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    越後(echigo)

    腐女子。20↑。銀魂の山崎が推し。CPはbnym。見るのは雑食。
    こことpixivに作品を置いてます。更新頻度と量はポイピク>pixiv

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    越後(echigo)

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    あるまろうどのえとく。或監察シリーズ。モブというか割りとオリキャラが出張る感じになりました。

    ##或監察
    ##小説

    或客人の会得 特別武装警察真選組屯所の玄関先、鬼の副長を前にして、新人隊士がすくみあがっていた。
     間が悪いところに来ちゃったなあ、と山崎は内心うんざりする。回れ右をしたいところだが、手に持った書類が許してくれない。それに、今にも泣き出しそうな新人隊士は幼い子供の手を引いていた。どうやらその子供のせいで鬼が瞳孔を開き、子供のおかげで怒鳴り声までは至っていないらしい。
    「あのー、ふくちょー……」
     意を決して声をかけると、一応子供に気を遣っているつもりなのか、火の無い煙草を咥えた副長がガンを飛ばしてきた。こちらの書類を認めると、顎でそこにおけと示してくる。口を開くと怒鳴りそうなのだろう。おそるおそると鬼の横に書類を置きながら、
    「迷子?」
     あー言っちゃった、と山崎は分かっていた後悔をしながら新人に尋ねた。子供より先に泣きそうだった新人隊士は味方を得たと思ったのか、コクコクと頷きながら山崎に救助の念をこめた目を向ける。はぁ、と土方がため息をついて、煙草を口から外した。
    「ここはガキの預かり所じゃねえんだよ」
     ピリピリした空気を孕んだ言葉に、新人隊士が姿勢を正す。小声ですいません、と口にしてから硬直している。それ以上は動けそうにない彼に変わって山崎が頬をかきながら、子供に話しかけた。
    「ねえ君、どこから来たか分かるかなあ」
     子供は新人隊士におとなしく手をつながれたまま、山崎の問いにはゆっくりと首を傾げる。
     顔色の悪い子供――七つか八つほどの、おそらく少女だ。おそらく、というのがあまりの見た目に判別がつきにくいからである。寒風の吹く秋口に着ているものが、丈も足りていない麻を一枚。緑がかった黒髪は、どう見てもくしけずっている様子はない。絡んだままの伸ばしっぱなしを、後ろで結わえているだけだ。
     裸足で、肌の色も爪の色も薄く青みがかった白さだ。貧しい長屋の生まれだとしても、さすがに江戸のお膝元でここまでのみすぼらしい子にはなかなかお目にかかれない。
     副長が難しい顔になっていたのも、ただの迷子ではすまされない。何かの厄介事の臭いがするからだろう。番所に突き出せ、で終わらせるには危うい気配がし、かといってここで預かるには所轄が違いすぎる。これも警察の悲しいところで『何かが起こってから』でないと行動できない。特に『対テロ組織特別警察』ならなおさらだ。
    「あのー、副長。俺、今から見回りなんで、ついでにこの子を連れて番所に寄っていきますよ」
     とにもかくにも、新人くんには荷が重すぎる。そう判断した山崎は、あくまで軽い調子で提案した。土方はチッと舌打ちする。しかし、今はそれが最善と聡明な頭脳で分かったのだろう。
    「連れてけ。おい、テメーは道場だ」
     山崎の申し出にホッとした顔の新人隊士が、続きに一気に青ざめた。可哀想に。山崎はせめて生きて帰れることをそっと祈ってあげた。

     子供の手を引いて町を歩く。新人は何もわからず善意で迷子を保護し、屯所に連れてきてしまったのだろう。そして運悪く――ある意味、運良く副長に見つかってしまった。
     玄関先を出てから、行こうかと声をかけて手を差し出すと、子供は小さな手を山崎の手に置いた。握った手の温度は低く、皮膚もさらっとしている。
     しばらく道を歩いた先、山崎が向かったのは番所ではなく、人気の少ない神社の境内だった。そこらをきょろきょろと見回すと、空いた右手で適当な木の枝を拾い上げる。
    「さて」
     山崎は地面に文字を書く。
    『どこの星から来たんですか?』
     推定少女――もとい推定天人は、じっと文字を見つめた。
     体温は、子供の皮膚温度とは言い難かった。それにあわせ、顔色の悪い子供と言えばそれまでかもしれないが、血色が悪すぎる。栄養が足りないにしては、皮膚や爪がきれいすぎた。そして、皮膚の発色からは分かりづらいが、足の爪は血色とは言い難い風合いの緑がかっていた。さらに声をかけた際の反応から、こちらの言葉は通じているようだが、一向に返答はない。で、あれば話したくないか。発声器官がないか。もしくは地球語を発することが難しい天人だ。
     これで日本語の読み書きが出来なかったらお手上げだが、山崎の経験と勘はそれはないと告げていた。繋いだままだった片方の手を、少女がぎゅっと握る。
    「いっだァ!!」
     瞬間、山崎の左手に、ぶすっと何か刺さった痛みが走る。反射で大きくふろうとするも、腕ごとびくりとも動かなかった。瞠目する山崎の脳内に、声が響いた。
    『私はここの生まれだ』
    「へ?」
    『先祖がどこから来たのかまでは知らんが、私自身は地球産だ』
    「待って待って、これ、君が話しかけてる?」
    『無論。……思ったより、血の巡りの悪いおまわりだな』
    「何だこの子、話すとめっちゃ辛辣だな!」
     つい、一瞬の手の痛みは何だったのかと気にするのも忘れてつっこんでしまう。最初のボロボロの格好とひ弱な身体から発する哀れさというか可愛げといったものはどこへやら。山崎はいつのまにか、少女からふてぶてしい顔で見下した目をぶつけられていた。
    『おい、血の巡りが地味に悪いお前』
    「そこに地味いるか? いれる意味があったか?」
    『頼みたいことがある』

    ◇◇◇

     山崎と少女は手を繋いだまま、町中を巡っていた。主に山崎が住人に声をかけ、少女がたまに首を振っている。おりしも秋風涼しい中、ボロをまとった少女を連れ回す成人男性はやたら目立つ。これで制服を着ている状態でなかったら、俺が番所行きだったよなと山崎は肩を落とした。
    『次は何処だ。早くしろ』
    「えーと、少し待ってくださいね。はい」
     相変わらず頭の中に声は響き、それは命令になっていた。

     かえでと呼べ。と、天人は神社の境内でまず命じた。かえでちゃん、と言った瞬間、山崎の左手には強烈な痛みが走った。思わず膝を折り、うずくまると冷たい目で見下される。
    『ちゃん付けなど馴れ馴れしい』
    「いや君が呼べって。いっだ……いった……何だよコレ……何してくれちゃってるの?」
    『お前の手に管を刺した』
    「」
    『そのままエイリアンよろしく体内に侵入されるのと、ずるずる養分を吸い取られて日干しになるのはどちらが好みだ?』
    「想像以上に凶悪エイリアンんんんん!!」
     ニタリと極悪な笑みを浮かべるかえでに、山崎が絶叫する。
    『お前がおとなしく協力するなら解放してやろう』
    「脅迫罪とか強要罪ってご存知ですか」
     無意味だろうが言わずにいられなかった山崎に、口だけで笑っているかえではゆっくりと首を揺らす。
    『安心しろ。むしろ協力させるのは犯罪の解決のためだ』
    「はあ」
    『地球人の子供がいなくなった』
     剣呑な言葉に、山崎は息を呑んだ。かえでの目を見る。嘘は見えない。
    『私は天人だが、たーみなるとやらを通じて来たものでもない。お前たちの知る天人には頼れない』
     脳に響く声も真剣さを帯びていた。繋いだままの手が握られる。
    「……分かった。でも俺だけじゃ解決できるか。応援を頼むことも考えたいんだけど」
     腕を動かし、放したいという意思を伝えると、かえでの声が一拍をおいて返された。
    『関係しているのは、おそらく地球人の大人だ』
     こちらを見るかえでの目が光を失う。ごくり、と山崎がつばを飲んだ。
    『集ったおまえたちは、信用できない』
     地の底から這い出てきたような声が、山崎の脳を締め付ける。
    『おまえが死んだら、また代わりを連れてくるまでだ。おまえは死ぬか、私に協力するか。選べ』
     ぎしぎしと握られた手がきしむ。かえでの小さな爪が緑色に変色し、指まで及んだかと思うと、伸び、山崎の腕を回りながら上ってきた。生きた蔦とでも言うべきものが、腕に巻き付き、首にも届かんとする。山崎の額に汗が浮かんだ。
    「分かった」
     蔦の進行が止まる。
    「君に協力する」
     吐き出した言葉に、しゅるりと蔦が引っ込んで少女の爪と指に戻った。変わらず手は離れない。かえでの丸い目は何の感情も写していなかった。

     そこから、かえでの言うままに山崎は行動している。
     彼女が言うには、いなくなった子供の名前は卯吉うきち。破れ長屋に父母と同居していた。先日、父親がなくなった。それから母親だけが長屋に住まい、卯吉も忽然と姿を消したのだという。かえでが一人で探してみたものの、口がきけない子供のていではどうにもならない。また、天人としても身分があるわけではないから、むやみに明かすのは避けたい。
     山崎にしてみると、何故ただの子供の卯吉と天人のかえでが知り合いで、何故探すのかも気になったが、余計なことを言うと左手が怖いので黙っていた。
     まず、卯吉が住んでいたという長屋に向かったが、昼間ということもあり母親は留守だった。少ない住人にそれとなく聞き出そうとしたが、真選組の制服を見れば、治安の悪い地域だ。警戒心をおこさせてしまい、居留守や黙秘をされてしまう。役立たずめ、と脳内で吐き捨てられたが、これは仕方ないというか正直人選ミス――というのはやはり怖くて言えない。
     卯吉の生まれはかぶき町とのことなので、他にも知り合いがいないかと、かえでにも話を聞きながら巡っていた。結果は芳しくない。ただでさえ治安が悪く人の出入りの激しい地域だ。子供ひとりのことなど誰も気に留めていないのか。大人たちは卯吉がいないことにも気づいていなかった。
     日暮れ近くに一度長屋に戻り、母親に話を聞こうと考えているが、あの住人たちの警戒心の高さからして素直に話が聞けるとは考えにくい。これは想像以上に厄介事を抱えてしまったと、山崎は頭を抱える。せめて真選組に、副長に連絡をできればとも思うが、かえでは許さないだろう。自分の動きより、彼女の死の呪文のほうが早い。
     どうしたものかと考えながらの道中、通りの向こうから駆けてきた子供が、かえでの前で足を止めた。
    「あれ、オマエ」
    「何だよ、よっちゃん」
    「コイツ、前に卯吉が連れてきたやつじゃん」
     山崎がハッとしてかえでを見れば、目を丸くしている。彼女にも覚えがあったらしい。
    「ねえ君たち」
     この機を逃すわけにはいかない。山崎はできるだけ優しい声を出した。
    「ちょっとお話、いいかな。あ、団子は好き?」

    「卯吉、すぐ変なやつ連れてくんだよ。缶蹴りしかやりたがらねージジイとか、ダンボールの妖精って名乗るおっさんとか」
     団子屋前の長椅子にて、みたらしを口の周りにつけながら、よっちゃんと呼ばれているふとましい子供は足をぶらつかせた。
    「でも最近見ないよな。どうしたんだアイツ」
    「あれ、よっちゃん知らないの? 卯吉、おっとさんが死んじまったんだよ」
    「マジでか」
    「そうそう、それで、知り合いの商家に奉公に行ったんだってさ」
     卯吉のおっかさんが言ってたぜ。よっちゃんの隣で、少年はのんきに団子をかじっている。
    「へー、大変なんだな。卯吉」
    「へえ、そうかー」
     その隣、口周りに餡をつけた山崎が、よっちゃんの次に相槌を打ちながら、ちらとかえでを見た。
    「奉公だそうですよ」
     一度、確認をしてみると山崎の手のひらには痛みが走った。子供の手前、いっだと叫ぶのをこらえる。眼の前のかえでの瞳が揺らいでるように見えたのを、山崎は自分の目に浮かんだ涙のせいにしておいた。
     ずいぶんと軽くなった財布をしまい、子供らと山崎は別れた。手の先のかえでは、何処か元気をなくしているようだった。
    「かえでさん」
    『……なんだ』
    「じゃ、行きましょうか」
     かえでが訝しげに顔を上げると、そこには真剣な目の山崎の表情があった。
    「だいたい、本命のアタリがつけられて良かった」
     運がいいですね。と続ける男の言うことが、かえでには分からない。
    「卯吉くんのお父さんが亡くなったのが一週前、卯吉くんが姿を消したのがその数日後として、たぶんまだ間に合います」
     ぐ、とかえでの手が強く握られて、引っ張られる。男は急に走り出し、少女が二、三度つんのめるのもかまわなかった。
    『どうした!』
    「卯吉くんの家は、そんなすぐに口入れを通せるほど裕福ではない。知り合いに奉公という話も、いきなり決まるのは不自然だし、その情報が卯吉くんを知ってる大人にほぼ広まっていない。よく彼ら親子を知っている長屋の連中が相当『俺』に怯えてた」
     走りながら山崎は空いた手で制服をつまみ、かえでに、にいっと笑いかける。
    「『おまわりさん』が入るとヤバい口入れなんて、だいたい決まってんですよ。最近、地球人の子供狙いの人買いに関してはこっちでも追ってましてね」
     服を放すと今度は懐に手を入れ、黒い機械からくりを取り出した。いきなり道を直角に曲がり、路地に入り込む。
    「まあ……直接、天人あいつら相手だと、俺たちはいろいろややこしくなっちまうんですが、仲介業者やってる攘夷浪士をつぶしても文句は言いづらいでしょうよ。それに」
     連続で何かの番号を押しては、つなげたかと思えば切ることを繰り返す。その一連の動きはあざやかで、走りながらとは思えない。
    「天人に天人が個人的事情で殴り込みカチコミかけて、それで何かの問題が起きちまったって言うんなら」
     ぷつん、と最後の通信だったらしいものを切ると、機械をしまいなおす。入り組んだ裏路地をどう駆け回ったのか、かえでにはもう分からない。
    「それは、おまわりさんが入っても仕方ないんじゃないですかね」
     気づくと、港が見えていた。

    ◇◇◇

     大きな港には、宇宙そらと海の両方を移動する巨大船が並んでいる。負けない大きさの倉庫が立ち並び、周囲には船員らしき者たちが忙しく働いている。その一角に、剣呑な空気をまとった人員が警護する二階建てのひときわ大きな倉庫があった。山崎とかえでは、その中に入り込んでいた。山崎はかえでと手を繋いだままだというのに、苦もなく見張りをすり抜け、わずかな隙間を狙って忍び込んだ。あっけにとられたままのかえでがぽかんとしているのを見て、顔の前で手を振る。
    『オマエ』
    「あ、大丈夫ですか」
    『何故、手をはなさない』
    「いや、離れなくしてるのアンタでしょうが」
     小声で呆れたようにつっこむ山崎に、かえではどこかぶすくれてつぶやく。
    『オマエがオマエの目的のために動いているのは私にも分かった。離してやるから仲間の元へ行くなり、自分で動くなりして、やり遂げるが良い。私は……ひとりで卯吉のもとへ行く』
     山崎の手のひらから、何かがひっこんでいく。かえでの小さな指が離れる。
     ――途端に、手はふたたび握られた。
    『何をしている』
    「ここで今さら一人っていうのはナシですよ。それにですねえ」
     かえでの冷たい目に向けて、山崎はにしっと歯を見せて笑う。
    「地球のおまわりさんはね、迷子の保護と、家に帰すまでもお仕事のうち」
    『……好きにしろ。ヤマザキ』
     小さな手が、握り返した。

    ◇◇◇

     気づいたときには、私はひとりだった。
     私は、生まれながらにいろいろなものを知っている。それは「これまでの私たち」が代々、地球に住んで得た知識なのだということも分かっていた。私たちは神社の境内にある樹の下で目覚める。龍脈と呼ばれているらしいもので育ち、いつか樹の下で眠りにつく。それまで何もない。
     ただ、私たちは通りすがる「人間」というものをなにとなしに眺めている。そこから得られる知識を私に溜め込んでいく。私も、その前も、そのずっと前の私たちもそうしてきた。
     気まぐれに「人間」の形を取ってみることがある。そのときの人間はとてもわかりやすい。私たちを見て浮かべるのは、哀れみ、嘲笑、そういうものだと、今の私は目覚めたときから知っていた。
     ある日のこと、人間の形をとっていた私に、話しかけてくる子供がいた。
    「ねえ、何してんの?」
    「……」
    「どうしたの? 迷子?」
     首を横に振った。
    「しゃべれないの?」
     首を縦にふると、ふうん、と気のない相槌のあとに手が伸ばされる。
    「行こうよ。俺たち、あっちで遊んでるんだ」
     何故か、手を取っていた。

    「なんだよ卯吉ー。また誰か連れてきたのかよー」
    「誰だよそいつ」
    「えーっと、かえで!」
    「ふーん。まあいいや」
    「おーい、よっちゃん、卯吉、こっちこっちー!」

     かくれんぼ、というものを初めてやった。私の手を引き塀の影にひきこんだかと思えば、隣でうずくまって落ち着きなくきょろきょろしだした子供の目を見る。相手は、きょとんとしたあとに、あ、と声をもらし、怪訝そうにこちらをうかがってきた。
    「……名前は、かえでの木の下にいたからなんだけど。もしかして、気に入らなかった?」
     首を振ると、子供は笑顔に変わった。
     そうか、あの樹は――『かえで』というのか。私たちは、そんなことも知らなかった。

     卯吉とかえでの前で別れ、翌日にまた会った。卯吉は私の手を引いて、遊び場へと連れて行く。私はそれが、何故か――『嬉しい』と思った。知っていたのに、使ったのは初めてだった。

     ある日、背を曲げた卯吉があらわれ、私は何かおそろしい予感がした。
    「おっとさんが、死んじゃった」
     卯吉の手を握った。わからないが、そうしなければならないと思った。震える手は私のものより冷たくて、こんな温度を私たちは知らなかった。
    「うん。かえで、元気でね」
     卯吉はそっと私の手を撫でる。そして乱暴にはがすと、駆けていった。あっという間に小さくなる背を、私は追えなかった。

    ◇◇◇

     二人は手を繋いだまま、奥に走る。だいたい建物の作りや人間の思考といったものは似通っているもので、山崎には人買いがどこに「商品」を集めたら管理しやすいかはその職務上、よく知っている。足早に、しかし角に身を潜めながら、あと少しでたどりつくだろうとあたりをつけていた山崎は、ふと違和感をおぼえる。かえでの手の力が弱すぎる気がしたのだ。
    「かえでさん?」
    『……余計なことを言うな』
    「いだっ! わかりましたから」
     それ止めてくれるんじゃなかったんですか? 山崎が小声でぼやく。かえでは面を伏せて、わずかに肩をゆらした。それを見た山崎の口の端には、笑みが浮かぶ。二人は再び、前に進んだ。
     二つ角を曲がったところだった。
    「……待ってください」
     足を止めた山崎が、息をのんだ。
    『どうした』
    「……まずいです」
     手に力をいれ、小声でかえでを制しながら、山崎は角の先をうかがう。人影がわずかにさすギリギリから、監察は目と耳で配置を探っていた。
    「扉の前に用心棒。二人、機関銃か……」
    『難しいか』
    「戦力が。俺だけでは心もとない」
     あくまで淡々と答えながら、山崎は心中でギリ、と歯噛みした。あと一歩なのに、届かない。かといって同じ場所にとどまり続けるのも、限界がある。
    『仲間は』
    「もう少しかかります」
     必死で頭を巡らせる。この場を打開する方法が、いくつも並んでは打ち消されていった。これが先見なら焦ることなく引き返し報告すれば良い。しかし、手の先のかえでが山崎の諦めを悪くさせていた。そしてそれは、今の山崎には何より大事なことだった。
    『私が行こう』
    「えっ」
     反応が、遅れた。山崎が「かえでさん!?」と声に出す前に、小さな体は先に行った。
     何かが飛び出してきたのを認識した用心棒が反射で機関銃を向ける。己も飛び出しかけた山崎が、角に身体を引っ込める。火薬が爆ぜ、打撲音に似た連続音、金属が壁で弾かれる高い音がした。その後に、くぐもった悲鳴と何かの折れた、とわかる鈍い物音。
     山崎がふたたび顔をだすと、そこにはちぎれかけの服をまとったかえでが立っており、足元には泡を吹いた二人の用心棒が倒れていた。かえでは蔦に変じた指で機関銃を締め付けている。ミシ、ミシ、ときしむ音のあと、黒い鉄はバラバラに砕け散らばった。
    「……うわ」
     思わずもらした自分の言葉に、あわてて口元をおさえてから、山崎はかえでの様子をうかがう。蔦がするすると指に戻っていくところだった。目に光はなく、後ろで縛っていた髪がほどけてざんばらと化している。
     そして、身体中に穴があき、細い煙を出していた。
    「かえでさ」
    『大丈夫だ』
     かえでが細い腕を差し出すと、そこにも細い煙の出る穴があった。だが、山崎の目の前でみるみるうちにふさがっていく。山崎は目を見張った。天人には夜兎族のような再生力の高い種族がいくつもいる。かえでの種については分からないが、そういったものだったのかもしれない。ただ、あまりにも顔色を失いつつあるのが気にかかった。もともと悪かった色が、今は紙のような白さに変じている。
    「かえでさん」
    『余計なことを言うなと』
    「アンタが倒れたら、卯吉くんだって悲しむだろ」
     かえでが歯噛みする。
    『……オマエに分かるのか、それが』
    「わかりますよ」
     山崎は即答した。
    「友達が倒れるのは、悲しいことだろ」
    『ともだち』
    「そうだよ。アンタと卯吉くんに何があったか聞いてもないから知らないけど、友達なのは見てりゃわかりますよ」
     だからねえ。と、笑みを口に乗せる。
    「せめてもうちょっと、まともな格好で会いに行きましょう」
     山崎はさっと隊服の上着を脱ぐと、かえでの肩にかぶせた。細い体に不釣り合いの大人の上着は、ぶかぶかで格好が悪かった。だが、かえではきゅっと袖部分を握り
    『ありがとう』
     と、言葉を伝えた。
    「どういたしまして。もうそろそろ……あ、来ましたね」
     山崎が後ろに目をやる。二人より遠く離れた後方から野太い声があがると、爆発音がした。
    「あー、あれは沖田隊長がやったな……」
     山崎は呆れた声を出しながら手を伸ばす。小さな手と大きな手が、もう一度つながった。

    ◇◇◇

     倉庫奥の小部屋では、子どもたちがひしめきあっていた。劣悪な環境で弱っているのだろう。力なく横たわっているものが多い。山崎は顔をしかめる。
     ふと、山崎の手が離された。小さな影は奥に走っていく。そして、横たわる子供の前で止まった。近寄った山崎が、卯吉くんですか、と尋ねると頷いた。
     白い影は細い指を近づけて、汚れている少年の頬を撫でる。優しく微笑む顔を見てから、山崎は影の横にしゃがみこんだ。あらためて眠っている卯吉を確認すると、目立つ怪我はなく、呼吸も正常だ。山崎も安堵の息を吐く。小さな手には、小さな手が重なっていた。山崎は小部屋の入り口を振り返る。怒声や剣戟の音が近づいている。ずいぶんと物騒だが、安心した。走り寄る味方の知らせだ。
     もうすぐここまで来ますよ、と、山崎は微笑んで白い影に振り向く。
     そこに、もう人はいなかった。

     卯吉をはじめ奉公と称して買われたり、拐かされた子供たちは、多少弱ってはいたものの保護した隊士たちの質問にはっきりと答えた。そのおかげもあって、関わっていた犯罪者たちの大量検挙がかない、繋がりのある攘夷浪士の情報を得ることが出来た。
     まあずいぶんと手柄になったものだ、と山崎は思った。しかし、情報提供者が天人の子供であるとは公にできるはずがない。この事件は内偵をしていた山崎が独自に証拠を掴み、土方の指示で踏み込んだという「いつもどおり」の報告書が上がった。

    ◇◇◇

    「あーもう、手がかりが少なすぎるんですよ」
     ぶちぶちと愚痴をこぼしながら、秋空の下で山崎は小さなシャベルを土に向け動かしている。上からは赤く染まった楓が降ってきて、時折頭や背につもった。
    「卯吉くんに聞くとしても普通に不審がられるし、てか取り調べ中はとても聞けませんし」
     ある程度の穴があいたのを確認し、周りの土を柔らかくする。工程を終えて一息つくと、軍手でそっと、箱からしおれた花を取り出した。地球ではなかなか見かけない、複雑な形状の根や茎を傷つけぬように大事に支えながら、植え、優しく土をかけていく。
    「今度会うときは、もう少しまともな格好にしてくださいよ」
     そしたら、団子でも食べに行きましょう。
     花は、秋風に揺れた。
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