拗ねる 真選組監察、山崎退は仕事に誇りを持っている。
それは仕事とあらば命をも賭して果たそうという覚悟であり、きたるべきときには自分は迷いなく殉じるであろうという自覚もあった。
だから隊士に監察はあんぱん食ってミントンで遊んでるサボり雑用係だの、アサガオかヘチマの観察係だの言われたら、それはそれは拗ねたくもなるのだ。
一時は忍者教習所仕込みもとい、竹輪もとい破竹の活躍で特別功労者として表彰されたものが廊下に張り出され、山崎の認知度が上がった。だが、人間は喉元過ぎれば熱さを忘れる。
あの日、少年が母親に、絶対やるから! 今度こそ進研●ミ続けるから! と誓った意志は三ヶ月もたないものだ。
つまり、また隊士に存在を忘れられた。
また特別功労賞とった山崎ってすごいんだな~、えっと山崎って誰だっけ。監察らしいよ。へー、監察って何? えっ知らね。なんて会話が屯所廊下にて隊士の間でかわされているのを、最初はニヤニヤ、後半はビキビキとこめかみをひきつらせながら、山崎は観察してしまった。
そして今回も、私服で橋の上にいる。
冬の川の重たい流れに地味に石を投げ込み、ちくしょうアイツらなんだってんだよ、などと三十二歳はつぶやいていた。
この一連の行動については、山崎自身はだいぶ大人の対応だと思っている。機密事項だらけの監察の仕事を表立ってアピールしたり説明なんて出来るわけがない。だからこうやって、拗ねるだけにすましてやっている。
今日は久々のせっかくの非番であったのに、気分は最悪だ。しかし、これを次の仕事まで持ち越さないことが自分の仕事だ。
心が乱れたままで、強靭な精神力と臨機応変な対応が求められる張り込みに向かうわけにはいかない。襟巻きを正しながら、山崎は自分に言い聞かせた。気分転換に公園でミントンをしてから屯所に戻るかと踵を返す。
「お」
そのとき、薄茶の髪に赤茶の瞳の美少年が通りすがって、彼をみとめた。
「げっ」
山崎の喉からドSとの遭遇にふさわしい声が出たのを、美少年は聞き逃さなかった。
「げっ、てなんですかィ?」
「いや何でもないです何でもないですほんとすいませんほんと」
真選組一番隊隊長、沖田総悟は山崎にぐいっと顔を近づける。怒りではなく、ニタニタといやらしい笑みを浮かべているのが恐ろしい。
山崎は慌てて目をそらしながら謝った。とんでもないものに見つかってしまった。運がよくて半殺し、悪くて皆殺しのほうがよかったと泣いて請う相手である。肌寒い冬なのに冷や汗が止まらなくなってきた。
「まァちょうどいいタイミングでさァ。ほれ」
「……はい?」
山崎の手に、何か温かいものが押し付けられた。ほのかに熱を持った紙袋だ。押し戻せず受け取ったその中身をおそるおそる観察すると、赤いまんじゅうが並んでいた。
「奢ってやりまさァ。最大限に感謝してひれ伏して涙しろ」
「いやそこまではちょっと。てか赤っ! 何まんなんですかこれ! 人類が口にできるんですか!?」
匂いが目にちょっと染みてきた気がするんですけど。半分ツッコミ半分文句を聞き流して、沖田は手をひらひらと振りながら立ち去っていった。
いったいなんなんだ。沖田隊長の新手の嫌がらせにしては地味すぎる。
もしかして、副長に仕掛ける前に実験台にさせられているのだろうか。しかし、食べずに捨てて後で感想なんて聞かれたらと思うとゾッとする。屯所に戻って辛み対策をしてから、はしっこをちょっと試食くらいが妥当だろう。
と、彼は結論付けた。ため息とともに公園行きをキャンセルし、山崎は紙袋片手に再び歩み始める。
「おーうザキ! いたいた!」
屯所までの道すがらで、ゴリラの声が自分を呼んでいる気がした。山崎が振り向くと、白い息をはきながら、真選組局長近藤勲が制服で駆けてくる。パトロール中であったのだろうか。腕のうちに何故か紙袋を抱えている。
「今日、非番だったのか。屯所にいないから探したぞ!」
「あ、はい」
わざわざ自分を探していた、とは何の用事だったのか。普段はストーカーに精を出し、露出がデフォルトの人物だが、ひとつの組織を率いる人物である。
副長を通さずに自分に直接命を与えるとは思えないが、念のため姿勢を正そうとしたとき、なにやら温かいものが押し付けられてデジャビュが発生した。
やはり紙袋であり、中身は
「いや何で温めてあるバナナァ!? この流れおまんじゅうじゃないの!? 百歩譲ってバナナまんの流れじゃないの!?」
「今日は冷えるからな~。しっかり日●さんの懐に入れておいたぞ!」
「そんなことのために●村さん使ったのかよ! てかいらなすぎる情報!」
なんで人肌で温めたバナナを食わなきゃならんのですか!! 気持ち悪いな! の山崎の叫びを無視して、はっはっはと笑いながら近藤は去っていった。
なんなんだ、一体なんなんださっきから。何か異様な事態に巻き込まれている気がするんですけど!?
このまま屯所に戻ったら次は、という予想を抱えながらも、山崎にはもうどうすることもできなかった。神には決して届かないであろう祈りをしつつ、門をくぐって紙袋ふたつを手に廊下を歩く。
「おう、山崎」
「ほらね。言ったじゃん」
「いやどこに向けて話しかけてんだオメーは……いねえよな? いねえよな?」
目をそらしながら何もない場所に話しかける山崎に、実は霊的なものに苦手意識がある真選組副長土方十四郎が肩をびくつかせる。その手には紙袋があった。
「お決まりコースっていうか。こうなるともう逃れられないものってあるよなって」
「いや何の話!? こっちの目を見て話せ! 怖いから!」
まったく噛み合ってないコミュニケーションの中で、ようやっと土方が山崎の持つ紙袋を見つけた。
「なんだ、もう二人には会ったのか」
「あれ……もしかして」
土方の言い様に察した山崎が、ふたつの袋を持ち上げて見せる。
「これってお三方で示し合わせてたんですか? なんつうか、意味がさっぱりわからんのですが」
温かいレッドまんに、温かいバナナ。厳しい寒気の中でだいぶ手は温まって、そこだけは感謝したいと山崎は思った。絶対言わないが。
「いや……あのな。お前が拗ねて屯所を抜けたと聞いてな」
総悟のヤローが。と、珍しく歯切れを悪くしながら、土方が紙袋を差し出した。
山崎はぽかんとした顔で受け取る。あたたかい。
「……特別功労者は俺と近藤さんで決めたものだ。先日の一番隊の活躍もお前の働きあってこそだと、アイツも思ってるんだろうよ」
目をそらしながらぽつりぽつりと話す土方の前で、山崎は口の端が上がっていくのを止められなかった。腕の中の温かさが、みるみると彼の心まで満たしていった。
案の定、先ほど山崎が受け取った紙袋からは温められたマヨネーズの酸っぱい臭いがしているが、今はそんなことが気にならなかった。
「――ありがとう、ございます」
胸がいっぱいで、それしか言葉が出なかった。
山崎は頭を深く下げる。三つの紙袋を抱きしめる腕に少し力がこもった。三人からの心遣いは今のこの瞬間は山崎だけのものだった。
自分の仕事は認められている。知っていることを改めて教えられることが、震えるほどに嬉しくて、大事にしたいと思った。食べるのは無理だけど。いや人間なんで俺。
「局長も沖田隊長も副長も、俺なんかのために……」
目頭が熱くなり、うるんでいく。涙声をおさえられそうにない山崎の頭は、下がったままだった。
その上方で、土方が煙を長く吐いた。どこか、安堵のこもった声音で語りかける。
「……今日がお前の誕生日とか、すっかり忘れてたわ。やる気出たなら、それ持って気張って張り込み行って来い」
「えっ」
満足気に煙草の煙を揺らして去っていく背に、「俺の誕生日、まだ先ィィィィィ!!」という叫びが届いたかは定かでない。