちこちで悲鳴が聞こえている。天誅を唱えながら、笑いながら無辜の人々を斬る同志たち。足がひけて、誰もいない方向へと進んでいた。邸の子供が震えているのを見付け、咄嗟に押入れに押し込み、静かにしているようにと告げた。その瞬間を同志に見つかり、斬った。子供から離れるよう外に誘導し、そこで殺した。自分も手傷を負い、このまま死んでしまおうと思っていた。逃げたかった。主君を救えなかったときのように。
     なんの運命の悪戯だろう。自分はまだ死ねなかった。気づけば巨大なオカマの背に揺られ、自分もオカマとして生きることになった。店の連中は陽気なやつらで、魂は男よりも女よりも強く美しく有りたいと願う、そんなバカどもだった。気がかりは、生き残った子供の安否と、最近入ったかわいい後輩の悩みを聞き出せなかったことだ。
     ――でもきっと、なんとかなる。アンタらだって、幸せになれる。

     腕を斬られた。
     ――まだ動ける。
     腰を斬られた。
     ――まだ動ける。
     肩に刃が刺さる。
     ――まだ動ける。

     不思議と軽く感じる身体から繰り出す一撃が、相手を倒していく。一人、二人、三人。その後ろから援軍がやってくる。だが、怖くない。刀に比べればずいぶんと頼りない合口が、今では何よりも自分にあった相棒のようにハス子には思えた。
     肩で息をしながら一人を刺し、蹴り飛ばしたときに、横から刃が降りかかった。避けられない。ハス子はスローモーションでそれを感じながら、目を閉じた。
     衝撃はなかった。
    「――ったく、ボトル取ってくるのにどれだけかかってんですか。ハス子姉さん」
     目を開くと、浪士が倒れた向こう側に、蛍光ピンクの着物の後輩が立っている。
    「ア、アンタ……」
    「おっと、業務中に余計なおしゃべりは禁止ですよ!」
     ハス子のかたわらをするりと抜けると、一閃。浪士の一人が、何が起こったかわからないという顔のまま倒れた。信じられない光景に、何奴、と口に出そうとしたものが、その口のまま地に伏せると、残った一人が恐怖を浮かべ、踵を返して走り去ろうとする。その前に、巨体が立ちふさがった。
    「お客様ァ……どちらへお帰りで?」
     鬼神・マドマーゼル西郷はニタリと笑い、その剛腕を振り下ろす。
    「お会計がまだだろうがァァァ!!」
    「ぎゃああああああああ!!」
     地面に巨大な穴があいた。その横で漏らして気絶した浪人を見下ろし、西郷はケッと唾を吐く。
    「釣りはいらねえよ」
    「あ、じゃあそれはこちらで回収させてもらいますんで」
     ザキ恵がへらへらした調子で懐から携帯を取り出している。
    「ザキ恵……アンタ一体……」
     ハス子はとても立っていられず、その場に座り込む。問いにザキ恵は目をぱちぱちまたたかせる。そして、人差し指を口に当て、いたずらっぽく笑った。
    ◇◇◇

    「――と、いうわけでハス子は郷里に帰ったわ」
     えーっ! と、複数の野太い声が、開店前の『かまっ娘倶楽部』で女子中学生のノリであがる。西郷は咳払いをして場をおさめると、残念そうに話す。
    「仕方ないでしょう。郷里のおふくろさんの姉の叔父の従兄弟の友人のお父さんが病気だって言うんだもの」
    「それもう他人だろ」
     座った三白眼で、ザキ恵がぼそっとつっこんだ。間をおかずギロリと殺気のこもった視線が飛んできたため、目をそらす。
     ハス子――蓮二郎は自首をした。今ごろは怪我の治療を受けながら、取り調べを受けているはずだ。犯罪のほとんどに加担しておらず、叙情酌量の余地ありとわざわざ報告書に書いた山崎に、変に情けをいれてんじゃねえよと副長は言ったし殴ったものの、破棄されることなく受け取ってもらえた。そこまで彼の状況は悪くならないだろう。『業満党』は壊滅したわけではないが、蓮二郎のおかげで捜査の先行きは明るい。
     だが、山崎はまだ『かまっ娘倶楽部』から解放されていなかった。マドマーゼル西郷から店近くで暴れた業務妨害とハス子の働き分の補償を求められたのだ。筋がとおってる以上、断るわけにもいかなかった。今日も地味かつ死んだ目で、山崎退――もとい、ザキ恵の仕事が始まる。
     副長と監察方の一部以外には、潜入捜査の内容は知られておらず、知る面々が『かまっ娘倶楽部』に来ないのが救いだ。真選組の中にこの店に興味がある面子がいないことも知っている。オカマに対しての偏見だったり色々は、この任務でだいぶ変わったものの、やはり知り合いに見られたら死ねる。魂とかが死んじゃう。
    「ハス子が抜けた分は、しばらく助っ人を呼んだから。……頼むわよ」
     西郷がちらと視線を向けた奥、銀髪の天然パーマをふたつにくくったオカマが、心底やる気のない声と共に登場した。
    「どーもー、パー子でーす」
    「……えっ」
    「えっ」
    「旦那ァァァァァァァ!?」
     ザキ恵の甲高い叫びが、開店前の『かまっ娘倶楽部』に反響した。
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