今にも服を剥ぎ取って好き勝手に身体を這い回りそうだった手は、待て、の言葉に存外素直に動きを止めた。ただし、不服げな顔は隠せていない。
「駄目、は聞けない?」
「聞けない」
襟元にかかった手を掴み、宥めるようにやわく握り込んでも、瞳の中の獰猛な光は消えなかった。捕食者の目をしている。今にも舌舐めずりして食らいつかれてしまいそうな。
「今夜は、駄目だ」
「いやだ」
腹を空かせた大きな獣が自分の上にいる。制止はもう幾許も持たないだろう。毎日と言ったら毎日だと、確かにそう言ったけれど。
「隣に聞こえる」
ここは静室ではなかった。遠方での夜狩を終えて取った宿の一室で、伴ってきた子弟たちが隣の部屋で休んでいる。亥の刻を過ぎて、今は眠りについた頃のはずだ。
明日の朝も早い。彼らの眠りを妨げてしまうかもしれない真似は慎むべきだ。頭ではそうわかっているのに。
「我慢できない」
喉が鳴る。口の中にじわりと唾が溜まる。眼前に晒された細く白い首筋、そこにがぶりと齧り付けばどんな味がするか、鮮明に思い出せる。当然自分の味も知られている。彼の瞳の中に映る自身もまた、紛れもなく飢えた捕食者の目をしていた。
「魏嬰」
名を呼ばれては、もうだめだ。
全てが瓦解する。掴んでいた手を解放した途端に、襟元をがばりと開かれむしゃぶりつかれて、ああと声が漏れた。慌てて口を抑える。今夜は極力声を出さないようにしなくては。堪えて、焦らして、刺激を増やせば増やすほど、味わいは深く甘美なものになるのだから。
──さて。お預けの聞けないわるいけだものは、いったいどちらだったのだろう?