或忘失の方便「オイばーさん、ばーさんいねェのかー? ……おーいババア、くたばったァ!?」
「ちょ、ちょっと旦那……」
死んだ魚の眼をした銀髪の天然パーマは、『準備中』の木札が下がったきしむ引き戸を開けるなり、挨拶ではなく雑言をのたまった。その横であわあわと咎めているのはいかにも地味で印象に残らない男である。
慌てながらも男がちらりと認めた室内は、いかにも下町の食堂といった雰囲気なのだが、さすがに早朝ではがらんどうで異質な空気を漂わせている。そこにどすどすと奥から生気に満ちた足音がしたかと思えば、杖をついた割烹着の老婆が顔を出した。
「うるさいねェ! レディの身支度も待てないのかいアンタは!」
「あ? 死に化粧なら棺桶でやってもらえよババア」
「死んだ目の奴にゃあ言われたかないね。アンタがどーしてもっていうからこっちは忙しいのに時間とってやってんだ」
「そうだな。もう俺への遺産相続約束するくらいしか時間残ってねえもんな」
「アンタにやるくらいなら野良猫に残したほうがなんぼかマシだよ!」
傍若無人の天然パーマ――万事屋・坂田銀時は鼻をほじりながら憎まれ口を叩いている。横で地味な男――山崎退はそのたびに肝が冷えているのだが、どうやら老婆はさほど気にしていないようだ。負けじぎゃあぎゃあと言い返すのが、どうやらいつもの風景らしい。
ひとしきり銀時とやりあった老婆は、ふん、と鼻を鳴らすとようやく山崎をみとめた。
「こいつが雇ってほしいっていう食い詰めの兄ちゃんかい」
「そうそう、ジミーくんっていうの」
「いや山崎です」
「あんだって? チェリー?」
「いや山崎って言ってるだろ。どこからそうなった。伸ばし棒しか残ってねーよ」
「そうそう、チェリーのジミーくん」
「旦那ァァァ!? もうそれ別の意味になっちゃってるよね!?」
「ババア、かわいがってやって」
「待って! そういう話じゃなかったでしょ!」
「アタシは次の旦那は斎●工って決めてんだよ。他をあたりな」
「いい加減にしろアンタらァァァァァ!!」
ぜぇはぁと肩を上下させる山崎をじろりと睨むと、老婆は口を開いた。
「厨房には入れるのかい」
「あ、はい」
仕事柄、山崎はさまざまな免許を取得している。あわてて懐から免許を取り出そうとしていた矢先、老婆が杖で床を叩くと踵を返した。
「ついてきな」
ぶっきらぼうな声に、あ、はい、と頷く。ちらりと銀時を見ると、いつものやる気のない目でおおげさに肩をすくめる。山崎は苦笑しながら頭を下げた。
「ありがとうございます。旦那」
「まあ、仕事がんばって」
「あはは……」
山崎退は警察官である。それも、対攘夷浪士取締のためにある武装特別警察の監察方を勤めている。
当然今回、食堂にてアルバイトを始めたのも決してクビになって食い詰めたわけではなく、潜入捜査としてことにあたっている。
事の起こりは一週間前。食堂を経営する老婆――おタカが無礼な客を杖で叩き、追い出したことにあった。客の無礼な振る舞いに耐えかねていた常連客が多かったこともあり、その場は相手が逃げ出した。
しかし、翌日に郎党を率いて現れたのだ。その場は機転を利かせたものが通報をして難を逃れた。だがあのとき打ちのめしたのものが徒党を組んでいるとわかり、おタカの味方であった客たちが震え上がった。幾人かがしばらく店を閉めて何処かに逃げてはどうかと提案したが、一蹴された。
おタカは女手ひとり、かぶき町で食堂を長年切り盛りし、ならず者や酔っぱらいの相手もこなしてきた女傑ではあるが、ある程度の年を経ている。今では厨房にて立ち働く以外では、杖を持つことが多くなった。
心配した客の一人は、おタカには黙ってこっそり番所に話を持ってきた。ならず者の姿をつぶさに報告された岡っ引きが、たまたま聞き覚えがあると調べてみれば攘夷浪士の一人が該当した。堂々巡りとならずこれは担当にと、真選組にお鉢が回ってきたのも運が良かったと言えるだろう。
上がってきた報告を睨んだ上司――真選組副長・土方十四郎は、郎党もろとも一斉検挙を確実とするために、段階を踏むことに決めた。
張り込みも検討されたが、良い物件がおさえられなかったこと。攘夷浪士たちはおタカに明らかに危害を加える意志があるため、現場に一人待機したほうが良いと結論付けられた。
食堂に客よりもバイトとして潜り込めないかと、周辺事情を探った山崎は万事屋に行き当たった。長年かぶき町に住まうおタカは、顔役たるお登勢と顔なじみであり、何かしらの雑用を万事屋に頼むことがあるのだという。
山崎は銀時におタカに紹介してもらえないかと頼みこんだ。局中法度のこともあり上役である土方には話を通せないため、手土産とちょっとした謝礼をポケットマネーからひねり出す。どこか物分かりの良い万事屋社長は、詳しい用向きは聞かず二つ返事で了承した。報酬を懐に入れながらじいっと睨まれたときはその迫力に肝が冷えたが、おタカの身の安全は保障すると宣言すると和らいだ。
「ま、おまわりさんも大変だよね」
意味深な言葉には、あははと頬をかいた。町のなんでも屋さんにしては、どこか侮れない人だ。
その日から山崎のアルバイトが始まった。初日はお運びのみだったが、翌日は仕込みから入った。もともと小器用で、これまでも潜入で厨房に立ったりしたことがある。おタカもひとつ教えれば山崎が飲み込むと知ったらしく、優しくはなかったがそれほど口うるさくもしなかった。
ただ、この老婆の口汚さと気の強さは相当である。むしろ食堂にいる常連客はそれを楽しみにしているようだった。
おタカは、食べ終えて一服するかぶき町民の間を、杖をつきながら、ろくでなし、でくのぼうと罵り、食ったらさっさと出て行けと言ってまわる。その影で、厨で貰い物だというスイカを山崎に切らせていた。
腰を低くしてスイカを配る山崎に、常連客が「偏屈婆さんの相手は大変だろう」と労えば、おタカは「地味なのを拾ってアタシが優しく仕込んでやってんだよ」と声を張り上げ、サボってないでテーブルを拭けと山崎の尻を杖で蹴り上げる。ぎゃあと悲鳴をあげる山崎を見て、言い出した客が眉を下げながらも笑い、昼から酒の入った客がもっとやれと笑う。居並ぶ客の中には、やんやと手を叩く者も、呆れる者もいる。
いててと尻をさすりながら、山崎はいい場所だと思った。
こういったことは幾度もあった。潜入捜査の間、山崎はこの場で異物でありながら「そう」振る舞ってなじんでいる。それが監察であり、そうあれることが山崎の誇りであった。
ただ、騙していることに変わりはない。目的が済めばこの場所から自分は消える。
そして、やがて場所も人も自分を忘れて、穏やかで賑やかで、平和な日々を取り戻すのだ。
それでいい。それがいいのだと、山崎はいつも胸に思う。
「ほら」
三日目の朝におタカから封筒を差し出され、山崎は首を傾げる。おタカは呆れた様子でため息をついた。
「なーに、ぼやっとしてんだい」
押し付けられたままいただき、隙間から中を見るとわずかばかり金が入っている。えええと声を上げたらおタカが目をすがめた。
「アンタねえ。食い詰めすぎて金のことも忘れたのかい。そんなんだから影は薄いし地味なんだよ」
「え、いや俺、まだ二日しか働いてないですし。てか後半はただの悪口ィ!」
「二日だ百日だ、が何だって言うんだい。これはアンタが働いたぶんの金だよ。困ってんならとっときな。アタシに何回同じことを言わせる気だい」
そういえば、と思う。山崎は食い詰めた上で万事屋を頼り紹介してもらったという設定であった。故に食堂ではまかないを用意してもらっている。むしろ今どき、小さな食堂でそこまでしてもらえるだけでも破格ではないかと思う。
ふと、食い詰め者が金をもらって翌日から来なくなる、などと考えないのだろうかと頭によぎった。目の先には、仕方ないといったふうに肩をすくめるこじんまりとした老人がいる。
「……ありがとう、ございます」
山崎は封筒を押し頂いて、深く頭を下げた。おタカが満足げに笑う。
金をもらった若者が来なくなる。きっとそれでも良いと、この老婆は思ったのだろう。
仕込みを終えて準備中の札を裏返すと、どやどやと常連たちが入ってくる。婆さん生きてたのか。よう兄ちゃん仕事には慣れたか。婆さん聞いてくれよ。先ほどまでおタカと二人、静かだった食堂が騒がしくなり、山崎にはどこか屯所を思い起こさせる。まだ潜入して三日ではあるが、何故か懐かしさがおこるのは此処の空気のせいだろう。
「お、また捕物かァ」
食堂の奥、上隅に備え付けてあるテレビがちかちかとまたたき、女性キャスターが事件を伝えている。「真選組」と聞こえるが、山崎はこれしきで動揺は見せない。
「派手にやってんなァ」
「人質もろともバズーカ打ち込んだんだってよ」
「まったく、それでお咎めなしってんだから警察ってのはよ」
「どっちがテロリストなんだか」
そう、重ねられる呆れ声やため息なんかには決して動揺はしていない。ただ、胃が少しだけキリキリした。
「なあ婆さん」
と、愚痴がおタカにふられた。厨房で定食を作る小さな背中から声がした。
「知らないね」
山崎が思わずハッとするほどの、硬い声だった。
「幕府だろうと、攘夷浪士だろうと、変わりゃしないよ。どっちも信用できないロクでなしさ」
背を向けたままのおタカは、トントンと規則正しい音で野菜を刻んでいる。声には有無を言わせぬものがあり、話を振った客はおろか、みんなが静まり返っていた。
「ジミー、テレビ変えな。そろそろ相撲中継だ」
「あ、はい……ってジミーじゃないですからね! 山崎!」
ツッコミがどこか上滑りするのを感じながら、山崎はリモコンに手を伸ばした。
昼が過ぎて、食堂は終いの時間だ。山崎は最後の客を見送りに玄関先まで出る。手には「営業終了」の入れ替え札を持っている。常連客が頭を下げ返しながら、口を開いた。
「ジミーさん。ありがとね」
「山崎です。いえ、こちらこそ」
どこか含みのある声に、山崎はすかさずツッコミながら首を傾げる。
「……いやね、おタカばあさん。ジミーさんが来てから楽しそうでさぁ」
「山崎ですけど。そうですかねぇ」
「あの人もね、色々苦労した人だから」
俺もまた聞きなんだけど、と常連客は口を開いた。
――あの人ね、お公家様の出だったんだと。それもお姫様ってくらいで、俺らなんかが到底目にできるような人じゃなかったらしいんだ。
それがあの攘夷戦争の折、嫁ぎ先のえらいお殿様が幕府に真っ向から歯向かってさあ。もちろんお家は取り潰し、実家だって知らぬ存ぜぬで、我が子と身一つで放逐されたんだと。
そこからは苦労のし通しさ。きれいな顔も手も捨てて死にものぐるいで庶民の生活とやらを始めて、仕事して、手に職つけようと踏ん張って、それでこの食堂が出来たらしい。息子も一人で育てて、ちょっとぼんやりしたところのある、いい子だったらしいね。一緒に食堂やっててさ。五、六年前にその息子の結婚が遅まきながら決まったとかで、俺が話聞いた相手からだけど、周りも本人もたいそう喜んでね。あの婆さんもようやく幸せをつかんだんだねって。
――その息子と嫁が、テロに巻き込まれて死んじまったんだ。
そりゃもう、ひどかったらしいよ。まだ取り締まる真選組とかあんなのも出来る前の話だからね。幕府もそんなものに構うヒマなんてないとばかりにおざなりだったそうだ。
「だからさァ、ジミーさん。婆さんにとってみりゃ、アンタは息子か孫くらいに見えるんじゃないかって思うんだよ」
「いや、山崎なんですけど……そうだったんですか」
「ジミー! 何サボってんだい! 片付けを女一人にやらせていいと思ってんのかい! そんなんだからお前はチェリーなんだよ!」
しんみりした空気に山崎が頷いていると、奥から怒声が飛んできた。
「誰がチェリーだ! あと山崎だっつってんだろ!! ……あ、すいません」
ぺこりと頭を下げて奥に戻る山崎に、常連客は鷹揚に頷いた。
戻るとおタカは鼻を鳴らし、雑巾を顎で差した。その間もしわだらけの手は休まず片付けをしている。
「まったく、無駄話をピーチクパーチク。雀を雇った覚えはないよ」
「すいません」
「……お涙頂戴の話が聞きたかったら、今度のカネで映画館に行って、となりのペドロでも見な」
おタカは手を休めると、ふうっと息を吐いた。照明を落とした店内はやや薄暗く、すりガラスからぼんやりとした夕陽が差して、床のところどころが橙に光っている。
食堂の壁にはいくつか写真が飾ってあった。セピア色に擦り切れたものもあれば、最近撮ったのか色鮮やかなものもある。老若男女とわず、親類なのか客なのか有名なのか無名なのかも不明だ。
「アタシは誰も恨んじゃいないよ」
ぽつりとしわがれた声が落ちた。
「アタシが息子とここを作って、いろんな客がいた。町を出てったやつも、いなくなったやつもいる。みんなアタシを置いていって、もう忘れちまったろう。それでいいんだよ。ババアのことなんていちいち頭に置くもんじゃない。アタシだってそうさ。もう全部全部忘れちまった。もしアンタが明日いなくなっても、そんなもんいちいちかまいやしないんだよ」
そこまで言うと、おタカは顔をあげた。雑巾を手にした山崎をじっと見つめる。山崎は居心地の悪さに、たまらず口を引きつらせた。
「な、なんスか」
「ジミーは明日には忘れそうだ。助かるねェ」
「悪かったな印象が薄くて!」
おタカのしみじみとした口調に、山崎は雑巾をびたーんと床に叩きつけて吠える。げらげらと欠けた歯のある口で老婆は笑った。心底、おかしそうな声で笑っていた。
ったく、とぶつぶつぼやきながら、山崎は雑巾を拾い上げて床においたバケツに向かい、かがみ込んで水で洗うとかたく絞る。ふと目を上げると、壁に貼られた写真があった。変色して顔の線もぼやけてしまった若者の写真と、歯を見せて笑う客らしき家族連れの写真が、並んで夕陽に照らされている。
「……忘れちゃいないし、忘れられちゃいないでしょ」
穏やかな声の山崎に、おタカが杖で床をカツンとやる。
「壁のシミを隠すのにちょうどよかったのさ」
ぶっきらぼうな口に、そうですね、と山崎は頷いた。
「シミなんですよ。結局どっかに染み付いて、何やっても剥がれちゃくれない。そのうちあるのが当たり前になっていくのを、忘れたって言ってるだけなんですよ」
しばしのしじまの後、老婆は、ふん、と鼻をならした。
「それが終わったら、表を掃きなチェリー」
「もうジミーでいいからチェリーはやめろォォォ!!」
山崎が務めはじめて四日目。昼のかきいれ時もそろそろ終わりである。食堂のテレビでは、ニュースキャスターがテロに警戒を強めるよう指導していた。
「婆さんも気をつけろよなァ。だいぶ貯めこんでんだろ?」
「アンタに心配されてるようじゃ、アタシも終わりだね」
おタカの気勢にぴしゃりと出鼻をくじかれる常連が、頬をかきながらまいったなあとつぶやく。
「ほら、先日のこともあるじゃないか。あれから大丈夫なのかい?」
「別に何も起こっちゃいないよ。地味な奴がひとりうろちょろしてるくらいさ」
「それは俺か。俺のことか?」
食べ終わった皿と盆を回収しながら、地味な奴がぼやいている。客が大笑した。
「ジミーくんもすっかり馴染んでるじゃねえか」
「山崎ですけど。まあ、そうですかねえ……」
そのとき、ピリリリリッとどこからともなく音がした。
「誰だい、携帯鳴らしてるのは。マナーがなっちゃいないねェ」
おタカが杖でカツンと床を鳴らす。客たちはあわてて懐を探るが、誰の携帯電話でもないようで、首を傾げていた。そのうち音は止み、いったいなんだったのだろうという空気があったものの、いつものざわざわとした食堂に移り変わっていく。
そろそろ昼の時間は終わる頃合いだ。ひとりふたりと、常連たちが礼を言って席を立ち始める。そのうち一人を残して皆外に出た。最後の客が食べ終わった盆を持とうとするのを、山崎が近寄り引き取ろうとしている。
おタカは厨から「営業終了」の札を手に取ると、杖をついて入り口先まで向かった。
ふと、気づくと誰かの影がすりガラス越しに見える。「営業中」とみて、入ろうか迷っているのだろうか。おタカは心持ち早足で、カツンカツンと杖を鳴らしながら近づき、声をかける。
「お客さん、悪いけど――」
ガラリ、と横に扉が開いたかと思うと鋭い切っ先が覗いた。
しかし、それがおタカの目に入ることはなかった。何かがおタカを後ろに引き倒し、前に飛び込んでいた。
「確保!」
それ――先ほどまで盆を運んでいた山崎は、するりと刃を避けて懐に潜り込むと、相手のみぞおちに一撃を食らわせた。
「篠原!」
いつのまにか残っていた客が入り口にあり、刀を回収している。山崎が懐から手錠を取り出して、己と不審者にかけていた。おタカは後ろにころんだ体勢のまま、二人を見上げる。店員姿の山崎は、平坦な声で言った。
「――ご協力、感謝します」
パトカーのサイレンの音が、近づいてきた。
押し入り強盗を働いていた攘夷浪士が真選組によって一斉検挙された。という大手柄を、いかにも知っていましたという口ぶりでコメンテーターが褒めちぎっている。これからも江戸の町を守って欲しいですね、という無難なコメントに、定食のアジフライをかじる客が、へえ、と気のない声を出した。
「まあ偉そうなこと言ってるけど、こいつらがやっていけるの俺たちの税金のおかげだからね? ったく、こうやって少し目立ったらちやほやされてよ。映画版ジャイ●ンじゃねーか。ジャイ●ンがいくら映画で活躍しても将来性は出●杉くんにかなわねえんだよ。一時の栄光にイイ気になってたらガキ大将なんて座は中学あがるころにはなくなってんの。その前に自分の新しい位置がねえと中学は戦場だからね、一番みじめなのは小学校で持ってたモン全部違う小学校出にかっさらわれるヤツだから。結局足が速いのがモテるのもそこまでだから。そうならないためにも、もっとキリキリ水面下で働けっての。あ、ばーさん、小豆もうちょっと頂戴」
「アンタねェ、仕事ないから飯食わせてくれツケでって来たヤツの言うことかい。しかも全部の料理に小豆って……うっぷ。見てるだけで寿命が縮むわ!」
「アレ、ババアどうした? 糖分とっとく? 疲れてるなら甘いもんだよ?」
「オイィ、ババアより血糖がやべーやつに健康をとかれたくねーんだよ!! これ食ってとっとと失せな!」
血管を浮き上がらせたおタカは、銀髪パーマの前にダンッと小豆缶を置く。客の目が少しだけきらめく。よっしゃとつぶやいて、小豆をもりもりとご飯に盛り、さらさらとお茶漬けのような勢いでかきこんだ。むぐむぐと口を動かしながら、話を持ちかける。
「バイトくん、どうだった?」
「……ありゃあ駄目だね」
おタカは鼻で笑った。
「あんな駄目なバイトは見たことがないよ。勤務中に無駄話はするわ。携帯は鳴らすわ。地味だわ。影薄いわ。地味でおまけにチェリーだからね」
「ふーん」
ごくん、と小豆かけご飯なのかご飯かけ小豆なのかわからないブツを飲み込んで、坂田銀時はニヤリと笑った。その目の先には、壁掛けの写真がある。
「今度、山崎に会ったら言っておきな。次は時給三百円から。まかないもナシだよ」
「へいへい」
一番新しい写真では、気まずそうに笑っている地味な小男、冷たい目線の浪人風の男、それに気難しそうな老婆が食堂の前で並んでいた。